古稀の青春・喜寿傘寿の青春

「青春は人生のある時期でなく心の持ち方である。
信念とともに若く疑惑とともに老いる」を座右の銘に書き続けます。

エピジェネテイクス

2014-09-02 | 読書
 『エピジェネテイクス』という言葉をご存じですか。
1944年の冬、オランダは記録的な寒さに見舞われた。時は第二次世界大戦末期、ドイツ軍による食糧封鎖が重なった。その結果、オランダ西部の住民は、1日あたり1000kカロリーしか摂取できないという飢餓常態に陥り、2万人以上がなくなった。
『ローマの休日』のオードリー・ヘップバーンもこの飢餓を経験し、ほんとうのところはわからないが、彼女がきゃしゃな体系で健康に恵まれなかったのは、この飢餓の影響と考える人もいる。
 その飢餓のさなかに妊娠している女性もたくさんいた。赤ちゃんがお母さんのおなかの中にいる期間はおよそ9か月、胎生前期、胎生中期、胎生後期に分けることができる。体制後期に飢餓を経験した赤ちゃんの出生時の体重は極度に低かった。そして十分に栄養が摂れるようになってからも、小さく病弱な子が多かった。
 それに対して、胎生前期に飢餓を経験した赤ちゃんは、中期・後期に成長が追いつき、おおむね正常な体重で生まれた。しかし、気がから半世紀経ち詳細な疫学的解析が行われ、驚くべきことがわかった。胎生前期に飢餓を経験した人は、高血圧、心筋梗塞、2型糖尿病などといった生活習慣病の羅漢率が高かった。更に統合失調症などにかかる率も高い。
 どう考えても不思議だ。生まれる前に置かれた環境が60年も経ってから健康に影響するという。パーカーという英国の疫学者が、(戦時下でなく)平時であっても、胎児期の環境がのちの健康状態に影響すると報告した。
 パーカーは、生まれた時の体重と、半世紀たち中年になってからの疾患との関係につき疫学調査を行った。その結果、生まれた時の体重が低いほど、高血圧や糖尿病といった生活習慣病のリスクが高いというのだ。
 この現象は、胎児期に十分な栄養がなかった場合、できるだけ栄養を摂り込むように「適応」してしまったからと、解釈される。
 これらの現象を理解するには、何らかの形で、何十年にも及ぶ「記憶」が体に刻み込まれていたと考えるしかない。そのような長期間にわたって細胞の中に安定的に維持されるものとは何か。
 遺伝?受精後の環境により決定されるものだから、遺伝ではない。
 DNAの突然変異?栄養状態が悪いからと言って、DNAに突然変異が起きることはあり得ない。
 遺伝でも、DNAの突然変異でもなく、細胞における何かが書き換えられ長期間にわたって維持されるメカニズムがある。それがエピジェネテイクスである。
つまり、DNAの塩基配列の変化を伴わない上書き情報が存在し、それをエピジェネテイクスというのである。
 では、そのメカニズムはどんな仕組みでしょうか。一つは、ある遺伝子のDNAが高度にメチル化されると、その遺伝子の発現が不活性化され、その遺伝子がコードするタンパクが作られなくなる、というメカニズムのである。
 もう一つは、ヒストンの修飾。DNAの二本鎖は単独で折りたたまれて染色体を形作っているのではない。ヒストンというタンパクに巻き付いて折りたたまれている。総延長1.8mにも及ぶdNAの二本鎖が、わずか5マイクロメータ程度の直径しかない核の中にもつれず収納されるのは、ヒストンという「糸車」に巻き付いて、コンパクトに折りたたまれているからだ。ヒストンの役割は、単にDNAを折りたたむだけではなく、いろいろな酵素によって化学修飾を受けることで、転写を調節する。ある修飾を受けると転写が活性化され、別の修飾をうけると転写を抑制する。「エピ」は、「上書き」を意味し、「ジェネテイクス」は「遺伝」の意味です。
端的に言えば、「エピジェネテイクスとは、DNAメチル化とヒストン修飾による遺伝子発現制御機構」といえる。これは、動物だけでなく植物にもある。
 動物と植物のもっとも大きな以外は、自分で動き回るか、同じ場所にじっとしているか、で環境ストレスが与えられたとき、動物なら移動してかわすこともできる。植物はそうはいかない。自分では動けない植物にとって、エピジェネテイクスは、みずからを護るために利用する生き残り戦略の一つです。
実際、植物はエピジェネテイクスを味方につけ、遺伝子発現の状態を変えることで、塩濃度、草食動物による摂食、温度、低栄養状態、紫外線、冠水といった様々なストレスに耐えている。
セイヨウタンポポに、低栄養状態、塩濃度をじょうしょうさせるなどの刺激を与えるとDNAのメチル化状態に変化が生じる。おのタンポポの次の世代を、それらの刺激なしで育てても、親の世代で生じたDNAメチル化と同じ変化が認められたという報告がある。
 前世紀の終わりに、ヒトゲノムが解明されれば、われわれの体についてすべてのことがわかるのではないかと期待されていた。そして2000年6月、ヒトゲノムの解読が華々しく発表。
ゲノムの下書き版(ドラフトとも呼ばれる)は2000年に完成した。このアナウンスは2000年6月26日、ビル・クリントン米国大統領とトニー・ブレア英国首相によってなされた。これは予定より2年早い完成であった。完全・高品質なゲノムの完成に向けて作業が継続されて、2003年4月14日には完成版が公開された。そこにはヒトの全遺伝子の99%の配列が99.99%の正確さで含まれるとされている。
しかし、生命現象を理解するにはゲノム情報だけでは不十分であることも分かってきた。
「エピジェネテイクス」が解明されないと、身体のしくみは理解できないとぴうことになってきたというのです。
自然科学は、ある事柄がわかると、まだわかっていないことがいっぱいあるのだとわかるもののようです。ゲノムの解明は、ますます身体の不思議を増やしたようです。