チムどんどん「明石通信」&「その後」

初孫との明石暮らしを発信してきましたが、孫の海外移住を機に七年で区切りに。現在は逗子に戻って「その後」編のブログです

加古川で紫陽花に出会う

2015-06-28 18:27:30 | お出かけ・散策
6月28日(日)

 今朝は早起きをして、サッカー女子ワールドカップの準々決勝、日本対オーストラリア戦を観ていました。終わったのが6時半でしたから、もう一度布団に入る時間でもなく早々に朝食を済ませました。

 ところで、姫路方面へ出かける時に、いかにもここはかつて有料道路だったという面影が残る国道2号線のバイパスを通ることが多いのですが、昨年あたりだったでしょうか、加古川の手前にジャンクションができて、「東播磨道」という北に伸びる新しい道ができました。
 案内板には「小野・三木」方面とあるのですが、明石から小野・三木方面へ向かう時に使う国道175号線には「東播磨道」のインターはありません。

 いったいあの道はどこへ出るのだろうと気になっていたのですが、今日のKAZU君は、母親の会社関係のバーベキューに行くということで時間ができました。それじゃあと、車で買い物に出たついでに、バイパスを西へ向かい、加古川手前から東播磨道とかに入ってみました。

 片道一車線ですが、信号のない高架の道が4~5キロほど、インターも2ヶ所だったか通過して終点で下りたのは加古川の郊外らしく、正面にお寺が見えたものの、土地勘がないのでなんとも言えません。
 一般道に突き当たっているので右折すると、左にカーブしながらすぐに加古川の左岸(東側)の「上荘橋東詰」という十字路に出ました。そうか、右に曲がって川沿いを上って行けば175号線に近づいて、平行する感じで小野の市街地へ出るんだなと納得。

 175号線は、先日、ほたるを見に行った時にも通ったので、今回は北へは向かわず、目の前の上荘橋を渡って加古川の西側へ行ってみました。実は、カーナビの地図に「平荘(へいそう)湖」という水色の表示が見えたのが気になったこともあって。

 ご存じのとおり、播磨の平野部には農業用水の確保のための溜め池がとにかく多く、運転中に少々の水面に出くわしても、どうのこうのということはありませんが、

 さすがに「湖」というだけあって、
  かなり大きい
  

 大きめの溜め池の三つ四つぶんくらいはありそうです。南側(正面の山の右側)の対岸はせき止めてあるように見え、もしかしたらダムになっているのかなと思いましたが、加古川駅からわずか2~3キロの平野部で、すぐ数百メートルの所に加古川が流れているのですから、ダムといっても我々が想像する高低差のあるものでなく、溜め池の特に大きなものと考えたほうがよさそうです。
 ということで帰ったあと調べたところ、「昭和41年に東播磨工業地帯の工業用水の確保のために作られた人造湖」とありました。

 ちなみに、すぐ北2~3キロの所にも、平荘湖より15年ほど新しい「権現湖」という同規模の人造湖があるようで、地図には「権現ダム」という表示が出ていましたが、今日は午後からテレビでのカープ戦を楽しみにしていたので、権現湖まで足を伸ばす時間はとれませんでした。

 とりあえず、湖畔の道をぐるりと回ったら帰ろうというつもりでしたが、

 湖畔の紫陽花が気になって
  車を止めました
  
  

 今日は雲は多いものの晴れ間がのぞく好天気。でも、紫陽花はもうちょっと湿りがちの時のほうがいいのかもしれません。


   長き陽に紫陽花木陰を向きにけり   弁人


 カメラを構えていると、散歩中の人から「あじさい園には行かれましたか」と声をかけられ、数百メートル先の駐車場に移動。

 これはみごと、
  ガクアジサイの群れ
  

 なるほど、
 「花の名所平荘湖あじさい園」とありました
  

 水面を背景に、
  なかなかの風情
  
  


 細長い紫陽花は「カシワバアジサイ」と言って、たしかに葉が普通の紫陽花と違ってカシワ状になっていますが、今まで白い花しか見たことがありませんでした。

 これは薄ピンク。でも葉はちゃんと
  カシワ状になっていました
  

 でも、やっぱり、いちばん惹かれるのは、

 純国産、紫陽花の原種
  「ガクアジサイ」でした
  


   水面の風を吸わんや萼紫陽花   弁人


 
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明石に、KANA君がやって来た

2015-06-23 16:07:19 | KAZU君&KANA君と妹君
6月23日(火)

 19日の金曜日。東京にいる二人目の孫のKANA君が初めて明石にやって来ました。

 西明石11時55分着の
  「500系ひかり」
  

 「あ、おじいちゃんだぁ」
  「よく来たなぁ」
    

 一年くらい前から、KAZU君が
「お正月とかにカナくんに会いに行くやろ、いつもカーくんが会いに行くやろ、なんでカナくんは明石に遊びに来んのや」
と、時々言うようになりました。
 そんなKAZU君の気持ちが通じたというか、ほんとうはKAZU君がオランダへ行ってしまう前に一度明石へということだったのですが、とにもかくにも、とうとうKANA君が明石に遊びに来てくれたのです。

 KAZU君に負けず劣らず電車好きのKANA君。せっかく関西へ行くのだから、いっぱい関西の電車に乗せてあげようとパパもママもいっしょうけんめい。
 山陽新幹線にしか走っていないのに、まだまだ子どもに大人気の500系。今はすっかり本数が少なくなって、西明石に来るのは二往復、下りは朝8時と12時前しかありません。
 KANA君の乗って来た「こだま741号」に新大阪で乗るには、東京駅8時台の新幹線に乗らなければならないので、出発を前日の木曜日にして、大阪で一泊してやって来たのです。

 500系「こだま」の一両目はプラレールの遊び場になっています。でも、そこで遊んでしまうと広島辺りまで行ってしまいそうなので、KANA君に気づかれないようにしたとか。

 わずか20分ちょっとの500系でしたが、とにもかくにも大喜びで西明石駅に降り立ったKANA君。まずはお腹を満たさなくてはなりません。

 「これが明石名物の玉子焼や。
  フーフーせなあかんで」
  

 ふわふわなので子どもにも食べやすいかなと思いましたが、都会の子どもはあまりタコは口にしないのでしょう、タコには首を振りつけ汁のおだしをさかんにすくっていました。

 「カーくん、500けい・・・さんだばーど乗ったよ」
 かなりしっかりおしゃべりができるようになりました。「さんだばーど?」
 実は、前日、新幹線を京都で下りて大阪までサンダーバードにも乗ったということでした。

 「かじゅくんは?」
 「カズくんは学校だから、お昼寝したら海で会おうね」
 この日は金曜日。KAZU君はいつもどおり学校があるので夕方まで会えないのです。

 逗子からおばあちゃんもやって来て、その夕方。みんなで駅前の大蔵海岸へ行きました。

 海岸に屋根付きの
  バーベキューサイトがあります
  

 「お腹いっぱいや。
  明日も楽しみやな」
   


   夕凪の香りもおかずにバーベキュー   弁人


 翌土曜日。まずは
  電車に乗って三宮へ
  

 「なんのおみせやろ」
  「なんのおみせかな」
  

 関西に来たら「コナもん」?。
  お好み焼き屋でした
  

 天気が良ければ淡路島へ行こうかとか、いろいろ考えを巡らせたのですが、なにしろ梅雨時、空模様があてになりません。どっちに転んでも楽しめるのはメリケンパークあたりだろうかと、とりあえず三宮へ来たわけです。
 三宮には大阪から姪夫婦も駆けつけてくれて、総勢9人の大所帯に。コテ(ヘラ?)を手にみんなでわいわい楽しくお昼を食べました。

 シティ・ループバスで
  メリケンパークに
  


   水筒の麦茶も揺れて下りるバス   弁人


 ミナト神戸。大人なら駅の北方面へも行くのでしょうが、今回は子どもが主役ということで、海岸の海洋博物館とカワサキワールドへ。

 「すごーい!」
 (ハイブリッド超低床電車「スイモ」)
  

  0系新幹線運転席
  

  やはり、淡路島よりよかったようです
  

 ポートタワー。
  まだKANA君は望遠鏡に届きません
  

 「カナくん、
  今度は遊覧船やで」
  

 「カナくん、船長さんやる?」
  「センチョーさんってなーに?」
  

 このあと、またバスに乗って三宮へ戻り、お別れとなりました。KANA君たちはおばあちゃんも一緒に難波のホテルに泊まり、翌日曜日に南海特急ラピートで関西空港へ。今回の旅の締めは生まれて初めての飛行機というプランです。

 ということで、KAZU君はお母さんとおじいちゃんと3人で明石に帰ることになり、

 少々寂しげな
  夕方となりました
  


   目や虚ろ別れのあとの夏至夕べ   弁人


 翌日はKAZU君と二人の休日です。この際一緒にラピートに乗って、関西空港へKANA君の見送りに行こうかとも思いましたが、朝早くに起きなければならないし、せっかく上手にさよならができたのに、もう一度お別れの寂しさというのも不憫です。日曜日はKAZU君と神戸の「しあわせの村」で遊んで来ました。


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北播磨の「ホタルの里」を訪ねる

2015-06-18 23:51:31 | お出かけ・散策
6月18日(木)

 「ホタル」。
 「なんとも幻想的な風情」とか言われても、私が生まれ育った東京の下町は昔から都会だったので、子どもの頃に出会った思い出なんぞあるはずがありません。
 大人になってから住んできた逗子には、ホタルの舞う場所が二ヶ所ほどあるのを知っていますが、春から夏にかけてはきっと仕事に追われていたのでしょう、見に行ったことはありません。

 あれはもう20年以上前のことです。藤沢の奥にある先輩のお宅に招かれた時、広いお庭に池と水槽があって、ちらっと光って消えるものを初めて目にしたのですが、あとにもさきにも、ホタルを目にしたのはあの時一度だけでした。

 先日、逗子に帰る前、車でラジオをつけていると、加古川の上流の野間川という支流の畔にホタルの名所があると知らせていました。

「それにしてもぎょうさん、ホタルが飽きるほど飛んどるんや、びっくりするで・・・」

 西脇市の奥か、車で1時間はかかりそう。それに夕方はKAZU君のお相手をするのが日課なので、行ってみようとは思っていなかったのですが、「6月から週に一回シッターさんに頼んでみることにしようか」という話がまとまって、夕方に自由に出かけられる日ができました。

 一昨日の火曜日。雨は降っていないものの、梅雨時らしい雲に覆われた日でした。天気予報ではなんとか一日持ちそうな気配。「見ごろは5月下旬から6月半ば」という情報もあったので、それではと思い立ちました。

 場所は北播磨の多可町。3年前の9月に三色の彼岸花を見に行った所です。明石からこの方面へ行くには、通称「イナゴ」と呼ばれる国道175号線を北上するしかありません。小野市を抜けて三木市を走っているころから空が明るくなってきました。この日はちょうど旧暦の五月一日で新月の晩にあたり、ホタル鑑賞には絶好の夕闇が待っていそうと期待が膨らみます。

 18時過ぎ、車は西脇市で左へ折れて多可町に入り、野間川の脇に出ました。ところが、あと数分かなと思った時からポツポツと雨が落ちてきて、なんということでしょう、見る見るうちに土砂降りに。

 ホタルは雨が降ると葉に隠れてほとんど飛ばないということは知っていましたが、合羽をまとった駐車場係りの叔父さんから「グランドが駐車場でね、この雨でどろどろになっちゃうから今日は停められません」というダメだしまでが出てしまいました。

「しばらく待てば雨が上がるかもしれないけど、やっぱり今日は無理かなぁ」
「雨が上がれば飛ぶかもしれないけどね、今日はどうかな。車を停めるのも少し遠くになって、この道をあっちに向かって行った所に・・・」

 今日はあきらめるしかないかと、それに雨が止む保証がないのに500円とかいう駐車料もばかばかしいと奥の駐車場には行かず近くの路上で上空を見上げていました。

 18時20分。少し小降りにはなったものの、
  依然として厚い雲
  


   蛍には恵みの雨にや重き雲   弁人


 「それにしても、せっかくここまで来たのに」と思いながら西脇方面へ戻りかけましたが、暗くなるまではまだ1時間近くあるのだからと思い直して、再びUターンして空模様を窺うことにしました。

 19時ちょうど。
  雨はほぼ止んでくれました
  

 もうそろそろ暗くなってもいい時間です。車を停めた所から川沿いまで400メートルくらい。川沿いの道も数百メートルはありそう。ゆっくり歩いていればちょうどいい時間になるかもしれないと、

 野間川の畔の
  遊歩道へ出ました
  

 やはり西日本は日が長いのです。山あいの田園地帯とはいえ、

 19時半を過ぎたのに、
  まだ西の空が明るい
  

 ともかくお天気は大丈夫そう。あとはホタル君たちが雨が上がったことを気づいてくれるかどうかの問題。いよいよ夕闇が迫ってきましたが、

 対岸はミズキでしょうか、
  白い花をつけた木がまだ見えています
  

 ホタルはあの木の茂みの中にいるのでしょうか。葉と水の間あたりに飛び交うのでしょうか。
 そんなことを思いながらゆっくりと歩を進めているうちに、ようやく夏の夜の世界が訪れてきて、20時ちょっと前、とうとう光が舞い始めました。

 最初は、流れ星のように一瞬光が流れる感じでしたが、しだいに目も慣れてくるのでしょう、水辺の辺りにも、目の高さにも、先ほど見た木の上のほうにもしきりに光が動いています。雨上がりとはいえ、思ったよりたくさん飛び交っていて、たまにこちらの遊歩道の上にも飛んできたりします。


   山あひの闇夜に遊ぶ蛍かな   弁人


 デジカメを夜光モードにして、微かな光に向けてシャッターを切ったりしますが、やはり私のカメラでとらえるのはとても無理で、モニターを覗くと全て真っ黒になっていました。
 帰った後、PCで確認すると、

 わずかにたった一枚、それも
  一匹の光だけが残っていました
  


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残念なことが重なった水無月の第二週

2015-06-16 13:03:56 | 身辺雑記
6月16日(火)

 玄関ドアーを開けて、エレベーターの反対方向の西へ目を遣ると、

 明石のシンボル
  天文科学館の塔が見えます
  

 「夏至」までもうわずか、一年でいちばん日の長い時期ということで、

 夕日が天文科学館の
  ずっと北側に沈みます
  

 ちなみに冬は、

 科学館の南(写真左)の
  海に沈みます
  


 ところで、6月10日は「時の記念日」です。この日は無料開放になる天文科学館へ行くと、毎年「通過記念証」なるものがもらえます。

 明石暮らしもあと三ヶ月ほど、「通過記念証」を手にするのも今年が最後なので、カレンダーに印を付けて楽しみにしていましたが・・・、

 前日の夜、KAZU君が体調を崩して苦しんでいるという連絡が入りました。夜分のことだったので、ひと眠りして朝様子を見に行くと、お腹をこわしたらしく、口に入れたものはほとんど嘔吐してしまう状態でした。

 お母さんが勤めに出た後、まずは安静に寝かせて、目を覚ましたらお医者さんに連れて行かなければと様子を看ていると、ケイタイにメールが届きました。

 中身は、以前から闘病を続けていた叔父の容体が悪化したというものでした。母の弟にあたる人ですが、私が小学生の時に父を亡くしたこともあって、ずいぶん可愛がってくれました。大の巨人ファンで野球通、車好きが嵩じて、晩年は個人タクシーの運転手をしていた叔父さんでした。私も野球と車は大好きなので共通する話題が多く、大人になってもいろいろと世話になってきました。体調が思わしくないという話を聞いて、昨年見舞いに行きましたが、かれこれ一年近く顔を見せていません。KAZU君の体調が戻ったらまた見舞いに行かなければと思っていると、10時過ぎに次のメールが入りました。なんと訃報でした。


    年長を見送る定め梅雨の空   弁人


 そんなこんな、突然、思わしくないことが重なる憂鬱な日になりましたが、とりあえず、妻君に明石に来てもらってKAZU君の看病を交代することにしました。

 さて、久しぶりに病いに臥したKAZU君。きっと新入生になった4月以来の疲れがたまっていたのでしょう、朝、口に入れたものを全部もどした後は、お昼までぐっすり眠って、午前中にと思っていたお医者さんには行けませんでした。


    五月病月遅れもあり臥せる孫   弁人



 さて、15時過ぎに妻君到着。KAZU君の看病を任せて、急ぎ逗子に帰る仕度をするために自分の部屋に戻ったところ、東京から叔父の葬儀の日取りの連絡がありました。
 この日は水曜日でしたが、お通夜は金曜日とのこと。一日の間があるので新幹線に乗るのは翌日にして、もう一度KAZU君の所へ行こうとした時に、「おっと、今日は『時の記念日』だった」と思い出しました。

 もう夕方近くになっています。遅いかなと思いつつ天文科学館へ行ってみましたが、やはりだめで、「通過記念証はお昼前に終了しました」という話を耳にして、お医者さんの送迎のためにKAZU君の所へ戻りました。

 診断は「ウイルス性胃腸炎」。
 幸い発熱がなく、重症ではないとのことでいちおう一安心。翌日に逗子に帰りましたが、今回はKAZU君もだいぶつらそうだったので、叔父の葬儀のあと明石にとんぼ返りとなりました。

 とまあ、こんな具合で、明石に来て7回目の「時の記念日」はちょっと残念な一日になってしまいましたが、明石に戻って元気回復のKAZU君の顔を前にして、慌ただしかった数日間の疲れを癒しているところです。


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明石の季節も、初夏から梅雨へ

2015-06-08 15:02:10 | 身辺雑記
6月8日(月)

 先週の半ばの水曜日、近畿・中国・四国地方全域で「梅雨入り」が発表されました。
 たしかに、その日と一日おいた金曜日は雨が降りましたが、木曜日と土日は、どちらかというと北寄りのそよ風の吹く、とても梅雨時とは思えない爽やかな日が続きました。

 時々車を停める、KAZU君の家の隣の団地の駐車場の前に、

 この時期、
  トケイソウの花が咲きます
  

 運動会の翌日に遊んだ公園には
  ヤマボウシの花
  

 町中の紫陽花は
  ガクアジサイが多いのですが
  

 KAZU君のマンション裏の
  坂道を上った所に
  

 一年でいちばん日の長いこの時期、KAZU君の家から帰る時は、駅前で買い物をする時以外はこの坂道を通って来ます。ところがこのルート、上の写真には工事用の柵が見えていて大変貌中。
 かつては鬱蒼とした木々に囲まれた道で、勝手に「峠道」と称して親しんで来たのに、2010年ごろから開発の手が入り、宅地造成が進行しているのです(途中経過は2012年6月30日付の記事に載せてあります)。

 歩行者は
  通れるようになっていますが
  

 海峡の景色も
  柵越しに眺めることに
  


   海峡を見下ろす紫陽花夕日中   弁人


 住宅関連の企業や業者は、やはり住宅を売らないと商売にならないのでしょうか。日本では、一戸建ての七軒に一軒は空き家になっているという問題が目の前にある一方で、いまだに丘陵がどんどん削られて新しい住宅が建てられて行く現実は少々やりきれません。
 今は両親の家の相続を望まない後継世代が増えている中、実は、老朽化の進む逗子の私の家だって将来どうすべきなのか、明石を引き揚げたあと真剣に考えないとと思っているのです。
 そんな現状を考えると、新規の宅地造成は極力控えて、空き家の有効活用に取り組むのがこれからの住宅政策のあり方のような気がするのですが、関連業者や企業が先を見通した新規事業に目を向ける様子が感じらず残念でありません。


 さて、溜め息をつきながら部屋に戻った翌日は、KAZU君と海岸にあるマクドで朝食をとってから、

 大蔵海岸で
  時間を過ごしました
  

 「わんぱく相撲明石場所」の
  観戦が目的でした
  


   潮風を背にわんぱく夏相撲   弁人


 オランダへ行く前に、「おじいちゃん、カーくんとお相撲取ろうな」と言ってくれるかなと期待していたのですが、KAZU君あまり興味を持たなかったようで、「早く、公園で遊びたい」と言い出しました。

 ということで、この日は
  近くの公園で遊んで、
  
   

  午後は、家でミニブロックの
  「ラQ」で遊びました
   


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KAZU君、小学校で初めての大運動会

2015-06-02 22:38:36 | KAZU君
6月2日(火)

 入学式からまだ二ヶ月経っていませんが、KAZU君の小学校では、早くも先週30日の土曜日に大運動会が開かれました。

 梅雨入り前の
  初夏の日射しが眩しい
  

 二週間くらい前からでしょうか、KAZU君家に帰って来ると、「白組勝つぞ、優勝しかない」という運動会の応援歌を口ずさむようになりました。
「今日は体育あったの? 運動会近いからな」
「当たり前やんか、いっぱい練習したで」

 そんなことばを聞きながら、五月の末を迎えました。

 いよいよ開会式の入場行進。
  KAZU君も歩き始めました
  

 住宅地のマンモス小学校。一年生は4クラスですが、5・6年生の列はもっと長く、生徒数が多いようです。
 それにしても、なかなか壮観。これまでのこじんまりとした保育園の園庭での運動会とは全く別世界です。


   赤白帽我が子は何処麦の秋   弁人


 それにしてもいい天気になりました。日射しは夏そのものですが、さいわい梅雨前線が南下していて大陸の高気圧の下だったので、爽やかな風のもとでの気持ちの良い日和となりました。

 まずは元気に、
  校歌斉唱
  

 続いて全員で準備体操。
  いたいたKAZU君、中央の後ろに
  

 校庭の脇は、
  いかにも子どもの運動会らしい光景
  

 「運動会」というと、太宰治「津軽」の中で「たけ」と再会する場面が思い出されて、つい感傷に浸ってしまいます。
 今でも、こうしてお弁当を用意して家族総出で応援する運動会。明治以来でしょうか、どこか昔からの匂いの漂う、わが国独特の光景のような感じがします。

 緊張気味に集合。
  最初の出場種目は「徒競走」です
  

 昨今は、優劣のつく「徒競走」を敬遠する傾向があるのか、プログラムを見ると、駆けっこは全員参加のリレーになっていましたが、距離やリレーの問題もあるのでしょう、それは2年生からで、1年生はいわゆる「徒競走」の形で行われました。

 4人で走りますが、KAZU君は背が高いのでいちばん最後の組。端数が出てしまうので3人になりました。

 KAZU君、いちばん向こう。
  出遅れたが追いつくか
  

 スタートで出遅れたのには理由がありました。実はKAZU君、花火とか太鼓とか、「ドーン」という音が苦手なのです。明石公園で毎年行われる鉄砲隊の演技は大嫌いですし、そういえば、一昨年小田原で武者行列に出くわした時も逃げ出しました。
 運動会は競技の要所で雷管のピストルが鳴らされるので、

 自分の席にいても
  耳を塞いでの応援
  

 ということで、スタートラインでも耳を塞いでいたので出遅れたのでした。


   よーいドン 耳塞ぐ子も走り出し   弁人


 この後、上級生のリレーもあって、
  運動会もたけなわに
  

 KAZU君の二回目の登場は
  1・2年生のダンスでしたが、
  
 みんなバンダナを被って、いったい何色なのか、KAZU君が準備している時に見ていなかったので、どこにいるのか全くわかりませんでした。

 そして、家族とお弁当を食べた後は、得点が大きく動く団体種目が中心です。

 心ひとつに、
  全学年の「大玉送り」
  
  

 KAZU君出場の低学年種目は
  「玉入れ」でした
  

 このあと、上級生の「綱引き」「騎馬戦」と熱戦が繰り広げられ、初夏の風の中での熱い一日の幕が閉じられました。


   万歳の雄叫び響く初夏の空  弁人


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