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未唯への手紙

未唯への手紙

国が人々を脅す。対抗するフェアトレード

2016年11月19日 | 5.その他
『貧しい人々のマニフェスト』より 危機が持続する構造 恐るべき資本主義 幸福とは何か?

怒れる世界の貧困者たちは、金融と市場の世界に明確なルールを導入することを要求する。金融のジャグジーの蛇口を絞めるべきであり、社会的で人道的な確かなルールを科すべきだ、ということを彼らは自覚している。砂漠の中で叫びたいような心境の者もいるはずだ。1990~2000年代に実施された規制緩和の下で自国経済が存在しているだけの弱い国家の有り様が問われているのである。国家の機能が体制のセーフガード役にのみに縮小されてきたが、何かできそうなことを取り返そうとはしている。いかなる国家も、もはや民主的に運営されているとは言い難く、金権政治にまみれている。国家を間接的にコントロールするのは、銀行、大企業、大手情報関連企業(マスメディアを含む)である。両手と両足を縛られ、巨大企業の権力によって操作されている国家は、意義深い変化を実行することはできない。それゆえ、国家には、できる範囲で水漏れを塞いだり、1日もすれば剥がれると知りつつ絆創膏を重ね張りする程度のことぐらいしかできない。ウルトラ自由主義のナイフに脅され、国家の責任はどんどん限定されてきており、社会的で公正な経済を取り入れることができなくなっている。依然として、国家の役割の要諦は、国民全体を民主的に代表すること、あらゆる関心群の大きなパートナーシップであり続けること、そしてコンセンサスをつくっていくことではないだろうか。理論上、領土の防衛、市民の安全、インフラの建設など仕事は、自由主義の最右翼ですら、国家の責務として認めているはずだ。

けれども現実は違う形で物事が進んでいる。真の意味において、国家は民主的ではない。アメリカでバラク・オバマ大統領がやろうとしていた医療保険制度改革に関する法案が通らなかった理由は何だろうか。大企業とそのロビー団体が反旗を翻したからであり、結果として、大企業は大統領よりも強大な権力を獲得したのである。現代の金権政治国家には、ルールを課したり、銀行、株式市場、多国籍企業をコントロールする能力はない。なぜなら、政府は真っ当な人々に不利に動き、人々を会社に押し込めようとするからだ。私たちはフェアトレードをもって、政府に対して最終的に社会的責任を全うすることを要求する。政府はどのような類の食料安全を国民に対し保障するのか。どのレベルまでの汚染を地球は容認できるのか。すべての人々、とりわけ最も安全を欠いた人々に対してどのようなインフラを提供するのか。私たちの運命と未来を大企業の関心の手の中に委ねることなど、決して上手くいがないし、これまでも上手くいったためしはない。あるいは。高速道路やサッカースタジアムの建設のための大規模な土地収用という今まさに進行中の出来事が物語るように、周辺化されたところでのみ上手く機能するだろう。企業は国の支援を受け、極めて安いコストで集合型風力発電所を建設する機会をモノにするケースもあるだろう。土地所有者だちから土地を収用した後、企業はそこで発電した電気を販売し利益を上げる。例えば、イタリアとメキシコを含むいくつかの国々では、情報メディア産業が完全に民営化されている。なぜ国家は国民に情報を提供する能力を保持しないのか。どうすれば民主主義を取り戻せるのか。特定の手段の関心だけでなく、国民の関心を本当に代表できるような政府をどうやって創造するのか。

どう見ても金権政治にまみれた操作的で秘密主義の国家に直面した時、私たちの政治的選択肢は必ずしも明白ではないように思われる。権力の上にあぐらをかく政党はその権力を温存することを望むものである。それが白票あるいは反対票であろうと、権力は無効な少数意見を聞く耳は持たない。民主主義下において、投票数の50パーセントにも満たない票数で当選した政治家の存在を誰も問題にしないことが、このシステムが機能していない証左であろう。国家が機能するに際しては、無効となった声が無数に存在する。フェアトレードは、経済の民主化を手始めに、この無効にされた声の空白を埋めることを目指す。マジョリティの人々の社会構造に則った組織群を創造し、それらが結びつくことによって、貧困者たちはみずからを意識化し、最終的には人々が力を自分たちの手中に取り戻すことができる。このような感情へと高めていく。

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