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EU諸国間の富、貧困、不平等

『揺れる大欧州』より 社会モデルはもうなくなったのか

他の福祉指標と同じく、富と所得の不平等な状況はEU諸国間でかなり異なる。しかし大半の国々の中では、二〇〇八年までの約二〇年間に格差が広がった。二〇〇七年時点のEUにおいて、貧困の中で暮らしていたのは約七九〇〇万人、その多くは子どもだった。南北の違いが際立った。子どもの貧困率は、スウェーデン、デンマーク、そしてフィンランドで総人口の四%以下だった。ギリシャは二〇%、イタリアは一八%だった。貧困および子どもの貧困の割合はひとり親家庭で一番高かった。対照的に、南の国々では、多くの貧しい人々が「普通」の家庭で暮らしていた。

貧困は、ある形をなし、ずっと変わらない状態のようにしばしば語られる。人々は貧困地区から抜け出せず、出口がないのだと。そういう状況もあるが、実際のところ、それは比較的まれだ。国内でも、国家間でも、「貧しい人々」は極めて多様だ。いろいろなタイプの貧困地域、地区、界隈が一つの社会の中にすらあるのだから、ヨーローパ全体では言うまでもない。それらは、さまざまな、時に正反対の力学で動く。だから、町にできたスーパーマーケットの影響で田舎の貧困がひどくなる時のように、ある地域で繁栄を生む流れが、他の地域で貧困を引き起こしかねない。貧困生活への出入りの動きは、これまで考えられていたよりずっと大きいことを最近の調査は示している。二〇〇七年のEU一五カ国で貧困期間を調べると、その約四〇%は一年以内に終わっている。こうした調査を踏まえれば、「貧困地区」を以前とは違う見方で捉える必要がある。「同じ状態のまま」の地域で、ひょっとすると大量の人間が出入りしているかもしれない。

この知見は、土着の人々と同じくらい移民集団にあてはまり、実際、それにぴったりあてはまる事例がある。これまで明らかにならなかったのは、ほとんどの調査実施期間が短いからだ。東アジアからの移民集団が多い英国のボルトンとブラッドフォードでの長期研究によって、移民の大部分が都市中心部から移動したことが明らかになった。彼らは、多くの人が目指す郊外や地方へと向かった。

ドイツでの研究によって、この国の貧困層の出入りにどの程度の流動性があるかが明らかになった。「回転作用」、つまり貧困から抜け出てしばらくすると戻り、一生を通じてその循環を繰り返す人がいる。だが、貧困から抜け出た大多数は、ずっとそのままだ。ドイツの研究者たちは、個人の貧困体験に影響を与える環境を三種類に分けた。(一)どのくらいの期間、貧困が続くか、その間に何が起こり、それが人生のどの時期にあたるか。(二)社会の周縁に追いやられないために利用できる社会的支援があるか。(三)貧困体験が「一代記」、つまり離婚や病気のような人生の特定の出来事の結果であるかないか。こうした出来事の影響は、単に収入を失ってしまう事よりも、振り払うのはより難しいかもしれない。

伝統的な福祉国家は、貧困に陥るやいなや、その人への配分を懸命に増やそうとした。今やこのやり方は適切ではない。先制型福祉は、初期段階で人々を貧困から遠ざけ、いったん抜け出したら逆戻りさせないことに目標を絞る。「フレキシキュリティ」がここで重要になる。従来の給付金とは対照的に、再訓練を重視して仕事に復帰させる実践的な取り組みだ。米国が先駆者となった先制型政策は、ヨーロッパにも適用できる。

例えば、斜陽産業の労働者たちに、それぞれの仕事が消えてしまう前に再訓練への申し込みを認めるのは、うまくいったやり方だ。地域の大学がインターネット上で教育訓練を行い、週末の授業で補習する。柔軟に使える教育銀行口座の例もある。米国のいくつかの都市は、生涯学習クレジットを導入し、仕事を持つ労働者の学習や再訓練費用の二〇%を州が支払っている。こうした手立ては、高齢者の仕事継続という大事な課題にとりわけ重要であることがわかっている。

子どもへの投資はとくに大事である。子どもの貧困だけでなく、その能力形成に幼少期がいかに肝要であるかが、研究の蓄積により明らかになったからだ。社会生活の他の領域と同じように、子どものありようは変わりつつある。先進国では今や、「かけがえのない子ども」の時代である。子どもたちは今もなお、「やって来る」ものだ。しかし、どんな収入水準であれ、ほとんどの親にとって、子どもを持つと決めたら、それだけですむ。かつては当たり前だった一〇代の妊娠がここまで脅威と捉えられている理由の一つがここにある。結婚の平均年齢が一世代前よりずいぶん高くなり、避妊が簡単にでき、そして意識的な決断によって子どもは持つものと広くみなされている。だから、「妊娠した」一〇代はタブーを犯していることになる。彼女はおそらく貧しい身の上で、両親やパートナーの援助もなく、生活の苦闘は避けがたい。

過去二〇~三〇年の間に多くの女性が労働市場に参入したことは、貧困の力学に大きく影響した。家庭に二人の稼ぎ手がいれば、子どもの有無にかかわらず、ほとんど貧困にならない。概して女性は男性より転職が多く、それが生涯にわたる貧困パターンに影響している。子どもの貧困削減政策は、その世帯と子育てのありようをよく見て決めるべきだ。子どもが貧困になる傾向は、全員無職の世帯で最も高く、親が二人であろうとなかろうと、稼ぎ手が二人だけの世帯が次に続く。ほとんどのEU諸国は、保育スペースについて、二〇一○年のバルセロナ目標を達成していない。

三歳から義務教育開始年齢までの子どもの少なくとも九〇%、三歳以下の子どもの三三%が託児所に通えるようにするのが目標である。しかし、公に提供されない限り、子育て支援は貧困抑制に役立つよりも、むしろ貧困を際立たせる。大半のEU諸国で、最も所得の多い世帯が、保育サービスも一番よく利用している。

景気後退と高い失業率に見舞われるヨーロッパで、何らかの救済措置が取られなければ、貧困と不平等の双方が増えるのは必至だ。EU統計局の最新指標によれば、二〇一一年のヨーロッパ人口の二四%に「貧困もしくは社会的排除に陥る危険」があった。いわゆるAROPE(at risk of poverty or social exclusion)値である。この用語の定義は、その年の貧困線以下となるリスクがある人、「深刻な物質的欠乏」状態にある人、そして安定した仕事についている者が世帯の中にいない人によって定められる。AROPE値は加盟国間で大きく異なる。EUの最高値はブルガリアの四九%、続いてルーマニアとラトビアの約四〇%だ。ギリシャは三〇%となっている。優良国すら値はかなり高く、例えばドイツ、オーストリアそしてオランダで約一六%だ。

東部および南部の国々でとくに貧困が急増しそうなのは、明らかに危うい。裕福な国に比べると大半がひ弱い福祉制度しか持たず、今やそれすら解体の危機にある。給付金が削られて、個人や家族はどんどん無防備になる。社会問題担当欧州委員のラースロー・アンドルが的確に述べたように、今の傾向が続けば。仕事のない者は「巨大な貧困の罠」にはまりかねない。
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