古稀の青春・喜寿傘寿の青春

「青春は人生のある時期でなく心の持ち方である。
信念とともに若く疑惑とともに老いる」を座右の銘に書き続けます。

新聞記者 司馬遼太郎

2015-06-30 | 読書
『新聞記者 司馬遼太郎』(文春文庫)という面白い本が2年前刊行された。面白い本である。こんな面白い本が、出たことを最近までしらなかったのは、私としては迂闊であった。
新聞記者 福田定一氏が作家司馬瞭太郎になる前のエピソードを編めた本で、著者は産経新聞。どのように面白いか、以下一部引用する。
「私の愛妻記」という司馬のエッセイがある。
<―――あのな。
と、私が、われわれの生涯でもっとも重要なことを発言しかけたのは、真夏の夕暮れであったようにおぼえている。
 場所は、当時私のいた新聞社の近くの、桜橋という市電の停留所であった。われわれは大勢の人と一緒に、安全地帯で市電を待っていた。
「あのな、あんた。つまり、僕の嫁はんになる気はないやろな」
そんな意味のことを、この時私は、折り目正しい標準語で話しかけたつもりであった。しかし、場所が悪かった。まだ陽が落ち切っておらず、あたりが明るすぎた。
「えっ?」
というように顔を上げたのは、群衆の方である。私の声が大きすぎた。
みな、私の方を見てしまっている。
どの視線もにやにやしていて、好奇心に満ちきっていた。しかもその視線どもは、いったん私を見てからゆっくりと動いて、私と一緒に立っている女性の顔に釘付けになった。
―――相手はこいつかい。
というわけであろう。
が、次の瞬間、私にとってひどく不幸なことが起こった。
その女性は、プイと横をむいたまま、素知らぬ顔をしたのである。ただ、顔が真っ赤だったために、この劇中の主要人物を彼女がつとめていることが、誰の目にもわかった。
「おい、おい」
私はことの勢いで、さらに言葉をかけずにいられなかった。しかし、彼女は、横を向いたままである。
私こそ、いい面の皮であった。みな、暑気で頭をたられた男が、ひとりごとを言っているとしかおもわなかったろう。
やっと、市電が来た。
私どもは、真っ赤になって乗り込んだ。
――場所がねと、彼女は後でいった。
―――わるかったのよ。
どっちが恥をかかせたことになるかはしらないが、彼女はそう答えた。それがまぁ、求婚の受諾であった。>
司馬遼フアンにはおすすめの本です。