晴れ時々スターウォッチング

昔の出来事もたま~に紹介

三沢基地航空祭2022 観覧記録

2022年09月13日 | Weblog
 NASAの飛行機が三沢に飛来した!ということは前日(9/10)のツイッターで話題になっていたので知ったのですが私にとっては存在すら知らなかった飛行機でした。三沢航空祭は過去にもめずらしい機体(B2-Bなど)が展示されることがあったので今回も展示されるのではと期待が膨らみました~。

 さて、今回抽選で当選したものの三沢基地航空祭はこれまで行ったことが無いので事前の情報収集が重要です。一番気になる駐車場ですが3年ぶりの開催となる今年は基地周辺に無料駐車場を用意しているとのこと、朝5時頃からは入れるというので下記のようにプランを立てました。

 22:00仙台出発→紫波SAで珈琲タイム→八戸自動車道 折爪SAで仮眠→05:00無料駐車場着

 で、実際は21:30仙台発→23:00紫波SA着(お店はすべて閉まっているので自販機の珈琲をモバイルSuicaで購入して、ほっとコーヒータイム)23:10紫波SA出発 → 0:40折爪SAに到着したのですが…

 なんと深夜にもかかわらず誘導員が誘導灯を振って駐車場所を案内しています。え… 誘導員が何人もいる。ここはSAといってもコンビニ(ミニストップ)とトイレだけのPAのような場所のはず…

 誘導員に案内されて駐車場を進むと、おおー満車です! なんじゃこりゃ~ スゴイ数の車です。とりあえずコンビニ前の唯一空いているところに車を止めて誘導員に、
「あの~、どうしてこんなに誘導員がいるんですか?」と尋ねると
「ああー、今日は特別で…」
「明日の三沢ですか?」
「そうです。みなさんここで仮眠を取って、たぶん早朝には一斉に出ると思います。」
(なるほど、コンビニから離れた場所の車はすべて窓を目隠しておやすみモードのようです)
「そうなんですね~。ご苦労様です。」
とお言葉をかけてコンビニに入ると…

 むむ、お客さんは数人しかいませんが、フツーのコンビニでは感じない緊張感が充満しています。あー、この雰囲気はNHKドキュメント72時間「夏コミケのコンビニ」で見た様子そのものだ。店員さんたちが黙々とおにぎりを並べてこれからやってくる激混みの準備をしています。
 店内は青森土産寄りの品揃えが所せましと並べてありましたが、おにぎりの数とお弁当の数は私にとっては初めて見る量の多さで圧倒されて逃げるように車に戻ってしまいました。(笑)

 さて、車に戻って仮眠を取ろうと思いましたが駐車場所がコンビニ前で明るいこととひっきりなしに車が出入りするのでどーも仮眠モードに入れません。あらためて外を見るとけっこうの車が青森方面へ出て行ってます。ナンバーを見ると福島、宮城、秋田、さらに関東圏もちらほら… う~む、これは早めに三沢に行った方が得策なのか… 

 結局、早めに三沢入りすることにしました。眠気も覚めたので01:40に折爪SAを出発、ここから三沢は近いので02:30には無料駐車場に着きました。無料駐車場は暗かったので正確には分かりませんがかなりの数の車がとまっていてみなさん就寝中のようでした。で、私もお仲間に入れてもらって仮眠モード開始です。西の空には大分低くなった満月が見えていました~。

 05:00アラームの音で目を覚まして周りを見ると、多くの方が動き出していました。駐車場前の道路を見るとファルコンゲートに向かって歩いている人が多数います。三沢基地への入場門は三カ所です。ここから一番近いオカゲートは距離にして300mほどで基地内移動用バスの乗車場所となっているところですがバスはゲートオープンの8時にならないと乗れません。

 ここから2番目に近いファルコンゲートは距離にして2kmありますがバス待ちの時間を考えるとファルコンゲートで待つ方が早く入場できるはずです。ということで、みなさんと一緒にてくてくとファルコンゲートに向かって歩くこと30分、5時30分過ぎにはファルコンゲートに着きましたがすでに300mの列ができてました。これはまだいい方で最終的には1km以上の列ができていたそうです。

 ここからは8時のゲートオープンをただただ待ちます。三沢基地は米空軍の基地でもあるので持ち込み物には厳しい規制があります。3辺の合計が100cmを超える物はリュックでも三脚でも椅子でも持ち込み不可です。なので持ってきた椅子はかなり小さい物でしたがそれに腰掛けてひたすら待ちました。

待ち時間を利用して本日の展示飛行スケジュールを見ながら基地内での動きのシミュレーションです。
〈展示飛行スケジュール〉
8:45 オープニングフライト(F35A,F2,F16,EA-18G〉
9:20-9:40 米空軍F16 機動飛行
9:55-10:05 F15J 訓練飛行
10:10-10:20 F-2 機動飛行
10:40-10:20 UH-60J 訓練飛行
10:55-11:05 F35A 大編隊航過飛行
11:00-13:00 JAL定期便の飛行
13:05-13:20 CH-47J 訓練飛行
13:25-13:40 EA-18G 機動飛行(キャンセル)
13:45-14:05 米空軍F16 機動飛行
14:10-14:25 F35A 機動飛行
〈地上展示エリア〉
エプロン東側-自衛隊エリア、エプロン西側-米軍エリア
 これから入場するファルコンゲートは基地の東端なので見学コースとしては自衛隊展示エリアから進んで、展示飛行を見ながら西側の米軍エリアに向かうという動きになります。
 途中でグッズ販売のブースも見たいし、お昼は米軍エリア内にあるバーガーキングに行きたいし、アメリカングルメ屋台も見逃せないなぁ~などと考えているとオープン時刻20分前に列が動き出しました。お、早めのオープンか!?と思ったら列が詰まっただけで、結局、8時をちょっと過ぎたときにゲートがオープンしました。→ photo

 基地に入ってからは手指消毒エリア→手荷物検査エリア→金属探知機によるボディーチェックエリアの3関門を通ってやっと広~いエプロンに出ました~。

 やった~、ひさびさの航空祭です。気持ちが高まります! で、NASAの飛行機ですが、行けども行けどもお目にかかれません… なんと米軍エリアの一番奥にありました。着いたときにはすでに黒山の人だかり… さすが超レアと言われる飛行機です。

 この飛行機の正体は、テキサス州ヒューストンNASAジョンソン宇宙センター(JSC)所属の気候大気調査機「マーティンWB-57Fキャンベラ(N926NA)」です。

 韓国・烏山空軍基地をベースとして行っていたモンスーン調査(8月2日から9月1日まで)を終えてヒューストンに帰る途中、三沢基地航空祭に合わせて寄ったものと思われます。

 パイロットのADAM KLEINさんとDARROWさん、ブルースーツがお似合いですね。

 この飛行機は元々は高高度戦術爆撃機であり、あのU-2偵察機の前身だった機体でもあります。なので翼長が37.5mととにかく長いので全体像を写すのには苦労しました。ちなみに全長は20mです。

 B-57キャンベラの初飛行は1953年ですが今回飛来したWB-57Fは1963年初飛行なので機体年数は59年でまもなく還暦です。WB-57Fの建造数は21機ですが飛行可能なのはNASAが保有している3機のみ… FAA上のレジストリは2025年となっているので見られるのはあと数年かもしれませんね。

 アップで撮影すると年季が入っているのが分かります。

  エンジンは、プラット・アンド・ホイットニー TF33-P-11A ターボファン

 ↑ このエンジン2基で高度18,000mまで上昇します。推力は 15,500 lbf (69 kN)

↑ ベースボールユニホーム風の二人は専属のグランド・クルーで常に同行しているようです。

 マーティンWB-57Fキャンベラ(N926NA)は韓国・烏山空軍基地に向かう途中、7月26日に三沢基地に立ち寄っています。モンスーン調査はおもに東シナ海で行っていましたが、フライトレーダー24で確認したところ2日ほど仙台上空(高度16,000m)を通過して太平洋に出ていたことが分かりました。

 早速、WB-57Fをフライトレーダー24のアラートに登録したので今度来たときは見逃すことなくウオッチングできるぞ~。(笑)

 こちらは高さ3mの撮影台から撮ったWB-57F。なんと撮影用の高台を用意してくれてました。サービスいいですよね~。この角度から見るとまさに「怪鳥」ですね。駐機しているときには翼端が下がっていて羽を休めている鳥の様相です。

 さて、ここまでWB-57Fキャンベラのことばかりだったので。ここからは三沢航空祭のハイライト写真も少々ご覧ください。(^^ゞ

 なんと言っても今回の見どころは三沢基地に配備されている航空自衛隊のF35Aです。12機による大編隊航過飛行、そして展示飛行の大トリで見せてくれた圧巻の機動飛行!凄すぎました~。

 ステルス戦闘機なので日の丸も含めてモノトーンコーデです。

↑ 湿度が高かったのかヴェイパー出まくりで機体が見えなくなることも何度かありました。

第301飛行隊の部隊マークはマフラーをした「カエル」で第302飛行隊が「オジロワシ」です。

こちらは太平洋空軍デモンストレーション・チームのF-16の機動飛行前準備の様子です。

この機動飛行が凄い! アフターバーナー全開でキレッキレのアクロバットはまさにド迫力!

空を切り裂く飛行と爆音、そして目の前を通り過ぎるスピードの速さには圧倒されました。

↑ よく見るとパイロットのグローブが星条旗です。わぉ!(拡大写真はこちら→photo

こちらは海上自衛隊のUS-2、新明和工業が開発した海洋における救難に特化した飛行艇。

US-2のエンジン は ロールスロイス社製 AE2100J ターボプロップ4基、

プロペラは推進効率のよいブレード6枚のダウティ・ロートル製のR414、めっちゃ美しいです。

天気は悪くなかったのですが展示飛行の時は曇り空になるという残念な空模様でした。

とにかく基地内が広すぎて急ぎ足で移動したのですが全部を見ることはできませんでした。

あ、昼はバーガーキングに行って本場のワッパーをいただきました~。


 当然ながら激混みなのでメニューは2種類、ワッパーJrのコンボセット(1450円)とチーズバーガーJrのコンボセット(1500円)のみでした。バンズは日本とは違ってどっしりとした重量感があって、中にはコールスロー・ドレッシングに近い味のソースがたっぷり入っていて、それがパテの味を引き出していてとても美味でした。(← おまえはグルメレポーターか!)

 さて、さて、アメリカングルメの屋台で食べたいもの(フライドオレオなどetc…)がたくさんあったのですが、カロリー高めのバーガーキングで満腹になりその他には食指を伸ばすことができませんでした。ざんねん~、
 
 まだまだ見たいものがあるのですが、時間はあっという間に15時になって基地内に蛍の光が流れ始めました。展示機体もみな一斉に帰投の準備です。エンジンを始動して次々と離陸していく様子を見るのは航空祭のもう一つの楽しみですが、隊員のみなさんの作業の妨げになるので、エンジンを始動したUS-2を横目に見ながらファルコンゲートへと向かいました。US-2のSTOL性能(短距離離陸)を間近で見るチャンスではありましたがまたの機会ということで諦めました。

 今年の入場者数は、公式発表によると3万5000人ほどだったそうです。初めて行ったのでかなり混んでるなぁと思ったのですが例年は9万人だということなのでこれでもかなり空いていた方なんだなぁと思いながら帰路につきました。(仙台には20:00前に着いたので大河ドラマに間に合いました~)
 
 以上、三沢航空祭2022 観覧記録でした。


〈おまけの動画〉9月18日追記
三沢基地航空祭2022 F16高速機動飛行!

三沢基地航空祭2022 F16デモチーム 超低速飛行~垂直上昇

三沢基地2022 F16デモチーム 高速ロール

三沢基地航空祭2022 F16デモチーム 離陸~ギアアップ~ハイレート機動飛行


KC-135ストラトタンカー(空中給油機)



CV-22オスプレイ

オスプレイのコックピット

後部の出口には大きな機銃が…

この巨大なローター兼プロペラでホバリングから水平飛行に移るシステムは実に興味深い…

この翼がこの機体を支えるだけの揚力を持ち合わせているとは、どーも思えないのだが…

なんとも不思議な飛行機ですね。



2022.3.16 地震のこと

2022年03月23日 | Weblog
2022年3月16日 23時36分、福島県沖を震源とする大きな地震が発生した。

 今回の地震は2011年東北沖地震(東日本大震災)以降に発生した地震としては最大の揺れだった。今回の地震について東北大学災害科学国際研究所は昨年2021年2月13日に起きた地震(M7.3)と震源がほぼ同じ双子地震だったと分析している。

 1年間というスパンで発生した双子地震としても特異性があるが、23時34分に発生したM6.1の地震の2分後にM7.3の本震が起きた連続地震だったことも含めてかなり特殊な地震だと感じている。

 なので今回の地震についてその時なにが起こったのか記憶が薄れる前にメモしておこうと思う。
時は 2022年3月16日23時30分、リビングでまったりとテレビを見ていた時だった。ドドドッ…という初期微動がやって来た。

 2011年の大震災以降、宮城県に住む多くの人は初期微動でその後の地震の大きさが分かる特殊能力を身に付けている。わが家ではこの初期微動でリビングに留まって様子をみるか、リビングからウッドデッキに出るかを判断しているのだが、23時34分の初期微動はウッドデッキに避難すべき振動だった。

 妻とウッドデッキでこれ以上揺れが大きくならないようにと願いながら様子をうかがっていると、かなり強い揺れだったがピークは過ぎて揺れが収まってきた。東京に住む娘から「地震大丈夫?」とラインが入ったのでリビングに戻って、「大丈夫(送信時刻23:36)」と送信ボタンを押した瞬間だった。

 ドドドドドドドドッーと再び初期微動が来た。やばい! 妻と2人でウッドデッキに脱兎のごとく駆け出してウッドデッキに出た瞬間、ドドドッ、ガーッ、という大地震特有の大音響と同時にリビングに置いてきたスマホとテレビから緊急地震速報が鳴り響いた。

 強い揺れに必死で耐えているとき青白いフラッシュが東の空と南東の空の低いところで立て続けに光った。これは仙台駅から撮影された大震災発生時の映像でも見られるモノだが、肉眼でその瞬間を見たのは初めてだった。

 その直後、揺れは収まるどころかさらに強くなった。肩を掴んで揺すぶられるような激しい揺れ、家が小刻みにジャンプして見える凄まじい縦揺れ、家の中からは様々なモノが倒れ落下する音が連続して聞こえてくる。

 激しい横揺れだけでなく強い縦揺れを含めた3次元の揺れに家が崩れるかも…と恐怖を感じた。ひょっとしたら大震災より強い揺れかも…と感じたが揺れている時間は大震災の時よりはるかに短かった。

 娘に「もっと強いの来た」と送ったラインの送信時刻が23時38分だったので強く揺れていた時間は1分程度だったと思う。ちなみに東日本大震災の時は強い揺れが3分以上続いていた。→3.11強震記録波形

 今回の地震(M7.4 最大震度6強)と昨年2月13日の地震(M7.3 最大震度6強)は震源地も規模もほぼ同じ双子地震だったようだが気象庁の推計震度分布図をみると今回の方が広い範囲で大きく揺れていることが分かる。( ↓ クリックで拡大)


 こちらは防災科学技術研究所が公開している仙台の強震記録波形

記録開始時刻23:36:48 最大加速度330.7gal 計測震度5.3 震央距離92km
上段が南北方向、中段が東西方向、下段が上下方向の加速度を表しています。

 今回の地震では宮城県の川﨑で1232.7galという2016年の熊本地震に匹敵する加速度が記録されていますが、震度は地震の最大加速度と地震波の周期で決まるので加速度が高いからといって必ずしも大きな震度になるということはないそうです。詳しくはこちらを→気象庁 震度と加速度


*参考資料
・日本で震度7を記録した地震の最大加速度は以下のとおり
 1995年 兵庫県南部地震: 891gal
 2004年 新潟県中越地震:2516gal
 2011年 東北地方太平洋沖地震:2933gal(築館:計測震度6.6)
 2016年 熊本地震前震:1580gal
 2016年 熊本地震本震:1362gal
 2018年 北海道胆振東部地震:1796gal
・世界最大加速度 岩手・宮城内陸地震:4022gal 2008年6月14日 M7.2
 →計測地点(一関西:計測震度6.3、震央距離3km、震源深さ8km)
・2011年3月11日 M9.0:1807gal(仙台:計測震度6.3、震央距離170km)
・2011年4月 7日 M7.2 :1084gal(仙台:計測震度6.2、震央距離87km)
・2021年2月13日 M7.3 :215gal(仙台:計測震度4.9、震央距離90km)
・2022年3月16日 M7.4 :330gal(仙台:計測震度5.3、震央距離92km)
・重力加速度1G≒980gal

 東北大学災害国際研究所の災害緊急調査報告によると今回の地震は2021年2月13日の福島県沖の地震(M7.3)の余震の1つであり、震源の位置と深さ(57km)から沈み込んだ太平洋プレート上部で発生したいわゆる「スラブ内地震」とのこと。

*スラブ内地震:東北地方の地下に沈み込んだ太平洋プレート内で発生した地震
*プレート間地震:太平洋プレートと日本列島が乗っているプレートの境界がずれて発生する地震

 今回の地震も昨年の地震も広い意味で捉えると3.11後の継続的な余震活動のひとつということらしいが、宮城県沖で3.11以降に起きたマグニチュード7クラスの余震(2011年M7.2、2021年M7.3、2022年M7.4)活動域をつなぎ合わせると下図のように空白域が現われてくる。


 このことから、断層構造が連続していればという仮定での話だが、未破壊域を震源とするスラブ内地震が今後発生する可能性があると東北大学災害国際研究所は警鐘をならしている。

 そうならないことを願うばかりであるが日本に住んでいる以上地震は避けることのできない自然現象である。備えあれば憂いなしというが、地球規模の自然災害に対しては人間はまったくもって無力であり、ましてや家や家財等を傷つけないようにすることは不可能である。大事なことはいかにして身の安全を確保するか、その一言に尽きる。


関連リンク
災害緊急調査 令和4年(2022年)3月福島県沖地震特設ページ(東北大学災害国際研究所)
2022年3月16日の福島県沖の地震について(遠田 晋次 教授)
令和4年福島県沖地震 東北沖地震以降に続発した3つのM7スラブ内地震とその意味
(遠田 晋次 教授 陸域地震学・火山学研究分野)
地震動について 大野 晋 准教授(地震工学研究分野)
現地調査報告 柴山 明寛 准教授(災害文化アーカイブ研究分野)
        森口 周二 准教授(計算安全工学研究分野)
        大野 晋 准教授(地震工学研究分野)
        佐藤 健 教授(防災教育実践学分野)
宮城県の地震活動の特徴(政府 地震調査研究推進本部)


6月17日の白い気球

2020年06月19日 | Weblog
6月17日の謎の気球の目撃記録で~す。

その日、朝から謎の気球騒ぎが起きていることは全く知らず、9時30分ごろ大和町を車で走行しているときに、前方で路上に車を止めてスマホを空に向けて撮影している人を見かけ、何を撮影しているのだろうと空を見上げたときに白い物体が浮かんでいることに気付きました。



2020.6.17 9:56:34 Canon PowerShot G7X MarkⅡ fl8.8mm F5 1/1250  

…はて、なんでしょう? 車を脇道に止めて降りてみると、おっと、強い風が吹いています。ふ~む、見た感じはバルーンですがこの強風にも関わらず、風に流されることなく静止しているように見えます。方位は南南西、仰角は50~60°、自ら発光しているのではなく明らかに太陽光を反射している物体です。動画はこちら→video


2020.6.17 9:56:23 Canon PowerShot G7X MarkⅡ fl36.8mm F4.5 1/1250

見た感じは明らかに風船またはバルーンですが大きさがよくわかりません。高さは1000mあるかないかくらいだとその時は思ったのですが、報道で10000m以上だと聞いてちょっとびっくりです。目撃しているときにジェット旅客機がほぼ重なって見えましたが、目撃した時の高度は10000m以下だと今も思っています。



2020.6.17 9:43:13 D810A VR24-70mm f2.8 fl70mm ISO800 F16 1/1000 (トリミング)

7×50の双眼鏡で見て分かったことは、真球のバルーンであること、格子状のアンテナのようなものをバルーンの下から1本のワイヤーでぶら下げていることでした。テレビで報道されたようなプロペラ等は見えませんでした。


時間にして15分程度見ていたと思いますが、その間に高度は若干高くなり見かけ上の大きさは小さくなりました。また、動いていないように見えましたが、こちらに近づいている感じがしました。

正体は不明ですが自分の中の結論としてはどこかから流されてきた観測用の気球だなと感じました。それと同時に、似たような気球が10数年前にも目撃されてニュースになったよな~、などと思いながら車に乗り込み出先に向けて運転を再開しました。

今回の気球騒動を見て感じたことは、今回は雲一つない快晴で透明度が良かったことから多くの人に目撃されたけど、実際はけっこうな頻度で日本の上空にやってきていて、天気の具合で気付かないだけなのでは、と思いました。




〈追記〉2020.7.3
7月3日(金)8:15配信 読売新聞オンライン記事→こちら
この記事によると白い物体の飛行コースは
蔵王町→村田町→名取市・岩沼市→太平洋とのこと

結論として所有者・目的は不明、落下物も確認されなかったため
午後5時に県としての対応を打ち切ったとある。

県には高い高度を飛行する物体を追跡する機材がなく対応には限界がある。
今後、同様の物体が出現した場合は政府にと対応を求める考えがあると
村井知事は述べているが、当然である。

どう考えても国防上の問題であり国が対応することだと思うけど、
日本政府は今回の件で本当に動かなかったのだろうか。公表してないだけなのでは…。



シルバースピットファイア

2020年01月19日 | Weblog
天文ネタではありませんが、あまりにもミラクルな出来事だったのでメモしておきます。

それは法事のために久しぶりに家族が集まったときのことです。

時は2019年9月22日、時間は13時30分頃、場所は登米市のとある食事処の駐車場。法事後の昼食を終えて駐車場に出て全員が車に乗り込んだ時、突然空のかなたから「ブロロロロ…」と力強いレシプロ機のプロペラ音が聞こえてきました。

プロペラ機が飛ぶことは珍しくないのですが、そのエンジン音があまりにも力強く、何より今まで聞いたことの無い音なので、車を降りて音のするほうを見てみたが、木立の向う側を飛んでいるらしく機影は見えず…

「姿が見えないないぁ…」と思った次の瞬間、木立の向う側からプロペラ機が飛び出してきました。うわ、かなりの低空飛行です。見かけの仰角は約40°ほど、距離も近くてパイロットの頭を確認できるほどです。

「ほひょ、なんだ、あれは?」今まで見たことの無い機影です。やけにプロペラが大きく、エンジン音が「バラッ、バババラ…」とバラつきのある音で…「なんだ、エンジン不調なのか…」「近くの瀬峰飛行場から飛んできた手作り飛行機か?」「いや、違う、やけに美しい機体だなー」と思った直後、正体不明の機体が左へバンクして、見えた翼端が、なんと楕円形です。

「うわ~、めっちゃ美しい~。第二次世界大戦のスピットファイアを実際に見たら、きっとこんな風に見えるのだろうな~、この飛行機誰が作ったのだろう。」…と、頭の思い込み回路が勝手に「この飛行機はもの好きなロシア人が作った手作り飛行機で、本日久々に飛ばしてみたがエンジンが不調なのですぐにせみね飛行場に戻ろうとしているところ」と決め付けていたのですが…

プロペラの異様な大きさと明らかにエンジンパワーが桁違いなこと、40年前にせみね飛行場で見た本物の零戦の飛行と雰囲気が似ていることから、これだけのパワーが出るエンジンとプロペラでなければ、空中戦はできないよなぁー、と別の思考回路が勝手に思い始めて…はたと

「いや、これってスピットファイアじゃないの?」という思いが一瞬頭をよぎったが、それはありえるはずの無いことなので、何とかつじつまを合わせようと頭脳回路をフル回転させていると、無言で飛行機を見つめている父を案じた娘が後部座席から「どうしたの~?」と声をかけてきたが、とっさに出てきた言葉は

「ありえない…、ありえない…、まぼろし?…?…」だった。頭の中では何とかつじつまを合わせようと、「時空のひずみで第二次世界大戦の飛行機が現代に現れたのかも…」という回答をはじき出していたが、そうとしか考えられない出来事だった。

左バンクをとった機体は、その後、北北西に向かって針路を取り、まっすぐ飛んでいった。機体を真後ろから見るアングルで、飛行機が小さな十字形に見えていたが、見えなくなるまでずっと見続けた。

あの飛行機は何だったんだろうと思いながら一路帰宅。飛行機に興味のない家族は誰一人としてその話題に触れることはなかったのだが、

その日の夕方、娘が突然スマホ片手に「お父さん!あれスピリット何とかだったらしいよ!」と興奮気味に話しかけてきた。

「え?何?どういうこと?」
「あのね、あの飛行機は、本物!…本物のスピリット何とかだよ。世界一周だって!」

まったく説明になっていないが、娘の話を要約すると、娘の友人がツイッターで

「世界一周中のスピットファイアが仙台空港に着陸するかもしれないので待っていたが結局見ることができなかった」

とつぶやいていたことから、いろいろ調べてみたら…

イギリスを2019年8月5日(月)に出発した世界一周中のシルバースピットファイア「G-IRTY」が9月22日に新千歳空港から龍ヶ崎飛行場へ向っていたが、台風の影響を避けるために、仙台空港手前でUターンをして岩手の花巻空港に着陸。時間と飛行コースからあのとき見た飛行機は世界一周中のスピットファイアで間違いないと分かったとのこと。

なんと、本物だったのです。機影が見えていた時間はわずかに30秒足らず…店を出る時間が1分遅れていたら見ることができなかった訳で、その瞬間に、その場にいたことが超ミラクルです。

そのとき見た機影は下記のように見えました。(下記写真は皆様のツイッターから無断でお借りしています。ご容赦願います。)

木立のムコウガワから出た瞬間はこんな感じ、


実際はもう少し正面から見る角度だったため、キャノピー越しにパイロットの頭が見えた。


バンクしたときはまさにこの角度、翼端の楕円がとても美しかった。


この瞬間にスピットファイア…??? いや、まさか…と迷宮のラビリンスに陥る。


後ろから見てもキレイな機体。


何だったんだろう? ありえない…まぼろし?と思いながら機影をいつまでも追った。


スピットファイアの機体が美しかったのは言うまでもありませんが、それと同じほど感動したのはエンジン音です。パワーを感じさせる野太く力強い音なのにやけにリズミカルで、軽快ともいえる独特の音でした。ロールスロイス製の12気筒マーリンエンジンの音を生音で聞けたことは一生の宝物です。航空ファンとしては76年前に製造されたスピットファイアのエンジン音を日本で聞くことは、本来、願ってもかなわないことなので偶然の巡り合わせに感謝です。

スピットファイアの飛行経路、松島でUターンしている。




 登米市上空で北西へ進路変更、その瞬間を目撃していた。




宮城県ソラノクラサ・マップ(SQM)

2011年08月15日 | Weblog
ソラノクラサを測るSQM(スカイクオリティメーター)

これを使うとソラノクラサ(光害)の様子がわかります。

天体写真を撮影するときに計測したデータをマップにプロットしてみました。

自宅以外は宮城県内で天体撮影に適していると思われる場所です。
と言うより、今まで撮影に行った場所で空が暗かった地点です。

SQMの数値は気象条件によって変わるので目安とお考えください。自宅は
光害の影響が大きく、きれいに星が見えることはほとんどありませんが、
たま~に、ビックリするほどきれいに見えることがあります。

自宅からきれいに見えた「みなみのかんむり座といて座」

2009.9.8 21:22:43 NIKON D50 f28mm F2.8 6sec
星座線入りの写真はこちら(

天の川が見えた「夏の終わりの大三角」

2006.8.31 0:01:21 NIKON D50 f18mm F3.5 76sec

透明度がすこぶる良かった「秋の星座たち」

2008.7.30 0:29:16 NIKON D50 f28mm F2.8 20sec

3月11日のこと

2011年04月29日 | Weblog
3月11日の14時45分までは、普通の時間が日常的に過ぎていた。

おととい起きた大きな地震のことなど話題にあがることもなく…、むしろ
3月9日の地震はすでに記憶の表面にはなかった…、という方が正しいと思う。

そして、時計は14時46分に達した。

ドドドドッ…、
その瞬間、誰もが気づいた、この初期微動が尋常ではないことを…、
「やばい!」
「大きいのがくるぞ!…」

ゴゴゴゴツ…、グワーッ、ガーッ…
「キャー!」
「おお、わー!」

それは経験のしたことのない激しい揺れだった。
歩くことも、動くこともできない激しい揺れが1分ほど続き…、
やっと揺れが弱まったかと思った瞬間、また激しくゆれ始めた。

さらに1分…、いや2分、揺れがおさまる気配がまったくない。
「何が起きているんだ?…」

なんとか建物の外に出たが、強い揺れでヨタヨタとしか歩くことができない。
「わわ、地球が割れる~!」
冗談抜きで、本当に地球が割れるのでは…と思った。

3月11日の震度分布図

なんと、日本列島の全土が揺れた。

地震の直後、すぐに停電となり、
通信手段の途絶、断水、ガス遮断、携帯電話からのWEB閲覧も応答なし、

道路はいたるところで段差ができ、どの道路が通行できるのかもまったく不明、
いたるところで交通渋滞、なぜか雪も降ってきて、日暮れとともに訪れる暗闇、不安、
何度も襲ってくる強い余震…、しかし、この時、被害が未曾有のものだと知る人は
まだいなかった。

信号が止まった道路に連なる車の赤いバックランプ…、異様な光景が延々と続いていた。

日付が変わるころ…、降っていた雪もやみ、いつの間にか空はきれいに晴れ上がっていた。
「あっ…」空を見上げた瞬間、言葉を失った。

空に広がる満天の星空…、
自宅でこのような星空を見ることは、一生かけてもあるはずのないことであった。
それが今、目の前に広がっている、あってはならない満天の星空が…、

「大震災の夜」

2011.3.12.0:29 NIKON D90 FISHEYE 10.5mm F2.8 ISO1600 30sec

対角魚眼レンズによる30秒露出だが、肉眼でもこのように見えた。写真でもわかるように
かみのけ座のメロッテ111とかに座のプレセペ星団が驚くほどはっきり見えた。

画面左に見える雲が赤く見えるのと低高度が明るくなっているのは、仙台新港の
火災によるものと思われる。

大きいサイズの写真はこちら(

アボガド事件

2011年04月24日 | Weblog
3月9日10時35分、それは突然やってきた。

カメラ三脚を取るため車の後部座席を開けたときのことである。
自分の目に思いがけない物が映った…、アボガドである。

カメラ三脚はいつも助手席側・後部座席の床に置いている。
そのアボガドは三脚と後部座席の間に誰かが置いたかのように転がっていた。

「あ!、アボガドだ…。」
そっと、手にとってみる…、

「まちがいない、あのアボガドだ…。」
そう、それは、我が家でずっと探していたアボガドである。

いつだったか、スーパーで買ったものを台所で広げていたとき、
買ったはずのアボガドがないことに気づいた。

たぶん、運転中に車の床に転がったのであろうと誰しもが
思うところだが、車の中をいくら探しても見つからなかった。

結局、スーパーで袋に入れる時に入れ忘れたのだろう、という
結論に達した。しかし、袋に入れた記憶もあるし、スーパーの台には
置き忘れているものは何もなかった。という強い反論があり、迷宮入りとなった。

そのアボガドが突然現れたのである。手に取ったアボガドは
カラカラに乾いて石のように硬くなっていた。ややくぼんではいるが
形は原型を保っている。振るとカタカタと中で種が動く音がする。

しかし不思議である。もし車のどこかに引っかかっていたとしても
三脚と座席の間に転がっているのは説明がつかない。悪路を走ったわけでもない。

その日の夕食時、
「今日、車の中でアボガドが見つかった…。」と言うと
娘 「え!…、あったの!?」
息子 「あの…、アボガド!?」
妻 「…」

私 「これって何ヶ月前の話だっけ?」
娘 「半年くらいじゃない~。」
妻 「何言ってるの…、1年以上前だよ!」
全員 「え~!?」

妻の話だと最低で1年、たぶん1年半前だろうということだ。
なぜ今まで見つからなかったのだろう? その間に車検も受けている。不思議である。

何より見つかった場所が不思議である。横に置いた三脚の横で、
どこからも転がってくるはずのない閉鎖的な場所である。
どう考えても説明がつかなかった。

夕食時はこの話題でもちきり、いつもより楽しい夕食となった。
その後、入試時の地震の話となり、そこから話は飛躍して、今回の地震の
エネルギーで時空にひずみができて、アボガドが出現したのだという話題になり、
それで腐ることもなく、ミイラ状態のアボガドになったのだという説に
みょうに納得したりして…、そこには笑い声の絶えない、いつもの日常があった。

しかし、その日常は2日後に…、消えた。

3月9日のこと

2011年04月23日 | Weblog
3月9日11時45分、それは突然やってきた。

ドドドッ…、という初期微動の後、大きなゆれが襲ってきた。
「おっ、ついに宮城県沖地震が来たか!」「大きくなるぞ!」

ゴーッ、ガタガタガタッ…、

ほひょ!? 

確かに大きかったが、宮城県沖地震ほどの揺れではない。

地震直後、職場ではこんな会話をしていた。
「宮城県沖地震はこんなもんじゃなかったよね~」
「そうそう、今の何倍も強かったな。」

「これって、宮城県沖地震の前震じゃない?」
「そうだ、宮城県沖地震のときも4ヶ月前に大きな地震があったよね。」

「じゃ~、7月頃に来るかもね~。」

まさか、この2日後に宮城県沖地震の規模をはるかに超える未曾有の大地震が起きるとは、
だれ一人思わなかった。しかし、今回の地震はいつもの地震と、どこかが違っていた。

うまく表現できないが、ゆれ幅が大きい割りにゆっくりとしているような、
初期微動から上下にガタガタゆらゆらといった感じで何か違和感を感じた。

こちらが3.09の地震計データである。



そして、こちらが震度分布図。

かなり広範囲にわたってゆれていることがわかる。

このとき、息子は公立高校入試の真最中で…、
机の下に避難した後、5分間ほど試験が中断したそうだ。

さて、ここまでの話は、実はプロローグ…、
ここから先が本題です。実はこの地震の1時間前に我が家にとって
永遠に語り継がれるであろう(?)不思議な出来事が起きていたのです。

その出来事とは…、ずばり「アボガド事件」です。

何じゃ、そりゃ~!?

と、お思いでしょうが、我が家にとっては、まさに
何じゃ、そりゃ~!? ありえない~!!! 出来事だったのです。

その詳細は、次回のブログで…、

ブログ再開

2011年03月29日 | Weblog
しばらくブログの書き込みができない状態でしたが、本日再開しました。

今回の震災で多くの方が被災され、数え切れないほどの方々が犠牲となったことに
心を痛めています。震災直後は、毎朝目が覚めた時に「夢でなかったのか…」と
現実を受け入れることのできない自分がいました。

幸い、我が家の被害はそれほどでもなく家族も全員無事です。
地震直後は足の踏み場が全くないほど物が散乱し、食器の多くが落下して
砕けていました。冷蔵庫も洗濯機も固定されてない家具は全て場所が移動しており、
その移動距離が今回の地震のエネルギーのすごさと長時間の揺れを物語っていました。

地震発生時、家には娘が一人でいましたがすぐ外に逃げて無事でした。
娘の話だと、揺れがおさまって自宅に入ったときに最初に目にしたものが…、

がれきの中を縫うように動く自走式掃除機「ルンバ」だったそうです。
地震の衝撃でスイッチが入ったらしく、健気にも一生懸命掃除をしていたそうです。

地震が発生する数日前、我が家では不思議なことがいくつかおこっており、
今思うと地震の前兆現象だったのかもしれません。その話はそのうちブログで
紹介していきたいと思います。

現在ブログの書き込みは昔のノートPCで行っています。実は
地震の五日前に自宅のデスクトップパソコンが突然クラッシュし、
まったく動かなくなってしまいました。さて、困ったぞ、新しいPC
を買わねば…、と思っていた矢先の大地震です。

そこで10年前に使っていたノートPCを引っ張り出して書き込んで
いますが、スペックが低いので写真のアップは不可能な状態です。

今回の震災に際し、全国からあたたかいご支援を頂いていることに心から
感謝しております。本当にありがとうございます。

今、宮城県の中を走っている緊急車の多くは他県から災害派遣として
来て頂いている車です。ライフラインの復旧作業を行っている方々も、
全国各地から応援として来ている方々です。今、自宅近辺で作業を
しているのは大阪ガスの職員の方々です。毎日地下ガス管の復旧作業を行って
います。感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございます。

震災の日の夜、やっとたどり着いた家の前で見上げた夜空は一生忘れることの
できない、悲しすぎるほどきれいな星空でした。街明かりが全く消えた仙台の
夜空に広がっていたのは、まさに満天の星空でした。6等星までの全ての星が見え
ていて、あのプレセペ星団が手に取れるほどはっきり見えました。

今思うと、あの瞬間、あの星の何倍もの数の方々が星になってしまったと考えると
この震災の被害の大きさに胸が締め付けられる思いです。

しばらくはブログの更新も滞りがちになると思いますが、落ち着いたらまた以前のような
ブログを続けたいと考えております。気が向いたときに時々覗いて頂けたら幸いです。

下弦の翌々々日の月

2010年09月05日 | Weblog
~今日の日記~
9月5日(日)晴れ 気温31.7℃
「今日は透明度がとても良かったので下弦
の翌々々日の月が見えた。UFOも見えた。」

えー!UFO?…、とお思いでしょうが
そーなんです。見てしまったのです。科学的に見て
絶対理解できない動きをする飛行物体を…、今でも
あれが何なのかまったく分かりません。

以下、その目撃報告です。

今日は透明度が良かったので9時頃、月齢26の月が見えていました。
9月2日が下弦だったので9月5日は下弦の翌々々日の月ということになります。

下弦の翌々日の月は比較的簡単に見ることが出来ますが、下弦から3日後の
月を見ることは、容易ではありません。かねてから下弦以降の月はいつまで
見えるのかを観察テーマとしていたので、今日は記録に値する月です。
早速、撮影です。

月齢26.4の月

2010.9.5 9:14:24 D70 ISO400 NIKKOR DX 1/250 F18 f70mm

こちらは偶然撮れた「トンボと月のランデブー」

2010.9.5 9:16:08 D70 ISO400 1/400 F14 f70mm(トリミング)

この時間の太陽と月の角距離は48゜12'41"です。

2010.9.5 9:19:36 D70 ISO400 1/500 F20 f27mm

明日は角距離が34゜13'46"になるので眼視はかなり難しくなります。

その時、写真を撮っている様子を見ていたHさんが
「今日の月はきれいに見えるね~、いい写真撮れた?」
と話しかけてきたので「ええ、なんとか写りましたよ~」
などと話をしていた時、ふと上を見ると太陽のすぐ脇を
まぶしく光るものが通過しています。

太陽の左上から左斜め下方向にまっすぐ飛んでいます。
そのまぶしさから飛行機が全反射しているのかと最初は思いました。
(冷静に考えれば逆光なのであり得ないことですが…)

私「あ、なんか飛んでる」
Hさん「お、飛行機か~」
いや、ちがいます。速すぎます。翼の形も見えません。

白くまばゆいばかりの光を放った円形の物体です。一瞬、高々度を
高速で飛ぶジェット戦闘機かと思ったのですが、それも違います。

速さはISSより若干遅い程度のスピードです。その時、あ!これは
昼間の流星だ!テキサス州で撮影された昼間の流星とよく似ている!

昼間の流星の動画はこちら→Fireball over Austin, Texas - February 15, 2009

ついに昼間の流星を見ることが出来たぞと喜びかけた時、一瞬流星の速度が
遅くなったように見えて、その直後にピタッ!と流星が空に停止したのです…。
「え…」
あれほどの速度で飛行していた物体が空に止まって星のようになりました。
何が起きたのか瞬時には理解できませんでした。その直後です…。

静止していたギラギラと輝く明るい星が、すーっと上に昇ってふわふわと動き
出したのです。

「………」

一瞬の沈黙の後、突然Hさんが「うわ”!UFOだ!」と声をあげて人を呼びに
走って行った様子を感じましたが、こちらはその物体を一点凝視して観察です。

不思議です。ふわふわとランダムに動く間、速度が不規則に変化しています。
急に加速したかと思うと停止するほど遅くなり、動きもジグザグです。

その直後、急に右上の方向に移動したかと思うと、またふわふわと動いています。
人が乗っていたら絶対Gに耐えられない動きです。

あ、そうだ!手にはカメラを持っています。なぜ撮らなかったのだろう?と思いつつ
ファインダーで覗いても物体を確認できるはずはないので、ノーファインダーで撮ろう
と決めて闇雲に1枚シャッターを切りました。その直後、物体はピューッと左下方向に
高速で移動して見えなくなりました。その後、大勢の人が集まってきました。

見えていた時間は十数秒程度だったと思います。

その時の写真がこれです。

2010.9.5 9:21:38 D70 ISO400 1/640 F20 f18mm

UFOは写っていました。場所はこちら→photo
大きいサイズの写真はこちら→photo

拡大してみると不思議なことに光点が大小合わせて3個
あるように見えます。小さな白い点と赤と青の大きな光点です。
光点部分をトリミングした写真はこちら→photo

赤と青の光点部分をトリミングした写真

赤色は全く見えませんでした。シャッタースピードが1/640なので
見えていたと思われる右の光点が小さく写っていますが実際は
かなり明るく見えていました。

こちらはコントラストを上げた写真

サファイア色とトパーズ色のアルビレオのようです。

見え始めからの光跡はこんな感じでした。


今日の出来事…、正直なところ見てはいけない物を見てしまった
という気持ちです。長年、空と星と飛行機を見てきましたがこんな物は
一度も見たことがありません。とにかく不思議な飛行物体でした。

この物体の正体について特にコメントはありませんが、あの動きを
見て思ったことがひとつあります。それは、あの動きは自然現象ではなく
人為的にコントロールされた動きだということ。ひょっとしたら、どこかの
国で開発に成功した近未来型の航空機かもしれませんね。

娘にこのことを話したら
「お父さん、それは未来人だよ。タイムマシーンに乗ってきた人だよ」
と言ってました。ということは、中に乗っているのは…ドラえもん!?