レーヌスのさざめき

レーヌスとはライン河のラテン名。ドイツ文化とローマ史の好きな筆者が、マンガや歴史や読書などシュミ語りします。

井上靖『氷壁』その他

2006-04-30 19:44:11 | 
 私が猛然と読書するようになったのは都立高に行っていた1年の時期であるが、このころに読んだ中に『氷壁』があった。登山中にザイルが切れた事件を元にした話だときいたことがあったので、なんとなく手にとったのだと思う。
 アマチュア登山家の魚津とその親友小坂が冬の前穂高を登頂中、命綱のザイルが切れて小坂が墜死する。自殺説を含めた世間の憶測の中で、魚津は、小坂が想いを寄せていた人妻美那子にやはり惹かれていく。それを振り切るべく、魚津はまた山へ挑みーー。
 
 今年、これを「原案」としたテレビドラマがあったので、それを機会にまた読んでみた。この現代日本で、生死を共にするような間柄とは中々なさそうだが、山仲間というのは狙い目かもしれない、とか、年の離れた夫妻の独特の緊張感が上手い、この調子でオクタヴィアヌスとリウィアとクラウディウス・ネロの三角関係描いたらどんなもんだろ、とか、なにかと不純な感想も抱きながらやはり面白い。美那子が、死んだ小坂の妹かおる(魚津に惹かれていることになんの後ろ暗さもない立場)と会って、その清潔さに嫉妬する心理(自分は不純だと思っているので)は結構リアルだ。かおるが自分から魚津に結婚を申し込むのは中々大胆か。
 私は井上作品はあらかた読んでいるが、恋愛小説分野での最大ヒット作はたぶんこれだろう。特色は随所に出ている。友情モチーフのうまさ。美女の神秘性。ツンとした人妻と清楚な娘の対比。太っ腹な上司。こういった要素はこの作家のオハコである。--有体に言えばかなりワンパターンである。しかしそれを好きな読者も多いのだし、作者も好きなのだろう。
 ドラマの件であるが、「原作」ではなく「原案」という言葉を使っていることからも、かなり変わるだろうと予想はしていた。登場人物の名前も、同じなのは「八代美那子」だけだった。原作では美那子は単に奥様であるが、ドラマでは「専務」で、ヤシログループのネイルサロンを任されている。小坂から美那子への手紙がほとんどメールだ、ううむ、いまひとつ風情がなぁ・・・。携帯電話が当然のように使われている。なにしろ小説は50年まえのものなので、そのままの風俗では時代劇になってしまうだろう。単に奥様のヒロインでは馴染みにくいと判断されたのか。原作では、57歳の夫と30歳の妻で、かなりトシくった夫という感じに描かれているのだか、昨今、57歳程度ではまだまだだろう。それにこの夫役が石坂浩二なので、親子ほどの年齢差には見えなかった。
 最大の差といえばもちろん、小説では、魚津は美那子に、直接的な言葉ではなく気持ちを伝え、それで決別してしまうのに対して、ドラマでは、美那子が一時家を出て彼 奥寺(魚津に当たる役)と共に暮らす。そしてやがてまたもとの鞘に納まる。夫「お帰り」。そしてまた山へ向かう奥寺。こちらでは死にそうにない。そう、小説は悲劇である。
 そもそも、井上靖の恋愛小説はたいていが人妻であり、しかも、想いを告げたらそれで終わってしまう。即物的なフリンにはしらないのが常である。このへんの変更が最大の違いだろう。

 今年の1月に、同じ井上原作の『風林火山』のドラマもあった。こちらは話が別物というほどではなかったが、なんといっても・・・とびきりの美女でなければならない諏訪御前が不足だった・・・。
 もちろん、原作と離れることが必ずしも悪いとは言わない。私の熱愛する結束脚本・栗塚主演の『燃えよ剣』も、原作からも史実からも結構遠い。しかし、美しいことが必須の役どころならば、それに見合った人をあててほしいと思うことはしかたないではないか。来年の大河も『風林火山』、配役のほかに長さも気になる。50回もするほどの長編ではないのだが。これまた別物になりそうだ。戦国ものの短編はけっこうあるが、これらを上手く取り入れたら脚本家を尊敬する。
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