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思考のなかの哲学と行動のなかの哲学

『生きる術としての哲学』小田実より 世界をどう捉えるか 二つの「哲学」

アテネ国立大学は、言わば哲学の発祥の地です。そこの哲学科で何を講義するのかと聞いたら、「日本におけるギリシア哲学の受容」について話してくれと言う。誰がどの哲学者を翻訳したとか、そんな類の話はどうでもいい。ただ、ギリシア哲学が日本に導入されたときに実は重大な問題を起こしている。その話をしました。

哲学には二つある。一つは、皆さんが理解しているとおり、ものごとが何で成立しているのか、何でこんなものがあるのか、分析したり認識したりする学問です。《Philosophy in Thought》、「思考のなかの哲学」です。プラトンのイデア説がどうのこうのという哲学史の講義を受けて、あくびが出た経験があるだろう。しかし、それは、フィロソフィーの一つのジャンルにすぎない。半分しか理解したことにならない。もう一つ重要な哲学があります。《Phirosophy in Action》、「行動のなかの哲学」です。古代ギリシア哲学においてはこの二つがあった。それを日本は受け入れていない。

古代アテナイは民主主義の本場です。《democracy》は、もともとギリシア語で、《demos》と《kratia》の合成語です。《demos》は「民衆」の意味ですが、もう一つ、「選挙区」「居住区」、「地域」、つまり「住民」の意味もあります。《kratia》は「力」です。つまり「民衆の力」が「デモクラシー」ということになります。「デモクラシー」は、本来選挙とは関係ありません。選挙はローマ時代に始まったもので、ギリシアでは、あまり選挙をしていない。ローマは民主主義ではなく、共和制の名前を借りた独裁国家です。そこから堕落が始まる。それに対して「デモス・クラティア」、「民衆の力」を誇ったのが古代アテナイで、紀元前五世紀にはペリクレスをはじめ多くの論者がいて、文学も隆盛した。

古代アテナイの「デモクラティア」は、一言で言えば、「民衆が力をもって民衆が政治をする」ということです。大衆が政治をする。政治はものを考えなければいけないから、そこから哲学が生まれる。それが《Phirosophy in Action》になります。皆さんは、哲学用語で《logos》を知っていると思います。これは、「理性」という意味と「ことば」という意味の二つがあります。「理性」と「ことば」の二つが人間の思考活動を形成するわけですが、明治時代の人は「思弁」といううまい訳語をつくった。ちゃんと「弁」がなかに入っています。哲学は「理性」の話ばかりで、「ことば」の話をしていない。

実際の「デモクラティア」の政治は、ことばを中心にして行われます。民主主義の根本はことばでしょう。ことばで説得することによって成り立つ政治が、民主主義です。カネや力を持ってくるのは民主主義ではない。

わけのわからないことを言っても、もちろん人はついてこない。ことばによって、人を「説得」しなければいけない。脅しではなく、相手を納得させ、その気にさせる。そこから「理性」が出てくる。だから、《logos》は、もともと「ことば」で、次に「理性」という意味が派生したことになります。

ギリシアでは、「書く」の前に「しゃべる」があり、「読む」の前に「聞く」がありました。英語の《audience》は、「聴衆」という意味と「読者」という意味と二つありますが、もとの意味は「聴く人」です。後になってから「読者」という意味が出てきたわけです。古代アテナイには、字が読めない人は山といましたが、政治に参加していると、字が読めなくても理性をもってきます。だから、哲学のもとは、まず「しゃべる」ことです。よく言われることですが、ソクラテスは市場へ行って靴屋としゃべって自分の哲学を形成した。しゃべることが、哲学の根幹にあるわけです。

しゃべることによってものごとを達成する、ことばで説得することによってデモクラティアを進行する。そういう思考のもとが、彼らの考えるフィロソフィアです。

どうしゃべり、どう人を説得するか。それが、《rhetorike》、つまり「修辞学」です。日本では、「単なる修辞にすぎない」といった表現があるように、「修辞」は大切にはされませんが、《rhetoric》、ギリシア語で言うと《rhetorikc》は非常に大事な学問として成立しています。アリストテレスに『レトリケー』という本があります。まさに、どうしゃべるか、どう人を説得するか、法廷の弁論、議会の弁論について書いてある本です。日本の大学では、アリストテレスの分析学の話はしても、修辞学の話は薗もしない。そもそも、日本の大学には哲学科はあっても、修辞学科は、この慶唐大学も含めてどこにもないでしょう。
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