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グデーリアン語れり「西欧は防衛し得るか?」1950年

『戦車に注目せよ』より 西欧は防衛し得るか?(一九五〇年) 

西欧は防衛し得るか?(一九五〇年)⇒ あの電撃戦のグデーリアンが5年後にまとめている。

元軍人たちがよこした、質問や意見表明を含んだ手紙多数が、本書の題名となった問題について一言述べるきっかけとなった。この問題は、われわれドイツ国民全体にとって、また、その将来、さらには遠い未来に関して、決定的な意味を持っているからだ。この未決の問題について、私は語ろうとしている。そこでのドイツの貢献が活発に討究され、激論が交わされるほどに、よりいっそう曖昧模糊としてくる問題だ。それは自覚している。かつての将軍連がこの問題に関する意見を出すことは、さまざまな方面でうとんじられている。それも知っている。われわれは五年間にわたり、誹膀され、罵られてきた。あたかも、過ぎ去りし数年間に自らの見解を充分あきらかにしてこなかったかのごとく、非難されてきたのである。そうした怠慢を、さらに引きずろうとは思わない。ゆえに、大多数の軍人たちの意見を代表することを、私に許してもらいたい。彼らは、五年間忌避されてきたのちに、ようやくその協力を得る必要があるとみなされたのだ。

西欧防衛のため、ドイツ男子が武器を執る前に、いかなる前提条件を満たすべきか。われらがこの件について発言すると、世人は、「商売」をやっているとか、「報酬」を稼ごうとしているなどと述べたててきた。だが、われらは、そんな小商い根性に囚われてはいない。われらが望むのは、ドイツ青年が、いかなる点からみても平等なパートナーとして新しいヨーロッパに受け入れられることである。わが国民のために、あらゆる自由な諸国民が国家存立のための不可欠の前提とみなしている、あの統一、あの権利、あの自由を願う。国民としての存在は放棄されてはならないのだ。

新旧の軍人たちよ、汝の良心が示す通りに振る舞いたまえ! 汝がドイツのために働いていることを常に想起せよ。健全で強力なドイツがあってこそ、生存能力あるヨーロッパが存続する。欧州の存立を望む者は、同時にあらたなドイツをつくりだすべし!

圧倒的な優勢を以て、ソ連と結んだ西欧列強は、ドイツの無条件降伏という要求を通すことに成功した。この要求を出すにあたっては、それができるのか、そもそも、この強大な敵を屈服させられるのかという疑念が存在していた。だが、スターリングラード、そして、一九四三年の東部とアフリカにおける不幸な戦い以降には、西側列強は冷静に状況を検討し、異なる態度に出ることができたはずだ。そうすれば「ちがう仔牛を殺してしまう」こともなかっただろう。しかし、西欧列強が、かかる誤断に至ったのは、軍人の誤謬のためだけではない。事実、ソ連は「民主主義の別形態」にすぎないとみなされていた。憎悪と恐怖の対象であるドイツが倒れさえすれば、経済・政治問題においてもソ連と協調することができるとの希望があったにちがいない。それに比べれば、ヒトラーの独裁など貧弱な写し絵にすぎないと思われるような独裁制に対処しなければならないなどということは認識されていなかった。ここ数世紀のうちに、中・東欧においていかなる歴史的展開が生起したのかなど、考えてもみなかったのだ。つまり、本当の情勢を見誤ったままで動いていたのである。

ドイツの敵たちは勝利し、彼らに屈服した対手に無条件降伏と全面的な武装解除を強いた。勝ち誇るロシア人に、ドイツの領土から広大な地域を引き渡し、深く憂慮されるのも当然な政治状況をつくりだしたのだ。

今日の占領地区に分けられたドイツの地図を手に取れば、現状とわれらの国境とが実感される。アドリア海沿岸のアキレヤから、カラヴァンケン山脈〔スロヴェニア〕やブルゲンラント〔オーストリア東端の州〕を越え、プレスブルク〔現スロヴァキア共和国の首都。ブラチスラヴ言でドナウ川に至り、そこからナイセ川とオーデル川に沿って走る線、それが西欧の国境なのだ。しかし、この政治的境界よりもさらに西方に、オーストリアとドイツの占領地区を通じて、ソ連の勢力圏が延びている。エンスやパョサウの門前に至るまで、また、すでに述べたごとく、ヴェラやリューベックの門前に至るまで、ロシアの兵士がたちはだかり、ロシアの行政機関が支配している。衛星国では、ごく少数の共産主義者が召集され、沈黙を守らされている住民を支配した。これが、一九四五年から四六年になってもなお西側の政治家が夢見ていた「民主主義の別形態」なのである。そのころ、彼らは、ソ連の裁判官とともにニュルンベルク裁判にのぞみ、ヨーロッパの守護者を裁くことに熱中していたのだ。そう、敢えていうなら、そして、あとからの省察をほどこすならば、たとえ、ひどい失敗や誤謬をしでかしたとしても、ヒトラーの行動は、ヨーロッパのための闘争だったと判定してもよかろう。われわれの将兵は、個々人がその事実を自覚していなかったとしても、ヨーロッパのために戦い、斃れていったのである。

ここまでの記述をもとにして、その前提をまとめることにより、こうした問いに答えよう。われわれの見解によれば、かかる前提がみたされるなら「然り」と答え得るのである。その前提は、以下のごとくだ。

 一、西ドイツを含む西欧にある駐屯軍を、急ぎ十二分に増強すること。

 二、あらゆる普遍的、人間的、政治的、法的、そして経済的な分野において、いかなる点からみても自由で平等な状態を、西ドイツ連邦共和国に現出せしめること。今のところ、それらの領域においてなお、束縛と不平等が存在している。そうすることによって同時に、共産主義プロパガンダの温床も除去されるであろう。

 三、ドイツ国民の生活水準を、他の西欧諸国と同等のものとすること。

 四、予想される侵攻軍の軍備水準に対し、抵抗する勇気を奮い起こすことができるような軍備を西欧諸国が用意すること。

 五、西欧諸国のすべてを同等の参加者として包含するようなヨーロッパ連合を、何としても創設する。

 六、このヨーロッパ連合にイギリスを引きこむこと。さもなくば、ヨーロッパ連合は未完成となる。

 七、西欧諸国のあらゆる戦力を、決定的な地域、われわれが判断するところによれば、西欧に集中すること。その際、西欧の抵抗力の根本的強化を阻害し、多くの戦力を吸収してしまうような、外郭陣地的な地域は放棄される。

 八、アフリカの諸地域をヨーロッパ防衛に組み込むことにより、西欧の作戦基盤を拡大すること。

 九、新兵器や技術的な可能性をもとに、連合作戦指揮の戦略的・戦術的原則を近代化すること。

 一〇、平和の維持。それなくしては、合衆国とヨーロッパ西側勢力の努力すべてが空しいままに終わるにちがいない。
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