晴走雨読

晴耕雨読ではないが、晴れたらランニング、雨が降れば読書、きままな毎日

中島岳志 『親鸞と日本主義』

2017-09-18 16:31:12 | Weblog

4月からの無業者生活、まもなく半年が経過する。この生活で毎日欠かしていないのがNHK朝の連続テレビ小説『ひよっこ』を観ることだ。BSと総合の2回視聴する時もある。有村架純はもちろんいいが、ベテラン人に混じって個性を発揮している若手俳優たちが生き生きとしている。きっとブレイクする方が出てくるだろう。でもあと2週間、このままでは間違いなく『ひよっこ』ロスに陥ると思う。

 

『親鸞と日本主義』(中島岳志著 新潮選書 2017年刊)

本書は著者が、吉本隆明氏の講演会(1995年)で親鸞を知り、その後吉本の著書『最後の親鸞』を読んで衝撃を受けたことから始まる。著者の若かりし頃の思想形成を述べた序章は、僕自身との対話になった。その頃の僕は、自分の周囲にいた「自分を正しいと思っている人びと」に悩まされていた。ボランティアをしたり、他人のお世話をしたりと、いわゆる善人に囲まれていて幸せなはずなのに浮かない毎日だった。

「絶対正しいことをしている」かつ「周囲からもそう認められている」と思っている人は、自分に厳しくもあり自信も持っているのだろう。しかし、その分、他者に対して求める水準が高く、こうあるべきというものを押し付ける傾向があると感じていた。この問題意識は、僕が今左翼の歴史を振り返ろうと思っていることとも重なる。保守(右翼)と左翼の思想や行動を比較すると、左翼の方は理性や知性に基づいて理想社会像を掲げ他者対する権力的な振る舞いがきついと感じる。親鸞思想はこの「自力」思想を警戒する。

本書は、この程度だった僕の認識を一歩進めてくれた。この国最大の仏教宗派である浄土真宗。その親鸞思想が日本主義(超国家主義)と強い親和性があり、戦前の右翼や国粋主義者の拠り所になったという歴史があったことを教えてくれた。

読み方としては、「序章」の次に、「終章」で本書全体の思想を俯瞰し、その後各章を読んだ方が理解しやすい。

 

 


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 「ダメ!ゼッタイ」は、ダメ―... | トップ | 戦後左翼史 その51 1967... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

Weblog」カテゴリの最新記事