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未唯への手紙

未唯への手紙

世界は開かれた国境からほど遠い

2016年11月19日 | 3.社会
『移民の経済学』より 国境の開放化に関する急進的な見解

今日、世界の国境はどのくらい開放されているのだろうか。実際のところ、ほとんど開放されていないと言ってよいだろう。この問題について、次の三つの視点から検討してみたい。まず法律の条文、法律逃れのために移民が払う犠牲、そして移住できない移民の数の三点である。今日の世界の国境はほとんど開放されていないため、すべての数字は推測の域を出ない。それでもこれらの数字は、開かれた国境のもつ本質を理解するのに役立つ。もっと正確にいえば、閉ざされた国境がどれだけグローバル社会を歪め、自由と経済的価値を破壊しているのかを評価する助けになる。

まず法律から始めよう。先進国の基準によると、アメリカの移民に関する法律はかなりリべラルである。それにもかかわらず、合法的移民になるルートは限られている。家族の呼び寄せ(家族の再統合)、高い技能の保有、難民や亡命、そして移民多様化ビザの抽選などである。典型的な家族の再統合の場合、認可までに7~12年の年月がかかり、メキシコ人の場合は約20年が必要である。就労ベースのビザの必要条件はかなり厳しい。合法移民の申込みには、非凡な能力、少なくとも大学卒業以上の学位、アメリカの多国籍企業の保証、あるいは50万ドルの投資資金が必要である。高度人材なら、非移民H-1Bビザを申請することも可能である。H-1Bビザは永住者ビザに移行できる。このカテゴリーは非常に競争が激しく、年間応募の割当て枠は通常10日でいっぱいになる。アメリカでは、年間約5万人の避難民と亡命者の入国を認めているが、2012年の上限は7万6000人とされた。最後の移民多様化ビザの抽選に当たる確率は、ほぼゼロに等しい。2008年には、1億3600万人が5万人の募集枠に殺到した。さらに低い技能しかもたない単純労働者の中には、H-2AやH-2Bを取得する者もいる。しかしこれらのビザは取得が難しく、失効も早い。また長期の居住者ビザに切り替えることができない。

要するにアメリカは、世界の人々に対して長期滞在への道を開放していない。一時的な就業機会もほとんど提供していない。実際には、一時的な滞在でさえ難しい。領事館に長期滞在の意図がないことを認めてもらえなければ、申請は簡単に却下されてしまう。その結果、将来合法的移民となれる見込みがある人でも、不法に国境を越えてきたり、ビザの在留期限が到来した後もそのまま居残ってしまう。アメリカには、現在1100万~1300万人の不法移民が滞在している。それはアメリカ国内で暮らす外国生まれの人々の約三分の一に当たり、全人口の約4%に相当する。

移民法はどれほど重要であるのか。闇市場の価格をみてみよう。闇市場の価格とは、貧しい移民が国境を越えるために支払おうとする価格のことである。メキシコからアメリカヘの密入国者が斡旋業者へ支払う金額は、現在約4000ドルと言われる。これはメキシコの典型的な農業従事者の四年分の所得に相当する。さらに遠くの国からの斡旋価格は、おそらくもっと高くなるだろう。インドでは現在、斡旋業者はアメリカヘの不法入国希望者に6万ドルを請求している。それを支払うためには、インド人の中所得層でも10年間以上もの所得をすべて貯蓄しなければならない。この金額を非常に高額だと思う人がいるかもしれない。しかし、移民の決意はこんなものではない。メキシコとアメリカの国境を越える移民には、灼熱の砂漠が待ち受けている。アフリカからヨーロッパヘ渡る移民が乗船するのは、今にも沈没しそうなボロ船だ。南アフリカの国境を越えてくる者はライオンに襲われるリスクを負っている。

低い技能しか持たない貧しい移民は、密入国斡旋業者に巨額な料金を支払わなければならない。彼等はその資金をどこから手に入れるのか。手短に言えば、多くは「誰も手助けしてくれない」。逆に言えば、もしも国境が開放されていれば、今よりももっと多くの移民が流入してくるはずである。密入国の料金をどうにか支払うことができた者がいたとしよう。その資金源は次の三つである。長い時間をかけて家族で貯めた資金、外国に移住している家族からの資金援助、そして借金である。借金の場合は、入国後に仕事を見つけて稼いだ所得から少しずつ返済していかなければならない。密入国ではすべてが非合法であるため、借金の取り立てでも、各地域の犯罪者集団が絡んでくることが多い。もし移民の規制を完全に撤廃すれば、密入国の手数料や事件に巻き込まれる危険はほとんど解消される。そうなった場合、どのくらいの移民がアメリカに入国してくるであろうか。2010年以来、ギャラップ社は世界規模で成人を対象にした世論調査を行ってきた。その中に、もし許可が出たならすぐにでも他国に移住したいと考えているかという質問があり、6億人以上、すなわち世界の成人人口の14%が他国に移り永住したいと回答している。また10億人以上が、一時的でも良いから海外で働くことを望んでいる。参考のために言えば、現在、生まれた国以外の場所に住んでいる人の数は2億3200万人である。1億人以上の人々にとってアメリカは一番住みたい国となっている。ギャラップ社ではこれらの世論調査を用いて、すべての人々が第1希望の国に移住した場合、各国の人口増減がどうなるかを予測している。ハイチは人口の半分を失い、オーストラリア、シンガポール、そしてニュージーランドの人口は2倍以上に増加する。世界で3番目に人口が多いアメリカでさえ、60%も増加する。

これは、アメリカがただちに国境を開放すれば、翌日には2億人の移民が殺到するということではない。移民は複数のボトルネックに直面する。輸送、住宅、仕事などの需要が短期間に集中すれば、その調整にかなりの時間がかかる。さらに厄介な問題は文化と言語である。スペインはドイツよりも移民先として人気かおる。それは世界的には、スペイン語人口が多いためである。またサウジアラビアもランキングの上位に位置する。世界のイスラム教徒にとって宗教的に重要な場所であるからだ。しかし国境が開放されたとしても、その国に実質的な「ディアスポラ」すなわち彼らの文化や言語を共有するサブカルチャーがない限り、人々の移住の動機はそれほど高まらないだろう。

ディアスポラはどのくらい機能しているのか。文化的、言語的に完全に切り離された地域の間では、移民率は最初は低い水準に止まっている。しかし時間の経過とともに噂が広まり、移民は雪だるま式に増加していく。最初に押し寄せた移民の波は、「私達は成功している」という良いニュースを母国に送る。第二の波はさらに良いニュースを送る。「私達は成功して、自分達のコミュニティを作り始めた」と。第三の波はさらに良いニュースである。「成功のおかげで、我々のコミュニティは大きく栄えている」と。たとえば1904年にアメリカがプエルトリコとの国境を開放した時、移民はそれほど目立だなかった。1900~1910年にプエルトリコからやってきた移民はわずか2000人にすぎなかった。しかし10年ごとにプエルトリコからの移民は増え続け、アメリカ本土にいるプエルトリコ人はますます居心地が良くなった。2000年にはプエルトリコにいるプエルトリコ人よりも、アメリカに住むプエルトリコ人の方が多くなった。

2010年の時点で、外国生まれのアメリカ人のうち29%はメキシコ出身である。24%はその他のラテンアメリカ諸国、28%がアジア、12%がョーロッパ、4%がアフリカ、2%が北アメリカ、1%がその他の国の出身となっていび。国境の開放が、いち早くラテンアメリカ、特にメキシコからの移民の急増をもたらす。この予想は間違いないであろう。アメリカには、メキシコ人のディアスポラと援助に熱心な家族がすでに移り住んでいるためだ。中国人やインド人はもともと人口が多いので、ディアスポラは最初は比較的小さくても、中期的に移民は拡大すると予想すべきだ。アフリカ移民の人口は少なく、アフリカの文化や言語はアフリカ系アメリカ人とはかなり異なっている。これを前提にすると、アフリカ移民はしばらくは小規模で推移するかもしれない。しかし現在、アフリカ地域で急速な人口拡大が続いていることから、最終的に移民はかなりの規模に達するだろう。

1920年までは、アメリカの国境はほとんど開放状態にあった。19世紀に起きたアメリカ経済の奇跡的な発展で、大量の移民が重要な役割を演じたことはほぼ間違いない。フリーパスに近い移民のプラス効果が、19世紀後半の貿易制限のマイナス効果を大きく上回り、それを覆い隠しているとする指摘さえある。こうして移民と経済発展の相乗効果は、20世紀初頭まで続いた。デトロイトの自動車産業のような大量生産を行う製造業は、そうした移民やその子供たちによる人口の増加や流動化の高まりから、多大な恩恵を受けた。

それでも最近の基準からすれば、移民の数は国境が開かれていた割には穏当な水準に止まっていた。外国生まれの人口比率は、現在の13%に対して、1910年のピークでも15%であった。もしもアメリカの国境が再び開放されたならば、ディアスポラの動学に反して、従来よりも大規模で急激な変化が訪れるかもしれない。交通・輸送の費用はかなり安くなり、安全になっている。そのため最貧国や遠くの国の人々にも、移民の可能性が開けてきた。コミュニケーションの方法も大幅に改善されている。移民は友人や家族と常に連絡をとることができる。そして多くの就業機会があるという噂は、世界の隅々まで伝わるだろう。文化はグローバル化している。つまり、数億人とも言われる潜在的な移民は、いまや「移住する前から同化している」のである。彼らは英語を流暢に話すことができ、アメリカの雑誌、テレビ、映画に夢中になっている。重要な点は、国境が開放されれば数十年でアメリカの人口が2倍になる可能性があるということだ。

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