いつも穏和な秋月悌次郎教授でしたが、大真面目で怒ったことがあります。ひとりの学生が遅刻して入室した時でした。悌次郎は大喝しました。<o:p></o:p>
「王法に曰く、遅れて至る物は斬(ざん)とある。大事な聖賢の道を聴く講席に遅刻するとは何事か。君は何藩か。」<o:p></o:p>
廃藩置県から20年近くを経て、なお、「君は何藩か」と聞くのは時代遅れといえば言えます。しかし、昌平坂学問所に長く学び、會津藩公用方として多くの他藩士と接した悌次郎は藩風が士風を作り、それが実に多様であったからこそ尋ねずにはいられなかったのでしょう。その叱り口からすると、悌次郎の倫理の講義は、単に「それぞれが身を修めよ」という人間一個の道徳修養のすすめである修身の次元の話でなく、いずれ「治国平天下」をなすべき有為の青年に「聖賢の道」を教え説くものだったのでしょう。<o:p></o:p>
<o:p> </o:p>
中村彰彦著『落花は枝に還らずとも』中央公論社<o:p></o:p>