古稀の青春・喜寿傘寿の青春

「青春は人生のある時期でなく心の持ち方である。
信念とともに若く疑惑とともに老いる」を座右の銘に書き続けます。

「後期高齢者医療」について思う

2008-05-16 | 経済と世相
「後期高齢者医療」について思うことです。

保険というものは、リスクの高い人と低い人を一緒にすることで、リスクの分散を図るものです。人は高齢者になるほど、病気になりやすい。その病気になりやすい人だけ集めた保険は保険にならない。自動車保険で、運転未熟で事故を起こしやすいドライバーばかり集めて、自動車保険がなりたつでしょうか?

 そう思ったら、この制度の名前は「後期高齢者医療制度」であって、「医療保険」という名前は使っていなかった!(以前、私は「後期高齢者医療保険」と書きましたが私のミスです)。役人は、これが保険にならないということは、とっくに承知のことでした。

 ですから、これは日本の誇る国民皆保険から75歳以上の人を放り出す試みです。

 何故そうする必要があるのか?

 確かに高齢者の医療費は高いが、1999年からの老人医療費はずっと11兆円台で、実は増えていない(文芸春秋6月号、堀内光雄氏)。

 私が問題と思うのは、大きく分けて二つです。

 一つは、この制度で「日本の家族制度を破壊するのか!」。

もう一つは、これほど重要な問題を、国会の委員会で強行採決し、ろくな審議もせず、可決したことです。

 前者について。

 子どもの扶養家族になっている親に「お父さんは後期高齢者なので、扶養家族から外れました。今後は自分で保険料を払ってください」、さらには、夫婦の間でも、夫が75歳になり妻がそれより若ければ、夫だけが新制度になり、妻は一人で国保に入らねばならない。妻に新たな保険料負担が発生する。

 これは、日本古来の家族制度を破壊するものです。健康保険の赤字という、たかが金の問題のため、家族という社会の基本を壊してしまう暴挙です。


 更に、国保と切り離したために、今まで受けていた医療サービスが受けられないケースも出てくる。たとえば、名古屋市の健保では、70歳以上の高齢者は年1回、無料で健康診断を受けられたが、この費用は名古屋市の国保が負担してきた。ところが75歳以上は健保ではないとなると、しかも運営が名古屋市でなく広域連合というものになってしまうそうだから、負担がなくなって、有料になってしまう。(つづく)