チムどんどん「明石通信」&「その後」

初孫との明石暮らしを発信してきましたが、孫の海外移住を機に七年で区切りに。現在は逗子に戻って「その後」編のブログです

明石海峡船景色「フェリー客船~外国航路」編

2011-02-26 17:32:23 | 船景色
2月26日(土)

 梅の花もほころんで来て、春の足音がだいぶ近づいてきました。日も長くなって、保育園からの帰り道に、海峡の船もよく見えるようになりました。


 さて、今回は「外国航路」と銘打ちましたが、海外と結ぶ船と言っても、明石海峡を通過する客船の定期船は、韓国と中国へ向かう航路しかありません。


 いちばん頻繁に目にするのが、大阪南港の国際フェリーターミナルから釜山へ向かう「パンスタードリーム号」。週に3往復しています。

 月、水、金の15:10大阪発。海峡を通過するのは16時過ぎ
  
 同じ日の、月、水、金の午前中には大阪行きが通過します。私が明石に来た頃は、「パンスターサニー号」も就航していて、毎日交互に運航していましたが、いつの間にか「ドリーム号」一隻になっています。

  2年前、09年2月1日の記事に載せた「サニー号」
  
 船体の横文字に「PanStar Cruise Ferry」とありますが、現在の「ドリーム号」(最初の写真)は「Ferry」の文字がありません。


    如月の海に亜細亜を結ぶ船   弁人


 続いては、中国便です。

 やはり、上海がいちばん近くて大きな港なのでしょうか、次の写真は神戸・大阪と上海を結ぶ日中国際フェリー「新鍳真(CHINJIF)号」です。

    
 週1往復。火曜日の昼頃神戸を出て、二日後の木曜日の昼前後に上海に到着するようです。

  日本行きは土曜日に上海を出て、月曜の午前中に大阪に
  

 次は上海フェリー「蘇州號」。上の「CHINJIF号」と同じく、片道二日かけて大阪と上海を行き来しています。

  金曜日発、日曜日着の上海行き
  

  大阪行きは、火曜日発木曜日着
  


 もう一つ中国航路があります。チャイナエキスプレスラインの「燕京号」です。発着は神戸港。済州島の沖から朝鮮半島の西の最近ちょっと物騒な状態になっている黄海を北上し、渤海に入って到着は天津。よって、通称は「天津フェリー」と呼ばれます。天津は北京にいちばん近い大きな港なので、いわば北京の海の玄関口です。

 実は、甥っ子が中国人女性と結婚することになり、披露宴に出席するため、4月の末に北京へ行くことになりました。
 ふと、神戸から船で行くのもいいかなとも思いましたが、なにせ週に1便、やはり無難にフィアンセの組んでくれた成田発着のツアーで行くことにしました。

  神戸港を金曜日に出て、天津港は日曜日着
  
 距離が長いので、上海航路より数時間余計にかかるようです。船体は上の二つのフェリーより小ぶりに見えますが、とてもスマートで上品な感じがします。

  月曜日発、水曜日着の神戸行き
  
 写真は淡路の岩屋港から撮ったもので、東の神戸港へ向かっています。


    大陸の花粉も積むかくしゃみせり   弁人


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ぴょんぴょん跳ねて「発表会」

2011-02-20 18:35:07 | KAZU君
2月20日(日)

 ステージの左からぴょんぴょんしながら後ろの絵の前で踊っているのがKAZU君です。

 

 昨日19日の土曜日は保育園のお遊戯の発表会でした。

 「ちゃんと練習できたら、おばあちゃんも来てくれるよ」と言い聞かせて逗子に帰りましたが、その日を楽しみに妻君と明石へ戻って来ました。

  演目は「かくれんぼ」と「ラーメン体操」
  
  

 朝方は、「お休みの日なので、保育園には行きたくない」とぐずっていましたが、本番ではそんな素振りも見せず、元気にぴょんぴょん飛び跳ねながら上手に踊ってくれました。


    早春の舞台に跳ねる児の笑顔   弁人
 


  ご褒美を手に、おばあちゃんのところへ
  

  早いお帰りになったので、みんなで海岸の公園へ
  

  おすべり台もあるのに、今日は砂遊び
  

 朝は冷え込んで、少し風の冷たい日でしたが、陽光も少しずつ春らしくなって来ました。


    ひと仕事終え砂浜の日向ぼこ   弁人


  お昼は、ご褒美のラーメン食べ放題
    


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「春一番」の気配すらなく

2011-02-16 12:20:46 | 湘南・鎌倉・三浦ぶらり
2月16日(水)

 先週末の3連休から逗子に戻っています。ちょうど「寒の戻り」という感じで、三浦半島でもみぞれまじりの雨や雪が降ったりして、閉じこもりがちの日々になりました。

 折しも、関西でもかなりの降雪があったもようで、明石でも珍しく積雪を記録したそうです。KAZU君と離れて数日しか経っていませんが、雪の中、元気にしているかどうか心配になってしまいます。
 そう、明石では今年で三回目の冬を過ごしました。初めての冬に、一度民家の屋根がうっすらと白くなったことがありました。あとは何回か雪がちらついたこともありましたが、これぞ明石の雪景色という光景は目にしたことがなかったので、ちょっと残念な気分です。

 それはさておき、妻君が退職したのが昨年の春でした。給与所得者が春に退職した時は、1月から3月までの所得の年末調整が行われていないので、確定申告をすると税金が戻ってくるのです。そのためにわざわざ往復ン万円もかけて帰って来たわけではありませんが、税金を納め過ぎているのを放っておくわけにはいきませんので、二人で鎌倉の税務署に行きました。

 どんよりと曇って冷え込んだ日でしたが、税務署を出てすぐ向こうの路地に入って行くと、谷戸の小道に民家から梅の花の香りが漂ってきたりします。


    税務署をあとに梅の香さそひけり   弁人


 さて、佐助稲荷で台湾リスと戯れたあと、しばらく出向いていなかった銭洗い弁天へ足を延ばしました。
 急坂を登ってトンネルを抜けた、ほぼ四方を岩肌に囲まれた窪地のようなところにいくつもの小さなお社があります。

  岩肌からこんこんと湧き水が
  

  ほんのりと梅も咲き
  

  社殿の脇の洞窟に弁天様が
  

  お目当ての「銭洗い場」
  

 昔は五円玉だったような気がしますが、今は紙幣を洗う人もいるようです。とりあえず硬貨を数枚お清めしたものの、さてこの硬貨、元の小銭入れに放り込むわけにもいかず、どうしたものだろうと思案してしまいました。次にどこかでお参りする時のお賽銭にでもしましょうか。


    かじかむ手小銭清めし岩清水   弁人


 源氏山公園から北鎌倉駅へ下ろうと思っていたのですが、冷たい雨が落ちてきたので、急いでまたもと来た道に向かいました。我が家に戻ってしばらくすると、夕闇の中に雪が舞い始めていました。今年はいったいいつ「春一番」が吹くのでしょうか。
 花粉が飛び始めなくて幸いですが、寒さこたえますね。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

早春の明石公園 お掘りの鳥たち

2011-02-12 11:21:13 | 明石風物
2月12日(土)

  電車が近づくと流れるメロディ


  
 須磨海浜公園駅は須磨水族館の最寄り駅です。普通電車しか停まらない駅ですが、新快速や特急、貨物列車の通る線路も平行しているので、KAZU君が電車で水族館へ行く時は、ホームでしばらく列車を眺めます。
 そして、この駅では電車が近づいて来ると、「カモメの水兵さん」のメロディが流れるので、KAZU君もよく口ずさむ曲になりました。

 カモメは神戸港に行けばいるかもしれませんが、この時期、明石公園のお掘にはユリカモメが飛来して来ています。
  
   
 3月上旬まででしょうか、暖かくなると、カムチャッカ方面へ帰って行ってしまいます。

 「カモメさん、見に行こうか」と口にはしたものの、鳥インフルエンザ騒ぎもあって躊躇してしまいます。
 まったく、怖い時代になったものです。今のところ、明石公園は大丈夫そうなのですが、1月に伊丹市の公園で鳥インフルエンザが確認され、「水辺には近寄らないように」という指示が出ていると、テレビのニュースが伝えていました。
 車からならと思っても、お掘り端は車の通行量が多く、車を停めておくことができないので、KAZU君に見せるのはあきらめました。


    メロディを楽しむのみのカモメかな   弁人


 水鳥といえば、この時期は何種類かのカモがのんびりと泳いでいます。

  ホシハジロの群れ
  

  マガモの御夫婦
  


    寒空に水温しとや渡り鳥   弁人

 
 次の鳥たちは一年中いるような気がしますが、どうなのでしょう。

  コブハクチョウ
  

  カワウ
  

  ゴイサギ
  

 ほかにも、アオサギやコサギ、コガモやカルガモなどの鴨の仲間たちがいます。まったく、ウイルスなんかを気にせずに、のんびりと散歩ができるといいのですがね。

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「神頼み」と「おまじない」

2011-02-08 07:50:06 | つぶやき
2月8日(火)

 ここ数日、1月の寒さが嘘のような暖かい日が続いていて、なんか節分の話題なんぞ、今さらのような感じもしますが、前回の続きということで。

 節分の日は、一般的に、豆をまいて邪気を払うということになっていますが、地域によっては、豆を使って一年の吉凶を占うという風習が残っています。これからの一年が良い年になるように願って占うのです。

 考えてみると、人生というのはまことに不条理です。いくら努力して、いくら頑張っても報われないことがままあります。そんなことは承知の上で、誰だって、なんとか良い結果をといろいろと模索します。
 そんな時、自己の限界を超えて良い結果をもたらす方法は二つ。「神頼み」と「おまじない」です。言い換えれば「宗教」と「呪術」。前者が神や仏の力にすがるという他力本願的な方法であるとすると、後者は何かにお願いするのではなく、自力で良い結果を実現しようとする行為です。
 例えば、志望校に合格するためには、天神様にお参りするという「神頼み」と、すべり止めのゴムや砂をお守り袋やポケットに入れておいたり、鉛筆にゴムを貼っておくという「おまじない」があるのです。よく縁起の良い名前を持つ駅の切符をお守りにしたりしますが、これも同様。

 さて、節分の行事ですが、神社やお寺に有名人が集まって豆まきをする話題がよくニュースで流されるので、豆まきは宗教行事のように見えますが、豆で鬼を追い払う、豆で一年を占うというのは、自力で幸せを手に入れようとするのですから、やはり「呪術」に近い。

 ところが、本来は異質のものであるにもかかわらず、「神頼み」も「おまじない」も良い結果を願うという点で共通しているので、「おまじない」をしながら、思わず頭を下げてお祈りをするのも自然なのかもしれません。このように、呪術的儀式には宗教的な色彩が入ってきやすい面があるのです。
 それに、呪術の巧みな人がいれば、超自然的な事態を実現するわけですから、信仰の対象になりやすく、そういう人が神霊の力を導く祈祷師として存在したりすることも多かったに違いありません。今でも、「こうすれば幸せになれる」と謳って、にわか教祖になり上がって大儲けをする人もいるのですから。
 そもそも「神道」の祭式の初めには「祓え詞」の奏上という呪術的な儀式があって、そういう意味で、日本の神様は、呪術の実践者として神の資格を得ていると言えるのかもしれません。
 そんな事情があって、「宗教」と「呪術」というのは、深く関わりながら今日に至っているわけで、その概念が混沌としてしまうのも仕方ないのです。


 話が難しくなってしまったかもしれません。簡単に考えましょう。

 前回話題にした、節分の「恵方巻き」という風習は、食べるという動作は自力ですが、歳徳神のいる恵方を向いて念じるというところは多分に宗教的です。

 ところで、この風習が、いわゆる「売らんかな商戦」に乗って、ごく最近広まったものであると言いましたが、最初の仕掛け人と言われている大阪の海苔業界の人がいきなり思い付いたとは思えません。
 きっと、何かヒントがあったのでしょう。例えば、歳神様を信仰している人が毎年恵方に向かってお祈りをしていたとか、あるいは、たまたま節分に寿司を食べる習慣を持っている家庭があったり、春が近くなると無性に海苔巻きが食べたくなる人がいたとか。
 そして、もしかしたら、誰かがどこかで何かの時に太巻き寿司を食べたという記憶と、その後に良い出来事があったという記憶が結び付くような体験的な認識を持った人がいたのかもしれません。

事例1 ふざけて下駄を放り出したら、どうぞまた履いて下さいと言わんばかりに表側を見せた。その翌日がいい天気だった。

事例2 草履の鼻緒が切れた。その後、離れたところにいる家族とか知人とかの訃報が舞い込んできた。

 たとえ迷信と言われても、ある行動や出来事の後に、印象深いことが起きると、本人にとっては、二つの事象が体験的に結びついて、何か因果関係があるかのような気持ちになるのは自然なことかもしれません。スポーツ選手に多いのでしょうか、縁起をかつぐということで、ある所作をすることによって良くない結果を排除するということがよくあります。
 おそらく、これが「おまじない」の原点なのでしょう。

 こんな事例はどうでしょうか。

事例3 きれいな夕焼けを見た。翌日はいい天気だった。

事例4 良い香りの草花があってしばらく顔を近づけていた。胸焼けが治まった。

 体験の中から身についたことであっても、この二つの事例のように、事象Aのあとに来る事象Bが結果的に迷信ではなく、科学的な根拠に結びつくようなこともありです。こういうのを「民俗知識」と言って、科学の勉強をしていないのに、役に立つ大切な術を心得ている人がいるのです。特に漁師など、常に危険と隣り合わせの中で生きている人などに多いのですが、「おばあちゃんの知恵」などと言われるものも、まさにこの「民俗知識」と言えます。

 このように考えてくると、「迷信」と「科学」は紙一重なのかもしれません。そして、たとえ「迷信」と言われても、ただ単に神仏に頭を垂れて祈るのではなく、それが自分の行動で結果を導き出す能動的な行為の「呪術」だとすれば、やっぱり、他力にすがる「神頼み」とは趣を異にしていると言わざるを得ません。


 どうにもやりきれないことの多い今の社会。民主主義の社会とは言え、一人の一票で世の中が変わるはずもない現実。そんな中で、時々「おまじない」でもしてみようかなと思いたくなります。
 例えば、「チチンプイプイ! ・・・・・になーぁれ!」という具合です。こういうのを、ことばによる呪術、正式には「言霊」というのですが。

 KAZU君が、転んだり体のどこかをぶつけたりして泣いた時に、「チチンプイプイ!、痛いの痛いの、飛んでけー!」と言うと、不思議に「もう、ダイジョーブ」とけろりとしてしまうことがよくあります。

 そういえば、昔、高校の野球部の指導をしていた頃のこと。夏の大会前の時期は例年あいにくの梅雨時で、練習も試合もできず、みんなイライラしてしまうことが多いのですが、そんな時、ある部員が私に向かって、「いつ雨が止むんですか」とヒステリックに声を荒らげてしまったことがありました。
 「どうしようもないじゃないか」と苦笑しながら、私は、大きな「てるてる坊主」を作って部室の前にぶら下げました。部員たちは「アホか」という視線であきれていましたが、まさに偶然、不思議なことに翌日薄日の差す天気になったことがあります。
 そういう行為を非科学的(迷信)だと相手にしなかった若者が、大事な試合が迫ってくると、女子マネージャーの作ってくれたお守りを大事にしたり、部室に八幡様のお札を掲げたりするのです。人間はどんなに努力しても一抹の不安は拭いきれないのでしょう。最後は「神頼み」と思いながら、実はその中に「おまじない」の要素があったりするのです。


 思うようにならないことばかりの人生、イライラしたりふさぎ込んでいてもどうにもなりません。そんな時には、少し心に余裕を持って「おまじない」なんかで気を紛らわすのも一興ということかもしれません。


コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

節分の「恵方巻き」? 私はちょっと

2011-02-04 15:16:47 | つぶやき
2月4日(金)

 今日は立春です。2月に入って、KAZU君が保育園に復帰した一昨日あたりから暖かくなって来てほっとしています。
 昨日の節分、保育園では海岸で豆まきをしたそうで、少しずつ春到来の雰囲気になって来ました。

 さて今回は、関東ではあまり見られないのに、関西では盛り上がっている、節分の「恵方巻き」の話題です。

 最近は、関東でも少しずつ認知されつつあるようですが、私が明石に来る前、つい2、3年前なのに、神奈川のほうのお店で、この時期に太巻きのセールをしていた光景は浮かんで来ません。
 関西では1月の中旬になると、スーパーやコンビニに宣伝の旗が風にそよぎ、「ご予約承り」の知らせがたくさん目に入って来ます。

 この風習、節分の日に、その年の歳徳神のいらっしゃる方向(今年はほぼ南南東)の方角を向いて、目を閉じ、願いごとを思い浮かべながら、太巻き寿司を丸かじりして、無言で一気に食べ干すと福を招くということなのですが、私の人生の中では、そういう習慣に触れたことがなかったので、この新しい風習も、バレンタインデーにチョコレートを、土用の丑の日に鰻をという、「売らんかな商戦」のキャンペーンに乗せられて広まったものと思わざるを得ません。
 それに、この奇妙な食べ方、大口を開けて太巻き寿司を一気にむさぼるというのは、なんとも品が無くて、あまり感心できないのですが、いかがなものでしょう。

  -KAZU君がラーメン好きでよかった??-

 よくわかりませんが、この商戦、どうも大阪の海苔問屋の組合が初めに仕掛け、寿司業界が便乗して関西に広まり、20年位前、広島のセブンイレブンが販売を始めたのをきっかけに、全国のコンビニやスーパーに波及したもようです。
 広まったといっても、認知度や食べる人の数を調べると、まだまだ関西と関東では、かなりの差があるということですが、数年後には全国的に定着しそうな勢いで、庶民が簡単にブームに乗せられてしまう構図はちょっと哀しくて滑稽な感じもします。


   春立ちて食い道楽も満たさるる    弁人


 節分は立春の前日ですから、正月と同様に、心新たに招福を願うというのは自然な思いで、そのやり方はいろいろあっていいのでしょう。でも、仕掛けている側のしたり顔が浮かんでくるというのは、あまり気分のよいものではありません。やはり、「鬼は外、福は内!」と豆を撒いて、年の数の豆を食べたり、その豆で吉凶を占ったりする旧来の風習で十分な気もしますが、こんなことを言っていると、「古い人間のつぶやき」と言われそうですかな。

 ところで、今「吉凶を占う」と言いましたが、「占い」というのは「お祈り」とは違います。そんなことも呟きたくなりましたが、今日はここまでにして、次回の「つぶやき」の記事に回すことにします。たぶん「神頼みとおまじない」というような題になりそうですが。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

明石の子どもたちのヒーロー「シゴセンジャー」

2011-02-01 14:10:51 | 明石風物
2月1日(火)


   


    寒も末宇宙の戦士と鬼退治    弁人


 日本標準時、東経135度の子午線上にある明石天文科学館。そのキャラクターとして生まれ、地元の子供たちから大人気のヒーローが「軌道星隊シゴセンジャー」です。

 「へいわなほしぞらをまもれ!!」をキャッチフレーズに、明石の時と平和を守るために戦うレッドと、青い地球とよい子の笑顔を守るために戦うブルーの二人。軌道星隊は暴力をもって戦うことを是としないので、敵と戦う時には星空や宇宙に関するクイズで対決します。
 そして、二人の間に割って入ってくるのが、悪役の「ブラック星博士」。ブラックホール出身で、宇宙の時間を狂わそうと悪さをしかけますが、正念場でのクイズをダジャレと親父ギャグでかわそうとするも、毎回シゴセンジャーに敗れて逃げ帰ります。子どもが怖がってよく泣かれるのが悩みの種なのですが、それでも、登場の時の「アッハッハッハ」という不敵な笑いが妙に人気を得て、欠かせない存在になっています。

 どうもKAZU君、1月の連休にプラネタリュウムに行った時に、この3人に会ってきたみたいで、私が明石に戻った後、天文科学館の時計塔が目に入ると、「シゴセンジャーおったで。ブラックほしはかせこわかった」と教えてくれました。

 地元明石のケーブルテレビに、天体や宇宙のことをわかりやすく解説する「教えてシゴセンジャー」という子ども向けの番組があり、家に帰ると、まだ説明のわからないKAZU君も録画した映像を繰り返し見ています。そしてだんだん、私が「アッハッハッハ」と物真似をしても、「ブラックほしはかせ、こわくない、アッハッハッハ」と言うようになりました。

 そのKAZU君、先週ノロウイルスでダウン。高熱と下痢・嘔吐で苦しみましたが、そんな中でも「シゴセンジャみるぅ」とせがんでいました。

  横になっていてもテレビに夢中
  

 病床に伏しても、「シゴセンジャ、またいくぅ」とうわ言のように口にしていたKAZU君ですが、天文科学館へ行っても、何かイベントがないとなかなか実物には会えません。
 そこでイベントを調べたところ、1月最後の日曜日に、一足早い「シゴセンジャー豆まき」という催しがありました。病み上がりの上、季節風が強く冷え込みの厳しい日で心配でしたが、次の機会まで待たせるのもかわいそうなので会いに行きました。

  寒風を避けて、時間まで館内を見学
  

  いよいよ、シゴセンジャーの登場。KAZU君も感激の握手
  

  外へ出て、まず「鬼は外、福は内」の練習
  

  ブラック星博士が登場して、クイズアタック
  

 そして、冒頭の動画のとおり、シゴセンジャーと一緒にみんなで鬼退治をしました。

  豆まきの後、これぞ、まさに記念撮影
  

 「寒い中、がんばって会いに来た甲斐があったね、KAZU君。」
寒くて来た人が少なかったので、少し寂しいイベントでしたが、おかげさまで、その分とても良い思い出ができました。


    冬空にウイルス撃破シゴセンジャー   弁人

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする