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Dryden (tr.), "Daphne into a Lawrel" (日本語訳)

ジョン・ドライデン (訳)
「ダプネが月桂樹となる」
(オウィディウス 『変身物語』 第1巻より)

その女性は、アポロが愛した最初の、またもっとも美しいひとであった。
彼の愛は、盲目の〈運〉がもたらしたものではなかった。腹を立てた
クピドによって、彼は無理やり彼女を愛するよう強いられたのであった。
彼女の名はダプネといい、ペネウスがその父であった。
(606-9)

最近、大蛇ピュトンを退治し、アポロはおごり高ぶっていた。
だから彼は、まだ若いクピドが弓を引いているのを見て、
バカにしていった。「おい、エロい少年!
そういう武器をこどもがさわってちゃダメだろ?
気をつけろよ。そっち方面のことは、まさにオレの仕事だからな。
オレみたいに男らしくって、腕がよくなきゃダメなのさ。
オレの矢からは誰も逃げられないぜ。最近だって、あのピュトンが
オレの矢にあたってお陀仏さ。
さあさ、オレの武器はおいといて、ほらよ、たいまつでももってって、
軟弱な連中の心でもジリジリ焦がしてやるんだな!」
そんなアポロに対して、ウェヌスの子はこう答えた、
「ポイボス、君の矢からは確かに誰も逃げられないけど、
ぼくの矢は君を逃さない。最強なのはぼくさ。君をやっつければ、
君がやっつけてきたものも、みーんなぼくがやっつけたことになるんだからね!」
(610-23)

こういって、クピドは舞いあがった。そして、目にもとまらぬ速さで飛んでいき、
あっという間にパルナッソス山の頂上に立った。
彼は、背中の筒から二種類の矢をとり出す。
それは欲望を消し去る矢と、欲望をもたらす矢。
一本の先には輝く金--
これは、不正に恋をかきたて、恋する者を大胆にする矢であった。
もう一本の先にはとがっていない鉛--これは質の悪い合金製で、
人の想いをあざける矢、欲望など吹き飛ばしてしまう矢であった。
この鈍い鉛の矢で、クピドはダプネを狙う。
そして鋭い金の矢は、アポロの胸に撃ちこんだ。
(624-33)

恋に落ちた神は獲物を追う。
抱きしめられるなんてとんでもない、と少女はまったく相手にしない。
うら若い彼女の楽しみは、ただ肉食の獣を追うことだけ。
そんな森の遊びがお好みなところは、アポロの妹ディアナとそっくり。
彼女は走る、首もあらわに、肩もあらわに、
リボンで結んだ髪をなびかせて。
たくさんの男たちが彼女に想いを寄せるが、恋の痛みなど彼女の眼中にない。
処女・独身を誓って守るのみである。
結婚のくびきなど、彼女に耐えられない。「花嫁」の名を
嫌い、経験したことのないあのよろこびを彼女は憎む。
彼女の欲望は、荒野や森で生きること。
若さや恋が自然にかきたてる感情を、彼女はいっさい知らないのだ。
だから、しばしば父は叱っていう。「なあ、おまえ、
夫はいらないのか? わしに孫を見せとくれ」。
まるでそれが罪であるかのように、彼女は婚姻の床を忌み嫌っている。
だから、顔を赤らめて下を向く。
そして、か細い腕で父の首を抱き、
甘えるように、かわいくいう。
「ねえ、お父さま、わたし、汚れない女の子のままで
生きて、そして死にたいの。結婚にしばられたくないの。
ムチャなお願いじゃないでしょ? ディアナの
お父さまも認めたことなんだし・・・・・・」。
そういわれると、老いた、やさしい父は認めてやるしかなかった。
こうもいいつつではあったが。「そんなことを願ってるとバチがあたらんかのう。
おまえにみたいに若くてきれいな子に、
おまえが望むような生きかたができるものかのう?」
(634-59)

輝く神アポロの望みは、ダプネとベッドを共にすること。
期待を胸に彼は追う。頭は空想と妄想でいっぱいだ。
自分の神託によって勘違いしているのである。
収穫後の麦畑で刈り株が焼かれるときのように、
あるいは、夜に旅をしてきた者が、夜明け頃に
不要となったたいまつをポイッと投げ捨て、
その火が垣根に移って燃えあがってしまうときのように、
まさにそのようにアポロは燃えていた。欲望がその燃料であった。
実を結ばぬ炎を頭のなかで貪っていた。
彼女の、きれいな弧を描く、裸の首を、彼は見る。
肩にかかる乱れた髪を、彼は見る。
そしていう、「あの髪をとかしたら、すっごくきれいなんだろうなー!
風に揺れる巻き髪が、あの顔に似合うんだろうなー!」
彼女の目を彼は見る--まるで星、夜空に輝くランプのよう・・・・・・。
彼女の唇を彼は見る--あまりにもかわいくて、見るだけ、なんて惜しすぎる・・・・・・。
ろうそくのように細い指、息を切らせてふくらむ胸、
見えるものすべてをアポロはほめたたえた。しかし、こうも考えていた、
見えないところがいちばん美しいに決まっている、と。
(660-77)

風のような速さでダプネは逃げていく。
アポロが話しかけても、誘いかけても、立ち止まろうとはしなかった。
彼は叫ぶ--「ねえ、妖精の君、待ってよ! 追いかけてるけど、ぼくは敵じゃないんだよ!
鹿はふるえながらライオンから逃げるけどさ、
羊はこわがって狼に近寄らないけどさ、
鷹が追いかけてきたら鳩はおびえて逃げるけどさ、
でも君は神から逃げているんだよ! 君に恋する神から逃げているんだよ!
ねえ、君のか弱い足に棘が刺さっちゃうといけないからさ、
飛ぶようにぼくから逃げてて転んじゃうといけないからさ、
けわしいデコボコの道に行くと危ないからさ、
ゆっくり走ってよ!そしたらぼくもゆっくり走るから!
ねえ、何も考えてないと思うけど、誰から逃げてるのか知ってる?
ぼくの身分は低くないよ! 羊飼いとかじゃないんだよ!
そう、ぼくの身分がもっと高いってことをたぶん君は知らないんだ!
それを知らないからぼくを嫌ってるんだ!
クラロス、デルポイ、テネドスの人は、ぼくのいうことを聞くんだよ!
このぼくがパタラを支配しているんだよ!
ぼくのお父さんは神々の王なんだよ! 未来がどうなるか、
今がどうなってるか、過去がどうだったか、ぼくは見えるんだよ! 全部決まってるんだから!
ぼくが発明したんだよ! 竪琴をね! すてきな音がするよね!
きれいな曲、まるで天国みたいな曲ってあるでしょ! あれみんなぼくがつくらせてるんだよ!
ぼくの弓矢はすごいよ! 絶対あたるんだよ!
あ、でもクピドの矢のほうがもっとすごかった! 心を撃たれちゃった!
薬を発明してるのもぼくだよ! どんな薬草が
野原や森にあるかとか、効き目は何とか、みんな知ってるよ!
だからみんなぼくのことを最高の医者だっていってるし!
でもね! 野原や森の薬草じゃダメなんだ!
ぼくの恋わずらいはそれじゃ治らない!
恋の痛みに効く薬はないから、
医者なのに自分の病気を治せないんだよ!」
(678-707)

そんな言葉の半分もダプネには届いていなかった。無我夢中で逃げていたからだ。
彼女にとってアポロの声は不明瞭なただの音で、しかも耳に届く頃には消えていた。
恐れのため、まるで羽があるかのように彼女は走る。飛ぶように彼女は逃げ、
風に髪が後ろになびいて広がる、
彼女の足や太ももをあらわにしつつ。
それでアポロはますます熱く追いかけるのだ。
彼は若く、あまりに燃えあがってしまって、
ほめ言葉を無駄に費やす余裕など、もはやない。
恋に導かれ、魅惑的なからだを見せられ、
激しく、熱く、彼は追う--よろこびはもうすぐそこだ・・・・・・。
(708-17)

それは、まるで、狩りにはやる猟犬が、綱から解き放たれて
大地の上を飛びはねながら、恐怖におびえるうさぎを追う姿さながらであった。
とにかく早く逃げないと、彼女にとっては命取り。
だが、倍の速さで彼は追う。
彼女は何度も急に止まって向きを変え、そのたびに彼はふりまわされる。
何度も、ガブッ! と口が空振りする。息が届くところまで来ているはずなのに。
彼女は逃げ、近くの隠れ場に急ぐ。
なんとかたどりつくが、自分がまだ生きているかすらもうわからない。
偉大な話を小さなたとえで語ってよければ、
まさにアポロはそんな猟犬で、美しくも逃げるダプネはまさにそんなうさぎだった。
恐怖にかられ、彼女はとにかく速く走る。
恋にかられ、彼はさらに速く走る。
そして、だんだん彼女に迫っていく。
もう彼の息が彼女の髪にかかっている。もう足と足がふれそうだ。
待ちに待ったあの瞬間、彼女をぎゅっと抱きしめるときはもうすぐそこなのであった。
ダプネは顔面蒼白であった。恐怖に息絶えそうであった。
かくも長く逃げつづけ、もはや疲れ切ってしまっていた。
絶望した彼女は、悲しげな目で
彼女の父たる川を見る。
そして叫ぶ、「助けて! お願い! もう最悪なの!
もし水の神が本当に神さまなら助けて!
大地よ、口を開けて! かわいそうなわたしをお墓に入れてしまって!
それか、わたしの姿を変えて! この外見のためにこんなことになってるんだから!」
こういい終わらぬうちにダプネの足は
冷たく麻痺していき、地面から離れなくなる。
薄い木の皮が彼女のからだを包む。
彼女の髪は葉になり、腕は枝となって伸びる。
ダプネのからだ全体が、そのまま一本の月桂樹になってしまったのだ。
ただ、その肌のなめらかさだけが元のままであった。
(718-46)

だが、アポロはそれでも彼女が好きだった。腕で
幹を抱きしめてみる・・・・・・まだ少し温かい。
木になりきっていないところが
まだあえいでいて、胸も脈打っていた。
彼は、震える木の皮にキスをする。
木はからだをそらし、逃げようとする。
アポロはいう、「ぼくの恋人にはなってくれなかったけど、
でも、ぼくの木になってくれないかな。
栄誉ある、りっぱな人に捧げられるような、そんな木に、ね。
後世に残る詩や詩人たちの冠になってほしいんだ。
ローマの祝祭でも君を飾ろう。
詩人たちだけでなく、勝者の冠にもなってほしいから。
アウグストゥスが帰還するときの凱旋門に君を飾ろう。
着飾って行列をつくって帰ってくる戦士たちを、
君は宮殿前の柱の上で出迎えるんだ。
門の神聖なる守護者として、ね。
ユピテルの雷に撃たれることなく、
天の神々のように老いて色あせることなく、
ぼくの髪、太陽の光のようにけっして刈られることなく、
いつも、永遠に、緑の葉が君の枝を彩っていますように・・・・・・」。
これを聞いて木はよろこび、
木漏れ日に光る頭を揺らした。
(747-68)

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