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幻想のゲルマン民族

『午前零時の自動車評論』より

〈ゲルマン系民族〉はドイツ人とイコールに近い雰囲気で使われる。確かにゲルマンはgermanであり、英語でドイツはGermanyだから、つい同一視したくなる。また自動車世界で考えると、フランス車とイタリア車は似て非なる本質を持っているが、ドイツ製の自動車どうしには相通ずるものがあるのは確かで、だからそれをゲルマン民族の精神などと表現したくなる。おれも、どこかで、ついそういう使いかたをしていたかもしれない。

だが、ゲルマン系とは、実はきわめて曖昧模糊とした括りなのである。ラテン系民族とは違って、ゲルマン系の民族という考えかたは成り立つ。だけれど、その定義ははっきりしないのだ。そしてまたドイツ人=ゲルマン民族ではない。そのことを今回は書いてみようと思う。

ゲルマン人という言葉が人類史上で初めて使われたのは紀元前に遡る。ギリシャの歴史家ポセイドニオスがガリア(現在のフランスにあたる地域)についての記述した部分でその言葉を使っている。

しかし、最も知られている故事はジュリアス・シーザーの有名な『ガリア戦記』である。その中に〈ライン河の東側に棲むゲルマン人〉という一節があるのだ。

ゲルマン人という概念はここを起点に始まった。ローマ帝国華やかなりしころ、ライン河の東方に棲んでいた様々な集団を大雑把に一括りしな呼称として、その言葉は成立し、世界中に広がっていったのだ。だが、そのゲルマン人という言葉吐、平たい言いかたをすればくあの辺に棲んでる奴ら〉程度の意味合いしかなかったのである。

括りの根拠が居住地域だけであっても、そうして括った人々に何らかの共通性があれば、それを民族として扱うことは間違いではない。だが(ライン河の東に棲む人々〉には、確固とした人種的な共通性はなかった。あるのは、ゆるやかな使用言語の共通性だけだった。

そうした人々は、今日の言語学でゲルマン語系と呼ばれる種類の言葉を話していた。それはエリアごとの傾向によって3つに区分される。以下のようなものだ。

 口東ゲルマン語群

  ゴート語、ヴァンダル語、ブルグント語、ランゴバルト語、等々

 口北ゲルマン語系

  古ノルド語(デンマーク語の源になった言葉)、スウェーデン語、ニーノジュク語(ノルウェイ語の源になった言葉)、アイスランド語、フェロー語、等々

 口西ゲルマン語系

  低地ドイツ語(オランダ語、フラマン語、リンブルフ語などの低地フランク語や低地ザクセン語などの総称)、高地ドイツ語(現在の標準ドイツ語やイスラエルで使われるイデッシュ語の源になった言葉)、アングロフリジア語系(ジュート語、ヨーラ語。フリジア語など)

これらゲルマン語系の様々な言葉は、独立したものではなく、スラブ語やバルト語など近隣エリアに棲んでいた人々の使う言葉と共通のルーツがあるという説が有力で、そのルーツがインド・ヨーロッパ語族の一部を構成すると考えるのが現在の学説の主流である。

また、こうしたゲルマン語系の言葉が成立したのは、さほど古くない時代のことだと言われている。それは紀元前5世紀ごろ。つまり、日本では縄文時代が弥生時代に移行する時期であり、ヨーロッパでは絶頂期にあったアケメネス朝ペルシア帝国がギリシャに遠征してギリシャ戦争が起きた時期ということになる。

そんな風に古くはない言葉なのに、ゲルマン語系の言葉は、正確なところが解明され切っていない。右に挙げたそれぞれの言葉の中には、スラブ語のほうに分類するのが正しいとされるものも複数あるのだ。言語というものは皆そうなのだが、どうしても混交するし、それがヨーロッパのように地続きであれば余計に仕方ないのである。
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