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改革・開放40年と中国型発展モデルの功罪 アパートに例える

『現代中国を知るための52章』より 改革・開放40年と中国型発展モデルの功罪
中国モデルの是非については諸々の論議がありうるが、その前にまず考えなければならないのは、国内的には貧富格差、官僚腐敗、人権抑圧、民族摩擦、環境破壊など様々な矛盾が渦巻いているにもかかわらず、なぜ中国モデルが持続可能なのか、という問題である。重要なポイントとしては、もちろん、共産党の整備された強力な官僚機構、巧妙な統治技術、党が掌握する軍事力など様々な要因がある。ここでは中国を大きなアパートに見立てて問題を大掴みにとらえてみたい。
このアパートは現在のオーナー会社(共産党)が1949年に建てたもので、そろそろ築70年になろうとしている。新築当時、会社は入居者(国民)に対して、このアパートに入りさえすれば、平和で安定した生活が保障されると約束したが、入居者の意向を無視して会社に都合のいい管理ルールを定めるなど、だんだん独断専行が目立つようになり、威圧的姿勢で入居者に接するようになった。会社側が自分たちに文句を言う入居者に難癖をつけていじめる事件(反右派闘争)が起きたり、ずさんな安全対策が原因で何度か大火事(大躍進政策や文化大革命)を出して建物が倒壊しそうになったりする人災も起きた。築30年が近づくころには、外壁も内装もボロボロになってしまい、入居者は会社にほとほと愛想を尽かすようになった。
さすがの会社もこのままでは建物が本当につぶれると危機感を覚え、1976年に創業者の社長(毛沢東)が他界したのを機に、その2年後からようやく大規模修繕(改革・開放政策への転換)に乗り出した・改革意欲の旺盛な2代目社長(鄧小平)の努力の甲斐あって入居者の生活はしだいに落ち着いてきたが、さらなる環境整備やサービス改善を求める声が高まり、1989年にはついに会社側との大争議(天安門事件)にまで発展した。最終的には会社側の実力行使によって抑えつけられ、入居者のなかの不満分子はアパートから放逐された。会社は入居者に対する管理を強化する一方、建物を大幅に増築したり、敷地の一部を貸し出したりして事業拡大化路線(高度経済成長)を邁進した。新たな就業の機会が増えたおかげで入居者の収入はどんどん伸び、生活水準は昔とは比較にならないほど向上した。現在、アパートは度重なる改修工事により、一見、築70年とは思えないほどきらびやかだ。
ところが、会社はアパートの見てくればかりに気を遣い、本格的な補強工事(政治改革)を怠ってきたため、床や外壁の内部はいつの間にかシロアリ(汚職蔓延や貧富格差拡大、環境破壊)に食い荒らされてしまい、固いコンクリートの土台(共産党の指導にょる一党独裁)さえもあやしくなってきた。会社は特別対策チームを立ち上げるなどしてシロアリ退治を行ってきたものの、外部の専門家の手を借りたり、土台をいったん壊して建て直したりする考えはないので、なかなか実効が上がらない。とはいえ、このままではアパートが傾きかねないため、会社は社員一同(党員・幹部)を総動員して懸命に建物を維持管理しようとしている。
会社は居住者や隣近所(国際社会)の前では自信満々の態度を見せ、余裕の笑顔さえ振りまいているが、内心では維持管理の手を抜けば、遠からず建物本体が倒れてしまうのではないかとの不安にさいなまれている。おまけに、一時は快調だった業績も鈍り始め、右肩上がりの高度成長はもう期待できなくなってきた。隣近所では、あの会社も先が見えてきたと噂されるようになった。しかし、入居者はシロアリを徹底駆除できない会社に対して多かれ少なかれ不満を抱きながらも、自らの生活環境についておおむねこんなふうに考えている。
 「これまで時に横暴な振る舞いをする会社の気まぐれによって辛い思いをしたこともあった。ただ、40年前の大規模修繕以降、自分たちの家財や貯金も増え、比較的安定した暮らしを送れるようになったことは確かだ。モノの面では昔とは比べ物にならないほど豊かな生活をエンジョイできている。海外旅行だって自由に行けるようになった。住まいが立派になっていくのはやはり誇らしい。もちろん、会社側は厳しい管理規則を押しつけ、指示には従えとうるさく干渉してくる。口答えをすると、手痛いしっぺ返しを食う。でも、おとなしくしてさえいれば、このアパートの住み心地はさほど悪くない。ともあれ、今のところ一応は安定している自分の生活をかき乱すようなことは起きて欲しくない。1989年の大争議のようなやり方では結局、問題はうまく解決できないのだ。もし今の会社が倒産したら、別の会社に面倒を見てもらわなければならないが、今よりもサービスが良くなるかどうかはわからない。現に、1991年には隣の会社の大きなアパート(ソ連)が土台から突然倒れてしまったことがあったが、一時、あそこの居住者たちは路頭に迷って辛酸をなめたではないか。どんなことがあろうとも、隣の連中の二の舞だけはまっぴらごめんだ」
会社の5代目社長(習近平)は居住者の微妙な心理状態を見透かし、強気になってこう呼びかける。
 「うちのアパートが昔よりもどんどん大きくなって、しかもピカピカなので、それをやっかむ隣近所のうるさいやつら(欧米や日本)が『あのアパートはシロアリに食われている。危ない、危ない。もう倒れる』とデマを飛ばして騒いでいる。アパートをどう管理するかはこっちの勝手だ。部外者に口出しはさせない。シロアリは退治しなければならないし、退治する自信はある。アパートの居住環境はもっと良くなっていくから、ともに夢に向かって前進しよう。私がいずれ世界一の集合住宅にする」
これまでの経緯もあって居住者たちは会社を必ずしも心の底から信頼しているわけではないし、アパートの行く末にも不安を感じていないわけではない。しかも、会社の実権を一手に握り、ワンマンぶりが目立ってきた社長の尊大さにはいささか閉口している。「今は封建時代か」といった陰口まで聞かれる。そんな空気を察知してか、会社は建物内のあちこちに監視カメラを設置するようになった。インターネットの管理も厳しくなり、居住者が会社や社長の悪口を書き込んだりしていないかどうか、いちいちチェックしている。
しかし、中産階層化してきた居住者の多くはどちらかと言えば保守的で安定志向が強い。30年前、40年前と違って、今は守るべきそれなりの私財と、まずまず豊かで安定した生活があるからだ。この暮らしは維持しなければならない。少なくとも、ある日突然、建物が倒壊するようなことだけは避けたい。自由で民主的な生活は一つの理想には違いないが、政治の混乱だけはまっぴらごめんだ。さらに努力して働けば、社長の言うように、堂々たる世界一の集合住宅になり、もっと豊かな暮らしが実現できるかもしれない。そうすれば、口うるさい隣近所の連中を見返すこともできて鼻高々だ。他に運営を任せられる者もいないことだし、会社のやり方に従うしかないのではないか--。そんな思いが彼らの胸中を去来している。会社の経営戦略にとってはそれが静かな追い風でもある。
アパート全体の暮らし向きが良くなっていくなかで、会社と居住者の間には、ある種の「暗黙の了解」が成立した。会社の要求は「うちの方針を尊重し、逆らわないで欲しい。そうすれば、よりすばらしい生活環境を保証する」、居住者の要求は「面倒な住まいの管理は会社に任せよう。その代わり、約束通り『より良い明日』を必ず実現してもらいたい」というものだ。ただし、この「暗黙の了解」に基づく均衡状態がいつまで保たれるのかは不透明だ。実は居住者のなかには会社の非民主的なやり方に批判的な反抗分子もいないわけではなく、小さな衝突はしょっちゅう発生している。会社の経営(経済発展)が行き詰まったり、重大な不祥事で会社の威信が失墜したりすれば、会社に見切りをつける居住者が続出する恐れはある。かくして、会社は店子に背かれて土台が揺らぐようになったら一大事とばかり、アメ(生活向上)とムチ(管理強化)を使い分けて安定維持に腐心する一方、命綱である土台の補修工事に余念がない。

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