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Spenser, _Amoretti_, 75

エドマンド・スペンサー(1552-1599)
『アモレッティ』
ソネット75

ある日、わたしは砂浜に彼女の名を書いた
しかし波が来て、それを流してしまった
ふたたびわたしは彼女の名を書いた、二回目だ
しかし潮が満ち、わたしの努力は飲み込まれてしまった
バカな人ね、彼女は言った、意味もなくがんばるなんて
いずれ死んで消えるものを、そうやってずっと残そうとするなんて
だって、わたしもこんな感じで死んで崩れていくのよ
わたしの名前だって、きれいに忘れ去られるわ
そんなことはない、(わたしは言った、)卑しいものだったら勝手に
くたばって塵に帰ってくれてもいい、だけど君は名声によって生きるのだ
わたしの詩が、他人にはない君のすばらしさを永遠のものとする
輝かしき君の名を天国に書いて残すのだ
死には世界中すべての人を征服してもらってかまわないが、
わたしたちの愛は生きる、わたしたちの死後も生きつづけるのだ

* * *

Edmund Spenser
Amoretti, 75

One day I wrote her name vpon the strand,
but came the waues and washed it away:
agayne I wrote it with a second hand,
but came the tyde, and made my paynes his pray.
Vayne man, sayd she, that doest in vaine assay,
a mortall thing so to immortalize,
for I my selue shall lyke to this decay,
and eek my name bee wyped out lykewize.
Not so, (quod I) let baser things deuize,
to dy in dust, but you shall liue by fame:
my verse your vertues rare shall eternize,
and in the heuens wryte your glorious name.
Where whenas death shall all the world subdew,
our loue shall liue, and later life renew.

* * *

まず、現代のスペリングに。

1: vpon = upon

2: waues = waves

3: agayne = again

4: tyde = tide / paynes = pains / pray = prey

5: Vayne = Vain / sayd = said / doest = dost =
doの二人称単数現在形(現代英語ではdo)/ vaine = vain

6: mortall = mortal

7: my selue = myself / lyke to this = like this

8: eek = eke = also / bee = be / wyped = wiped /
lykewize = likewise

9: quod = said / deuize = devise

10: dy = die / liue = live

11: vertues = virtues / eternize = eternalize

12: heuens = heavens / wryte = write

13: subdew = subdue

14: loue = love / liue = live

* * *

スペンサーの作品においては、時として、言葉の音が
その意味と同様、あるいはそれ以上に、重要。

(1)脚韻(行末の母音 + 子音、あるいは母音のみをそろえること)
5行目 assay/7行目decay
(いずれ滅ぶものを永遠に残そうと)assay「がんばる」
(だがそれはやはり)decay「崩れ去る」
- この詩の1-8行目までの内容を確認するかたちで対になっている。

(2)連続する、または近くにある言葉の初めの子音をそろえる
(頭韻alliterationという用語/概念もありますが、その定義に
あいまいなところがありますので、ここでは用いません。)
2行目 waues washed(波が洗い流す)
主語と動詞を同じ /w/ 音ではじめ、そのつながりを補強。

4行目 paynes / pray
makeの二つの目的語――AをBにする、のAとB――である私の
努力(paynes)と波の餌食(pray)をともに /p/ 音ではじめ、
そのつながりを強調。

9-10行目 deuize / dy / dust
deuize(せいぜいがんばって)、dy(死ぬ)、dust(塵)と
内容的に強くつながる三語の最初の音を /d/ 音でそろえている。
/d/ 音は、たとえば打撃などを想起させる子音であり、
ここでは、「君以外のものがくたばろうが知ったことではない」
という「わたし」の気持ちを強く伝えることに利用されている。
(このような考えが道徳的に正しいかどうかは別問題。)

11行目 verse / vertues
私の詩(verse)と君の美徳(vertues)を /və:/ という同じ音で
強く関連づけ。
(あいまい母音--上下反対のe--は出ていますでしょうか?)

14行目 loue / liue / later life
loue(愛)、liue(生きる)、later life(死後の生)という
この詩のキーワードの語頭をすべて /l/ 音でそろえる。

(3)その他
14行目 上記 /l/ 音の連続(とその周辺の /v/, /t/, /f/ 音)
この行を正しい発音を心がけつつ読むと、舌、歯、歯茎、唇が
忙しくふれたり離れたりする。ラヴソングというこの詩の性格上、
このような口の動きは、(たとえばキスなど)エロティックな
ことがらを想起させる。つまり、この行では、「わたしたちの
愛は永遠」という抽象的/観念的な内容に、音と口の動きのレベルで
官能性が重ねられている。

13-14行目の脚韻 subdew / renew
この2語の長母音 /u:/ はラヴソングという文脈上、キス(を
求める様子?)を想起させる。抽象的な議論からなるこの詩の、
逆説的ながら官能的なクライマックス。

英文テクストはSpenser, Amoretti and Epithalamion,
n.p., 1595より。

* * *

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