チムどんどん「明石通信」&「その後」

初孫との明石暮らしを発信してきましたが、孫の海外移住を機に七年で区切りに。現在は逗子に戻って「その後」編のブログです

「おいでなして しもすわ」に誘われて(二日目)

2023-11-19 11:52:27 | 旅行
11月19日(日)

 一日目、ほぼ下諏訪を歩き回った感じでしたが、夕方に落ち着いたお宿は「かめや」さんです。
 この宿は旧本陣の一部を分割した敷地に建っていて、明治維新の少し前、中山道を下って江戸へ向かった皇女和宮降嫁の折に宿泊された宿でもあります。
 つまり、本陣の旧跡はすぐ隣にあるのですが、実は、前日の水曜日は休館日ということで見学できませんでした。

 ということで、二日目のスタートは前日に入れなかった旧本陣の見学からです。

 江戸時代に本陣を務めていた岩波家、今も代々本陣跡を守り続けています。
  その門をくぐります
  

 朝日に眩しい
  ウメノドキの実
  

 下諏訪随一の名庭園ともいわれる
  江戸時代そのままのお庭
  
  

 明治天皇の御座所になったという、庭を前にしたお部屋で、28代当主岩波太佐衛門尚宏さんから、直接本陣やお庭の説明を受けながらお抹茶をいただきました。


   旧本陣 庭の紅葉の寂かなり  弁人


 本陣のお庭の佇まいに癒された後、再び門の前の旧街道へ出て、すぐ先の二街道合流地点を今日は右に折れて、

  朝日に光る旧中山道へ
  


   小春日や旧街道の道しるべ  弁人


  かつての旅籠が並びます
  

 坂の下で
  国道20号線に合流
  


   下諏訪の路地の出で湯の暖かき  弁人


 これでほぼ下諏訪の町を歩き終えたでしょうか、旅の締めくくりに、下諏訪駅から一駅の上諏訪へ向かいました。

 温泉街を抜けて
  湖畔の公園に
  

 方向は西北西かな、アルプスがきれい。
  乗鞍・穂高あたりでしょうか
  

 湖畔近くの温泉街に「片倉館」という風格のある西洋建築の建物があって、
  「千人風呂」があります
  

 階段の窓から見える
  紅葉もロマンチック
  
  

  「さあ、ひとっ風呂」
  


   湯けむりに雪のアルプス浮かびけり  弁人


 「お昼は鰻かな」と思っていたのですが、風呂上がりのビールをいただいているうちに外に出るのがおっくうになり、そのままお蕎麦をいただいて、上諏訪駅から「あずさ」に乗って帰って来ました。


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「おいでなして しもすわ」に誘われて(一日目)

2023-11-18 17:06:31 | 旅行
11月18日(土)

 昨日は雨風、今日は強風と荒れ模様の天候ですが、荒天になる前の15(水)・16(木)の二日間、信州は「諏訪の旅」を楽しんで来ました。

 今回は「その1(一日目)」の記事です。

 新宿から「あずさ」に乗って、
  下諏訪駅に到着
  

 国道20号を西へ少し進んで、斜め左の
  旧中山道に
  

 江戸の昔は湖畔の常夜灯だったという「大石灯籠」を眺めながら、諏訪大社春宮へ真っ直ぐに伸びる「大門通り」をてくてく。

 今は神様が「秋宮」のほうにいらっしゃるという話もありますが、とりあえず「春宮」を参拝。
  神楽殿の後ろにご本殿
  

 ところで、今回、下諏訪へやって来たのは、実は諏訪大社参拝が第一の目的ではなく、以前、春宮の近くにある禅寺「慈雲寺」の、苔むした参道とお庭を紹介した番組を目にして、「そのうち行きたい」と思っていたからなのです。

 「春宮」の大鳥居の前の道を東に進むこと数分。
  長い石段が、「やれやれ」
  

 石段を上ってすぐの所に、杉木立の中の
  苔むした参道
  

 初冬のひんやりとした空気の中の静寂感。なんとも言えません。

 苔の参道を抜けると、石仏が並んでいる境内に。本堂の前庭には「天桂松」という大きな松がご鎮座。本堂に参拝して左の書院のほうへ向かうと、

  枯山水のお庭
  

 奥のほう、本堂の後ろの紅葉もきれいなようなので、行ってみました。
  池泉庭園の紅葉
  


   鳥啼きて諏訪の名刹冬支度  弁人


 再び苔の参道を通って石段を下ると、そこは和田宿から来て下諏訪宿が目の前の「旧中山道」。

 風情溢れる
  旧街道を歩いて行くと
  

 もう一つ由緒ありげなお寺がありました。

 紅葉に彩られた
  浄土宗来迎寺
  
  

 門前からさらに街道を進んで、左に本陣の屋敷を見ながら歩くと、すぐ先に「右旧中山道、直進旧甲州街道」という案内があって、ここは二つの街道の合流地点というか、旧甲州街道の終着点ということになるのでしょうか。

  こんな標識が
   

 右に曲がらず、そのまま真っ直ぐ甲州街道に入ると、すぐに諏訪大社「秋宮」の前に出ます。

  参道の紅葉
  

 「春宮」同様、神楽殿の後ろに本殿があって、神楽殿にはここも出雲大社ふうの
  太いしめ縄が
  

 お諏訪さまですからね、
  「御柱」の写真も
   

 ずいぶん歩きました。この日のお宿は、先ほどの二街道合流地点にある「かめや」さんということで、少し早めの「ひとっ風呂」と思ったのですが、見上げると、空がやけに晴れ渡って、雲がほとんど消えています。
 急遽予定変更、2キロ先の湖畔の公園まで行ってみることにして、あと2㎞ほど歩きました。

 湖畔到着。でも、
  肝心な所に薄雲が
  

 ここは「関東の富士見百景」の一つに指定された場所で、湖のいちばん先の、山と山との間に富士山が見えるはずなのです。

  こんな具合に
  

 湖畔のベンチに小一時間ほど座って、高原の初冬の空気を味わいながら、

 もう一回、望遠レンズを向けると、
  見えますよね。やったぁ!
  


   諏訪湖より眺むる富士の雪仄か  弁人



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「立冬」とは思えない日、銀座界隈を歩く

2023-11-09 17:47:35 | お出かけ・散策
11月9日(木)

 「やっと秋が来たな」と思っていましたが、11月に入っても「夏日」連続の日本列島。「こんな地球に誰がした」と嘆いてみても始まりませんか。

 そう、昨日の8日は「立冬」の日だったのです。外に出るにはジャンパーなんぞを着込んでという時期なのに、カッターシャツにベストという軽装で東京行きの電車に乗りました。

 実は、ちょっと手に入れたい本があって、八重洲ブックセンターへ行こうかなと思って家を出たのですが、「そういえば、ブックセンター、再開発かなんかで閉店したとか耳にしたなあ」と思ってみても後の祭り。せっかく東京へ行こうと出かけたのだからと、

  日本橋の「丸善」へ
  

 首都東京、町並みは日々変化し続けていて、東京下町で生まれ育った自分も全くの「お上りさん」気分に浸れます。

 「なんともお洒落なお店」と、前に行くと、
  なんと「はいばら」
  

 20年近く前、総合学習の教材に和紙が必要になって、品定めに来ましたが、その頃はまだ表通りから少し入ったところだったのに。


   天高し二十四節気が詩語と成り  弁人


 さて、天気も良いので、「新橋辺りまで、銀ブラでもしてみようか」と思って辺りを眺めると、すぐ先に高速道路に覆われた「お江戸日本橋」が見えています。
 高速道路を地下化する工事が始まるとも聞いていたので、昭和・平成時代のみじめな姿もそろそろ見納めかもしれません。

 後世の人たちは、きっと呆れるでしょう、
 「こんな時代もあったのか」と
  

 日本の全ての街道、
  「ここに始まる」と
  
  

 コロナ騒動の前、「せめて箱根の手前くらいまで、東海道を歩いてみようか」と思ったことがあったのですが、忘れていました。「現代の東海道、富士山の見えるところがどのくらいあるのか、実際に歩いて確かめたい」とか思っていたのですがね。

 雲ひとつない秋晴れ?、「とりあえず、今日、街道歩きの一歩目を踏み出しておこうか」と、ふと思い立って中央通りを京橋方面へ歩き出しました。

 銀座4丁目。服部時計店の例の時計。
  「えっ、ミッキーマウス」
  

 どうも、ディズニー100周年とコラボした期間限定仕様らしく、スマホカメラを向ける人がたくさんいるので、つい私も振り返ったわけですが、納得です。

 というより、ミッキーの指す時間、12時40分。お昼ご飯ですよ。実は、以前テレビで見たのですが、「今度銀座に行った時には」と思っていたお蕎麦屋さんがありまして、みゆき通りを右に入って西銀座方面へ。

 泰明小学校のそばの「泰明庵」。
  今回は「天ざる」を
  

 再び、銀座通りに戻って、てくてく。

 8丁目を過ぎて高速をくぐったすぐ先に、
  「銀座の柳」の歌碑
  

 歌ったのは四谷文子とか。たぶん、戦前の歌なんでしょう。私にはなじみがありません。藤山一郎の「東京ラプソディー」なら知っていますが。

 さて、昔の東海道。今の道でいうと、新橋で中央通りから第一京浜(国道15号)に入ります。

 頭上に「ゆりかもめ」の新橋駅。
  真下をくぐります
  

 最初の宿場は「品川宿」ですから、その辺まで歩かないといけないのかもしれませんが、お昼のビールが効いたのか、ちょっとかったるくなってきました。

 ということで、今日はここまで。
  浜松町近くの「大門」
    

 今日は4㎞くらいでしたが、日本橋から
  京都までは
  

 「五〇三粁」とありますから、とりあえず「500㎞」を切りました。まあ、京都までは行きませんがね、「ういらう」の小田原までくらいを目標にしましょうか。


   何気なく踏み出す一歩 秋うらら  弁人



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