未唯への手紙
未唯への手紙
歴史編の見直しに着手
歴史編の見直しに着手
歴史編に着手したが、本当に難しい。歴史を知るとはどういうこと。だけど、歴史を知らないと全てを知ることはできない。
人間が見たものという幻想、もっとはるか昔、宇宙の果てまで歴史がつながる。歴史から人間を見ていく。私を見ていくしかない。こちらから見ているつもりでいるけど。
結論から見ていくとどうなるか。歴史の根底から変わると言うことだけど、それはあくまでも人類のことに過ぎない。<今>というものが捉えにくい。私がいるから<今>がある。それを今から考える。これを突破しないと、全てを知ることにはなり得ない。
4.1「民主主義」
なぜ、最初に「民主主義」なのか。私は全体主義から歴史に入り込んだ。全体主義が民主主義の先にあるもので、1つのカタチであることに気付いた。
20世紀の出来事で目立つのは、世界大戦です。それは民主主義と大きく関係します。民主主義の自由に対して、平等という観点から生まれてきたのが、全体主義であり、共産主義である。それらは国という単位で行なわれてきた。それによって、失敗した。
4.2「国民国家」
そこから、「国民国家」へ入っていく。ここでは地域と国との関係です。個人にまで至っていません。そして、自由への道、国家での自由です。自由の拡大、国民全てを対象にした自由、それはありえない。自由って何?
国民国家の大きな流れ、グローバル化と多様化に迫られている。
4.3「歴史認識」4.4「歴史の流れ」
そこから、「歴史認識」「歴史の流れ」へいくのだが、この飛躍について行っていない。それぞれの単位は4つで1つではなく、関係づけずに、各単元で深さを持たせます。それぞれのベクトルを探しましょう。
そうなると、「分化と統合」、「意思の力」「存在の力」のような決めつけた概念はしっくりこない。これらは他のジャンルに任せておけばいい。歴史は大きく見えるようにしよう。この時空間の拡がりと私との関係になるのだから。
これらは他のジャンルに任せておけばいい。歴史は大きく見えるようにしよう。この時空間の拡がりと私との関係になるのだから。歴史編は歴史哲学の影響で、国とか地域という単位で考えてきたが、国民と超国家の両方向に拡げていく。
4.5「未来のカタチ」
そのキッカケは「未来のカタチ」であり、その時に情報共有が変化の最大の要因である。
個人の歴史に対して、どういう役割を果たすのも、「歴史哲学」は過去からのまとめです。未来に向けた一つの方向になる。それを「分化と統合」にするのではなく、「自由と平等」にした方が分かりやすい。
4.7「タテの循環」
「タテの循環」は最期の答のための準備です。ちょっと先走りすぎている。もっと、個人の領域に立ち入らないといけない。超国家と個人の両方向に持って行くために。
歴史編の参考資料
未唯宇宙から見ても分かるように、歴史編が一番参考資料が多い。私への報告資料です。
色々な観点から、様々なことを述べています。今、起こっている詳細なことも、ウィトゲンシュタインでさえ、自分の戦争のことも、自分の心のことも書いている。
歴史はそういう多くの事実の集合ではない。別物です。多ければ多いほど、シンプルになっていく。部品表の考え方と一緒です。
一番の束縛は家族意識
「歴史意識」の意識って何のこと。民族意識、宗教意識、社会意識、そして、国民意識。これはまとまっている単位?
徳川の家臣も藩という意識と宗教意識に迷っていた。一人の人間が色々な意識を持てる。それが本来の自由。これが全体から見た時の括り方。
個人から見た分化、そんなカタチになる。どこに属するかを自分で決めればいい。それを強制的にやらせる。生まれて来た時の自由から、そういう束縛を受ける。一番の束縛は家族意識でしょう。
ここに干渉が出てくる。これは皆、同一ではない。市民がいて、地域があって、国家があり、超国家がある。上の二つがない場合もある。これらをどのようにバランスを取っていくのか。家族ではなく、地域のまとまりとして。
4.3.4「歴史の歴史」
「歴史の歴史」で歴史をどう見ていくのかのファクターを出していく。
連続なのか、非連続なのか、偶然にそうなったのか、それに対する反発なのか、偶然の結果から選択されたのか。そして、地政学のような仮説。だけど、歴史は変わる。
歴史という見方からコミュニティを観ていく。乃木坂もそういう観点の先にある。コミュニティから未来を作ろうとしている。
歴史のアナロジー
歴史のアナロジーはなるべく使わないようにしよう。同じ状況で同じことが起こることはない。特に私が存在する社会では、様相は異なる。
歴史は私に何を見せようとしているのか。<今>、ここから考える。
「分化と統合」を歴史から見る
分化と統合を歴史から見たらどうなる。つまり、底辺からの再構成。
今までは、地域と国との関係でしかなかったものが、国民と超国家が加わり、それらが土台を支えるために、底辺から変えていく。
個人から動かす世界
単なる民主主義ではダメです。すぐに全体主義に変わってしまう。個人から動かしていく世界。一人ひとりの役割を歴史的に果たしていく世界。
歴史の書き方
あたかも本を書くように歴史を書きましょう。
歴史哲学では変化の流れを書きましょう。ヘーゲルで自由を求めてきたのがどうなっているのか。
社会不適合に対して、逆「深川大作戦」
乃木坂には逆「深川大作戦」という武器がある。社会不適合なものに対抗していく。
歴史編に着手したが、本当に難しい。歴史を知るとはどういうこと。だけど、歴史を知らないと全てを知ることはできない。
人間が見たものという幻想、もっとはるか昔、宇宙の果てまで歴史がつながる。歴史から人間を見ていく。私を見ていくしかない。こちらから見ているつもりでいるけど。
結論から見ていくとどうなるか。歴史の根底から変わると言うことだけど、それはあくまでも人類のことに過ぎない。<今>というものが捉えにくい。私がいるから<今>がある。それを今から考える。これを突破しないと、全てを知ることにはなり得ない。
4.1「民主主義」
なぜ、最初に「民主主義」なのか。私は全体主義から歴史に入り込んだ。全体主義が民主主義の先にあるもので、1つのカタチであることに気付いた。
20世紀の出来事で目立つのは、世界大戦です。それは民主主義と大きく関係します。民主主義の自由に対して、平等という観点から生まれてきたのが、全体主義であり、共産主義である。それらは国という単位で行なわれてきた。それによって、失敗した。
4.2「国民国家」
そこから、「国民国家」へ入っていく。ここでは地域と国との関係です。個人にまで至っていません。そして、自由への道、国家での自由です。自由の拡大、国民全てを対象にした自由、それはありえない。自由って何?
国民国家の大きな流れ、グローバル化と多様化に迫られている。
4.3「歴史認識」4.4「歴史の流れ」
そこから、「歴史認識」「歴史の流れ」へいくのだが、この飛躍について行っていない。それぞれの単位は4つで1つではなく、関係づけずに、各単元で深さを持たせます。それぞれのベクトルを探しましょう。
そうなると、「分化と統合」、「意思の力」「存在の力」のような決めつけた概念はしっくりこない。これらは他のジャンルに任せておけばいい。歴史は大きく見えるようにしよう。この時空間の拡がりと私との関係になるのだから。
これらは他のジャンルに任せておけばいい。歴史は大きく見えるようにしよう。この時空間の拡がりと私との関係になるのだから。歴史編は歴史哲学の影響で、国とか地域という単位で考えてきたが、国民と超国家の両方向に拡げていく。
4.5「未来のカタチ」
そのキッカケは「未来のカタチ」であり、その時に情報共有が変化の最大の要因である。
個人の歴史に対して、どういう役割を果たすのも、「歴史哲学」は過去からのまとめです。未来に向けた一つの方向になる。それを「分化と統合」にするのではなく、「自由と平等」にした方が分かりやすい。
4.7「タテの循環」
「タテの循環」は最期の答のための準備です。ちょっと先走りすぎている。もっと、個人の領域に立ち入らないといけない。超国家と個人の両方向に持って行くために。
歴史編の参考資料
未唯宇宙から見ても分かるように、歴史編が一番参考資料が多い。私への報告資料です。
色々な観点から、様々なことを述べています。今、起こっている詳細なことも、ウィトゲンシュタインでさえ、自分の戦争のことも、自分の心のことも書いている。
歴史はそういう多くの事実の集合ではない。別物です。多ければ多いほど、シンプルになっていく。部品表の考え方と一緒です。
一番の束縛は家族意識
「歴史意識」の意識って何のこと。民族意識、宗教意識、社会意識、そして、国民意識。これはまとまっている単位?
徳川の家臣も藩という意識と宗教意識に迷っていた。一人の人間が色々な意識を持てる。それが本来の自由。これが全体から見た時の括り方。
個人から見た分化、そんなカタチになる。どこに属するかを自分で決めればいい。それを強制的にやらせる。生まれて来た時の自由から、そういう束縛を受ける。一番の束縛は家族意識でしょう。
ここに干渉が出てくる。これは皆、同一ではない。市民がいて、地域があって、国家があり、超国家がある。上の二つがない場合もある。これらをどのようにバランスを取っていくのか。家族ではなく、地域のまとまりとして。
4.3.4「歴史の歴史」
「歴史の歴史」で歴史をどう見ていくのかのファクターを出していく。
連続なのか、非連続なのか、偶然にそうなったのか、それに対する反発なのか、偶然の結果から選択されたのか。そして、地政学のような仮説。だけど、歴史は変わる。
歴史という見方からコミュニティを観ていく。乃木坂もそういう観点の先にある。コミュニティから未来を作ろうとしている。
歴史のアナロジー
歴史のアナロジーはなるべく使わないようにしよう。同じ状況で同じことが起こることはない。特に私が存在する社会では、様相は異なる。
歴史は私に何を見せようとしているのか。<今>、ここから考える。
「分化と統合」を歴史から見る
分化と統合を歴史から見たらどうなる。つまり、底辺からの再構成。
今までは、地域と国との関係でしかなかったものが、国民と超国家が加わり、それらが土台を支えるために、底辺から変えていく。
個人から動かす世界
単なる民主主義ではダメです。すぐに全体主義に変わってしまう。個人から動かしていく世界。一人ひとりの役割を歴史的に果たしていく世界。
歴史の書き方
あたかも本を書くように歴史を書きましょう。
歴史哲学では変化の流れを書きましょう。ヘーゲルで自由を求めてきたのがどうなっているのか。
社会不適合に対して、逆「深川大作戦」
乃木坂には逆「深川大作戦」という武器がある。社会不適合なものに対抗していく。
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