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社会とは 競争の仕組みとしての社会。協力の仕組みとしての社会

『批評キーワード辞典』より 社会

感情というと、なにやらすぐに消えさってしまうもののようにも思える。しかし、さきほど「足場」という言葉を使ったが、そう簡単には消滅しない感情もある。タウンゼンド的な社会、つまり、生き残るために競いあう社会、競争的関係としての社会、という感情は、その足場をしっかりともっている。最初に確認したように、いまの私たちは、「社会の厳しさ」というフレーズを日常的に用いる。このフレーズをリアルなものと感じさせているのは(正確には、そのひとつは)、一八世紀後半に形成されはじめたタウンゼンド的な感情の構造なのである。

とはいえ、競争の仕組みとしての社会だけが、リアルに感じられる社会というわけではない。「社会をよくしよう」という言い回しは、うさんくさい響きをもってしまうことが多い。けれど、このフレーズが日常的なものではないとはいまでも断言できない。一九世紀初頭の時点でも、「相互協力としてのsocietyという考え方」が存在していたのは確かなことであり、「個人間の競争としてのsocietyの経験」とは明確に区分されていたのだった。この傾向は一九世紀後半になると、一層はっきりしてくるようだ。OEDにも、「社会的共感」や「社会的な福利/福祉といったフレーズを見つけることができる。

とすると、一八世紀における「社会」という言葉は、競争の仕組みだけを指すものではなかった、ということになる。「社会」とは、協力の仕組みでもあったのだ。

こうなってくると、社会という言葉の用法をめぐって、ひとつの争いが生じてきた、ということになるかもしれない。ただし、注意が必要な点がある。この争いにおいて、社会という言葉が直接使われないことが多いのだ。

次に引用する、政治学者の杉田敦による発言がその典型である。それにしても、今日、社会というものはどうも影が薄い。他方、市場というものは、厳然としてあると考えられている。杉田は、市場と社会を対比させる。前者は存在感が強く、後者は希薄である、と述べている。つまり、私たちを競争に駆りたてる市場の仕組みは、確実に存在している。ただし、その一方で、お互いに協力しあう仕組みとしての社会は、「どうも影が薄い」、縁遠い存在だということになるだろうか。

この対比には注意が必要である。タウンゼンドの議論を思い出そう。人間と人間がその生存を賭けて競争しあう仕組みは、「社会の平穏とよき秩序」をもたらすものだ、とタウンゼンドは考えていた。競争的な市場の仕組みが、いや、この仕組みだけが社会をよくする、というのが、いわゆる市場派の立場なのである。

とすると、市場と社会を対比させ対立させるのは、やや問題があることがわかるだろう。そうではなく、社会という言葉をめぐって対立がある、と考えたほうがよい。

市場派は、社会を、競争の仕組みと考える。いわゆる福祉国家派は、社会を、協力の仕組みと考える。この両者による争いが一九世紀以降活発なものとなり、二一世紀初頭の現在、前者の全面的勝利をむかえつつある、ということなのである。

こういう言い方もできるだろう。社会という言葉の用法は、このふたつ(競争か協力か)しかない、といまや考えられている。前者の用法であれば、社会という言葉を使う必要はあまりない。なにしろ、競争が自然に激化していけば、そのぶん、社会はよいものになるのだから。社会をどうこうしよう、と発言する必要すらない。そして、後者の用法は瀕死の状態にある。協力関係を念頭においてしまうと、社会という言葉はどうにも「影が薄い」ものになってしまう。

とはいえ、社会という言葉をめぐるこの対立には大きな共通点がある。

この共通点について、私たちはすでにそのヒントをもっている。競争的な社会も、協力的な社会も、どちらも一八世紀後半に勃興した感情の構造を、拡大したり変容させたりしたものである。つまり、どちらの社会も「発見」されるものである。競争の仕組みが発見されるものであることはすでにみた。

では協力の仕組みのほうはどうか? 福祉国家的な協力関係の具体例を考えてみよう。その代表格である年金制度はどうだろう。これは世代と世代のあいだの協力の仕組みである。健康保険制度はどうか。これは、病めるものと健やかなるもののあいだの協力の仕組みである。ただし、誰でも病気になりうるわけだから、皆が相互に協力しあっている仕組みである。これらの仕組みを、専門家である官僚や研究者が考えるもの、と私たちは感じてはいないだろうか。あるいは、年金制度や健康保険制度のもっとも良い仕組みを、そうした専門家こそが見つけられるもの、と私たちは感じてはいないか。

とすると、競争的だろうが、協力的だろうが、どちらの仕組みも、「発見」されるべき関係であり、社会であることに、何の変わりもないことになる。
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