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公共図書館の新たな運営の模索

『図書館制度・経営論』より 公共図書館の運営の今後

公共サービスの問題点

 行政組織の一環として公立図書館を確保する立場は、いうならば公共図書館が公共財であるという立場であるといってよい。しかし、公共財は、非控除可能性(ある人の利用が他の人の利用可能性を減少させない)や非排除性(コストを負担しない者でもただ乗りできる)の程度によって、純粋公共財といわれるものから、準公共財といわれるものまでに区分できる。公共図書館のサービスは、国防や警察などのような純粋公共財ではないが、一般には社会的に確保しなければならない、いわゆる準公共財(コモン財)に該当する。

 準公共財として公共サービスを展開する場合、人々の需要に見合う供給を行い、かつそれに対する負担(税)を人々に適切に課すような制度が望ましいが、その設計を行うのは容易ではない(各個人の費用負担率を提示し、各個人の公共財の需要量を申告するという方法(E. F.リンダールの解)は、申告を正直に表明せずにただ乗りしようとする人が出てくれば機能しない)。そのため実際的には、投票などの政治的プロセスによってえた結果から制度を設計することになる。この場合には通常の多数決原理に従うことにより、中位の選好をもつ者が決定権を握ることになり、中位者が望むサービス水準にその供給水準が画一的に決まってしまう。

 しかし、その負担のあり方については、税の体系次第ではあるが、均一に課税されるとするならば「ハイ・ディマンダーにとっては、供給される公共財は彼が負担すべき租税価格に比較して少なすぎ、逆にロー・ディマンダーにとっては、供給量は多すぎる」(山内直人『ノンプロフィット・エコノミー:NPOとフィランソロピー経済学』日本評論社、1997)という結果となる。人々の意見や選好が比較的平均的だった時代は、このあり方で問題がなかった。皆が同じように利用し、同じように負担し、納得していたのである。しかし、今日のように多様な意見があり、多様な選好が存在する場合、この方法ではうまくいかなくなっている。

 多くの公共サービスは、今日こうした問題を本質的に内包しており、図書館サービスも現在、情報資源の多様化や人々のニーズの多様化が進展している中で、「平均的なニーズを想定して供給せざるを得ない」という枠組みでは、多量・高品質サービスを望む利用者にとっては不満が残り、平均よりも少量・低品質サービスでよいという利用者には、税負担(コスト)が高いという不満が生じる。官僚制による組織の硬直化によるサービスの劣化などと相まって、公共サービスのこの舵取りの難しさが「政府の失敗」を引き起こす原因ともなっている。

公共図書館の新たな運営の模索

 それを回避するために、近年さまざまな工夫が行われてきた。市場に委ねてもよいものならば、民営化という方向の解決策もあるが、図書館サービスのようにそもそも「市場の失敗」(市場メカニズムが働いて最適な状態をっくり出せなくなる現象)を回避するために政府組織で扱われてきたものは、市場に任せるのは難しい。

 そこで、これまで重ねられてきた主な方途として、次のようなものがあげられる、

  (1)民間非営利セクターの組織(Nonprofit Organization : NPO)の設定

  (2)公立図書館として、「政府の失敗」を回避する運営方法の導入

 (1)の民間非営利セクターは、営利企業と政府と並ぶ経済部門として国際的には第三セクターと呼ばれる(わが国で一般に用いられている官民共同出資の組織のことではない。いわゆるNPO法人、学校法人、医療法人や社会福祉法人と同種のものである)。これらの法人は、前節で説明した公共サービスの不調を回避するために民間組織として、かつ人々の信頼をえやすくするために非営利な組織形態をとる人々にサービスを供給し、その対価を受け取るが、それだけでは運営できないから営利企業や家計からの寄付(賦課金)、また政府からは補助金(ときには税の免除)などを受けて経営する。ただし「収入から費用を差し引いた純利益を利害関係者に分配することが制度的にできない」のであり、民間組織であっても活動に一定の枠が設定されている。

 こうした民間非営利セクターとして、欧米では法人立図書館が歴史的に存在し、それらの公共図書館については早くから公的資金が投入され整備されてきた。法人立図書館は公共組織よりは自由度が高く、状況に応じて主体的に経営できる強みがある。そして、上述のような政府組織の行き詰まり、つまりきめ細かな対応ができないことや、組織の肥大化によるといった問題から、昨今オランダにおけるような政府組織をこのセクターヘ移行させるという動きが出ている。

 わが国でも、さまざまな領域で、ここまで述べてきた意味での第三セクターは今後進展していくだろう。ただし、公共図書館にとっては、これまで民間組織に公共資金の投入が認められていないため、当面この方策の見通しはない。

 もう一つの「政府の失敗」を回避する方途は、市場的な運営方法導入を視野にメれ、運営を効率化しかつ成果や顧客に注目しようとするものである。わが国の場合、これらの問題を克服するのに提案されたのは、直営による運営の改善か指定管理者制度かの選択である。直営は、組織形態としては変化がないが、その運営において工夫するという意味である。つまり、いずれの選択をするにしても、サービスの改善と運営の効率化の課題を解決しなくてはならない。

 第一の課題は、社会発展の状況に対応した図書館サービスのあり方を検討し、住民の意向に沿った図書館サービスを展開することである。状況の変化を考えれば、これまでと同じようなサービス対応では、コミュニティ・ニーズに的確に応えられない。直営方式をとるとしても、ときには公務員制度の枠組み(例:標準的な勤務時間)を弾力的に運用した、効果的な運営(例:開館時間の拡張などに対応できる運用)が望まれる。他方、指定管理方式をとった場合も、公共サービスの原則を踏まえ、かつ民間の工夫により効率を高め、住民の要求に応えなければならない。ここで重要なのは、新たな図書館の使命・ビジョンの確認である。実際、なぜこのような制度改革が行われたかを理解しないところでは、従来どおりサービスを確保すればよいといった水準にとどまっている。

 第二の課題は、特に図書館サービスを実施できる態勢の整備である。教育サービスや社会サービスなどとともに、図書館サービスは公共サービスとして位置づけられており、情報・知識を中心にコミュニティを維持・発展させるものであるとされる。このようなサービスを実現するには、専門的な知識や技術に明るい職員と態勢を擁せずには、構成しえないものである。残念ながらわが国での図書館の仕事への理解が、モノとしての図書の貸出・返却の手続きのようなところに集約されている現実がある。しかし、図書館の本質的な働きはそのような単純な自動化ですむような機能ではない。情報・知識を介して、人々の課題を解決し、人と人を結びつけるためのサービスが展開されねばならない。そのために、直営による図書館も、指定管理者による図書館も、サービスの自動化を前提に、図書館情報専門職として十分に機能する職員が不可欠である。

 新たな公共図書館運営には、時代の状況を把握し、適切に設定した経営指針とともに、なによりもそれを実現しうる組織整備とその弾力的運営が必要である。
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