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第三章社会編と第六章知編

第三章は困ったもんです。最初の政治・経済のところで、この社会には政治・経済そのものがないという結論。 #第三章社会編
あまりにも見えないし、どうしようもない。それで何故、社会というものが動いているように見えるのか。つまり、政治・経済が必要ないんだ。それを見ていくことが社会の分析になる。 #第三章社会編
中心と見えるものが端であり、端と見えるものが中心である。その観点で地域を見る。端と思われるここが実は主舞台。 #端と核をつなぐ
市民の方も市民と言うよりも家族。家族と地域の循環で社会が動いている。結論に近い形で地域がある。今さら、地域に分散と考えなくてもすでに分散している。これらを明確にすることで,はじめて社会が見えてくる。 #第三章社会編
地域のあり方、というよりも市民のあり方から社会を見ていく。それで次が見えてくる。だから、第三章は後回しにします。 #第三章社会編
第六章は知です。行動よりも考えること。先に全てのシナリオを作ること。それが考えること。 第六章知編
社会を知で創り出すこと。それで行動を少なくして、リスクを回避する。人間の欲望自体を変えていく。殺し合う悦びから自分の内なるよろこびに変えていく。他人との関係でなく、自分の内側に視点を移す。そして、力を貯める。 第六章知編
知を共有するための本。場所としての図書館、これは単純ではない。進化しないといけない。 #知を共有
共有するためには読むだけではダメです。安心することです。それを議論する場、アゴラ。それがあってはじめて、知の共有が成り立つ。知を共有してどうするのか。それがメディアです。コメント文化の底辺は広い。そこから変えていかないといけない。 #知を共有
当然、知の共有は教育制度そのものに関係する。教育の目的が変わってくる。仕事を得るための教育というスタンスが変わっていく。仕事自体を変えるために。変革の対象は家族・教育・仕事のあり方、全てが変わってきます。では、どこへもっていくのか。 #知を共有
全てを考える時、詳細と概要が同一になってくる。各単元の次元を上げましょう。よりクリアーにしていく。 #詳細と概要
なぜ、戦うのか。個の存在があれば、戦うことに敏感になれる。それが生まれてきたことの答えなんです。問いではないけど。 #個の存在
車は単に移動手段なのに、あんなに攻撃的になるのか。もっと生まれた劫なんでしょう。それをなくせばいいんです。 #車は攻撃的
つまり、孤立と孤独をベースとした社会が正解です。 #孤立と孤独

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