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賢者の政治

『世界を変えた哲学者たち』より ハイエク……民主主義にご用心

●ハイエクは民主主義者ではない

 ハイエクは勤勉である。七十歳を過ぎた年齢で『法と立法と自由』という分厚い本を書いた。これは全三巻からなり、第一巻(一九七三年)では「自生的秩序」、第二巻(一九七六年)では「社会正義の幻想」を論じる。そして一九七九年、八十歳の年には第三巻を出し、そこで政治制度を論じることになる。

 この政治論がしかし奇妙なしろものなのである。

 ハイエクは自由主義者であるが、民主主義者ではない。個人の自由を至上のものとするが、しかし民主主義(大衆民主主義)はきらいである。大きらいである。ハイエクの哲学を解く鍵はむしろここにある。
●民主主義は危険である

 自由であるとはどういうことか。それは「拘束のない状態」である。政府からとやかく命令されない状態である。政府からみれば、あまり権力を使えない状態、権力の制限された状態である。これが自由の普通の意味である。

 しかし民主主義はそうではない。民主主義とは民衆の意志が権力をつくる、政府を拘束するということである。

 ある政治権力(政府)が正統とされるのは、その権力による支配が民衆の意志によって承認されているからである。

 民主主義においては民衆の意志は絶対であり、制限されることはありえない。民衆の意志が制限されるのであれば、それは民主主義ではない。

 したがって、民衆の意志によって成立した政府の権力は制限されない。その権力は、民衆の同意があるかぎり、無制限である。民衆が望んだことを政府は実行しなければならない。

 自由主義では政治権力は制限される。しかし民主主義では政治権力は全能となるのである。
●民主主義を抑制する

 したがって政治権力は、もし民衆が望むのであれば、自生的秩序(自由な市場経済)に遠慮なく介入するだろう。富者に累進税を課し、相続税を徴収するだろう。そうした税金を民衆のために再分配するだろう。

 これではいけない! 民主主義のもとでは自由がこわされる!

 こうして、民衆の暴政から自由を救い出すために、ハイエクは古代ローマの元老院のような政治システムを考案するのである。

 ハイエクのプランによればこうである。

 年齢四十五歳から六十歳までの人びとからなる「立法院」をつくる。国民は四十五歳になると自分たちの同世代から(比較的少数の)議員を選ぶ。この議員たちの任期は十五年であり、再選はない。六十で定年である。

 立法院の議員たちには、引退後の生活の心配をしなくてもいいように、引退後は裁判官などのポストが提供される。こうすることによってこの議員たちは利害団体の圧力から解放され、自由に政治を考えることができる。

 この立法院は政府にたいして大きな権力をもつ。政府が計画する政策はすべて「自生的秩序」に違反していないかどうか、この立法院の審査を受け、そしてその承認を必要とする。

 これがハイエクのプランである。
●賢者が監視する

 この立法院とは別に「第二院あるいは行政院」というものがつくられる。

 行政院の議員は選挙で選ばれ、その多数派が政府をつくる。この政府と行政院とを立法院が監視・監督するのである。

 問題は立法院の議員の選出であるが、ハィエクはくわしいことは書いていない。「地域ごとに指名された委員が彼らのなかから代表者を選ぶ」とある。

 また、立法院の議員になれるのは、「すでに生活のなかで力量をしめしている人びとだけ」とある。つまりは、同世代の人びとから、社会の有力者・名士が選ばれ、彼らが自分たちのなかから立法院の議員を選出する、というシステムであるらしい。
●名望家の支配

 これは名望家政治の復活ではないか?

 民衆による選挙の拘束から解放された名望家たちが、民衆によって選出された多数派の政府を監視するのである!

 ハイエクは累進課税制度や相続税にも反対するのであるが、その理由はそうしたものによって由緒ある名家・上流家庭が消滅するというものであった。

 ハイエクの自由社会には民衆のレベルとは別個の次元にある名家が不可欠であるようにみえる。この「名望家」たちが自生的秩序の保護者となる。

 実に奇怪な光景ではなかろうか。

●ハイエクが本当に恐れたのはなにか?

 彼が本当に恐れていたのは社会主義ではない。民衆による支配である。

 自由は民衆の暴政から防衛されなければならない。自然(自生的秩序)にまかせていてはたよりない。そこで賢者による支配が構想される。

 なんと奇妙な自生的秩序であることか!
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