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未唯への手紙

未唯への手紙

複雑性理論

2011年08月15日 | 2.数学
イギリスの地理学者マッシーは2005年に全15章と五つのコラム(3回にわたる「科学への依存?」と2回にわたる[知の生産の地理学])からなる著書『For Space』を出版した。彼女はこのコラムを通して、科学やテクノロジーの中でどのように時間と空間が政治的に観念化されてきたのか、またそれがどのように地理的場所において展開するのかを説明している。この中で重要なのが、ノーペル物理学賞を受賞した物理学者プリゴジンとスタンジェールが展開する複雑性理論である。彼らの、基礎的-現象的という二元論を拒否し、時間の不可逆性(と非決定性)を真剣に受け止め、社会にはめ込まれた科学に関する説明をもとにして、マッシーはどのように空間が観念化されているのか思いをめぐらせる。

奇しくも『For Space』と同年に出版された同じくイギリスの地理学者スリフトの著書『Knowing Capitalism』にも、この複雑性理論を手がかりに空間について考察する一章が挿入されている。スリフトは地理学と複雑性理論の関係性を1970年代の計量地理学にまで遡る。計量地理学においては、ロケーション/非ロケーションモデルの非単線的な媒介変数を付け加えたり、単純なカタストロフィー理論の技術を都市モデルに応用したりするというような技術的な理由から、後に複雑性理論と呼ばれるようになるものが用いられてきた。彼はこの複雑性理論を、カオス理論、フラクタルモデル、人工的な生命体、神経系など、自己生成的な刺激をめぐる概念の総体と捉える。それにより非単線性、自己生成、創発的な秩序、受容の複雑なシステムなどを説明することができるのである。社会学者のアーリは、1990年代後半から人文社会科学における複雑性理論の興隆を「複雑論的転回(complexity turn)」と呼び,自身も、かっての観光のまなざしに関する視覚的・認識論的研究から、観光を成功させる場所や事物の複雑で行為遂行的な関係性の研究へとシフトしていく。

では複雑性とは何か。複雑(complex)の語源は「共に-折り重ねる」にある。複雑性の議論(カオス理論と非平衡科学の自己組織化論)を展開してきたサンタフェ研究所やプリゴジンらのブリュッセル学派は、おおざっぱに言えば世界の複雑さ、開かれたシステムに取り組む。スリフトはサンタフェ研究所に、マッシーはプリゴジンとスタンジェールの議論に言及しながら論を展開する。マッシーが参照するプリゴジンとスタンジェールは可逆的な時間と不可逆的な時間、無秩序と秩序、物理学と生物学、偶然と必然、といった二項のどちらか一方ではなく、両方がうまくかみ合いながら作用することを非線形、ゆらぎ、不安定などの言葉とともに提示する。非平衡が秩序を作り出すのである。

スタンジェールは、世界が複雑さと不確実性によって生み出されることを強調する。そしてさらに、物質的世界がどのような力によって産出されるのかに注目することで、言葉=世界という安定性も、学問内での「構築主義」対「リアリズム」という対立軸も不確かにしていくのである。ただしスタンジェールは、1990年代後半からの複雑性理論の「発見」に対して、それが全体化され得ない現象への視点として有効なのであり、「新しい合理性」として一般化されてしまうことの危険性を指摘する。それぞれの複雑さは統一的な方法論ではなく、経験的な分析によって記述されるべきであり、だからこそスリフトは複雑性理論を、理解可能な説明を作り出し得るというメリットをもつメタファーとして扱うのである。そしてスリフトはアクター・ネットワーク理論を科学における事物生成のプロセスを隠喩的に考えるための概念と分化し、それをこの複雑性理論に代表される世界の複雑さへの問い掛けの中に置くのである。複雑性理論とアクター・ネットワーク理論は、彼が1990年代後半から進めてきた非表象理論を構成する。ただし彼は、アクター・ネットワーク理論が多く応用される中で、その理論の収・堤な次元--横断、動き、旅--があまり強調されなくなってしまったことに警告を発している。

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