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ヘーゲル歴史哲学 自由と平等のトレードオフ

『自由という牢獄』より 資本主義における格差問題

自由と平等のトレードオフ

 最も基本的なレベルから考え直してみよう。近代社会は、伝統社会にはなかった二つの価値を見出した。そのうちのひとつは、前節にも述べたように、個人の「自由」である。これと並んで近代が追求した価値は、個人の間の「平等」である。最初のうちは、両者の間に矛盾があるとは考えられていなかった。平等とは、もともと、自由のための平等、自由の平等だったからである。

 へーゲルの歴史哲学における有名なテーゼは、このアイデアを表現している。へーゲルの考えでは、世界史は、野蛮で勝手気ままな意志が訓練されて、普遍的で主体的な自由が、つまり平等な自由が実現されるまでの論理的過程である。この尺度にそって、歴史は、ひとりが自由であることが認識されている状態(東洋的専政)から、特定の人々が自由であることが認識されている状態(ギリシア・ローマ世界)を経て、万人が自由であることが、つまりすべての人々が平等に自由であることが認識されている状態(ゲルマン世界≒西洋)へと至った、とへーゲルは論ずる。露骨なオリエンタリズムが貫かれているが、今日の観点からこれを批判することには意味がない。われわれが注目すべきことは、論理的形式を支える価値観である。へーゲルの歴史哲学は、自由の平等を至高の価値と見なしている。

 しかし、一九世紀の半ばより、(西欧では)自由と平等との間には矛盾が生じうる、ということが知られるようになる。両者を同時に達成することは困難である、と自覚されるようになるのだ。たとえば、自由が誘発する競争は、富の不平等を帰結する。富の不平等は、実質的に自由をもつ者と、形式的にのみ自由が与えられており、実質的には自由をもたない者との間の分化を意味している。

 図式的に単純化してしまえば、自由と平等の二つの主要な価値のうちどちらを優先させるかで、二つの主要な政治イデオロギーが生まれる。自由を優先させれば、リベラリズムが得られる。平等を優先させ、平等のための自由の制限を許容すれば、社会主義が得られる。

 この二つのイデオロギーの対立が、二〇世紀に冷戦を生み出した。リペラリズムに準拠する資本主義体制と、平等の実現を優先させた(ことになっている)社会主義体制との間の、戦わない戦争を、である。そして、二〇世紀の末期に、冷戦は終結した。第1章でも述べたように、冷戦において最も重要な事実は、一度も「熱戦」を経由せずに決着がついた、ということである。かくして、二〇世紀の政治の思想的教訓は、「自由」の優越である。自由を制限する根拠は、(他の)自由以外にはありえず、自由以外の価値によって、自由を制限すべきではない、と。

 ちなみに、ジョン・ロールズが『正義論』で提起した、正義の二原理は、リベラリズムの優位にそった構成になっている。第一原理は、平等な自由について規定している。つまり、自由を優越させた原理である。格差原理と呼ばれる第二原理は、第二原理に抵触しない範囲での平等化を要求している。『正義論』は、独特の設定の社会契約の思考実験から、近代を構成した二つの価値を、自由の優位のもとに配分するようなかたちで、正義の原理を導き出しているのである。

資本主義のための社会主義

 しかし、二一世紀に入ってから、現代社会は、再び、不平等の問題に、格差の問題に苦しむょうになった。人びとの間の富の格差、経済的格差の問題に、である。

 この経済のレベルでの格差の問題と手を携えるようなかたちで、政治の場面で前面に出てきたのが、資本主義と社会主義の間の奇妙なブレンドである。二〇〇八年のリーマン・ショックのときのことを思い起こすとよい。大投資会社リーマン・ブラザーズが破綻した後、アメリカ政府が採った--あるいは採ろうとした--政策は何であったか。大手金融機関や自動車等の大企業を救済するために、莫大な公的資金が投入された。考えてみると、この政策は、(一部の)大企業を半国有化することである。とすれば、こうした政策は、国家社会主義的だと言うこともできるだろう。

 ただし、現代の社会主義的政策は、本来の社会主義とは逆の方向を目指している。つまり、それは、仮に社会主義的だとしても、いわば逆立ちの社会主義である。本来の社会主義は、あるいは社会主義寄りの政策は、失業している貧困層を救済するなど、資本主義がもたらす貧富の差を是正するためにこそ採用される。しかし、現在の、二一世紀の社会主義的政策の目的は逆である。それは、富裕層や(貨幣の貸し手である)金融機関を救済するためにこそ動員されたのだ。

 かつて、資本主義に対抗する体制だった社会主義が、今では、資本主義を延命させるため、失速した資本主義にあらためてアクセルを踏むために導入されている。資本主義は、その敵である社会主義に勝った、と言われている。だが、勝利の後、資本主義は体調を崩した。資本主義の健康を回復させるために最も効果があった薬は、一服の社会主義だったのだ。

 アメリカと対照的なことが起きているのが中国である。二〇世紀末に冷戦が終結したと言うとき、われわれはしばしば、一〇億人をはるかに超える人口を抱えた大国が、未だに、社会主義の看板を掲げていることを忘れている。そのくらい中国は、今や資本主義的である。さすがに、「資本主義」を名乗るわけにはいかないので、中国政府は、自国の経済を、「社会主義市場経済」と呼んでいるが、それは、資本主義に限りなく近い社会主義という意味である。かつての東欧の社会主義諸国やソ連は、中国のように積極果敢に資本主義を取り入れることができなかったために、社会主義体制を終結させた後に本格的に資本主義化するしかなかふた。しかし、中国は、社会主義の外観を保ちながら、資本主義化することに成功したのだ。

 この現状を、中華人民共和国の歴史の中で見たときには、われわれは歴史のアイロニーのようなものを感じざるをえない。まだ資本主義化する前の「純粋社会主義」の範囲で中国が試みた最大の革命的な冒険は、文化大革命である。文革のスローガンは、日常そのものを革命と化すことであった。しかし、周知のように、文革は、数多くの悲惨な犠牲者を生んだが、革命としては大失敗であった。しかし、改革開放路線にしながらて導入された資本主義が、中国に、まさに「毎日が革命」という表現にふさわしいダイナミズムをもたらしている。資本主義が弱ってきたときに、社会主義を少しばかり食べることで元気になったのと並行的に、中国では、資本主義を大量服用することで、社会主義時代の夢を実現しつつあるのだ。

 中国の経済を見ていると、さらに大きな皮肉もある。現在、中国は、最も元気な「資本主義国」である。つまり、二一世紀の序盤である現在、中国こそが、資本主義の優等生だ。なぜ、中国の資本主義が相対的に順調なのか。少なくとも目下のところの原因は、中国が未だに社会主義的だ、という点に主として求められる。たとえば、中国に大量の廉価な労働力があることの一因は、農村戸籍/都市戸籍という区別があって、中国の労働者が移動や居住に関して完全な自由をもっていないことにある。資本主義は、一般に、資本主義化の程度が不十分な周辺部を、とくに廉価な労働力の供給源として必要とするのだが、中国の戸籍制度は、国内に、そのような周辺部を作為的に維持する装置となっている。あるいは、共産党による支配は、いわゆる「開発独裁」には明らかに有利であり、目標さえはっきりしていれば、資源の効率的な配分を可能にする。中国の社会主義的残滓が、いつまで中国の資本主義にとって有利に作用するかは、見解が分かれるだろう。しかし、少なくとも今までは、社会主義的政策の遺物(の一部)が、中国の資本主義の成長率の高さをもたらしてきた、と言うことができる。

 したがって、結論的には、こう言うことができる。今や、資本主義のためにこそ、(部分的な)社会主義は活用されているのだ、と。社会主義は、資本主義に敗れただけではなく、一部は資本主義の捕虜になり、奴隷として資本主義に奉仕しているのである。
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