古稀の青春・喜寿傘寿の青春

「青春は人生のある時期でなく心の持ち方である。
信念とともに若く疑惑とともに老いる」を座右の銘に書き続けます。

ASEANに米軍基地はない!

2013-04-17 | 経済と世相
安倍総理は、憲法改正に熱心らしい。とりあえず96条を改正したいようだ。その後、9条の改正を狙うというとのこと。私も9条は改正したい。私の9条改正案は、現状の条文はそのまま残し、以下の第3項を追加する。
「三 また外国軍隊の駐留を認めず、外国軍基地の設置も認めない。」
 そんな憲法の例はあるの?それがあるのです。フィリピンの憲法です。
(アキノ政権下)憲法起草委員会は「外国軍基地の原則禁止」を条文に書き込むことを決めた。
 具体的には、米国との間で結ばれていた米比基地協定が1991年9月17日に期限切れを迎えたあとは、新条約を結ばなければ外国軍基地をフィリピン国内におくことはできないとした。そして、新条約の承認には「上院議員の3分の2以上の同意と「議会が要求する場合は国民投票」が必要という厳しい規定を盛り込んだ。さらに新憲法は「非核政策を採用、追求する」と規定し、領土内での核兵器の貯蔵または設置を禁止しました。
 米国とフィリピンとの間の基地問題をめぐる予備交渉は90年5月から本格化した。交渉はフィリピン側はラウル・マングラプス外相(当時)が団長、米国側団長はリチャード・アーミテージ氏でした。
 交渉は、憲法の規定にのっとり、1947年に結ばれた米比基地協定の終了をフィリピン側が米国側に通告することから始まった。憲法上当然です。一方、マルコス政権下で結ばれた「ラモス・ラスク協定」では91年9月16日まで基地協定は存続する」。フィリピン側は、フィリピン国内の6ヶ所の米軍基地・施設のうち5ヵ所を返還させ、スービック海軍基地のみ当面継続使用を認めるという妥協案を示した。
 アーミテージ氏は烈火のごとく怒った(『こうして米軍基地は撤去された!』松宮敏樹著)。
交渉が続く中、91年6月にピナトボ火山の大噴火。噴火から1ヶ月もしない7月にフィリピンを訪れたアーミテージ氏は、あっさりクラ-ク空軍基地の一方的撤収を伝えた。フィリピン人被災者の救援活動もほとんどやらず、火山灰で使えなくなった基地をあっけなく放棄した。ただし、スービック海軍基地の継続使用は要求し続けた。・・・92年11月までにすべての米軍基地はフィリピンから撤退した。・・・基地撤退後も日米安保条約に似た米比相互防衛条約は、そのまま存続している。1992年にフィリピンから米軍が撤退して以降、ASEAN(東南アジヤ諸国連合)加盟国内に外国軍基地は存在しません。
 ASEAN加盟の10か国内には、現在、米軍基地はありません。フィリピンと米国の間には「米比相互防衛条約」という二国間の安全保障条約があります。また、タイやシンガポールの軍も米軍とは合同演習を定期的におこなっています。しかし、ASEANという地域連合としては非同盟の原則を貫き、軍事力でなく、外交で紛争を回避する知恵を積み重ねてきました。
ASEANの外国軍基地のない国、
 国名を挙げておきます。タイ、フィリピン、マレーシヤ、インドネシヤ、シンガポール、ブルネイ、ヴェトナム、ミャンマー、ラオス、カンボジヤの10ヶ国です。
 これらの国々が基地なしにできるのになぜ日本ができないのか、我々は考えてみる必要があります。
 もう一つ、非核政策について。
 1980年代にニュージーランドが、核を積んでいる米軍艦船については寄港を禁止すると決めています。日本ではよく知られているとおり、アメリカは自国の艦船の核兵器搭載については、「肯定も否定もしない」という原則を掲げている。
 ニュージーランドはどうか。
「核を積んでいるとも、積んでいないとも言わないのなら、ニュージーランドの港には入れない」とやった。
 以上は『日米地位協定入門』を参考にしました。

最新の画像もっと見る