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二〇一一年政変の意義

『アラブ諸国の民主化』より 現状への視角

二〇一一年政変の意義

 二〇一一年政変を、前章で記した一九九〇年代を中心とする過去の民主化事例とあらためて比較してみると、両者は大きく異なる性質の政治変化であることがわかる。過去の例は、既存の政権が国民生活の保障から撤退しながらも権力を維持するという、特定の政治的目的をもつものであり、それがゆえに「上からの民主化」、過去の清算をともなわない民主化であった。しかし、二〇一一年政変はいかなるイデオロギーにも依拠せずに反不正のみを掲げるという、特定の政治的目的をもたないものであり、民衆レベルからの発露で、前大統領への裁判や与党解党といった過去の清算をともなう民主化である。まさに、一九九〇年代の民主化の瑳欧を挽回するかのような展開を示していた。

 さらに二〇一一年政変の特徴を考えれば、「制度的特殊性の減退」と「イスラーム主義の相対化」の二点を指摘できる。前者については、過去の民主化は普通選挙と複数政党制を導入し、たしかに大きな政治変化をもたらした。しかし、そこでは制度と運用に操作や作為がほどこされ、いかなる状況でも既存の政権が勝利するような選挙権威主義の態勢が整えられた。この制度と運用に関わる特殊性が、二〇一一年政変で取り除かれた。ただし、リビアの制憲議会選挙では比例代表制と小選挙区制の並立において、小選挙区には無所属しか立候補できないといった特殊性がみられ、イエメンの大統領選挙も候補者一人に対する信任投票という権威主義的な手法が用いられた。しかし、これらはあくまで移行期間における例外的な措置である。リビアの場合は、組織力のある地域的な政治勢力を警戒・牽制し、政変に参加しながらいまだ政党をつくれていない人々のためになされたものであり、イエメンの場合は、国内の安定化を最優先したGCC調停文書の内容にそうものであった。いずれにしても、正式な憲法や選挙法が施行されれば、解消される特殊性である。二〇一一年政変によって、誰がみても奇異に感じるような選挙制度の制定または運用は、もはや不可能になったといえる。

 後者については、権威主義体制下で野党の多くがコオプテーションの対象となった結果、政権に反対する純然たる反政府派は、認可されたイスラーム政党もしくは非合法のイスラーム主義勢力しかないという状況が続いた。そこでのイスラーム主義勢力は、権威主義体制を批判し、政府の汚職や不正を糾弾して、弱者の保護を訴えるという重要な政治的・社会的役割をはたし、民衆からの支持もえていた。しかし、そのような役割の担い手が彼らのみであったため、イスラーム主義勢力は独善的な性格を帯びることとなる。もともと宗教的な価値を政治に反映させることを目的としていたため、自分たちに反対する者は宗教を否定する者だといった排他的な姿勢を示していた。一般の人々もまた、イスラーム主義に反対すると、イスラームという宗教を軽視しているとみなされるのではないかといった警戒感をもっていた。それが権威主義体制との対立のなかで、正義を求める唯一の存在というイスラーム主義勢力の自負につながり、権威主義に反対する立場にありながらそれと同じように、自らへの批判を許さない絶対的な存在であるかのように振る舞った。

 そこに二〇一一年政変が生じると、イスラーム主義勢力は当然自らが次の政権を担うべき存在であると理解した。事実、第1章でみたように、選挙においてイスラーム政党が与党となった例は多かった。しかし、おそらく彼らにとって想定外であったのは、多くの人々がイスラーム主義への嫌悪を公然と示し、その勢力に反対する姿勢を明確に示したことだった。イスラーム主義やその勢力は決して絶対的な存在ではなく、互いに対抗する政治諸勢力の一つに相対化された。これは、イスラーム主義勢力にとっては許容しがたいことであったろうが、民主化という観点からすればあるべき正常な状態であるといえる。イスラーム主義勢力は、もはや「唯一の正義の味方」ではなくなったのである。

 このようにみてみると、二〇一一年政変は過去の民主化やその後に生じた欠点や患部を補い修正するものであったともいえる。一九九〇年代の民主化が失敗し、二〇一一年政変が成功したのではなく、現在の民主化は紆余曲折をへながら、二〇年をかけてたどりついたものなのかもしれない。それは特定の政治的目的のない、過去の清算をともなう「下からの民主化」であり、制度的特殊性の減退やイスラーム主義の相対化といった政治制度・政治状況の正常化もあわせもつものであった。であるにもかかわらず、なぜ二〇一一年政変はその後に期待を裏切るような展開をみせたのか。現時点でその理由を特定することは困難であるが、以下に世俗と宗教の対立、イスラーム過激派の再変質、エスニック紛争への陥穿の三つの側面から考察を試みたい。
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