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ムスリム社会の発展と安定化への挑戦

『イスラーム世界の挫折と再生』より 中東・イスラーム世界は、なぜここまで堕落したのか

以上のように、ヒズメト運動をはじめとする市民運動や地方の中小企業の成長は、親イスラーム的な次世代エリートや新興の富裕層・中間層の成長に寄与した。彼らの間には、購買力上昇と消費主義の浸透に伴い、現代的ライフスタイルとイスラーム的価値観や習慣を両立した「イスラーム的消費文化」が見られるようになった。購買力上昇とイスラーム復興が進むと、より多くの人々がイスラーム的な商品やサービスを求めるようになり、イスラーム系企業は経営手法や製品のイスラーム性をアピールすることで新たな市場を獲得した。イスラーム系企業が利益を上げるほど、雇用や社会事業を通じて宗教色の強い層が経済的・社会的に上昇し、イスラーム的な商品やサービスヘの需要がさらに拡大するという循環が生まれた。

新たに市場に登場した「イスラーム的」な商品やサービスには、ハラール認証の食品や化粧品、医薬品、ムスリム女性向けのイスラーム・ファッション、礼拝のためのスペースや時間、男女の隔離に配慮したホテルやリゾート、スポーツクラブ、イスラームの教訓的内容を盛り込んだ小説や映画、テレビ番組などがある。また、こうした商品やサービスを提供する企業は、利子取引の禁止、断食月の従業員への食事提供停止、慈善活動への寄付、公正な取引の徹底など、イスラーム的な価値規範に従った経営に取り組んでいる。イスラーム金融だけでなく、ムスリムたちの信仰に基づく価値規範や生活様式が影響を及ぼす全ての部門を含む新たな「イスラーム経済」が拡大している。

イスラーム経済は、トルコだけでなく多くのムスリム諸国に広がり、巨大な市場を形成しつつある。高い経済成長が注目される新興国の中には、ムスリムが人口の多数を占める国々が含まれる。G20にはインドネシア、サウディアラビア、トルコが、NEXT11にはインドネシア、トルコに加えて、イラン、エジプト、パキスタン、バングラデシュ、ナイジェリアが名を連ねる。またアラブ首長国連邦、バハレーン、クウェート、オマーン、カタールなどの湾岸諸国も石油収入による富と金融センターとしての役割によって、世界経済に大きな影響を与えている。

上記のような新興諸国では経済成長と同時に、新たに成長した中開層の間でイスラーム復興が進展している。新たな中間層は消費を中心とした都会的、近代的なライフスタイルや価値観を受け入れる一方で、事業経営や消費において強いイスラーム志向を表明するようになっている。

食品とライフスタイル部門へのムスリム消費者の支出は2012年に1兆6200億米ドルにのぼり、2018年までに2兆4700億米ドルに拡大すると予測されている。イスラーム金融資産は2012年に1兆3500億ドルに達している。イスラーム経済は今後も拡大が期待されており、冒頭で紹介した日本企業だけでなく、欧米などの大企業も次々と参入していか。イスラーム経済の巨大な市場を注視することは、ビジネスチャンスにつながるだけでなく、今後のムスリム社会の発展を担う新しい中開層の特徴を理解する上でも重要である。

以上で見てきたように、イスラーム系の市民運動や企業の成長は、信仰心の篤い社会的・経済的底辺層の底上げに貢献し、新興中間層の問にイスラーム復興を進展させている。これまでイスラーム復興には、欧米的な文化や生活様式を拒絶し、市場経済やグローバル化による変化を頑なに拒むという印象が強かったように思われる。だが社会的・経済的上昇を遂げた中開層の人々のイスラーム志向は、市場経済やグローバリゼーションと手を携えて進行している。

トルコではイスラーム系の企業や市民運動が経済成長やそれに伴う格差の是正に重要な役割を果たし、トルコは中東地域における民主化や経済発展のモデルとしてみなされるまでになった。一方で昨年末、ヒズメト運動が力を入れてきた学習塾の閉鎖を政権が発表したのを発端に、トルコの発展を支えてきた公正・発展党政権とヒズメト運動の間で緊張が高まっている。公正・発展党政権とヒズメト運動の対立は、公正・発展党政権とつながりの強いMUSiADと、ヒズメト運動に属するTUSKONの間にも飛び火しており、今後のトルコ経済への影響を注視する必要がある。

イスラームは社会的公正や相互扶助を重視し、社会のセーフティーネットとなる仕組みを持っている。財産の一部を社会的弱者救済のために使う喜捨の仕組みは、現代のイスラーム系のNGOやイスラーム系企業の活動の中にも見ることができる。新自由主義やグローバリゼーションと共に、政府が財政赤字解消のために福祉予算を縮小するという動きは世界中で広がっている。そんな中、弱者救済を目指しセーフティーネットを提供するイスラーム系市民運動や、そうした活動を支えるイスラーム系企業の役割は注目に値する。

2011年の「アラブの春」以降、中東、北アフリカ地域の広範にわたってイスラーム過激派の活発化が報告されている。これらの地域では経済成長の一方で人々の問の経済的格差が広がっており、過激なイスラーム主義は貧困層や高学歴の若年失業者といった中下層の人々の不満を吸収して台頭していると考えられている。イスラーム系市民運動やイスラーム系企業の活動は、経済的成功者から資金や人材といった資源を再分配する回路として機能しており、経済的格差の是正や社会的公正の実現に向けた取り組みを通じて、今後のイスラーム地域の安定化に貢献することが期待される。
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