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アイゼンハワーの実践知リーダーシップ

『史上最大の決断』より アイゼンハワーのリーダーシップ--フロネシスの視点-

(1)善い目的をつくる能力

 アリストテレスは『ニコマコス倫理学』で、「あらゆる行為や選択はすべて何らかの善を希求する」と主張した。この点は、「よりよく生きる」の本質を問い続けた師ソクラテスに通底する。賢慮の実践は、共通善に照らして正当な目的を持つことが前提になる。

 アイゼンハワーは連合軍最初の上陸作戦であり、彼が初めて司令官を務めた北アフリカでのトーチ作戦が終了後、「戦争観が全く変わった」と自著『ヨーロッパ十字軍』で述べている。

 「18世紀まで軍人とは傭兵を指した。戦争はいわばゲームであり、たとえ敵同士であっても憎しみの感情はなかった。軍人が戦ったのは勝利の暁に手に入る報奨金のためだった。結果として、捕虜となった敵方の司令官が賓客としてもてなされることもあっただろうが、今度の戦争は違う」と彼は主張する。「自分たちは、私利私欲を離れ、人類の幸福実現のために立ち上がったのであり、人間の権利を侵害する悪とは絶対に妥協しないと誓ったのだ。私にとってこの戦争は十字軍のように神聖な戦争となった」と述べるのである。アイゼンハワーの共通善の基準は、チャーチル同様に人類というレベルで、ギリシャ・ローマ時代からの「歴史的構想力」に裏打ちされている。

(2)ありのままの現実を直観する能力

 現実をうまく捉えるには、個別具体の微細な経験を総合するプロセスが不可欠となる。それはアリストテレスの共通感覚やポランニーの「暗黙的知り方」に近い。すなわち、部分と全体を常に往還し、名詞形ではなく、動詞形で物事を捉えるプロセスだ。アイゼンハワーはその力に長けていた。

 アイゼンハワーに対しては「戦争に従事した経験が乏しい」という批判もあったが、なかなかどうして、観念論を排し、リアリズムと直接経験を重視する実戦派の軍人であった。なかんずく、空戦も含めた水陸両用作戦に関する幅広い経験知の獲得にこだわっていた。

 アイゼンハワーとパットンはメリーランド州フォート・ミードの歩兵戦車学校で知り合っている。2人は意気投合し、互いに新しい兵器である戦車の可能性に目を開いた。1台の戦車を最後のボルトやナットにまで分解し、再び組み立てた。戦車を使ったさまざまな実験にも取り組んだ。戦車の設計まで研究し、戦車を核にすえた自動化部隊がアメリカ全土を横断できることまで2人で確認している。

(3)場をタイムリーにつくる能力

 場づくりこそ、アイゼンハワーが非常に得意とするところだった。明るい性格の楽観主義者で、人の話を聞くのが大好き、アイク・スマイルと呼ばれた底抜けの笑顔でチームをうまくまとめた。

 ウエストポイントでフットボールに打ち込むものの、2年次に膝に大怪我を負い、選手生命を絶たれてしまうが、のちにコーチとしての才能を開花させた。陸軍入隊後も、多くのチームでコーチを務め、いずれも優秀な成績に導いた。選手たちをやる気にさせる場づくりの能力がそこで磨かれたのではないか。

 43年11月には、カイロ会議出席のため、はるばるアフリカにやってきたルーズベルトをカルタゴの古戦場跡に案内し、歴史談義に花を咲かせた。ルーズベルトも歴史好きで、アイゼンハワーの戦史話に共鳴し、互いの人間関係が多いに深まった。

(4)直観の本質を物語る能力

 アイゼンハワーがアメリカ陸軍参謀本部内に設けられた作戦部の初代部長を務めていた際、ノルマンディー作戦の原型とも言える案を構想していたことは第3章で述べた。

 彼が自著で明かすように、それは「陸空兵力を一体として、双方の効果を倍加するに至らしめるまでに空軍を地上作戦に協力せしめようとするもの」であり、当時としては空前絶後の斬新な戦略思想であった。

 事前に、上陸地点を誤らせる欺隔作戦から始まり、戦略爆撃、空挺活用、艦砲射撃を存分に行う。その後に兵力を一気に陸揚げするとともに港を確保すると、後続部隊を次々に送り込む。続いて戦車を中心とした自動化部隊がドイツ心臓部目がけて突き進む。アメリカ陸軍参謀本部内に設置された作戦部の初代部長となった当時から、優れた直観力により、そういう計画が頭の中に渦巻いていたはずである。

(5)物語りを実現する能力(政治力)

 アイゼンハワーは多くの人を「彼のためなら一肌脱ごう」と思わせる「人たらし」であった。それは構想した物語を実現するための大きな推進力となった。

 リーダーシップはある人の持つパワーや影響力に関連して定義することができる。それを「目標達成に向けて人々に影響を及ぼすプロセス」と広く定義すると、人間が持つ社会的パワーの基盤は次の6つの力で構成される。①合法力(組織から公式に与えられた権限に由来する力)、②報償力(報酬を与える能力に由来する力)、③強制力(処罰できる能力に由来する力)、④専門力(専門的知識や技能に由来する力)、⑤親和力(互いの一体感に由来する力)、⑥情報力(情報の量や質に由来する力)の6つである。前の3つの力をハードパワー、後の3つをソフトパワーと分類することもできる。文脈に応じ、これらをダイナミックに総合したものが個人の持つ政治力であり、それが個々のリーダーシップを成り立たせているのである。

(6)実践知を組織する能力

 アイゼンハワーは自分ですべてを抱え込もうとせず、各組織にいる優れた人材をうまく使った。それは既に指摘したように、アメリカ軍の組織がドイツ軍はもとより、味方のイギリス軍よりも自律分散型、すなわちフラクタル性が高かったことも影響していた。彼の大きな功績の1つは、膠着した戦線を突破させるべく、パットンを投入したことだ。

 アイゼンハワーの組織化能力は239ページで紹介したエピソードによく現れている。ドイツ軍の戦車砲の優秀さに直面し難儀を覚えているという前線からの報告に接したアイゼンハワーは、すぐにマーシャルに連絡し、戦車の専門家をノルマンディーからアメリカに送り返すと、自軍の徹甲弾を改良するための議論を行わせた。モントゴメリーも同じ情報を得ていたが、彼はそれを握りつぶし何の処置もとらなかった。

 アメリカ人ジャーナリストのジョン・ガンサーはこう書く。「彼の一つの著しい特徴は、信用のできる人物には、すべてを任せきってしまう点である。だから、彼の部下は、大ていのことは自分たちの裁量で処理してしまう」。
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