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産業革命とは何か 人口はなぜ増加したか

『近代世界システムⅢ』より 工業とブルジョワ 産業革命の前提としての人口革命

人口増加--これ自体は疑いようがない--が革命的なものではなかったとし、イギリスに特異な現象でもなかったとするにしろ、なお「問題の核心部」は、未解決のままで残っている。すなわち、人口増加は、経済的・社会的諸変化の結果だったのか、その逆だったのか、という問題がそれである。ハバカクがいうように、「産業革命は、それ自体、自らの労働力を生み出した」のだろうか。この問いに答えるためには、人口増加をもたらしたのが、死亡率の低下だったのか、出生率の上昇だったのかという論争に触れないわけにはいかない。この問題を論じた歴史家の大半が、「死亡率も出生率も、ともに高いレヴェルにある場合には、出生率をいっそう高くするよりは、死亡率を下げることによって人口増加を達成する方が容易」であり、二つのファクターがともに低いときには、その逆が真理だというはなはだ単純な理由で、死亡率の低下を主因とみなしてきたことは間違いない。

しかし、とすれば、死亡率はなぜ低下したのか。「死亡率が高かった主な理由は、伝染病にかかる率が高かったから」なのだから、死亡率の低下を説明する要因は、論理的には三つありえた。すなわち、医療の改善(予防であれ、治療であれ)、感染に対する抵抗力の強化(環境の改善)、またはバクテリアやウィルスの毒性の緩和がそれである。最後の要因の可能性は、多数の病気による死亡率が同時に低下しているとすれば--じっさい、そうらしいのだが--、排除してよい。なぜなら、そうした病気による死亡率の低下がすべて、「病原となる生物の偶然の変質」によったとは考えにくいからである。こうして、実質的な論争は、医療の改善か、社会・経済的環境の改善か、ということになる。長いあいだ医療改善説のほうが有力であったし、いまもこの説には、「一八世紀における天然痘の予防接種の導入」こそが、死亡率低下のいちばん自然な説明だと主張する強力な支持者たちがいる。しかし、このテーゼには、死亡率に対する医療の影響は二〇世紀までは重要でなく、一八世紀の死亡率の変化を説明することはできないという、慎重かつ説得的な議論が対置されてきた。こうして、察するに、「人口増加をもたらしたのは、社会経済的状況の改善であって、その逆ではない」という結論に到達せざるをえないのである。

出生率の役割が大いに評価されたのは、リグリとスコフィールドによる、イギリス人口史の画期的な著作においてであった。彼らは、非婚率の低下をつうじて、出生率が上昇したと考えている。とすると、食糧の入手が容易になることが、新しい世帯の形成を可能にしたもっとも重要な要因である、という理論モデルが生きてくる。彼らのデータは、きわめて長期に及んでおり(一五三九年から一八七三年まで)、この間、ごく短い期間(一六四〇年から一七〇九年まで)を別にして、出生数、死亡数、婚姻件数はいずれも増加していくものの、つねに出生数が死亡数を上回っていた、と彼らはいう。こうして、彼らは、イギリス人口史のパターンが長期的に安定していた事実を探りあてたように思える。しかし、同時に彼らはまた、一八世紀の初頭とT八世紀末のあいだのどこかの時点で、イギリスは[一定以上の人口の増減を阻止するように諸要因が自然に働くという、マルサスが措定したような」「予防的チェックによる人口変動の循環」を打ち破り、人口と食糧価格のあいだの連関をも打破したのだ、とも主張しようとしている。

とはいえ、リグリとスコフィールドの論理そのものに含まれている矛盾-長期的なパターンの説明と、ひとつのパターンの中断の説明-に加え、彼らが婚姻率の上昇(と、その低下)を経済の「離陸」の説明要因としたことと、正反対のハイナルの議論とは、どのように調和させられるのかという問題もある。ハイナルは、つとに、一八世紀前半の西ヨーロッパ(イギリスだけのことではない)には、独特の婚姻パターンがあって、晩婚と高い非婚率がその特徴となっていたと主張している。ハイナルによれば、まさしく、(二〇世紀までつづく)低い出生率を特徴とするこのパターンこそが、「最低限の生存目的以外の目的への資源の分配を促進する」ことで、経済発展に寄与したのだという。

人口にかんして、あまり議論はされていないが、おそらくきわめて重要な要因がいまひとつある。ヨーロッパ内での、農村的周辺地域から都市的で、工業の発展しつつある地域への人口移動である。むろん、これは、雇用機会の増大と交通手段の改善との当然の結果であった。
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