「春の小川」は、高野辰之作詩、岡野貞一作曲の文部省唱歌で、1912年に発表されました。原歌と変更された歌詞を記します。
原歌
一、 春の小川はさらさら流る
岸のすみれやれんげの花に
匂いめでたく色うつくしく
咲けよ咲けよとささやく如く
二、 春の小川はさらさら流る
蝦やめだかや小鮒の群れに
今日も一日ひなたに出でて
遊べ遊べとささやく如く
三、春の小川はさらさら流る
歌の上手よいとしき子ども
声をそろえて小川の歌を
歌え歌えとささやく如く
1917年に変更された歌の歌詞
一、 春の小川はさらさら行くよ
岸のすみれやれんげの花に
すがたやさしく色うつくしく
咲いているよとささやきながら
二、 春の小川はさらさら流る
蝦やめだかや小鮒の群れに
今日も一日ひなたでおよぎ
遊べ遊べとささやきながら
作詞者、高野辰之は長野県中野市の出身ですが、上京して渋谷区代々木に住みました。当時、渋谷区には、宇田川の支流である河骨川(こうほねがわ)がながれており、河骨の咲くのどかな田園がありました。この風景から「春の小川」の歌詞を着想しました。この歌は改訂を経て現在まで100年以上歌い継がれています。1964年、東京オリンピックの年に、河骨川は暗渠になり、今では、当時の川筋が遊歩道になっているそうです。
ちなみに、有名な唱歌「ふるさと」も1914年に、同じ高野辰之、岡野貞一により作られました。歌詞の中に「小鮒つりしかの川、水は清きふるさと」がありますが、居宅の前を流れていた河骨川からの連想もあったかも知れません。
原歌
一、 春の小川はさらさら流る
岸のすみれやれんげの花に
匂いめでたく色うつくしく
咲けよ咲けよとささやく如く
二、 春の小川はさらさら流る
蝦やめだかや小鮒の群れに
今日も一日ひなたに出でて
遊べ遊べとささやく如く
三、春の小川はさらさら流る
歌の上手よいとしき子ども
声をそろえて小川の歌を
歌え歌えとささやく如く
1917年に変更された歌の歌詞
一、 春の小川はさらさら行くよ
岸のすみれやれんげの花に
すがたやさしく色うつくしく
咲いているよとささやきながら
二、 春の小川はさらさら流る
蝦やめだかや小鮒の群れに
今日も一日ひなたでおよぎ
遊べ遊べとささやきながら
作詞者、高野辰之は長野県中野市の出身ですが、上京して渋谷区代々木に住みました。当時、渋谷区には、宇田川の支流である河骨川(こうほねがわ)がながれており、河骨の咲くのどかな田園がありました。この風景から「春の小川」の歌詞を着想しました。この歌は改訂を経て現在まで100年以上歌い継がれています。1964年、東京オリンピックの年に、河骨川は暗渠になり、今では、当時の川筋が遊歩道になっているそうです。
ちなみに、有名な唱歌「ふるさと」も1914年に、同じ高野辰之、岡野貞一により作られました。歌詞の中に「小鮒つりしかの川、水は清きふるさと」がありますが、居宅の前を流れていた河骨川からの連想もあったかも知れません。