山本馬骨の くるま旅くらしノオト

「くるま旅くらしという新しい旅のスタイルを」提唱します。その思いや出来事などを綴ってみることにしました。

‘18年 北海道生誕150年の今めぐり旅 レポート <第47回>

2018-07-11 05:33:05 | くるま旅くらしの話

【今日(7/11)の予定】 

道の駅:もち米の里☆なよろ → 歴史民俗資料館 →(R40・D)→ 道の駅:西興部 →()→ 道の駅:興部 →()→ 道の駅:おうむ(泊) 

 

【昨日(7/10)のレポート】 天気:曇り遅くなって雨

<行程>

道の駅:ひがしかわ道草館 →(D・R)→ 東川町郷土館 → コーヒー豆焙煎店 → レストラン →(D)→ 東神楽町資料館 →(D・R39)→ 道の駅:とうま →(R39・D・R40)→  道の駅:絵本の里けんぶち →(R40他)→ ホテル士別翆月inn →(D・R40)→ 道の駅:もち米の里☆なよろ(泊)

<レポート>

 予報では今日の夜半から雨が降り出し、日中はずっと雨が降り続くということだったが、夜中にほんの少し降って、朝起きた時は路面が濡れているレベルだった。雨の予報が外れるのは良いのだけど、その前に脅すのは止めて貰いたい。天気に関しては、だんだんヒネくれた気持を持つようになって来ている。とにかく、今日の大雨という予報もどうやら外れるような気がした。それで良いのだ。

 今日はどうするのか。はっきりした予定はないまま、漠然とした考えでは、14日から行われる天塩川のカヌーによる川下りに知人が参加されるので、それを応援することにして、美深のキャンプ場の方へ行くことにしているので、少し北上することを考えている。今日はここを出てそちらに向かうことにしているのだが、まだ空の様子は怪しいし、どうも予定もはっきりしない。とにかく午前中はここにいて東川町の郷土館などを訪ねることにした。

 郷土館は10時開館なので、それまでは付近をぶらぶらしたりして、時を過ごす。10時になって早速郷土館を訪ねる。道の駅からは歩いてゆける距離である。元の役場が郷土館となっていた。受付で担当の方に挨拶して、中を見せて頂く。それほど大きい規模ではないけど、この町の歴史がコンパクトに説明されていた。拝み小屋といわれる往時の開拓小屋も再現されており、この町が自分たちの歴史を大切にしていることが判った。この町自体は昭和16年に旭川村から分村して生まれてということだった。この分村ということが各地でかなり多く見られているのだが、それはどうしてなのか知りたいと思った。帰り際に担当の方と少し話をしたのだが、ボランティアで来ておられるとのことだった。現在の東川町は、農業中心の町で、その中心は米作だとのこと。水が豊富で、水田の耕作に適しているとのこと。又旭川に近くマーケットが確保されているので、蔬菜類の栽培もあるとのこと。牧場等の経営は殆どないという話だった。ご先祖が富山県から来られたという4代目のそのお方は、実直そうな富山人のお顔をされていた。

 その後邦子どのがコーヒー豆を買いたいというので、昨日駅の売店の方から教えて頂いた店へ出向く。田んぼに隣接したその店は、なかなかモダ―ンで、邦子どのはすっかり気に入ったようだった。それが済んで、もう一度東川町の中心街に戻り、何とかいう店で昼食。何やらイタリア風のメニューだったが、これは邦子どの向けのもののようで、自分は只食べるだけという感じだった。邦子どのは満足していたようだった。時に洋風の食べ物も味わいたいのであろう。

 これで東川町とも別れることにして、先ずは隣の当麻町に道の駅に向かう。この道の駅にはゴミ箱が設置されており、北海道の中では数少ない場所なのだ。聞くところによると、北海道の一番偉い人は、外来者に対しては、ゴミと名のつくものは何一つすれるのを許さない。全部持って帰らせる。と大見えを切ったということだが、治世のトップがこのような矮小な感覚では、押し寄せて来ているアジア系の来訪者には対処できないのではないか。トップに逆らってゴミ箱を設置している道の駅:あさひかわや道の駅:とうまのあり方の方がまともに見えるのは、あながち旅する者の身勝手とは言えまい。ゴミ箱を撤去すれば、汚れが解消するという発想は、不法投棄という新たな犯罪などを生み出す源となるのである。買うだけ買わせれば後は知らない、それは消費者の考えることというのは為政者の考え主張することではない。売り物の全てはやがてはゴミとなるのである。極端に言えば、売店でがゴミを売っているのだ。この問題はより高い見地から取り組まなければならない、国家的な課題なのではないか。自分はそう思っている。

 当麻の道の駅でゴミ処理をさせて貰った後は、風呂に入ることにして士別市にあるホテル士別INN翆月へ。その入り口近くに士別市の博物館があったので、入浴の前に訪ねることにした。100円也の料金を払って中に入る。どこから見始めて良いのか分からない様な陳列の仕方だった。邦子どのはどこから見て良いのかを受付の人に訊いたら、どこからでもお好きなようにご覧になって下さいとのこと。それが判らないから訊いているのに、この回答は親切なのかそれとも投げやりなのか。邦子どのは後者の方と受け止めたようだった。自分たちは150年のこの町の来し方を知りたいと考えてここを訪ねているのだが、この博物館はそのような町の歴史を考えて造られているようではなく、一部sのような紹介もしておこうという程度の発想で作られている感じがした、バンフレットも無く切符だけを貰って、あとは岩石だの野生動物や昆虫の標本などを見るだけで、目的とはかなり違う場所だなと思った。邦子どのはこの150年の開拓の歴史を記した資料等がないか訊ねていたが、ほんの一部を書いた資料はかなり高価で、とても買う気にはなれず、かなり不満が高じたようで、100円の価値もないなどと大きな声で呟いていた。この博物館は誰に何を見せようとつくられているのか、曖昧な感じがした。邦子どのがそのようなことばを吐くのは正しくはないけど、誤りでもないのかなと思ったりした。

 その後はすぐ傍にある翆月というホテルの風呂に入らせて頂く。「HO!」という雑誌の無料入浴にあやかってである。このホテルでは陸上などの合宿所としても利用されているらしく、駅伝などでの有名企業の名が数多く並んでいた。今現在も合宿している企業もあるらしく、何人かの選手らしき人だトレーニング姿で広場で運動をしていた。ご苦労さんです。

 その後は今日の宿を先日泊った道の駅:もち米の里☆なよろにすることにして向かう。16時過ぎ到着。一段落する頃に雨が降り出した。今日は日中が雨の予報だったのに全くその様子はなく薄日が差したりしていたのだが、どうやらこれは少し遅れてやってくるらしい。今夜は雨になるのかなと思いつつ早やめに寝床に入る。邦子どのはその後暗闇の中で何やら音楽などを聴いていたようである。ストレスが溜まって来ているのかも。自分の方は一向に溜まらないのは何なんだろうと、ふと思ったりした。

 

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