チムどんどん「明石通信」&「その後」

初孫との明石暮らしを発信してきましたが、孫の海外移住を機に七年で区切りに。現在は逗子に戻って「その後」編のブログです

また一つ、明石の思い出が消えて行きました

2018-05-25 09:10:53 | 身辺雑記
5月25日(金)

 明石を引き揚げて逗子に戻ってきてから2年と8ヶ月。その後、家の建て替えで数ヶ月の明石暮らしもありましたが、再び新居に戻って2年近くになります。
 その間、車はずっと「神戸」ナンバーだったのですが、もう車を運転して関西方面へ行くこともないだろうし、いつまでも明石での車庫証明のまま、「神戸」ナンバーの車で神奈川の道を走っているのもなにかなと、この度、ナンバープレートを「横浜」に変更しました。

 さようなら、思い出の「神戸と・135」の
  ナンバープレート
  

 東経135度の標準時子午線の通る明石の地に因んで、「135」のナンバーにしたのでしたが、希望どおりになるのは4桁の数字だけで、ひらがなのところは選べないことになっています。
 ところがどっこい、なんとも幸運なことに、ひらがな記号が「東経」の「と」のナンバーになったのです。
 天文科学館の学芸員の方も「135」のナンバーを付けていましたが、私の車は「と」でしたから、内心「してやったり」の気分でいたのです。

 そんなわけで、ほんとうは未練たらたらだったのですが、一抹の寂しさを断ち切って、昨日、横浜の陸運局事務所で「横浜」ナンバーに付け替えて来ました。

 今は、希望すれば、「東京五輪」と「ラグビーワールドカップ」の特別なプレートにできるということでしたが、そこまでおしゃれにすることもないと、今回はシンプルな普通のプレートです。
 
 ところで、一昨日の新聞には、全国の何ヶ所かで、カラフルなご当地ナンバーが登場するという記事が載っていましたが、その中に神奈川や兵庫のプレートはありませんでした。
 横浜ならベイブリッジとか、湘南なら江ノ島とか、明石なら明石海峡大橋や天文科学館とか、どうせなら全国各地どこにもご当地ナンバーがあってもいいのにという感じがしないでもありません。

 それはさておき、車のナンバープレートの仕組みがわかっていないのでなんとも言えませんが、昨日、「神戸」「と」の「135」のナンバーが一つ廃棄されたということは事実です。
 もし、明石の方でこのブログを見た人が「それじゃぁ」と、「135」のナンバーを現地の陸運局で希望したとして、はたして「と」のナンバーが手に入るのかどうか、やっぱり私にはわかりません。



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