未唯への手紙
未唯への手紙
アレクサンドリア、紀元前三〇年八月
『王妃たちの最期の日々』より 破れた夢 クレオパトラ
終わりを理解するには、はじまりをふりかえる必要がある。クレオパトラ七世が紀元前五一年に弟のプトレマイオス一三世とともに共同統治者として玉座についたとき、プトレマイオス王朝のエジプトは、アレクサンドロス大王が築いたつかのまの帝国から派生した複数のヘレニズム王国の最後の生き残りであった。しかし、何年も前から内紛がたえず、存続させたほうが自分たちにとって都合がよいと考えたローマの保護がなければ、王朝だけでなくエジプト自体もとっくの昔に滅亡していたにちがいない。クレオパトラもごく若い頃に歴史から消えさりかけた。紀元前四八年に弟のプトレマイオス一三世と妹のアルシノエによるクーデターで追い落とされたのだ。玉座に復帰できたのは、カエサルの介入--これは偶然に近い天祐であった--のおかげであった。経緯は以下のとおりである。ファルサルスの会戦でカエサルに負けたポンペイウスは、エジプト王室が味方になってくれると信じてアレクサンドリアに向かったが、そこで彼を待ち受けていたのは死であった。クレオパトラを追放した少年王プトレマイオス一三世の側近たちは、ローマの新たな覇者になることが確実なカエサルに恩を売ろうと思い、さっさとポンベイウスの灯を斬り落とした。しかし、彼らの思惑ははずれた。アレクサンドリアに着いてポンペイウスの死を知ったカエサルは、これを機に保護国エジプトを自身の益にかなうように再編成しようと意を固め、手はじめにプトレマイオス一三世とクレオパトラの和睦を強制しようとした。納得できないプトレマイオス派は軍事行動に出たが、紀元前四七年三月、ついにカエサルによって鎮圧された。
カエサルにとって残る課題は、ローマに従順な政権をエジプトに打ち立てることであった。王家の野心的すぎるメンバーを排除したうえで、従順なクレオパトラをかつぎあげればよい。プトレマイオス一三世は戦死していたので、クレオパトラの妹でプトレマイオス一三世の側についたアルシノエを捕虜としてローマに送り、古代からのエジプトの風習に従って幼いプトレマイオス一四世を姉のクレオパトラと結婚させるだけでよかった。こうしてクレオパトラは権力を得た。ただし、駐留するローマ軍団三個の監視下での統治である。おそらくは自身の子どもを宿していたと思われるクレオパトラを残して、カエサルは紀元前四七年七月にエジプトを去る。
紀元前四六年の夏、若いエジプト女王は自分にとって宗主であると同時に愛人であるカエサルの招待を受けてローマを訪れた。この公式訪問の目玉は、ガリア、ポントス、ヌミディア、そしてエジプトを舞台とする、あわせて四つのカエサルの勝利をたたえる凱旋式である。クレオパトラは、鎖につながれた敗軍の将が車に乗せられ、群衆の嘲りのなかを進むのをまのあたりにしたことになる。ガリアの反乱軍を率いたウェルキンゲトリクス、自殺したヌミディア王のかわりをつとめるわずか四歳のユバ二世、そしてエジプトの敗者を象徴するクレオパトラの妹アルシノエであった。エジプトの女王は自国の没落を直視するために招待されたのである! クレオパトラとアルシノエは、前者を王位につけ、後者を捕縛した勝者カエサルの意図により、一方は女王の肩書をもつ者として、他方は失墜した女王として凱旋式に参加したのである。どちらも、打ち負かされたエジプトを象徴していた。アルシノエは憎い妹であったが、彼女が第三者に辱められるのを眺めるのはクレオパトラにとっておそろしい教訓となった。一五年後、車に乗せられて見世物にされるアルシノエの記憶はクレオパトラの最終決断に大きく影響したことはまちがいあるまい。
紀元前四四年三月一五日にカエサルが暗殺されると、庇護者を失ったクレオパトラの身は安全でなくなり、ローマから逃げ出さざるをえなくなった。エジプト女王にとって不安な日々がはじまった。カエサル亡き後のローマの内紛のおかげで、エジプトヘのしめつけはゆるくなったものの、ローマ内の覇権争いの結果によってはエジプトの政治的地位がこのままではすまない危険があった。
紀元前四三年、カエサルを殺してローマの共和制の伝統を守ろうとした一派の頭目であるカッシウスとブルートゥスは東方を支配下に置いた。ただし、進軍する時間はなかったのでエジプトは例外であった。他方、西方に残った彼らの仲間は敗北を喫した。数多くの紆余曲折のあと、アントニウスは西方を掌握したが、不本意なことに、もう一人の人物と共闘体制をとっての掌握であった。その人物とは、カエサルの姪の息子、オクタウィアヌスである。カエサルが遺言のなかでオクタウィアヌスを養子に指名していることが明らかになると皆が驚いたが、わずか一九歳のこの青年は政治家としての才能におそろしいほど恵まれていることが程なくして明らかになり、無視することはできなくなった。レピドゥス、アントニウスそしてオクタウィアヌスは「第二次三頭政治」とよばれるカルテルを結成した。残る仕事は、カエサルの仇を討つための、共和国派との勝負である。紀元前四二年一〇月、フィリッピの戦いでカエサル派が勝利、決着がついた。この戦いの真の立役者はアントニウスであった。
三頭がローマを分割統治することがすぐに決まった。オクタウィアヌスはスペインを、レピドゥスはアフリカを担当することになり、威光で二人を凌駕しているアントニウスが残りを手にした。イタリアは分割統治の対象とならなかった。一時的な体制との理解ではじまった三頭政治は一〇年も続くことになる。しかし、当初はアントニウスにとって圧倒的に有利であった力関係はしだいに変化して、オクタウィアヌスが力をつけてきた。紀元前四〇年の終わり、ブルンディシウム協定によって、西方の全域がオクタウィアヌスの勢力範囲となった。イタリアだけが、理論上の共同統治体制を維持した。この協定を確実なものとするため、アントニウスはオクタウィアヌスの姉、オクタウィアと結婚した。その四年後の紀元前三六年、レピドゥスの政治生命が絶たれると、オクタウィアヌスはアフリカを自分の勢力下に置いた。これにより、三頭政治は二頭政治となり、ならび立った二人の巨頭はやがて正面から向きあうことになる。
終わりを理解するには、はじまりをふりかえる必要がある。クレオパトラ七世が紀元前五一年に弟のプトレマイオス一三世とともに共同統治者として玉座についたとき、プトレマイオス王朝のエジプトは、アレクサンドロス大王が築いたつかのまの帝国から派生した複数のヘレニズム王国の最後の生き残りであった。しかし、何年も前から内紛がたえず、存続させたほうが自分たちにとって都合がよいと考えたローマの保護がなければ、王朝だけでなくエジプト自体もとっくの昔に滅亡していたにちがいない。クレオパトラもごく若い頃に歴史から消えさりかけた。紀元前四八年に弟のプトレマイオス一三世と妹のアルシノエによるクーデターで追い落とされたのだ。玉座に復帰できたのは、カエサルの介入--これは偶然に近い天祐であった--のおかげであった。経緯は以下のとおりである。ファルサルスの会戦でカエサルに負けたポンペイウスは、エジプト王室が味方になってくれると信じてアレクサンドリアに向かったが、そこで彼を待ち受けていたのは死であった。クレオパトラを追放した少年王プトレマイオス一三世の側近たちは、ローマの新たな覇者になることが確実なカエサルに恩を売ろうと思い、さっさとポンベイウスの灯を斬り落とした。しかし、彼らの思惑ははずれた。アレクサンドリアに着いてポンペイウスの死を知ったカエサルは、これを機に保護国エジプトを自身の益にかなうように再編成しようと意を固め、手はじめにプトレマイオス一三世とクレオパトラの和睦を強制しようとした。納得できないプトレマイオス派は軍事行動に出たが、紀元前四七年三月、ついにカエサルによって鎮圧された。
カエサルにとって残る課題は、ローマに従順な政権をエジプトに打ち立てることであった。王家の野心的すぎるメンバーを排除したうえで、従順なクレオパトラをかつぎあげればよい。プトレマイオス一三世は戦死していたので、クレオパトラの妹でプトレマイオス一三世の側についたアルシノエを捕虜としてローマに送り、古代からのエジプトの風習に従って幼いプトレマイオス一四世を姉のクレオパトラと結婚させるだけでよかった。こうしてクレオパトラは権力を得た。ただし、駐留するローマ軍団三個の監視下での統治である。おそらくは自身の子どもを宿していたと思われるクレオパトラを残して、カエサルは紀元前四七年七月にエジプトを去る。
紀元前四六年の夏、若いエジプト女王は自分にとって宗主であると同時に愛人であるカエサルの招待を受けてローマを訪れた。この公式訪問の目玉は、ガリア、ポントス、ヌミディア、そしてエジプトを舞台とする、あわせて四つのカエサルの勝利をたたえる凱旋式である。クレオパトラは、鎖につながれた敗軍の将が車に乗せられ、群衆の嘲りのなかを進むのをまのあたりにしたことになる。ガリアの反乱軍を率いたウェルキンゲトリクス、自殺したヌミディア王のかわりをつとめるわずか四歳のユバ二世、そしてエジプトの敗者を象徴するクレオパトラの妹アルシノエであった。エジプトの女王は自国の没落を直視するために招待されたのである! クレオパトラとアルシノエは、前者を王位につけ、後者を捕縛した勝者カエサルの意図により、一方は女王の肩書をもつ者として、他方は失墜した女王として凱旋式に参加したのである。どちらも、打ち負かされたエジプトを象徴していた。アルシノエは憎い妹であったが、彼女が第三者に辱められるのを眺めるのはクレオパトラにとっておそろしい教訓となった。一五年後、車に乗せられて見世物にされるアルシノエの記憶はクレオパトラの最終決断に大きく影響したことはまちがいあるまい。
紀元前四四年三月一五日にカエサルが暗殺されると、庇護者を失ったクレオパトラの身は安全でなくなり、ローマから逃げ出さざるをえなくなった。エジプト女王にとって不安な日々がはじまった。カエサル亡き後のローマの内紛のおかげで、エジプトヘのしめつけはゆるくなったものの、ローマ内の覇権争いの結果によってはエジプトの政治的地位がこのままではすまない危険があった。
紀元前四三年、カエサルを殺してローマの共和制の伝統を守ろうとした一派の頭目であるカッシウスとブルートゥスは東方を支配下に置いた。ただし、進軍する時間はなかったのでエジプトは例外であった。他方、西方に残った彼らの仲間は敗北を喫した。数多くの紆余曲折のあと、アントニウスは西方を掌握したが、不本意なことに、もう一人の人物と共闘体制をとっての掌握であった。その人物とは、カエサルの姪の息子、オクタウィアヌスである。カエサルが遺言のなかでオクタウィアヌスを養子に指名していることが明らかになると皆が驚いたが、わずか一九歳のこの青年は政治家としての才能におそろしいほど恵まれていることが程なくして明らかになり、無視することはできなくなった。レピドゥス、アントニウスそしてオクタウィアヌスは「第二次三頭政治」とよばれるカルテルを結成した。残る仕事は、カエサルの仇を討つための、共和国派との勝負である。紀元前四二年一〇月、フィリッピの戦いでカエサル派が勝利、決着がついた。この戦いの真の立役者はアントニウスであった。
三頭がローマを分割統治することがすぐに決まった。オクタウィアヌスはスペインを、レピドゥスはアフリカを担当することになり、威光で二人を凌駕しているアントニウスが残りを手にした。イタリアは分割統治の対象とならなかった。一時的な体制との理解ではじまった三頭政治は一〇年も続くことになる。しかし、当初はアントニウスにとって圧倒的に有利であった力関係はしだいに変化して、オクタウィアヌスが力をつけてきた。紀元前四〇年の終わり、ブルンディシウム協定によって、西方の全域がオクタウィアヌスの勢力範囲となった。イタリアだけが、理論上の共同統治体制を維持した。この協定を確実なものとするため、アントニウスはオクタウィアヌスの姉、オクタウィアと結婚した。その四年後の紀元前三六年、レピドゥスの政治生命が絶たれると、オクタウィアヌスはアフリカを自分の勢力下に置いた。これにより、三頭政治は二頭政治となり、ならび立った二人の巨頭はやがて正面から向きあうことになる。
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スマートコミュニティとしての水素タウン
『環境経営とイノベーション』より ビジネスチャンスとしての水素社会と分散型発電
岩谷産業は2010年から2014年の間に北九州市の八幡東区東田地区を対象として行われた「北九州スマートコミュニティ創造事業」に参加している。この事業は、日本政府が公募した日本型スマートグリッドの構築と海外展開を実現するための「次世代エネルギー・社会システム実証」に北九州市が提案し、採択された事業である。同事業は、タウンメガソーラー、風力発電、省エネ、環境学習、カーボンオフセット、水素タウン、スマートグリッドなどを含む26事業38項目の実証事業から成っている。その目的は、①地域エネルギー共有社会、②地域単位のエネルギー制御・管理システム(CEMS : community energy management system)を通じた地域エネルギーの全体最適と部分最適の両立、③エネルギーの見える化社会、④市民参加型のエネルギー・コミュニティの構築、⑤都市システムの整備、⑥社会システム技術の開発やビジネスモデル・雇用の創造、⑦世界の標準となるモデルの構築・発信、⑧上記の事項をパッケージ化してアジア地域への移転体制を構築することである。事業全体として、市内標準街区と比較して、対象地区が2014年までにC02排出量を2005年比で50%削減するという目標を掲げている。実際に、51.5%の削減を達成した。
岩谷産業が参加した事業は実証事項3「北九州水素タウンプロジェクト」である。この事項には岩谷産業の他、水素供給・利用技術組合(HySUT)、富士電機システムズ、新日本製織、その他地区内立地企業が参加し、事業費総額は16億5000万円であった。実証内容は下記の5っである。すなわち、①新日本製織が所有する八幡製織所で生じる副生水素を、HySUTが地区内に設置するパイプラインを使って、店舗、公共施設(博物館、水素ステーション)、住宅に供給する、②燃料電池を設定し、生活・営業活動において利用を図る、③燃料電池フォークリフトの開発、試用、④燃料電池の廃熱を利用した高圧ヒートポンプシステムの設置、⑤余剰電力を水素に変換(=水素を製造)し、水素ステーション等に貯蔵するシステムの構築、である。このような実証実験において、岩谷産業は主に水素ステーションの設置を行った。実験の結果、航空運賃や宿泊料金などでも採用されているダイナミック・プライシング9によって、11.9%から26.4%の省エネ効果が見られた。また、電気事業法との関係で個別の戸建住宅の低圧契約や集合住宅の高圧一括受電ができない場合があることが明らかになった。北九州スマートコミュニティ創造協議会によれば、このことは電力自由化のためには、法整備とともに低圧契約や高圧一括受電サービスの工夫が必要になることを意味するという。スマートコミュニティを創造し、更にそのコミュニティを水素タウンに変革してゆくためには、水素の製造・輸送・貯蔵、家庭用および業務用・産業用燃料電池、FCV,水素ステーションなどの開発、および関連法規の改正など多くの課題があるようである。
経済産業省は水素社会を確立するためのロードマップ(以下、ロードマップと表記)を2014年に提示している。このロードマップは、燃料電池の社会への本格的実装による水素利用の飛躍的拡大を試みるフェーズ1、水素発電の本格導入と大規模な水素供給システムの確立を目指すフェーズ2、トータルでのC02フリー水素供給システムの確立を目的とするフェーズ3からなっている。本書を執筆している2016年9月現在はフェーズ1に当たる。家庭用燃料電池(2009年導入)と業務用・産業用燃料電池(1998年導入)およびFCV (2014年導入)は既に市場導入されている。ロードマップによれば、フェーズ1では、2020年代半ば頃までこれらの燃料電池を本格的に普及させていくこと、および競争力のある水素価格を実現することが課題である。ロードマップは、2020年代半ばから2030年頃までをフェーズ2として位置付けており、国内の水素利用の拡大に伴い海外での水素の製造および水素の輸入量と国内流通網の拡大、および発電事業用水素発電の本格導入を計画している。 2040年頃までに、クリーンコールテクノロジー(CCT : Clean coa ltechnology)の開発と利用、および国内外の再生可能エネルギーの活用と組み合わせることによって、 C02フリーの水素の製造・輸送・貯蔵を本格化すること、すなわち本格的な低炭素社会としての水素社会の到来を計画している。
行政によるこのようなロードマップの公表に先立って、産業界では、自動車メーカー3社とガス会社10社の民間企業13社による「燃料電池自動車の国内市場導入と水素供給インフラ整備に関する共同声明」(以下、13社共同声明と表記)が2011年に表明されている12。またロードマップが公表された同じ年に、東京都環境局は、水素エネルギーの普及に向けた戦略の供給および機運の醸成を目的とする産官学共同プロジェクトとして東京都戦略会議を設置している。同会議は民間企業16社、学識経験者3名、およびその他2団体からなる外部委員、東京都側の委員と事務局からなっている。東京都戦略会議は、①FCVの普及に先駆けて水素ステーションを整備すること、②HVの普及実績や市場動向を参考にしてFCVを普及させること、③家庭用および業務用・産業用燃料電池の自立的な普及を目指すこと、④大都市圏などの大消費地での水素エネルギーの需要創出と価格低下と水素利用分野の拡大を図り安定的な燃料供給を実現すること、⑤水素の正しい理解と安全・安心な社会を実現するための環境教育(=社会的受容性の向上)という5つの課題を掲げ、これらの課題のそれぞれに短期的および中期的な戦略目標・数値目標を掲げている。
東京都戦略会議に参加している企業および団体は、水素社会という青写真を共有し、水素の製造・輸送・販売、燃料電池やる家庭用および業務用・産業用の燃料電池の開発、JX.エネルギーや岩谷産業などのエネルギなどの製品、水素ステーションやパイプラインなどの水素供給インフラ整備などさまざまな分野において新事業を創出しようとしている。本章で見てきたいくっかの事業活動、すなわちトヨタやホンダなどの自動車メーカーによるFCVの開発、パナソニックや東芝などの電機メーカーによる家庭用および業務用・産業用の燃料電池の開発、JX.エネルギーや岩谷産業などのエネルギー供給会社による水素ステーション等の水素の製造・輸送・貯蔵システムの開発などの事例は、13社共同声明と東京都戦略会議のどちらかまたはその両方に参加している企業による環境経営の事例である。
水素社会の確立は、経済産業省がロードマップによって発展の方向性を示し、東京都戦略会議が5つの課題を掲げてその発展のための戦略・目標を策定し、様々な民間企業が環境経営の一環として、これらの方向性や戦略・目標に対応するかたちで水素ビジネスを実践するという国策民営の体制によって進められている。持続可能なエネルギー供給および水素社会の確立に貢献することは、エネルギー産業・企業の社会的な役割の1つであり責任である。
岩谷産業は2010年から2014年の間に北九州市の八幡東区東田地区を対象として行われた「北九州スマートコミュニティ創造事業」に参加している。この事業は、日本政府が公募した日本型スマートグリッドの構築と海外展開を実現するための「次世代エネルギー・社会システム実証」に北九州市が提案し、採択された事業である。同事業は、タウンメガソーラー、風力発電、省エネ、環境学習、カーボンオフセット、水素タウン、スマートグリッドなどを含む26事業38項目の実証事業から成っている。その目的は、①地域エネルギー共有社会、②地域単位のエネルギー制御・管理システム(CEMS : community energy management system)を通じた地域エネルギーの全体最適と部分最適の両立、③エネルギーの見える化社会、④市民参加型のエネルギー・コミュニティの構築、⑤都市システムの整備、⑥社会システム技術の開発やビジネスモデル・雇用の創造、⑦世界の標準となるモデルの構築・発信、⑧上記の事項をパッケージ化してアジア地域への移転体制を構築することである。事業全体として、市内標準街区と比較して、対象地区が2014年までにC02排出量を2005年比で50%削減するという目標を掲げている。実際に、51.5%の削減を達成した。
岩谷産業が参加した事業は実証事項3「北九州水素タウンプロジェクト」である。この事項には岩谷産業の他、水素供給・利用技術組合(HySUT)、富士電機システムズ、新日本製織、その他地区内立地企業が参加し、事業費総額は16億5000万円であった。実証内容は下記の5っである。すなわち、①新日本製織が所有する八幡製織所で生じる副生水素を、HySUTが地区内に設置するパイプラインを使って、店舗、公共施設(博物館、水素ステーション)、住宅に供給する、②燃料電池を設定し、生活・営業活動において利用を図る、③燃料電池フォークリフトの開発、試用、④燃料電池の廃熱を利用した高圧ヒートポンプシステムの設置、⑤余剰電力を水素に変換(=水素を製造)し、水素ステーション等に貯蔵するシステムの構築、である。このような実証実験において、岩谷産業は主に水素ステーションの設置を行った。実験の結果、航空運賃や宿泊料金などでも採用されているダイナミック・プライシング9によって、11.9%から26.4%の省エネ効果が見られた。また、電気事業法との関係で個別の戸建住宅の低圧契約や集合住宅の高圧一括受電ができない場合があることが明らかになった。北九州スマートコミュニティ創造協議会によれば、このことは電力自由化のためには、法整備とともに低圧契約や高圧一括受電サービスの工夫が必要になることを意味するという。スマートコミュニティを創造し、更にそのコミュニティを水素タウンに変革してゆくためには、水素の製造・輸送・貯蔵、家庭用および業務用・産業用燃料電池、FCV,水素ステーションなどの開発、および関連法規の改正など多くの課題があるようである。
経済産業省は水素社会を確立するためのロードマップ(以下、ロードマップと表記)を2014年に提示している。このロードマップは、燃料電池の社会への本格的実装による水素利用の飛躍的拡大を試みるフェーズ1、水素発電の本格導入と大規模な水素供給システムの確立を目指すフェーズ2、トータルでのC02フリー水素供給システムの確立を目的とするフェーズ3からなっている。本書を執筆している2016年9月現在はフェーズ1に当たる。家庭用燃料電池(2009年導入)と業務用・産業用燃料電池(1998年導入)およびFCV (2014年導入)は既に市場導入されている。ロードマップによれば、フェーズ1では、2020年代半ば頃までこれらの燃料電池を本格的に普及させていくこと、および競争力のある水素価格を実現することが課題である。ロードマップは、2020年代半ばから2030年頃までをフェーズ2として位置付けており、国内の水素利用の拡大に伴い海外での水素の製造および水素の輸入量と国内流通網の拡大、および発電事業用水素発電の本格導入を計画している。 2040年頃までに、クリーンコールテクノロジー(CCT : Clean coa ltechnology)の開発と利用、および国内外の再生可能エネルギーの活用と組み合わせることによって、 C02フリーの水素の製造・輸送・貯蔵を本格化すること、すなわち本格的な低炭素社会としての水素社会の到来を計画している。
行政によるこのようなロードマップの公表に先立って、産業界では、自動車メーカー3社とガス会社10社の民間企業13社による「燃料電池自動車の国内市場導入と水素供給インフラ整備に関する共同声明」(以下、13社共同声明と表記)が2011年に表明されている12。またロードマップが公表された同じ年に、東京都環境局は、水素エネルギーの普及に向けた戦略の供給および機運の醸成を目的とする産官学共同プロジェクトとして東京都戦略会議を設置している。同会議は民間企業16社、学識経験者3名、およびその他2団体からなる外部委員、東京都側の委員と事務局からなっている。東京都戦略会議は、①FCVの普及に先駆けて水素ステーションを整備すること、②HVの普及実績や市場動向を参考にしてFCVを普及させること、③家庭用および業務用・産業用燃料電池の自立的な普及を目指すこと、④大都市圏などの大消費地での水素エネルギーの需要創出と価格低下と水素利用分野の拡大を図り安定的な燃料供給を実現すること、⑤水素の正しい理解と安全・安心な社会を実現するための環境教育(=社会的受容性の向上)という5つの課題を掲げ、これらの課題のそれぞれに短期的および中期的な戦略目標・数値目標を掲げている。
東京都戦略会議に参加している企業および団体は、水素社会という青写真を共有し、水素の製造・輸送・販売、燃料電池やる家庭用および業務用・産業用の燃料電池の開発、JX.エネルギーや岩谷産業などのエネルギなどの製品、水素ステーションやパイプラインなどの水素供給インフラ整備などさまざまな分野において新事業を創出しようとしている。本章で見てきたいくっかの事業活動、すなわちトヨタやホンダなどの自動車メーカーによるFCVの開発、パナソニックや東芝などの電機メーカーによる家庭用および業務用・産業用の燃料電池の開発、JX.エネルギーや岩谷産業などのエネルギー供給会社による水素ステーション等の水素の製造・輸送・貯蔵システムの開発などの事例は、13社共同声明と東京都戦略会議のどちらかまたはその両方に参加している企業による環境経営の事例である。
水素社会の確立は、経済産業省がロードマップによって発展の方向性を示し、東京都戦略会議が5つの課題を掲げてその発展のための戦略・目標を策定し、様々な民間企業が環境経営の一環として、これらの方向性や戦略・目標に対応するかたちで水素ビジネスを実践するという国策民営の体制によって進められている。持続可能なエネルギー供給および水素社会の確立に貢献することは、エネルギー産業・企業の社会的な役割の1つであり責任である。
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現代資本主義の終焉とアメリカ民主主義の脆弱 チョムスキー
『現代資本主義の終焉とアメリカ民主主義』より 左翼知識人:N.チョムスキー 脱構造主義哲学と新保守主義哲学へのチョムスキーの批判
チョムスキーは、1890年代の人民党解党以来、資本主義システムの分析を踏まえた対抗団体が1960年代の一時期を除いて存在しないと指摘しつつ、1930年代ファシズムの場合と同じく、1970年代以降のキリスト教原理主義の台頭は、高度工業社会カナダとアメリカにおける特異な代替行為の反映であり、アメリカの危機は簡単にファシズム運動へ進む暴力性を秘めている、と警告する。
かつてヴェトナム戦争を黙認する多くの同僚にたいして「知識人の責任」(1967)を問うた言語学者チョムスキーは、その後もマスメディアから無視され排除され続け、小さな集会でいわば孤立無援状態で現代アメリカを批判してきた。が、たとえば講演集r権力を見抜く』(2008)のなかで、それら大学左翼知識人が拠る構造主義、差異の言語論やその応用でもある脱構造主義論を唱える「デリダやラカン、アルチュセールなどの本を読むと、さっぱり理解できません。……正直に言えば、彼らの言っていることは全部ペテンです」と止めを刺している。
同様に、試行錯誤する経験を重視するプラグマティズム教育を高く評価するチョムスキーは、A.ブルーム(Allan Bloom、1930~1992)の『アメリカ・マインドの終焉』(1987)を取り上げ,1960年代の社会運動を「左翼のニーチエ主義、もしくはニーチエ主義の左翼化」あるいは思想の寛容を許す理神論や近代リベラリズムの鬼子と糾弾し、草創期アメリカ・コミュニティーや「市民の宗教」への回帰を願っている新保守主義の同書を「開いた口がふさがらないほど馬鹿げた内容です。……あの内容が基本的に言っているのは、教育は海兵隊のやり方を手本にすべきで、万人向きの「偉大な思想」の正典を選び、それを無理やり勉強させることです。……これがブルームの提唱している教育モデルです」と酷評している。
チョムスキーの変わらない関心は、「資本主義システムは本質的に、貪欲さが原動力になっている。……資本主義の理論では、貪欲さという個人の悪徳が公共の利益につながるとされていて……このような動きが続ける限り、資本主義システムが自滅することは自明」なのに、「現代社会の中心にあるこの問題を扱う学術的職業は存在しないということ」にある。とりわけ1960年代の社会運動・市民運動の高まりのへ反省から、「人びとを武力で抑えられないなら、彼らの考えをコントロールしなければならない」という認識が頂点に達し、企業・政府・マスメディア・大学が一個のプロパガンダ広報企業となり、状況の一局面をあらわす「したたり(trickle down)論」や「国民国家終焉論」を喧伝しながら、市場原理主義・金融資本主義・グローバリズムがもたらす国内における超格差社会化や国外における第三世界人民への新たな搾取を容易にし、またそれら諸事実を隠しつづけてきている、と非難する。
チョムスキーは、イスラエル入国を拒否されながらも、パレスチナ抑圧を糾弾し続けている。彼によれば、私有財産制・利潤追求・市場主義の総体としての近代資本主義とその展開、ブルジョワ的市民社会とベンサム的利主義文化が、人間に「富と権力を可能な限り増すことを求め」、「市場関係と搾取と外部権力に服従する」人間を競争旺盛な人と称えるのであり、その資本主義の基礎をなす人間観が、「最も深遠な意味で非人間的で、耐え難い」のである。チョムスキーによれば、現代の危機とはとりわけ、「資本」「所有」を優先させる現代資本主義が強いる機制に由来するのであり、「市民権」を重視する近代啓蒙文化に由来するのではない。
近代文化の枯渇論を説くベルらの文化的新保守主義とは、ハーバーマスの一文を借りれば、「危機の諸原因を、経済や国家装置の機能様式に求める」ことから人びとの目を逸らせ、資本主義的近代化(modernization、工業・科学技術主義)を肯定し、文化的近代を拒否すること(Habermas 1985:78-95)、つまり「所有権」優先させる新保守主義者は、不合理な差別・抑圧を否定する近代啓蒙思想の遺産である、法の下での人民の平等・自由つまり近代民主主義を否定するのである。
独占資本主義と帝国主義段階におけるアソシエーアョン型市民社会の形骸化、社会的自我や内面的規範の危機は、広く近代資本主義とブルジョワ文化の止揚(チョムスキーはこの用語を使わないが)を目指す闘いのなかで、とりわけ1980年代以降の新自由主義・新保守主義、市場原理主義・金融資本主義、グローバリズムに対決する闘いのなかで、アソシエーアョンの止揚をめざしてアメリカ[人民]が克服すべきものである。
だがそこには、アメリカ・アソシエーアョンに深く染みこんだ、各人の労働によって得た財産・所有に基づく自由・平等と同意というJ.ロック的社会契約論と、またサラダボールとも称される移民社会からなる歴史、あるいはM.ヴェーバー(Max Weber、1864~1920)が『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の〈精神〉』のなかで指摘したように、プロテスタンティズム自体がもつ「選民一非選民」意識による社会的敗者に過酷な社会的ダーヴィニズムを受容してきたアメリカの社会意識、さらにR.ニーバー(Reinhold Niebuhr、1892~1971)の『アメリカ史のアイロニー』(1952)が警告した,とりわけ快適追求を達成させた科学技術が「人間の運命をより大きな矛盾に直面させたという」アイロニー、あるいは外交政策の「アイディアリズムが……自分の置かれている立場から諸目的の全領域を完全に把握しようとするが故に、アイディアリズムは転じて非人間性へと変わる」というアイロニー、それらに無頓着である社会意識も重層して、1980年代以降ますます腐敗度を増してきたベンサム的功利主義を止揚する困難さがあり、2001年のブッシュ政権があからさまに示した「強きアメリカ」を標榜する〈帝国〉アメリカを解消する困難さがある。
それらゆえ、近代アメリカの啓蒙思想と「市民の宗教」に基づいたアソシエーアョン型市民社会を構築した伝統・理念的個性を持ち、かつ先進資本主義・工業社会であるアメリカとその「人民」のアイロニーに満ちた体験のなかに、プラグマデイズム哲学者J.デューイ(John Dewey、1859~1952)の少し長めの一文を借りれば、「民主主義と人類の唯一の、究極の、倫理的理念は、私にとっては同義である。民主主義の理念、自由、平等、友愛の理念は、霊的なものと世俗的なものとの間の区別がなくなり、ギリシャの理論、およびキリスト教の神の王国の理論のなかでのように、教会と国家、社会の神聖な組織と人間的組織とは一つであるような社会を代表する」、そのような人類前史のユートピアを止揚する諸需要が潜んでいるかもしれないのである。
資本主義の本性をなす所有権・貨幣制度・市場などの「経済」、社会的生活基盤・「グローバリゼーション」、さらに再分配に深く関わる「階級」間の闘争は,国家権力による制度の裏付けなしにはうまく機能しない、と論じた。その論にヅェーバー・住谷の洞察を重ねるならば、第1に言えることは、自己分解していく「小ブルジョア的商品生産者層」を「国内市場」へ統合するためにアメリカ国民国家が必要であるということ、つまり、「グローバリゼーション」が「小ブルジョア的商品生産者層」・中下層市民が拠るべき国民国家アメリカから疎外し、放り出された不安と怒りを蓄積してきた、ということである。第2は、1960~70年代の「対抗文化運動」から続く表出主義を「小ブルジョア的商品生産者層」の「反マモン的な非合理的なパトス」(節制・規律・勤勉・誠実・純潔などの徳目)の裏切とする、怒りの高まりである。
〈利潤の極大化〉をむき出し追求してきた先進資本主義国、とりわけアメリカ資本主義は,植民地なき〈帝国〉アメリカの「寄生性・腐朽性」に甘んじて、ドイツ・日本・中国・インドなどの生産力に圧倒され、アメリカ「支配階級の頚廃」と「労働の質の低下」とがら国内での〈限界なき拡大生産〉が不可能になった。『ジャパン・アズ・ナンバーワン:アメリカヘの教訓』(1979)や『美徳なき時代』、『アメリカ・マインドの終焉』(1987)が上梓されてベストセラーになったのも、体制側の危機感を反映していたからである。それでもあくまで〈利潤の極大化〉を追求する反リベラル・エスタブリシュメントつまり〈財界と経済エリート〉は、新自由主義政策によって過去150年かけて獲得してきた労働者の権利と市民への福祉政策(富の再分配)を取り上げ、ドルを増刷する金融資本主義政策によって中下層の富を収奪し、その膨大な負債を未来の世代に課してきた。国外に向かっては、アメリカ第一主義(America First)の国是によって、メキシコとカナダの富を長期に収奪するNAFTAを締結したように、アメリカ巨大多国籍企業は、途上国と先進国を問わず広く世界から富を収奪し、その富を〈財界と経済エリート〉が独占してきた。
2016年アメリカ大統領選挙は、新植民地主義・〈帝国〉アメリカの「寄生性・腐朽性」と、〈財界と経済エリート〉が強行してきた新自由主義とカジノ的金融資本主義とグローバリゼーションのあまりの成功、その「繁栄」が途方もない貧富の格差を拡大しながら「過剰貨幣資本」を累積し、〈利潤の極大化〉の否定でもある「市民権」・民主主義つまりアメリカ・アイデンティーの抑圧を反映していた。言い換えれば、現代資本主義の終焉とアメリカ民主主義の脆弱を自証した。
チョムスキーは、1890年代の人民党解党以来、資本主義システムの分析を踏まえた対抗団体が1960年代の一時期を除いて存在しないと指摘しつつ、1930年代ファシズムの場合と同じく、1970年代以降のキリスト教原理主義の台頭は、高度工業社会カナダとアメリカにおける特異な代替行為の反映であり、アメリカの危機は簡単にファシズム運動へ進む暴力性を秘めている、と警告する。
かつてヴェトナム戦争を黙認する多くの同僚にたいして「知識人の責任」(1967)を問うた言語学者チョムスキーは、その後もマスメディアから無視され排除され続け、小さな集会でいわば孤立無援状態で現代アメリカを批判してきた。が、たとえば講演集r権力を見抜く』(2008)のなかで、それら大学左翼知識人が拠る構造主義、差異の言語論やその応用でもある脱構造主義論を唱える「デリダやラカン、アルチュセールなどの本を読むと、さっぱり理解できません。……正直に言えば、彼らの言っていることは全部ペテンです」と止めを刺している。
同様に、試行錯誤する経験を重視するプラグマティズム教育を高く評価するチョムスキーは、A.ブルーム(Allan Bloom、1930~1992)の『アメリカ・マインドの終焉』(1987)を取り上げ,1960年代の社会運動を「左翼のニーチエ主義、もしくはニーチエ主義の左翼化」あるいは思想の寛容を許す理神論や近代リベラリズムの鬼子と糾弾し、草創期アメリカ・コミュニティーや「市民の宗教」への回帰を願っている新保守主義の同書を「開いた口がふさがらないほど馬鹿げた内容です。……あの内容が基本的に言っているのは、教育は海兵隊のやり方を手本にすべきで、万人向きの「偉大な思想」の正典を選び、それを無理やり勉強させることです。……これがブルームの提唱している教育モデルです」と酷評している。
チョムスキーの変わらない関心は、「資本主義システムは本質的に、貪欲さが原動力になっている。……資本主義の理論では、貪欲さという個人の悪徳が公共の利益につながるとされていて……このような動きが続ける限り、資本主義システムが自滅することは自明」なのに、「現代社会の中心にあるこの問題を扱う学術的職業は存在しないということ」にある。とりわけ1960年代の社会運動・市民運動の高まりのへ反省から、「人びとを武力で抑えられないなら、彼らの考えをコントロールしなければならない」という認識が頂点に達し、企業・政府・マスメディア・大学が一個のプロパガンダ広報企業となり、状況の一局面をあらわす「したたり(trickle down)論」や「国民国家終焉論」を喧伝しながら、市場原理主義・金融資本主義・グローバリズムがもたらす国内における超格差社会化や国外における第三世界人民への新たな搾取を容易にし、またそれら諸事実を隠しつづけてきている、と非難する。
チョムスキーは、イスラエル入国を拒否されながらも、パレスチナ抑圧を糾弾し続けている。彼によれば、私有財産制・利潤追求・市場主義の総体としての近代資本主義とその展開、ブルジョワ的市民社会とベンサム的利主義文化が、人間に「富と権力を可能な限り増すことを求め」、「市場関係と搾取と外部権力に服従する」人間を競争旺盛な人と称えるのであり、その資本主義の基礎をなす人間観が、「最も深遠な意味で非人間的で、耐え難い」のである。チョムスキーによれば、現代の危機とはとりわけ、「資本」「所有」を優先させる現代資本主義が強いる機制に由来するのであり、「市民権」を重視する近代啓蒙文化に由来するのではない。
近代文化の枯渇論を説くベルらの文化的新保守主義とは、ハーバーマスの一文を借りれば、「危機の諸原因を、経済や国家装置の機能様式に求める」ことから人びとの目を逸らせ、資本主義的近代化(modernization、工業・科学技術主義)を肯定し、文化的近代を拒否すること(Habermas 1985:78-95)、つまり「所有権」優先させる新保守主義者は、不合理な差別・抑圧を否定する近代啓蒙思想の遺産である、法の下での人民の平等・自由つまり近代民主主義を否定するのである。
独占資本主義と帝国主義段階におけるアソシエーアョン型市民社会の形骸化、社会的自我や内面的規範の危機は、広く近代資本主義とブルジョワ文化の止揚(チョムスキーはこの用語を使わないが)を目指す闘いのなかで、とりわけ1980年代以降の新自由主義・新保守主義、市場原理主義・金融資本主義、グローバリズムに対決する闘いのなかで、アソシエーアョンの止揚をめざしてアメリカ[人民]が克服すべきものである。
だがそこには、アメリカ・アソシエーアョンに深く染みこんだ、各人の労働によって得た財産・所有に基づく自由・平等と同意というJ.ロック的社会契約論と、またサラダボールとも称される移民社会からなる歴史、あるいはM.ヴェーバー(Max Weber、1864~1920)が『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の〈精神〉』のなかで指摘したように、プロテスタンティズム自体がもつ「選民一非選民」意識による社会的敗者に過酷な社会的ダーヴィニズムを受容してきたアメリカの社会意識、さらにR.ニーバー(Reinhold Niebuhr、1892~1971)の『アメリカ史のアイロニー』(1952)が警告した,とりわけ快適追求を達成させた科学技術が「人間の運命をより大きな矛盾に直面させたという」アイロニー、あるいは外交政策の「アイディアリズムが……自分の置かれている立場から諸目的の全領域を完全に把握しようとするが故に、アイディアリズムは転じて非人間性へと変わる」というアイロニー、それらに無頓着である社会意識も重層して、1980年代以降ますます腐敗度を増してきたベンサム的功利主義を止揚する困難さがあり、2001年のブッシュ政権があからさまに示した「強きアメリカ」を標榜する〈帝国〉アメリカを解消する困難さがある。
それらゆえ、近代アメリカの啓蒙思想と「市民の宗教」に基づいたアソシエーアョン型市民社会を構築した伝統・理念的個性を持ち、かつ先進資本主義・工業社会であるアメリカとその「人民」のアイロニーに満ちた体験のなかに、プラグマデイズム哲学者J.デューイ(John Dewey、1859~1952)の少し長めの一文を借りれば、「民主主義と人類の唯一の、究極の、倫理的理念は、私にとっては同義である。民主主義の理念、自由、平等、友愛の理念は、霊的なものと世俗的なものとの間の区別がなくなり、ギリシャの理論、およびキリスト教の神の王国の理論のなかでのように、教会と国家、社会の神聖な組織と人間的組織とは一つであるような社会を代表する」、そのような人類前史のユートピアを止揚する諸需要が潜んでいるかもしれないのである。
資本主義の本性をなす所有権・貨幣制度・市場などの「経済」、社会的生活基盤・「グローバリゼーション」、さらに再分配に深く関わる「階級」間の闘争は,国家権力による制度の裏付けなしにはうまく機能しない、と論じた。その論にヅェーバー・住谷の洞察を重ねるならば、第1に言えることは、自己分解していく「小ブルジョア的商品生産者層」を「国内市場」へ統合するためにアメリカ国民国家が必要であるということ、つまり、「グローバリゼーション」が「小ブルジョア的商品生産者層」・中下層市民が拠るべき国民国家アメリカから疎外し、放り出された不安と怒りを蓄積してきた、ということである。第2は、1960~70年代の「対抗文化運動」から続く表出主義を「小ブルジョア的商品生産者層」の「反マモン的な非合理的なパトス」(節制・規律・勤勉・誠実・純潔などの徳目)の裏切とする、怒りの高まりである。
〈利潤の極大化〉をむき出し追求してきた先進資本主義国、とりわけアメリカ資本主義は,植民地なき〈帝国〉アメリカの「寄生性・腐朽性」に甘んじて、ドイツ・日本・中国・インドなどの生産力に圧倒され、アメリカ「支配階級の頚廃」と「労働の質の低下」とがら国内での〈限界なき拡大生産〉が不可能になった。『ジャパン・アズ・ナンバーワン:アメリカヘの教訓』(1979)や『美徳なき時代』、『アメリカ・マインドの終焉』(1987)が上梓されてベストセラーになったのも、体制側の危機感を反映していたからである。それでもあくまで〈利潤の極大化〉を追求する反リベラル・エスタブリシュメントつまり〈財界と経済エリート〉は、新自由主義政策によって過去150年かけて獲得してきた労働者の権利と市民への福祉政策(富の再分配)を取り上げ、ドルを増刷する金融資本主義政策によって中下層の富を収奪し、その膨大な負債を未来の世代に課してきた。国外に向かっては、アメリカ第一主義(America First)の国是によって、メキシコとカナダの富を長期に収奪するNAFTAを締結したように、アメリカ巨大多国籍企業は、途上国と先進国を問わず広く世界から富を収奪し、その富を〈財界と経済エリート〉が独占してきた。
2016年アメリカ大統領選挙は、新植民地主義・〈帝国〉アメリカの「寄生性・腐朽性」と、〈財界と経済エリート〉が強行してきた新自由主義とカジノ的金融資本主義とグローバリゼーションのあまりの成功、その「繁栄」が途方もない貧富の格差を拡大しながら「過剰貨幣資本」を累積し、〈利潤の極大化〉の否定でもある「市民権」・民主主義つまりアメリカ・アイデンティーの抑圧を反映していた。言い換えれば、現代資本主義の終焉とアメリカ民主主義の脆弱を自証した。
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生ちゃんのレミゼの博多公演
音声入力が少ない
なぜ、音声入力が少ないのか。どうしても、未唯空間全体の話になってしまう。哲学的思想、といってもたかがしれてしまう。
もっと、日常的なもの、記事に対するものなどで心に引っかかれたものを書きとめないと、それが深いものになれば、池田晶子の「考える日々」のようにしていきたい。宇宙の旅人としての世界観が感じられるように。
サイゼリアのステーキ
サイゼリアでステーキって、こんなに固いものだと思い知らされます。
生ちゃんのレミゼの博多公演
レミゼの博多公演は15500円です。インターネット発売は6/10だけど、生ちゃん分は今日から抽選販売です。
帝国劇場は売り切れているので、博多まで行く人もいるんでしょう。いくら掛るのか。最期に名古屋公演が控えている。交通費は2千円で済みます。まだ、売り出していない。だけど、コゼットって、どのくらい出てくるのかな。
博多は8/1~29の公演で、フルで一日2回もかなりあります。トリプルキャストだから、可能なんでしょう。
生ちゃんの分は後半の2週間みたいです。前半は乃木坂の全ツに出たりするのかな。例年の8月末のファイナルも可能だけど、身体が持つのかな。生ちゃんのいないのは耐えられないでしょう。
OCR化した本の感想
『環境経営とイノベーション』
ビジネスチャンスとしての水素社会と分散型発電
水素とその製造方法、エネファームと燃料電池自動車の開発と普及、水素の輸送と貯蔵、スマートコミュニティとしての水素タウン
これからインフラを国策民営で作って、何を儲けようとしているのか。リモコンで爆発できるテロの道具になるかもしれないものを地域インフラにできるのか。そういう議論が為されない。
『王妃たちの最期の日々』
クレオパトラの時代はヘレニズムの最期の時代だった。クレオパトラはアレキサンドリアに住んでいた。だから、アレキサンドリアはローマ軍に攻められ、アレキサンドリア図書館は焼失した。
図書館が潰滅したのは、30年後に生まれたキリストによって、一神教が生まれ、多神教のシンボルとして、攻撃されたため。
『現代資本主義の終焉とアメリカ民主主義』
チョムスキーの本をヘルシンキ大学図書館の螺旋階段を上がった最上階で見つけた。全体を見渡すような所に飾ってあった。何となく、自由の意味を感じた。
元老院のところで、ガイドにこの近くの図書館と聞いたら、旧市立図書館と現市立図書館とヘルシンキ大学図書館を教えてくれた。元老院の横にありました。早速、入ってみました。
なぜ、音声入力が少ないのか。どうしても、未唯空間全体の話になってしまう。哲学的思想、といってもたかがしれてしまう。
もっと、日常的なもの、記事に対するものなどで心に引っかかれたものを書きとめないと、それが深いものになれば、池田晶子の「考える日々」のようにしていきたい。宇宙の旅人としての世界観が感じられるように。
サイゼリアのステーキ
サイゼリアでステーキって、こんなに固いものだと思い知らされます。
生ちゃんのレミゼの博多公演
レミゼの博多公演は15500円です。インターネット発売は6/10だけど、生ちゃん分は今日から抽選販売です。
帝国劇場は売り切れているので、博多まで行く人もいるんでしょう。いくら掛るのか。最期に名古屋公演が控えている。交通費は2千円で済みます。まだ、売り出していない。だけど、コゼットって、どのくらい出てくるのかな。
博多は8/1~29の公演で、フルで一日2回もかなりあります。トリプルキャストだから、可能なんでしょう。
生ちゃんの分は後半の2週間みたいです。前半は乃木坂の全ツに出たりするのかな。例年の8月末のファイナルも可能だけど、身体が持つのかな。生ちゃんのいないのは耐えられないでしょう。
OCR化した本の感想
『環境経営とイノベーション』
ビジネスチャンスとしての水素社会と分散型発電
水素とその製造方法、エネファームと燃料電池自動車の開発と普及、水素の輸送と貯蔵、スマートコミュニティとしての水素タウン
これからインフラを国策民営で作って、何を儲けようとしているのか。リモコンで爆発できるテロの道具になるかもしれないものを地域インフラにできるのか。そういう議論が為されない。
『王妃たちの最期の日々』
クレオパトラの時代はヘレニズムの最期の時代だった。クレオパトラはアレキサンドリアに住んでいた。だから、アレキサンドリアはローマ軍に攻められ、アレキサンドリア図書館は焼失した。
図書館が潰滅したのは、30年後に生まれたキリストによって、一神教が生まれ、多神教のシンボルとして、攻撃されたため。
『現代資本主義の終焉とアメリカ民主主義』
チョムスキーの本をヘルシンキ大学図書館の螺旋階段を上がった最上階で見つけた。全体を見渡すような所に飾ってあった。何となく、自由の意味を感じた。
元老院のところで、ガイドにこの近くの図書館と聞いたら、旧市立図書館と現市立図書館とヘルシンキ大学図書館を教えてくれた。元老院の横にありました。早速、入ってみました。
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