古稀の青春・喜寿傘寿の青春

「青春は人生のある時期でなく心の持ち方である。
信念とともに若く疑惑とともに老いる」を座右の銘に書き続けます。

小さな建築と建築の単位

2015-03-18 | 読書
『小さな建築』(岩波新書、隈研吾著、2013年1月)という面白い本を読みました。以下、同書からの面白い記事の紹介です。
「中銀マンション」という建物をご存知でしょうか。
新幹線で上京すると、東京駅に近づくと右手に銀座のこのビルが見えるようになりました。私の現役時代、出張のたびにこの建物が見えてくると「トーチャク!」と思ったものです。その意味で懐かしい建物、黒川紀章さんが設計したビルです。
この建築について、隈はこう語っていました。
【黒川は1959年にスタートしたメタボリズム運動のリーダーだった。メタボリズムとは新陳代謝のことで、建築もまた一度つくったら最後、古びて腐っていくだけの20世紀的あり方はとても不合理であり、生物のように新陳代謝を繰り返すことで、世の中の激しい変化に対応しようというのが、メタボリズムの基本思想であった。僕が小学生の時、黒川がテレビでメタボリズムについて語っていた姿が目に浮かぶ。彼は、コンクリートの建築をクレーンにつるした鉄球を使って解体する工事現場から、ヘルメットをかぶって颯爽とした姿で語りかけていた。
 黒川が新橋に設計し1972年に竣工した中銀(なかぎん)マンションは、大きな幹の周りに小さな居住用カプセルが無数にとりついたような構成で、時代の変化とともにカプセルだけを取り換えていけばいいというのが、黒川の提案だった。
ところが黒川の思いとは異なり、中銀マンションは一度もカプセルが取り換えられたことはなかった。カプセルそのものが時代遅れになるよりも、中心の太い幹自体の配管配線がダメになる方が早かった。小さいカプセルだけ交換すると黒川はいったが、あれだけの大きさのカプセルをクレーンで取り替えること自体、物理的・経済的に不可能であった。中銀マンションの終わり方は普通のコンクリート建築以上に惨めだった。
 生物学者の福岡伸一とメタボリズムについて話したことがあった。メタボリストたちが代謝の単位と設定したカプセル自体が、新陳代謝の単位としては大きすぎたというのが福岡の説である。カプセルの大きさは、生物で例えれば臓器程度で、臓器が具合悪くなったからと言って臓器を取り換える生物はいない。だから中銀マンションのカプセルは、一度も取り換えずに、朽ちるしかなかった。小さな細胞単位で、日々刻々と新陳代謝を行うことで、生物は環境に対応する。メタボリズムは臓器論、機械論時代のロジックから抜け出せず、「大きさ」に対するセンスが欠けていたという結論に福岡と僕は達した。
 中銀マンションのカプセルが一度も交換されなかったことについて、黒川は自分なりに思うところがあったかどうかどうかはわからない。1980年代以降、彼は建築の新陳代謝を唱えることはなくなり、生物らしさとは曲面形態だと論を展開していった。曲面曲線を多用したやわらかい建築が「生物の時代」の建築というわけだが、新築代謝を本気で唱えていたクレージーな黒川の方が、僕には面白い存在であった。】
「小さな建築」の意味と建築の単位について隈は、こうも述べている。
木造建築は、あらゆる意味において、木材と言う自然素材の制約下にあり、長さ3m前後以上のおのは手に入りにくい。自然という絶対条件が制約になっている。しかしその制約のおかげで、木造建築はヒューマンなスケールを獲得することができた。高さも二階建て以下に自動的に抑えられた。「小さな建築」しか建てられなかった。
 自然は建築を小さくし、人間の知能は建築を大きくしようとする。その自然という制約が、東京と言う都市を世界でもまれな美しい都市としていた。たぐいまれな高密度都市であるにもかかわらず、東京は木のおかげで、美しくあたたかく。やわらかった。木と言う制約が、この都市の美しい暮らしを支えていた。
 20世紀前半の世界はシステムを大きくすることに血眼になっていた。しかし20世紀後半、「大きなシステム」、「大きな建築」が人間を少しも幸せにしないことに人は気づき始めた。
 たとえば情報の世界において、60年代には、メインフレームと呼ばれる高価で大型のコンピュータを、複数の人で共有するのが一般的であった。1970年、「パソコンの父」と呼ばれるアラン・ケイが最初のパソコンと呼ばれる「ダイナブック」を開発、スチーブ・ジョブスはAppule1を販売し大成功、コンピュータを「大きな機械」から「小さな機械」へと完全に転換させた。空間において「小さな機械=小さな建築」とは何か。 大きな建築」をただ縮小しても「小さな建築」にはならない。
「小さな建築」とは「小さな単位」を見つけることだ。全体の小ささでなく、単位の小ささである。単位が大きすぎたり、重すぎると、人間の手に負えない。
 建築の単位の例を建築史に探すと煉瓦がある。 確かにレンガは体がハンドルしやすい大きさであった。しかし、自由に重さを変えられるレンガがあったらどんなに便利か、ある日、道路工事の現場のポリタンクを見てひらめいた。ポリタンクに水を出し入れして重さを調整すれば「重さの変わるレンガ」(ウオーターブロック)になる。
 日本の伝統的建築の基本も、「取り返しのつく」(やり直しができる)ジョイントシステムであった。釘や糊を使わず柱や梁などの部材と部材を組み合わせるジョイントシステムが、日本では高度に発達した。凸と凹を組み合わせたジョイントは印籠と呼ばれた。
 ウオーターブロックにこのジョイントシステムを加えたシステムが、2004年のパシフィコ横浜で登場した。更に2007年ミラノのサローネの仮設ブースにくみ上げられた。その後、ウオーターブロックは高知の山奥竜馬脱藩の街道沿いの檮原に出張し古民家のリフォームに使われた。ウオーターブロックに詰められた水は、檮原の人の自慢。なにしろ仁保日の清流四万十の源流なのだ。