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公共施設と住民の利用権

 『現代行政とネットワーク理論』より 公共施設のあり方と統廃合・民営化
 小学校廃止と保育所廃止の最高裁裁判例
  1963年の地方自治法改正で、「公の施設」は、「住民の福祉を増進する目的をもってその利用に供する施設」として定義され、自治体は、「正当な理由がない限り、住民が公の施設を利用することを拒んではならない。」(244条2項)、「住民が公の施設を利用することについて、不当な差別的取扱いをしてはならない。」(3項)と規定された。これらの規定は、集会の自由や法の下の平等を公の施設の利用権に関して明文化し、住民の公の施設の利用権を保障したものである。そこで、公共施設の統廃合等と住民の利用権に関して問題となる。
  公共施設の統廃合等に関する最高裁判所の裁判例としては、千代田区立小学校廃止処分取消等請求事件(最判平14・4・25判時229号52頁)(以下、「千代田区最判」という。)および横浜市立保育所廃止処分取消請求事件(最判平21・n・26民集63巻9号2124頁戸以下、「横浜市最判」という。)がある。
  千代田区最判は、区立小学校を統廃合する条例について、「条例は一般的規範にほかならず、上告人らは、被上告人東京都千代田区が社会生活上通学可能な範囲内に設置する小学校においてその子らに法定年限の普通教育を受けさせる権利ないし法的利益を有するが、具体的に特定の区立小学校で教育を受けさせる権利ないし法的利益を有するとはいえないとし、本件条例が抗告訴訟の対象となる処分に当たらないとした原審の判断は、正当として是認することができる。」と判示し、特定の小学校で教育を受けさせる権利・法的利益までは有せず、条例の制定の処分性を認めなかった。
  横浜市最判は、市立保育所を民間に移譲するために市立保育所を廃止する条例について、「条例の制定は、普通地方公共団体の議会が行う立法作用に属するから、一般的には、抗告訴訟の対象となる行政処分に当たるものでないことはいうまでもないが、本件改正条例は、本件各保育所の廃止のみを内容とするものであって、他に行政庁の処分を待つことなく、その施行により各保育所廃止の効果を発生させ、当該保育所に現に入所中の児童及びその保護者という限られた特定の者らに対して、直接、当該保育所において保育を受けることを期待し得る上記の法的地位を奪う結果を生じさせるものであるから、その制定行為は、行政庁の処分と実質的に同視し得るものということができる。」と判示し、特定の保育所で保育の実施期間が満了するまで保育を受けることを期待し得る法的地位を認め、条例の改正の処分性を認めた。
  公共施設の統廃合等は、当該公共施設の設置管理条例の改正又は廃止(以下、「改廃」という。)によりなされるため、当該条例の改廃による住民の利用権の侵害の有無が争われることになる。そこで、特定の公共施設における利用権について、認めなかった千代田区最判、認めた横浜市最判との関係をどうみるかが問題となる。
  千代田区最判は、1審判決(東京地判平7・12・6判自148号59頁)で、「条例の施行前、その子女を永田町小学校に通学させ、同校において教育を受けさせることができたのは、被告区が永田町小学校を設置し、これを広く一般の利用に供していたことによるものであって、原告らが既得権として主張する永田町小学校で教育を受けるという利益は、単なる事実上の利益に過ぎず、これをもって原告らの権利ないし法的地位と認めることはできない。したがって、永田町小学校の廃止を内容とする本件条例の制定によって、原告らが、その子女を永田町小学校に通学させ同校での教育を受けられなくなるとしても、そのことをとらえて、本件条例が原告らの権利義務ないし法的地位に直接影響を及ぼすものということはできない」とした。
  横浜市最判は、市町村に保育の義務を課した児ス命福祉法の仕組みを踏まえて、「当該保育所の受入れ能力がある限り、希望どおりの入所を図らなければならないこととして、保護者の選択を制度上保障したもの」と解して、保育所への入所承諾の際に、保育の実施期間が指定されることを踏まえて、「保育所の利用関係は、保護者の選択に基づき、保育所及び保育の実施期間を定めて設定されるものであり、保育の実施の解除がされない限り胴法33条の4参照)、保育の実施期間が満了するまで継続するものである」として、「特定の保育所で現に保育を受けている児童及びその保護者は、保育の実施期間が満了するまでの間は当該保育所における保育を受けることを期待し得る法的地位を有する」とした。
  両判決は、関係法令において利用者が特定の公共施設を選択し、継続的に利用することを前提として設計されているか否かが、その法的地位の保障の有無、当該公共施設の条例の改廃が及ぼす影響の評価の違いに表れている。
  横浜市最判における「行政庁の処分と実質的に同視し得るもの」とする点については、条例の内容的特質(本件各保育所の廃止のみを内容とするもの)、法効果の具体性(他に行政庁の処分を待つことなく、その施行により各保育所廃止の効果を発生)、法効果の及ぶ対象者の特定性(当該保育所に現に入所中の児童およびその保護者という限られた特定の者らに対して)、権利侵害性(当該保育所において保育を受けることを期待し得る上記の法的地位を奪う結果を生じさせる)が要素である。「当該保育所において保育を受けることを期待し得る法的地位を奪う結果を生じさせる」との判断は、保護者の保育所選択を保障する児童福祉法の仕組みを前提に「特定の保育所で保育を受ける法的地位」を認め、条例の改廃の処分性を認めたものである。
  一方、千代田区最判に関して、一旦成立した利用関係の継続に関する法的地位を問題としているのであり、それは利用関係成立の契機(利用者の選択を前提とするか否か)によって当然に左右されるものではないとする見解もある。また、学校選択制の制度化に伴い就学指定における具体的な権利性を認める見解ある。
 公共施設の統廃合等の課題
  以上、公共施設をめぐる動向、公共施設の法的位置付け、公共施設と住民の利用権についてみてきた。公共施設をめぐる助向では、保育所と老人施設の減少がとくに大きく、学校とプールも減少傾向にあること、指定管理者制度を取り止めた施設のほぽすべてが統廃合等によるものであること、ほぼすべての自治体が公共施設等総介竹理計画を策定し、半数以上の自治体が数値目標を設定していることなどについて整理分析した。公共施設の法的位置付けでは、地方自治法上の営造物概念から公の施設概念への変遷、同法改正の経緯において独占的利用に関する住民投票制度があったこと、現行地方自治法上も公の施設に関してはあらゆる場面で議会の関与に係らしめており、強議会主義をとっていることについて言及した。公共施設と住民の利用権では、関係法令が特定の公共施設の選択と継続的な利用を前提とした設計になっているか否かが具体的な利用権を保障しているかのポイントであることなどを裁判例を通じて整理した。
  少子高齢化、人口減少、公共施設の老朽化、自治体財政のひっ迫等の状況のなか、公共施設の統廃合等は、やむを得ない面があることは否定できないが、議論を進めるうえで留意すべき点を付言してまとめとする。
  一つは、公共施設の統廃合等の議論は、自治体も住民も「総論賛成、各論反対」になりがちなことである。自治体における全体的な公共施設のあり方については、公共施設等総合管理計画の策定において総務企画系の部署が大所高所の観点から取りまとめても、あくまでも基本的な方針等に留まり、個別の公共施設の統廃合等までは踏み込めていない自治体が多い。個別の公共施設を所管する担当部署は、利用者や関係団体、管理団体等の利害関係者が背後にあり、ときには担当部署にとっても既得権益的な側面もあり、統廃合等に消極的な対応をとることもありうる。そのため、自治体組織内外において、合意形成が極めて困難な状況に陥ることになる。その結果、自治体周辺部の公共施設や利用者の少ない公共施設を狙い撃ち的に統廃合等することになって、公共施設間や地域間のアンバランスや不平等感がより統廃合等の合意形成を難しくするのではないか。
  二つは、議会での議論の重要性である。公共施設の統廃合等の検討は、長や教育委員会の執行機関主導で行われており、そこでの情報公開や住民の意見の集約はもとよりであるが、最終的な決定権は議会に委ねられており、議会での審議の充実度は、議会の住民代表機能、住民意思の統合機能のバロメーターになろう。公共施設の統廃合等のように利害関係が対立する問題でこそ、議会および議員の役割が発揮されるべきであろう。
  三つめは、住民の利用権に配慮した議論の必要性である。
  現在の公共施設の統廃合等の動きおよびその視点は、もっぱら公共施設マネジメントの観点からのものであり、公共施設の数・面積、維持管理費用等の数量的な面から公共施設のあり方を問うものである。これ自体を否定するものではないが、いわば公共施設を営造物概念的にハコ物としてしか捉えない利用者不在の観点である。住民の福祉を増進するために利用に供する公共施設概念から捉え直し、公共施設の意義、法的位置付けを踏まえて、住民の利用権に配慮した施設のあり方を議論する視点が必要である。

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