山本馬骨の くるま旅くらしノオト

「くるま旅くらしという新しい旅のスタイルを」提唱します。その思いや出来事などを綴ってみることにしました。

2010年北海道くるま旅でこぼこ日記:第32日

2010-10-01 04:29:53 | くるま旅くらしの話

第32日 <8月10日(火)>

【行 程】 

道の駅:マオイの丘公園 → Aさんの別荘(長沼町) (泊) <5km>

昨夜は涼しかった。寝苦しくなければ良いがと心配したのだったが、その様な心配は無用だった。塗料の匂いも殆ど影響はなく、邦子どののぼやきも皆無で、久し振りの快眠を得ることが出来満足だった。起きて見ると、今日も曇りで、遠くの方は霧が掛っているのかぼんやりと霞んでいた。予報だと日中は結構気温は高くなるようだけど、炎暑地獄の心配は無いようである。昨夜は我々が寝た後に何台かの旅車が入ってきたようで、かなりの数の車が並んでいた。夜遅くまで車を走らせるような旅のあり方には少し疑問を感ずるけど、それぞれご事情があるのであろうから、一概に批判は出来ない。安全のことなどを考えると、北海道の夜の走行は避けた方がベターだと思う。子供連れの方が意外と多かったので、尚更無理をしないようにと願った。

今日は邦子どののたっての願望があって、昨年この地で知り合ったAさんにお会いすることになっている。Aさんは、昨年この近くにある馬追の水という名水を汲みに行った時に奥さんから声を掛けて頂き、それがご縁で、なんとその後近くにある別荘までご案内頂いて、お茶を頂きながらそこで作られているジャガイモを蒸かしたものをご馳走になり、又お土産にとたくさんの野菜類まで頂戴してしまった方なのである。そのAさんに是非ともお会いしたいと、邦子どのは旅に出発する前から時々その願望を口にしていたのだった。Aさんの別荘は、マオイの山の中腹辺りにあって、眼下に長沼町の田園地帯を見下ろし、その彼方に札幌の街を遠望する事が出来るロケーションにあり、夜には札幌の街に灯かりが煌めき、条件の良い時には小樽の方まで見ることができるという。この別荘は、基礎から建築・電気配線に至るまでの全てを、ご主人お一人でつくりあげられた、本物の手づくりの建物なのである。瀟洒(しょうしゃ)なヒュッテという感じの、邦子どの言葉では、何といってもとにかく癒される場所なのだそうである。確かにそうだと思う。

邦子どのはいつの間にか奥さんに電話して、ご一緒して頂いて泊めて頂くようなお願いをしていたらしい。よく判らないのでとにかく任せておくことにしたのだったが、その願いをお聞き入れ頂いての今日の再会となったのだった。ご主人は未だ現役で仕事をなさっており、いろいろご迷惑をお掛けするのに、快くお願いを叶えてくださったのである。10時に道の駅までお出で下さった奥さんに再会する。お元気そうでなによりである。ご主人は今日はお勤めでご一緒ではなかったが、お元気でいらっしゃるとお聞きし安心する。

ひと息つくのももどかしく、直ぐに別荘に向って出発する。5分ほどで到着。懐かしい。たった一度だけしかお邪魔していないのだが、なぜかその様な気分にさせて頂ける建物である。ご主人の深い思いがそうさせてくれるのかもしれない。奥さんのお話では、毎休日にはご主人は必ずここにお出でになり、菜園の手入れやら、ヒュッテのメンテをしながら時間を過しておられるとか。真に羨ましい暮らしぶりである。きれいに手入れをされた畑には、たわわに稔るトマトや茄子、それに何種類かの野菜が稔りの時を迎えていた。化学肥料等を一切使わない自然農法での栽培というのは、そう簡単にできるものではない。育てる植物に対する深い愛情と、それを実現するためのたゆまぬ研究と実践があって初めて成果に辿り着けるものなのである。自分自身も菜園を何年か作ってみて、その難しさを知っているつもりである。一本の雑草も見当たらない畑を見ながら、ご主人の取り組み姿勢が本物であることを理解したのだった。

   

Aさんの別荘。斜面を巧みに利用して建てられている。基礎部分から全てを殆どご主人お一人で作られたととのこと。広いバルコニーからは、眼下にマオイの平野の広がりを望み、晴れた日の夜には、遠く小樽の街の灯が見えるという。

雲が少し薄くなって散り出すとともに、暑さがぶり返し出したようである。その中で、奥さんは畑に行き、我々のためにと、菜園で大きく育った西瓜を採って来られ、早速それを切って食卓に供して下さった。朝採りなどではなく、まさに今採り立ての西瓜である。そのみずみずしさに溢れた一切れは、冷やすことなど無用の甘露である。西瓜というよりもウオーターメロンという呼び方が西瓜にはぴったりするような気がする。お腹が一杯になるほど頂いて、その後の体内は循環作用が活発化して、最終処理に大童となった。

   

別荘下の畑で採れた特大のスイカ。我々のためにAさんがわざわざ今日まで丹精して育ててくださったもの。みずみずしい格別の美味しさだった。

話はできる限り二人に任せるようにし、自分的には聞き役と食べ役を引き受けるつもりで傍に臨んだのだった。途中から失礼して車に戻り、しばし午睡を貪ったりした。真にゆったりとしたペースで時間は過ぎ、邦子どのは、思い以上に旅の疲れを取り去ることが出来て、心が満たされたのではないかと思った。午睡から目覚めると、ジャガイモが出来たとの連絡があり、行って見ると昨年の感動を再現するかのように、ホカホカ、フカフカに蒸かしたジャガイモが待っていた。昨年はいきなりの訪問だったのに、下の畑から採ってきたばかりのジャガイモを蒸かして頂き、それが恰も高級和菓子の如き食感と味に感動したのだった。ジャガイモ大好き人間ではあっても、滅多に味わえない超美味だったのである。夢よもう一度の心境だった。今年のジャガイモは昨年よりも一回り二回り大きく育ったようで、少し味が落ちたのではないかと奥さんは心配されていたけど、食べ手の自分にとっては嬉しい再会そのものであり、昨年と少しも変わってはいなかった。

   

はじけてふかふかのジャガイモ。まさにはじけるような美味しさだった。どんなに頑張っても、北海道のものを凌ぐ味のジャガイモを作るのは難しいことを改めて思い知らされた。

ジャガイモを頂いた後は、邦子どのの撮った写真をパソコンで見て頂きながら、しばし今年の旅の凡その報告をさせて頂いた。かなりの数の写真の大半は野草等を撮ったものが多くて、少し退屈されたのではないかと気になった。邦子どのも自分の影響を受けているのか、最近は野草などの写真を撮ることが多くなって来ているようである。自分の一方的な野草の説明が多くなってしまい申し訳なし。気がつけばいつの間にか日は落ちて、夕暮れとなっていた。

日暮れ近くなって日中の暑さはいっぺんに吹き飛んで、真に凌ぎやすい状態となった。奥さんが近くを案内されるというので、車に同乗して出かけることとなった。一体何処へ行かれるのかと少し不思議な気持ちとなったのだが、何度かの右左折の後についたのは、灯の灯る大きなログハウスの駐車場だった。お話では、ここは農場経営の方が、自分の農園で取れた材料を使って作った料理を出してくれる農園レストランということだった。全ての食材はここの農園で収穫されたものとのこと。暗くてよく判らなかったけど、ハーベストいう名のレストランで、その母体は仲野農場という所らしい。ログハウスも手づくりだとか。

時計を見ると19時近くだった。夕食時なのか来訪者が多く、列を作って待つという状況だった。思いもかけぬ出来事に少なからず戸惑ったが、とにかく奥さんにお任せすることにした。しばらく夕涼みをしながら待った後で中に入る。自然食というのか、農園で生産されたものばかりで作った料理のメニューは、どれも魅力的なものばかりだった。最近は特にこの店の存在が評判となって、メディアにもかなり取り上げられているという話だった。さもありなんという雰囲気があった。奥さんお勧めのポテトコースというのを頂く。ジャガイモダンゴ、というよりもジャガイモ餅といった方がぴったりの微細な食感のイモ餅とジャガイモのフライ、それに皮付きジャガイモの揚げたものなどがあって、それらが素材の味を巧みに活かし、変化させて調理されていた。とても同じジャガイモ出身の料理とは思えないなと思いながら、それらの味を堪能させて頂いた。いやあ、実に思いもかけないご馳走の時間だった。Aさんには旅とは別味のヒュッテのゆったりとした時間を過させて頂いた上に、すっかり散財をさせてしまい、真に申しわけない気持ちで一杯です。お心遣い本当にありがとうございました。

別荘に戻ったのは21時を過ぎた頃だった。見上げれば空には宝石をちりばめたように星が煌(きら)めいていた。満天ではなく、この別荘の上部だけの天空に思えた。久しぶりに見る星空の輝きだった。邦子どのなどは思わず歓声を上げて感動を味わっていた。北斗七星もカシオペアも北辰の北極星もしっかりと見ることが出来た。我々4人に対する天からの今日の特別の贈り物だったのかもしれない。別荘での宿泊は女性お二人に任せて、自分は車に戻り、マイペースの眠りに就く。

コメント
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