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社会脳としての図書館

『情報・知識資源の組織化』より

社会脳としての図書館

 人間の行動を制御している要素の多くは環境や他者といった外部にある。行勣を左右する情報が脳の外部にあるのは、我々が自己内部の情報を外部の装置に移すという、情報の外部化をはじめたことによる。つまり、外部環境へ記憶や知識を移すことで、個人の知識のレベルを超えた知識の伝達と蓄積が可能になり、それが我々の行動に影響を与えているのである。

 我々は道具を利用し、思考内容を発話、文章化することで、他者とコミュニケーションをとっている。人間は、自らの環境に様々な道具を見い出し作り出すことで、心を強力なものにする。こうした認知的人工物は「心の度具」と呼ばれる。人間が高い知性を持つのは、自分の認知作業を、可能なかぎり環境に委ねてしまう習慣による。つまり、外界につくった一連の周辺装置に知的活動を代行させてしまうからである。

 記憶が内的である必要はなく、今や我々の記憶の多くが外部の記憶装置によって維持されている。我々は様々な外部記憶装置を作り出すことで、社会の記憶を保持・維持している。典型的なものが古代からの人類の記録された知識を保存してきた図書館である。図書館は「社会脳」と呼べるもので、我々は膨大な量の情報をこの外部の社会脳に貯える仕組みを生み出した。ベルリン自由大学の図書館は「berlin Brain」と呼ばれている。

 バトラーは文化の道具としての印刷本の起源・発展・普及に関心を寄せ、人間の記憶を拡張・維持する手段としての書物や図書館の重要性を指摘した。図書は人類の記憶を保存する一種の社会的メカニズムで、図書館はこれを生きている個人の意識に還元する社会的装置である。社会は記憶を持ち、さらにー一種のメンタリティをも持つ。社会が持っているこのいわば心に擬せられるものは、意識こそ持たないが、個人の知的プロセスと大体類似の働きをする。知識が社会的に蓄積され存在するということは、社会と個人を結ぶ上で大きな意義を持つ。人間は社会の記憶のどの部分も自分の心に移しかえることができ、いつでも自分の学校を開くことができるのである。

社会脳の疲弊

 知的技術は、ほとんど常に、認知機能や心的活動を外部化、客体化、バーチャル化する。人類の進化の過程で、道具の使用や言語の発達にもまして、社会が脳の進化に重要であったと考えられる。1990年代以降、認知脳科学や進化人類学などの分野で、社会脳(ソーシャルブレイン)への関心が高まっている。具体的なテーマとしては、自己認識、他者認知、視線、表情、意図の検知、共感、模倣、心の理論、ミラーニューロンなどがある。

 社会脳の本質は、環境適応的に自分自身の脳の構造を作り替えていく適応能力である。社会脳を理解するには「関係性」が重要となる。関係構造の変化に応じて、我々の振る舞いを適応的にコントロールしている脳の仕組みが社会脳である。また、パーソナリティ(人格)の根底にあるものを社会脳と呼んだりする。ネットなど、顔を介さないコミュニケーションが日常的になり、社会脳に異変が生じている。他者や他者との関係性が、テキストやデータに置きかえられ,つまりは他者を、情報化,データ化し、操作可能なモノ化することで、共感性が失われている。

 人間にとっての世界は共同世界に支えられた「意味的世界」、すなわち象徴的に構成された世界である。世界は、ヒト(共同世界)、モノ(事物・道具的世界)、コトバ(象徴的世界)が複雑に絡み合い重なり合って構成される。道具が自然的適応に関わるのに対して、シンボルはむしろ対人的、心理的適応に関わる。我々は言語によって世界を意味づける(分節化)。象徴的世界への関与の仕方それ自体は経験的にしか習得されない。象徴と人間とを媒介するのも人間で、その象徴群は「文化」を構成し、時代や地域によって多様である。それ故、他者との関わりや「共同世界」の存在こそが重要となる。道具と人間との「出会われ方」は一方的だが、他者という人間との出会われ方は双方向的で、相互規定される。ネットワークは偽者の象徴界によって覆い尽くされた世界で、ネットワーク化により、我々は無数のずれを経験しはじめる.それは時には病理的な形式をとる。

 今や、意味記憶を外在化した社会脳としての図書館、エピソード記憶の持ち主である小さな社会「脳」としての個人、その両方もが疲弊しつつある。複雑な社会に適応していくにも、図書館という「場」を介して、人々が交流することで、しかるべき社会的技能(スキル)が育めるとよい。
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