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エスニック紛争への陥穽

『アラブ諸国の民主化』より 現状への視角

シリアの内戦、リビアの国内対立、イラクの「イスラーム国」との戦闘。これらは、いうまでもなく民主化の阻害要因といったレべルの問題ではなく、国家の存立や地域の安定に関わる重大な事態である。しかし、ここでは民主化に関わる政権への批判や政治改革の要求が、いつの間にか宗派紛争や地域間対立に転化してしまった事例としてとらえる。その過程を確認することによって、アラブ諸国の多くにみられる政治変化が紛争化しやすい社会的な脆弱性を指摘したい。この問題については、反政府デモが宗派紛争へと変容したバハレーンの事例も該当する。

シリアの紛争は、当初アラブ各国の政変に呼応した政治的自由化を求めるデモと、それに対する政府の弾圧への抗議であった。ここまでは、二〇一一年政変の多くの事例と大きな違いはない。しかし、アサド政権は少数宗派のアラウィー派(シーア派の一派)を中心としたいわゆる少数派政権であり、反政府デモやその後の武装蜂起の主体が、体制から冷遇・抑圧されてきた多数派のスンナ派住民であったことから、シーア派対スンナ派という宗派対立の構図でみられるようになった。反政府派は、当初からそのような宗派紛争ではないことを繰り返し主張し、シリア国民による独裁体制打倒の運動であると強調した(もちろん政権側も宗派には触れず、テロリストとの戦いであるとした)。しかし、反政府側は結局、宗派紛争ではないシリアにおける新しい性質の政治闘争であることを説明する論理やレトリックを構築できず、その一方で反政府デモは内戦に発展して、アラウィー派政権対スンナ派武装組織との戦いという理解が定着していく。さらに、ヌスラ戦線をはじめとするスンナ派イスラーム主義武装勢力や北部での支配を確保したクルド人勢力の存在が、シリア内戦をエスニック紛争により結びつけた。

リビアの国内対立は宗教宗派や民族ではなく、地域間の対立・対抗関係であるとされる。ここでは、その各地域をエスニック・グループとみなして、問題を整理してみたい。既述のように、リビア内戦は反政府側の勝利に終わり、それはリビア国民による独裁体制の打倒とされた。その後は、新生リビアの国家再建や民主化が目的とされ、制憲議会選挙まで実施された。ところが、内戦時の反政府武装組織は内戦終結後の正規軍への編入や武装解除を拒み、逆に各地に割拠して治安維持という名の支配を続けている。このような状況は、「地域主義」と呼ばれている。その理由は、さまざまな対立が東部と西部との大きな対抗関係のなかに還元され、政府の統治能力が低いために、それによる混乱状態が長期化していることにある。

首都トリポリを中心とする西部(トリポリタニア)と、ベンガジ(リビア王国時代の首都)を中心とする東部(キレナイカ)は、もともと歴史的な対抗意識が強い。カッザーフィー政権期にはトリポリに政治経済の実権が集中し、東部は石油資源が豊富であるにもかかわらず、政権からは冷遇された。二〇一一年政変において、東部のベンガジから反政府デモが生じたことは、これを背景としている。ベンガジがカッザーフィー打倒をリードしたにもかかわらず、内戦後はふたたびトリポリが政治経済の中心を担う態勢となったことも、東部の人々の大きな不満となっている。ただし、地域主義や地方対立といった呼称は、象徴的・便宜的に用いられている面が強い。実際は経済格差や新旧の世代対立、世俗と宗教の対立といったさまざまな社会的亀裂が、地域間対抗軸に重なることによって紛争が増幅されている。

そうしたなか、二〇一四年七月からアンサール・シャリーアがベンガジを、別のイスラーム主義武装勢力がトリポリを攻撃し、両都市の主要部分を制圧した。ベンガジでは、アンサール・シャリーアが「イスラーム首長国」の独立を宣言したと伝えられた。地域主義は、彼らと世俗主義の議会・政府との闘争という世俗と宗教の対立や、自国でのイスラーム国家樹立というイスラーム過激派の再変質と、重なり合う様相を強めている。

イラクは二〇〇三年イラク戦争後の民主化の結果、国内のマルチ・エスニックな状況に対応した政治制度が整えられた。イラクは南部を中心としたアラブ人シーア派、中西部を中心としたアラブ人スンナ派、北部のクルド人に大きく分かれ、おおよその人口比は推定でそれぞれ五〇%、三五%、一五%となっている。各エスニック・グループを支持基盤とした政党がいくつも結成され、選挙や議会などで活動する政党連合もエスニック・グループごとに形成されている。エスニック・グループを横断するような大政党がないため、これまでの政権はシーア派、スンナ派、クルド人の政党連合による連立内閣であり、首相は総選挙で最大の議席をえるシーア派の政党連合から指名されている。しかし、二〇一四年八月まで続いたマーリキー政権は、スンナ派を冷遇したため、中西部の各都市で反政府デモが活発化した。
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