goo

米中戦争にいたる道程 サイバースペースに潜む戦争の加速要因

『米中戦争前後』より 戦争にいたる道程

火花は大火事になる危険をはらむ

 森林管理当局ではよく知られることだが、山火事の原因で放火が占める割合は、実は極めて小さい。はるかに多いのは、タバコの火やキャンプファイヤーの不始末、産業事故、落雷だ。さいわい森林でも国際関係でも、ほとんどの火花は大火災にはつながらない。

 火花が火事につながるかどうかは、環境的な条件に左右されることが多い。「山火事を防げるのは、あなただけだ」というポスターは、キャンプやハイキングに訪れた人に注意を促すが、日照りが続いたり、熱波が到来したりすると、森林管理当局は追加的な警報を出し、火事の危険性が高い場所を立ち入り禁止にする。可燃性化合物の倉庫や、プロパンガスボンペ、給油所にも監視の目を光らせ、自然条件が悪化すると監視を強化する。

 現在の米中関係の場合、火花を大火事に発展させる環境的な要因は、地理、文化、歴史から、それぞれが近年の軍事行動で得た教訓まで幅広い。ドイツとイギリスのケースとは異なり、アメリカと中国は地球の裏側に位置する。このため、中国の戦略家らはよく、米中の艦艇がカリブ海で偶発的に衝突する可能性はゼロに近いことを引き合いに出す。それは中国が「アメリカの海」をうろついていないからであり、アメリカもそれにならって引っ込んでいれば、東シナ海や南シナ海で米中の艦艇が衝突するリスクはなくなるはず、というのだ。米国防総省にも、「距離の過酷さ」ゆえに、米軍が東シナ海や南シナ海でまともな対中作戦を展開できるのか疑問視する声がある。

 だが、現在の米中関係で最も関連性の高い環境的要因は、覇権国と新興国の力学が生み出すトウキディデス・シンドロームだ。この環境要因は中国の屈辱の世紀、とりわけ日本の侵略・占領時代の残虐行為に対する怒りに照らして考えると、一段と深刻だ。だから東シナ海の島の領有権問題は、特に大きなリスクをはらんでいる。安倍晋三首相、あるいはその後継者によって日本の平和憲法が改正され、日本が軍事力、なかでも海からの上陸能力を増強すれば、中国は「注視する」以上の行動を起こすだろう。

 「歴史とは国家の記憶だ」と、キッシンジヤーは初の著書で述べている。その記憶は、未来に向けた国家の決断に大きな影響を与える。アメリカは第二次世界大戦後に介入した五つの戦争のうち、四つで敗北するか、少なくとも勝っていない。アメリカも中国も、そのことを十分意識している。朝鮮戦争はせいぜい引き分けだし、ベトナム戦争は負けた。イラクとアフガニスタンはいい結果になる可能性は低い。1991年にジョージ・H・W・ブッシュ大統領が始めた湾岸戦争だけは、サダム・フセインのイラク軍をタウェートから撤退させて明確な勝利を収めた。ロバート・ゲーツ元国防長官はその事実を踏まえて、自明なことを指摘した。「将来、米軍の大規模な部隊をアジアか中東、あるいはアフリカに再び派遣するよう大統領に助言するような国防長官は、マッカーサー将軍の上品な表現を借りれば、『頭を検査してもらうべきだ』」と。

 さらにここ数十年、アメリカと軍を戦争に送り込んできた政策当局者たちは、戦闘で米兵の命を失うことに大きな抵抗を示すようになった。犠牲者をなるべく出したくないと考える傾向は、戦略面に深刻な影響をもたらしている。兵士が危険にさらされるという理由で、特定の作戦分野全体が選択肢から外されることもある。その一方で、政治家も勝利について語ることが減り、兵士を守ることを気にかけるようになった。中国指導部はそれに気づいており、戦略を立案するとき考慮に入れるようになった。なかには、中国には国のために命を差し出す独身男性が何百万人もいると(オフレコでだが)自慢した者もいる。

 マッチとガソリンの関係のように、偶発的な衝突事故や第三者の挑発が加速要因となって戦争に発展する場合がある。クラウゼヴィッツは、さまざまな加速要因を総称して「戦場の霧」と呼んだ。トウキディデスは、戦争とは「偶然が重なった出来事」と述べたが、クラウゼヴィッツは『戦争論』でそれを発展させ、「戦争とは不確実性の領域だ」と述べている。「戦場における行動を左右する要因の四分の三は、不確実性の霧に包まれている」。こうした不確実性のために、司令官や政策当局者は攻撃的な行動をとる場合がある。あるいその逆の場合もある。

 1964年、トンキン湾で哨戒活動をしていた米駆逐艦マドックスが、北ベトナム軍の攻撃を受けた。2日後、マドックスが二度目の攻撃を受けたという情報が入った。北ベトナム軍の大それた行動に憤慨したロバート・マクナマラ米国防長官は、議会を説得して、トンキン湾決議法案を採択させた。北ベトナムに対する事実上の宣戦布告だ。ところがそれから数十年後、二度目の攻撃の情報は間違いだったことを、マクナマラは知った。「つまり、ジョンソン大統領は、実際にはなかった2回目の攻撃に対して北爆を許可したことになる」と、マクナマラは書いている。たったひとつの間違った警鐘が、アメリカをベトナムという泥沼に引きずり込む重要な役割を果たしたのである。

 敵に「衝撃と畏怖」を植えつける破壊的兵器の登場は、不確実性の霧を濃くした。標的への誘導や通信に不可欠な軍事衛星などの指揮命令系統を攻撃すれば、敵の司令部を麻庫させることができるからだ。1991年の湾岸戦争で、米軍はこの戦術のバージョン1・Oを実施した。「砂漠の嵐」作戦はイラク軍の情報部を破壊し、サダムーフセインと現場の司令官らの通信を断絶した。孤立したイラク軍は何もできなくなり、米軍機のパイロットたちにとっては、「樽の中の魚を撃っている」ようだったという。

サイバースペースに潜む戦争の加速要因

 衛星攻撃兵器は、米中戦争が起きた場合に大きく影響しそうな加速要因のひとつだ。このような兵器は、長いことSF小説の世界でしか見られなかったが、今や現実となっている。中国は2007年に気象衛星の破壊に成功して、衛星攻撃能力があることを世界に見せつけた。その後も、衛星攻撃兵器の実験は定期的に行われている。

 衛星は敵による弾道ミサイルの発射を知らせたり、天候を予想したり、作戦を立案したりと、アメリカの軍事活動のほぼあらゆる側面で重要な役割を果たす。GPSはほとんどの誘導兵器をより精密にするカギであり、船舶や航空機、さらには地上部隊が現在地を把握するのを可能にする。アメリカは、どの国よりもこの技術に大きく依存している。衛星システムがなければ、司令官は戦場の師団、海上の艦艇、およびその間にいる誰にも命令を伝えられない。そのシステムを破壊する衛星攻撃兵器は、運動エネルギーを利用して物理的に衛星を破壊するものから、妨害電波で軍事衛星を無効にするものまで幅広い。

 サイバースペースは、新たな破壊技術によって決定的優位を得る新たなチャンスをもたらす一方で、事態を暴走させる危険をはらんでいる。攻撃用サイバー兵器の詳細は極秘扱いされており、常に進化している。アメリカがイランの核開発計画に対して行ったサイバー攻撃など、その一端が一般に明らかになるケースもある。今やアメリカの中核的なサイバー攻撃組織である国家安全保障局(NSA)と米サイバー軍、そして中国のこれらに相当する組織は、サイバー兵器を使って軍事ネットワークを遮断したり、送電網など重要な民間インフラを麻庫させることができる。また、プロキシを使ったり、国際的なコンピュータ・ウイルスのネットワークを構築したりして、サイバー攻撃の犯人を偽り、問題の解決を遅らせることもできる。

 衛星攻撃兵器と同じように、サイバー兵器は現代の軍隊が依存する指揮系統や標的情報を破壊して、決定的な優位を生み出せる。しかも誰の血も流さずに。これは危険なパラドックスをもたらす。戦争を鎮圧するつもりの措置が、相手には大胆な挑発行為と受け取られる可能性があるのだ。物理的な戦場は南シナ海に限定されていても、サイバー兵器では送電網を遮断したり、病院や金融システムの一部を麻痺したりと、相手方のインフラの脆弱な部分を攻撃できる。また、サイバー兵器によって通信系統が破壊されれば、戦場の霧は濃くなり、誤った判断を下す可能性は何倍にも高まる。

 今やアメリカも中国も、敵からの第一撃を乗り切り報復できるだけの核戦力をもつ。だが、サイバー兵器の場合、相手からの深刻な第一撃を堪えられる保証はない。たとえば、中国が米軍のネットワークに大規模なサイバー攻撃を仕掛けたら、アメリカのサイバー攻撃能力、あるいは極めて重要な指揮命令系統や監視体制を運用する能力は、一時的に失われるかもしれない。この状況は、「やらなければやられる」という危険な力学を生か恐れがある。みずからのシステムが麻痺する前に、相手のコンピューター・ネットワークの基幹部分を叩かなくては、というインセンティブが働くのだ。

 そんな大掛かりなものでなく、小規模なサイバー攻撃を仕掛けて、暗黙の警告を送つたらいいじやないか--。そんなことを言うグループが、中国政府にも米政府にもいるかもしれない。それなら誰も死なないし、世間に知られることもない。軍または民間インフラに大規模なサイバー攻撃を仕掛ける可能性を示すだけだ、と。だが、もし相手がこちらの意図とは異なる解釈をしたら、サイバースペースで報復合戦がエスカレートするするかもしれない。サイバー兵器に関しては双方とも「やらなければやられる」ことを意識して、「無力化される」側になることを恐れているから、自分たちのサイバー兵器が使えるうちに過大な報復をしようと思うかもしれない。

 サイパースペースには危険な加速要因が複数あり、アメリカと中国を意図せず戦争に陥れるかもしれない。第一の加速要因は、「拒否と偽り」だ。たとえば中国側がソーシャルメディアで他人になりすましたり、マスコミを利用したり、マタウェアに偽の痕跡を残したりすると、アメリカの捜査担当者は、犯人は中国ではないと考えて、第三者の責任を問うかもしれない。この作戦が成功すると、戦場の霧はますます濃くなる。

 機密ネットワークの信頼性を傷つけることも、敵が意図せぬ受け止め方をして、戦争の思わぬ加速要因になる可能性がある。たとえば、中国政府のインターネット検閲を可能にしている、ハードウェアとソフトウェアの集合体「グレート・ファイアウォール」。アメリカが中国に少しばかり警告してやろうと、グレート・ファイアウォールの運用に不可欠なシステムを無効化したとする。だが、中国指導部はこれを「少しばかりの警告」と受け止めないかもしれない。市民が視聴できる情報を管理することは、彼らの存亡に関わる重大事であり、アメリカは中国の体制転覆を図ろうとしていると受け止めるかもしれない。

 戦争の最も直接的なツール、とりわけ核兵器と比べて、サイバー兵器は精密で微調整がきくと言われる。だが、その約束は幻想にすぎない。システムやデバイス、そしてモノのコネクティビティが高まったことで、ドミノ効果が生まれやすくなった。あるシステムをハッキングしても効果を把握しにくいため、攻撃側はターゲットを調整するのが難しく、意図せぬエスカレーションを生みやすい。

 2016年の時点で、インターネットに接続され尭産業管理システムは世界に18万あった。いわゆる「モノのインターネット(loT)」(世界で約100億台のデバィスがつながっている)が拡散したことで、魅力的なターゲットは急増している。そんななか、サイバー領域における「巻き添え被害」は、伝統的な戦争と同じくらい致命的で破壊的なものとなりかねない。たとえば軍事目標のハッキングは、意図せず医療機関や金融機関のシステムを無力化する恐れがある。米軍のサイバー司令官らは、アメリカはサイバー戦争でも最強の兵器をもつと強調するが、その一方でアメリカが最もサイバー攻撃に弱いことも認めている。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
« モレスキンの... 家族であると... »
 
コメント
 
コメントはありません。
コメントを投稿する
 
名前
タイトル
URL
コメント
コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。