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新・遊歩道

日常の中で気づいたこと、感じたこと、心を打ったこと、旅の記録などを写真入りで書く日記です。

成田山久留米分院 「救世慈母大観音像」工事の物語

2019年12月13日 | 本・新聞小説
JR九州上り線久留米駅の手前右手に遠く、路線バスなら近くに天を突くほどの真っ白い巨大な観音像を目にします。千葉成田山新勝寺直系の、成田山久留米分院の「救世慈母大観音像」です。高さ62m、1982年建立。写真はネットよりお借りしました。 
     
この観音像50mの肩の上に、高さ12mの巨大な「お顔」を乗せる難事業を清水建設から請け負った断熱会社の物語です。
タイトルは、箱嶌八郎「領収書」副題が〈続自分史・苦闘編〉。第7期『九州文学』第41号に掲載されたものです。
著者は古文書サークルの、同じテーブルの「仲間」で、幕末期の黒田藩の下級藩士を題材にした『ほくろ』が九州文学大賞に選ばれました。

現実に早大政経出身の著者は商社に勤めていましたが、転職に大きな夢を描き友人と会社を立ち上げます。
小説ではポリウレタン施工会社・三工ダンネツです。友人・神崎が社長に、主人公・鳥山は専務になります。
観音様の仕事がなぜ断熱会社なのか?
当時冷蔵車が普及してきて、ウレタンフォームを使った断熱材はトラックや漁船に使われていました。これを応用して型枠を作ろうというものです。
地上で作られた実仏大の観音像頭部(高12m×幅10m)、このマスターモデルに硬質ウレタンフォームを吹き付けて凹型の型どりをします。原型に忠実に滑らかさを出し、上空50mまで引き上げるための軽量化の条件をこのウレタンフォームは兼ね備えていたのです。
著者が携わった実際の話ゆえ、ゼネコンと下請け、経営者と組合、歩合制の改革、技術集団の技の凄さ、時代背景、科学と背中合わせの占いの精神世界、工事現場のリアルさで息つく暇もないほどの原稿用紙420枚の小説です。
 
依頼された型枠取りは、頭部を横に三分割して行われました。更に頭部の上に乗せる1.5mの「懸け仏」の型枠も作ります。滑らかな顔に仕上げるのには型枠も滑らかに。失敗は許されません。
この間に組合員の残業拒否や退職に振り回され、他社の従業員を借りたり、精神的に切羽詰まって山奥の占い師のもとに走ったりします。
この凹型を高さ50mまで運び上げて、型枠材をバックアップさせて組み立て、内側に木材を組み60cmの空間を作り、そこにコンクリートを流し込んで固めるのです。空中での作業にはハラハラドキドキ。『ひやひやもんの』難工事でした。

現実の観音様のお顔は、空中で部品が3段に組み合わされているとはとても思えない様な、滑らかな優しい美しいお顔です。
作業現場の内容が理解しやすいのは著者の描写力だと思います。私のような素人にもよく分かるし、当時の日本の上昇エネルギーを感じました。昭和57年という身近な時代背景は親近感が持てます。

空中作業は順調にいったものの、最後にコンクリートから型枠が外れないという苦境に立たされます。その時助け船を出したのが得意先の女社長。かねてから鳥山に愁波を送っている男勝りのやり手経営者です。
「グリスを流し込んでは?」と言うアドバイスが大きな効力を発揮し無事切り抜けることができました。
この難工事が評価されて清水建設は「技術賞」を獲得、下請け会社の凹型とマスターモデルを作成した芸術家先生の像は壊され何も残りません。プロセスよりも大空に映える観音様だけが評価されるのです。
清水建設の久留米分院建て替え工事の総額は30億円。ダンネツ会社の請け負い費は550万円。信じられないような格差にも鳥山は鬱屈とした思いを持ちます。

ヒントをくれた女社長に大きな借りを作った鳥山と会社は、神崎社長の意も含めて、女社長と山あいの温泉宿に宿泊することになります。勿論領収書は神崎社長も公認の会社持ち。この事が後に苦い結果をもたらすとは思ってもいませんでした。

丁度、親会社を経営する神崎の父親が亡くなると、その後継者として親会社の社長に昇格し、ダンネツ会社の新社長には妻が横滑りで決定しました。以前から社長の妻とは反りが合わず、鳥山の知らないところでこの話は進められていたのです。信頼していた工場長にも裏切られました。

鳥山は前社長・神崎から退職を勧告されます。しかも退職金は無し!新社長は領収書をちらつかせ「私的な旅費を会社のお金で支払ったのは横領に当たり、その者には退職金を支払う義務はない」と告げられたのでした。神崎も暗黙の了解をしていたあの温泉宿の「領収書」です。
工事の難題をひとつずつ解決し、滑らかで美しい観音像を作り上げた難工事完了の暁に待っていたもの、それは得意先の女社長との一夜の宿代の「領収書」という、苦い落とし穴でした。

結局は、ここで鳥山が所有していた会社の土地の一部を売り払うことで4000万円の売却代金が入ります。
もともと安く買った土地は、何十倍にも地価が膨らんでいたのです。計られたと苦笑しながらも、さばさばと辞めていく鳥山には悲惨さありません。それを元手に、もう次の新しい仕事を考えていました。
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