未唯への手紙
未唯への手紙
『成長の限界』
『戦略決定の方法』より 「コンピューターのお告げに騙されてはいけない」
コンピューターによるシミュレーションとシステム分析は不可分の関係にあるものの、コンピュータ・シミュレーションのソフトウェアを操作できるようになれば、正確な分析が直ちにできるようになるほど事実は単純ではありません。
シミュレーションの要諦を考えるための手掛かりとして、シミュレーションを過信したための失敗例や、シミュレーションを行う上で避けられない不確実性の問題についてお話ししておこうと思います。
シミュレーションによる未来予測の中でも世界的に有名になった例として、一九七二年に出版された『成長の限界』という本があります。「ローマ・クラブ」という団体が企画したもので、現在に至るまで環境保護や食料危機説に大きな思想的影響を与えてきた本です。
ローマ・クラブは一九七〇年に設立された民間組織で、「今のような急速な工業化と人口増加、環境破壊を続けていたら、地球は壊れてしまう」という危機意識を持った人たちの集まりでした。
『成長の限界』のプロジェクトでは、ドネラ・H・メドウズ、デニス・L・メドウズという二人の数学者を中心とするMITの分析チームが、ローマ・クラブから委託を受けて「世界モデル」と命名したシミュレーションモデルを作成し、当時はまだ珍しかったコンピューターによるシミュレーションを行っています。
メドウズはコンピューター・シミュレーションの専門家で、このモデルでは天然資源、人口、資本、農業生産など、文明の成長におけるいくつかの制限要素を取り上げ、それぞれの要素と文明との関係を数式化し、時間の経過とともにそれらの要素が文明にどのような影響をもたらすかをシミュレートしたのです。モデル作成にあたってはさまざまな専門家に取材し、そのヒアリング結果を基に数式をつくったとのことです。
この世界モデルによるシミュレーションで得られた結論は、「世界の経済成長や人口増加は、食料、エネルギー、環境といった地球資源の制約によってやがて限界に達する」というものでした。
『成長の限界』では最大の問題として人口の急速な増加と食料生産力の限界を挙げており、「世界の人口が一〇億人から二〇億人になるのに、一〇〇年以上かかった。人口が二〇億人から三〇億人になるのには三〇年しかかからなかったし、三〇億人から四〇億人になるまでには二〇年しかかからなかったことになるであろう。人口は五〇億、六〇億へと増え続け、おそらくは二〇〇〇年までには七〇億人に達するであろうが、これは現在から三〇年以内のことなのである」
「今日の世界には食料に対する強い要求があるにもかかわらず、FAOの報告書は、新しい農耕地を開拓することは経済的に不可能になっているとしている」
「トラクター、肥料、灌漑などの農業技術や資本投下を通じて、土地生産性を二倍もしくは四倍にもしうると仮定することができる。この二種類の生産性向上に関する仮定の結果は、それぞれ約三〇年、すなわち人口の倍増期間程度、危機点を先に延ばせるにすぎない」と述べ、農地の拡大には限界があり、肥料や栽培技術向上による生産性の向上も、急速に増えていく人口の前では無力であると結論しています。
『成長の限界』で唱えられたこの主張は、実は経済学の世界では伝統的なものです。
イギリスの経済学者トマス・R・マルサスは、『成長の限界』に先立つこと一七〇年前の一七九八年、著書『人口論』の中で、「幾何級数的に増加する人口は、算術級数的に増加する食料生産によっては維持できない。人口は何も制限しなければ無限に増えてゆくが、食料供給は農地という制約を受けるために、一定以上は増やせない。その結果として貧困、食料供給に対して適正な人口を維持するための飢餓や病気による死亡率の増加、そして人口調節のための戦争が発生する」と説いています。
『成長の限界』の結論はこの一八世紀のマルサスの説そのままなのですが、「世界的な数学者が、システム分析という斬新な手法を使い、コンピューターを使って世界をシミュレーションモデル化した」というインパクトが大きかったのか、この本は日本を含めた世界的なベストセラーになりました。
さらに『成長の限界』が出版された直後、一九七三年に第一次石油ショックが起きて、原油価格と食料価格が高騰し、世界中が二桁のインフレに見舞われるという事件が起きました。これにより「地球資源の有限性」が全世界の人々に強く意識されるようになって、以後、「地球の人口がこのまま増えていけば、いずれ食料が足りなくなる」という説が広く流布していったのです。
世界的に非常に大きな影響を与えた本ではありましたが、今になって見返してみると「未来予測としては、ずいぶん外れたな」というのが正直な感想です。
二〇一一年現在、世界人口は七〇億人と、『成長の限界』が出版された一九七〇年代の初めに比べて八割ほど増えていますが、当時に比べて世界的に食料が不足しているという事実はありません。
これは第二次世界大戦後の化学肥料の普及によって、農地の単位面積あたりの生産性が数倍に向上したためです。この化学肥料による生産力の増加は、今も世界中で進行中です。
現時点で、世界の農地は大きな生産余力を維持しており、アメリカ、ヨーロッパ、日本など先進各国では、主要生産穀物の価格低下を防ぐために巨額の補助金を支払って生産調整を行い、関税や輸入制限によって他国から安い農産物が入ってくるのを食い止めている状態です。
一方で人口の増加も、『成長の限界』で予想されたように「二〇〇〇年までに七〇億人に達する」ことはありませんでした。予想から一〇年ほど遅れて二〇一一年に七〇億人に達しましたが、人口増加率は発展途上国を含め世界中で低下しています。日本など一部の先進国では既に人口は減少に転じており、二〇五〇年頃からは世界人口全体としても減少に向かう可能性が高くなっています。
コンピューターによるシミュレーションとシステム分析は不可分の関係にあるものの、コンピュータ・シミュレーションのソフトウェアを操作できるようになれば、正確な分析が直ちにできるようになるほど事実は単純ではありません。
シミュレーションの要諦を考えるための手掛かりとして、シミュレーションを過信したための失敗例や、シミュレーションを行う上で避けられない不確実性の問題についてお話ししておこうと思います。
シミュレーションによる未来予測の中でも世界的に有名になった例として、一九七二年に出版された『成長の限界』という本があります。「ローマ・クラブ」という団体が企画したもので、現在に至るまで環境保護や食料危機説に大きな思想的影響を与えてきた本です。
ローマ・クラブは一九七〇年に設立された民間組織で、「今のような急速な工業化と人口増加、環境破壊を続けていたら、地球は壊れてしまう」という危機意識を持った人たちの集まりでした。
『成長の限界』のプロジェクトでは、ドネラ・H・メドウズ、デニス・L・メドウズという二人の数学者を中心とするMITの分析チームが、ローマ・クラブから委託を受けて「世界モデル」と命名したシミュレーションモデルを作成し、当時はまだ珍しかったコンピューターによるシミュレーションを行っています。
メドウズはコンピューター・シミュレーションの専門家で、このモデルでは天然資源、人口、資本、農業生産など、文明の成長におけるいくつかの制限要素を取り上げ、それぞれの要素と文明との関係を数式化し、時間の経過とともにそれらの要素が文明にどのような影響をもたらすかをシミュレートしたのです。モデル作成にあたってはさまざまな専門家に取材し、そのヒアリング結果を基に数式をつくったとのことです。
この世界モデルによるシミュレーションで得られた結論は、「世界の経済成長や人口増加は、食料、エネルギー、環境といった地球資源の制約によってやがて限界に達する」というものでした。
『成長の限界』では最大の問題として人口の急速な増加と食料生産力の限界を挙げており、「世界の人口が一〇億人から二〇億人になるのに、一〇〇年以上かかった。人口が二〇億人から三〇億人になるのには三〇年しかかからなかったし、三〇億人から四〇億人になるまでには二〇年しかかからなかったことになるであろう。人口は五〇億、六〇億へと増え続け、おそらくは二〇〇〇年までには七〇億人に達するであろうが、これは現在から三〇年以内のことなのである」
「今日の世界には食料に対する強い要求があるにもかかわらず、FAOの報告書は、新しい農耕地を開拓することは経済的に不可能になっているとしている」
「トラクター、肥料、灌漑などの農業技術や資本投下を通じて、土地生産性を二倍もしくは四倍にもしうると仮定することができる。この二種類の生産性向上に関する仮定の結果は、それぞれ約三〇年、すなわち人口の倍増期間程度、危機点を先に延ばせるにすぎない」と述べ、農地の拡大には限界があり、肥料や栽培技術向上による生産性の向上も、急速に増えていく人口の前では無力であると結論しています。
『成長の限界』で唱えられたこの主張は、実は経済学の世界では伝統的なものです。
イギリスの経済学者トマス・R・マルサスは、『成長の限界』に先立つこと一七〇年前の一七九八年、著書『人口論』の中で、「幾何級数的に増加する人口は、算術級数的に増加する食料生産によっては維持できない。人口は何も制限しなければ無限に増えてゆくが、食料供給は農地という制約を受けるために、一定以上は増やせない。その結果として貧困、食料供給に対して適正な人口を維持するための飢餓や病気による死亡率の増加、そして人口調節のための戦争が発生する」と説いています。
『成長の限界』の結論はこの一八世紀のマルサスの説そのままなのですが、「世界的な数学者が、システム分析という斬新な手法を使い、コンピューターを使って世界をシミュレーションモデル化した」というインパクトが大きかったのか、この本は日本を含めた世界的なベストセラーになりました。
さらに『成長の限界』が出版された直後、一九七三年に第一次石油ショックが起きて、原油価格と食料価格が高騰し、世界中が二桁のインフレに見舞われるという事件が起きました。これにより「地球資源の有限性」が全世界の人々に強く意識されるようになって、以後、「地球の人口がこのまま増えていけば、いずれ食料が足りなくなる」という説が広く流布していったのです。
世界的に非常に大きな影響を与えた本ではありましたが、今になって見返してみると「未来予測としては、ずいぶん外れたな」というのが正直な感想です。
二〇一一年現在、世界人口は七〇億人と、『成長の限界』が出版された一九七〇年代の初めに比べて八割ほど増えていますが、当時に比べて世界的に食料が不足しているという事実はありません。
これは第二次世界大戦後の化学肥料の普及によって、農地の単位面積あたりの生産性が数倍に向上したためです。この化学肥料による生産力の増加は、今も世界中で進行中です。
現時点で、世界の農地は大きな生産余力を維持しており、アメリカ、ヨーロッパ、日本など先進各国では、主要生産穀物の価格低下を防ぐために巨額の補助金を支払って生産調整を行い、関税や輸入制限によって他国から安い農産物が入ってくるのを食い止めている状態です。
一方で人口の増加も、『成長の限界』で予想されたように「二〇〇〇年までに七〇億人に達する」ことはありませんでした。予想から一〇年ほど遅れて二〇一一年に七〇億人に達しましたが、人口増加率は発展途上国を含め世界中で低下しています。日本など一部の先進国では既に人口は減少に転じており、二〇五〇年頃からは世界人口全体としても減少に向かう可能性が高くなっています。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
« OCRのためのス... | プレゼン3 社... » |
コメント |
コメントはありません。 |
コメントを投稿する |