『流通大変動』(伊藤元重著、NHK新書2014年1月刊)は面白い本です。
この本の面白さは、「はじめに」で筆者が述べている『本書は流通を素材とした書籍であるが、小売業や卸売業という流通に直接関わる企業だけでなく、不動産業界、貿易ビジネス、金融業など、多様な経済主体がかかわる現象に触れている。流通業で起きている変化は、日本経済の縮図であるのだ』という点。
流通を解説しながら、日本経済のこれまでとこれからを論じて、話題が豊富なのです。そのいくつかを紹介します。
【少子高齢化にともなって、日本国内の消費市場の成熟化が進んでいく。かつての日本経済のように、市場が急速に拡大している時代の商売のやり方は通用しなくなってきた。「成長しない市場でどうやって業績を上げていくのか」。この問いに答えるためにどのようなビジネスモデルを確立するのか。これが多くの産業、そして企業にとって急務の課題となっている。】
日本経済成長の最大の障壁は人口の減少であり、顧客が増えなければ、企業は顧客層を深堀しないといけない。顧客を深堀りするとは、リピーターを増やすという意味です。
【コンビニは、店舗を増やして拡大成長することから、(顧客データを活用して)顧客を深堀して成長していく段階に入ろうとしている。これはコンビニに限らずあらゆる小売業、さらには多くの消費財メーカーについていえることだ。】
【「市場が限られているとき安売りを追いかけて来るような客は、他の店が安売りをすれば最初に逃げていく客である。そんな客を真剣に追いかけても意味がない。それよりは、いま店に来ている客をリピーターにして、深堀りする努力をしたほうがいい。」】
顧客の深堀と並んで、もう一つは海外展開。
【少子高齢化によって縮小気味の国内市場。一方で、近隣のアジヤ諸国は高い成長を続けている。日本経済が活力を維持できるかどうかは、アジヤ諸国との間でヒト、モノ、カネなどのやりとりをいかに拡大させていくかにかかっている】
【国際経済学の標準的な考え方に、グラヴィテイ・モデルというものがある。
オランダの経済学者ヤン・テインバーゲンによって最初に提起された。グラヴィテイは引力で、距離が近いほどそして経済規模が大きいほど、二つの国の間の貿易額は大きくなる傾向があるという(テインバーゲンはその後、第1回ノーベル経済学賞を受賞した)。
日本と韓国の貿易額が、日本とイギリスの間の貿易額より大きい。(一方)韓国よりも日本から遠い距離にある米国のほうが日本との貿易額が大きいのは(明らかに)、米国経済が圧倒的に大きいからだ。
今後の日本経済の貿易を考えるとき、このグラヴィテイという考え方が非常に重要になる。今後ともアジヤ諸国が高い成長を続けていく限り、日本の輸出も輸入も増えていく。】
【アジヤ市場の成長を実感する(アジヤ経済を分析する)とき、どのデータを使うのか、気をつける必要がある。
たとえば中国を例にとれば、その経済規模であるGDPは、過去10年で約3倍になった。しかし、中間所得層と富裕層の数でみると、過去10年で8倍にも膨れ上がっている。
こうした動きは、中国だけでなく、アジヤ全域で起きている。過去10年でアジヤ各国の中間所得層以上の人の数は、およそ8億人増えている。そしてこれから10年でさらに10億に増えると予想される。】
(アジヤに販売を拡大するために必ずしも工場を海外移転する必要はない)
【広島県福山市にカイハラという日本を代表するデニムの生地を生産しているメーカーがある。聞くところでは、ユニクロで売っているジーンズはカイハラの生地を使っているようだ。
カイハラのようなメーカーは、自らがアジヤにでていかなくても、アジヤの市場を広げていくことができる。それはユニクロがあるからだ。】
日本の製造業について、
【グローバル化で日本のものづくりはどう変化していくのだろうか。もう20年近く前のことだが、この問いへの重要なヒントを見た気がしたことがある。
当時、背広など毛織物の製造や流通の現場を回っていた。愛知県一宮市は日本有数の毛織物の産地であった。地元でも有名な機屋(はたや;織物業者)の工場を案内してもらった。多品種少量を実現した見事な工場であった。迅速な段取り替えをして、実に効率的な生産をしているのだ。】
20年も前に、毛織物業界はトヨタ生産方式を導入していたのですね。
【しかし、それから数か月後、イタリヤのビネラという村でゼニアという毛織物の工場を見て、一宮で見た光景がまったく違って見えることになった。ビエラは小さな村であるが、世界的な毛織物の産地であり、ゼニアは高価な世界的な毛織物のブランドである。ゼニアの工場では、ゆったりとした環境の中でじっくりとものづくりをしていた。
なぜ、ゼニアはこんなにゆったりとした生産が可能なのか。答えは簡単だった。ゼニアの客は、欧州と北米とアジヤなどで、それぞれ3分の1ずつであるという。要するにグローバルな市場を相手に徹底した商品の絞り込みとそれなりの量の生産をしている。
日本の一宮ではこれができない。それは国内市場を相手にしているからだ。】
ユニクロのビジネスモデルも、徹底した品種の絞り込みで、ロットをまとめる(数量を増やす)。少品種多量で、かつアジヤの際立った低コストで生産していることがユニクロの強さである。
(ユニクロについては)【約1年前、東レのトップと雑誌で対談した。「新繊維が東レの中でもっとも利益率が高い。他の企業にはないような特徴のある糸について、ユニクロのような企業と戦略的互恵関係を結ぶことで大きな成功を遂げた」と言う。】
また、日本の流通業にネット販売がどう影響するかを論じた後、こう述べる。
【世界全体でコンピューター・サーバーが利用している電力量は、日本の電力使用量よりも多いそうだ。サーバーの電力使用量が多いのもさることながら、それだけ多くのサーバーが世界中で稼働しているということは驚きだ。
現在、サーバーに利用するハードデイスクは冷却するために大量の電気を利用する。また、サーバー内の情報のやりとりは電線を利用した電気信号で行われている。このハードデイスクに最新の半導体を利用することで、そして電気信号の代りに光ファイバーを利用した光通信を使うことで、サーバーの処理能力を大幅にアップして、かつ電力使用量を大幅に下げることができるという。
(今)たいへんな勢いでクラウド利用が拡大している。クラウドが急速に拡大しているのは、こうした多面的な技術革新の結果でもある。】
この本の面白さは、「はじめに」で筆者が述べている『本書は流通を素材とした書籍であるが、小売業や卸売業という流通に直接関わる企業だけでなく、不動産業界、貿易ビジネス、金融業など、多様な経済主体がかかわる現象に触れている。流通業で起きている変化は、日本経済の縮図であるのだ』という点。
流通を解説しながら、日本経済のこれまでとこれからを論じて、話題が豊富なのです。そのいくつかを紹介します。
【少子高齢化にともなって、日本国内の消費市場の成熟化が進んでいく。かつての日本経済のように、市場が急速に拡大している時代の商売のやり方は通用しなくなってきた。「成長しない市場でどうやって業績を上げていくのか」。この問いに答えるためにどのようなビジネスモデルを確立するのか。これが多くの産業、そして企業にとって急務の課題となっている。】
日本経済成長の最大の障壁は人口の減少であり、顧客が増えなければ、企業は顧客層を深堀しないといけない。顧客を深堀りするとは、リピーターを増やすという意味です。
【コンビニは、店舗を増やして拡大成長することから、(顧客データを活用して)顧客を深堀して成長していく段階に入ろうとしている。これはコンビニに限らずあらゆる小売業、さらには多くの消費財メーカーについていえることだ。】
【「市場が限られているとき安売りを追いかけて来るような客は、他の店が安売りをすれば最初に逃げていく客である。そんな客を真剣に追いかけても意味がない。それよりは、いま店に来ている客をリピーターにして、深堀りする努力をしたほうがいい。」】
顧客の深堀と並んで、もう一つは海外展開。
【少子高齢化によって縮小気味の国内市場。一方で、近隣のアジヤ諸国は高い成長を続けている。日本経済が活力を維持できるかどうかは、アジヤ諸国との間でヒト、モノ、カネなどのやりとりをいかに拡大させていくかにかかっている】
【国際経済学の標準的な考え方に、グラヴィテイ・モデルというものがある。
オランダの経済学者ヤン・テインバーゲンによって最初に提起された。グラヴィテイは引力で、距離が近いほどそして経済規模が大きいほど、二つの国の間の貿易額は大きくなる傾向があるという(テインバーゲンはその後、第1回ノーベル経済学賞を受賞した)。
日本と韓国の貿易額が、日本とイギリスの間の貿易額より大きい。(一方)韓国よりも日本から遠い距離にある米国のほうが日本との貿易額が大きいのは(明らかに)、米国経済が圧倒的に大きいからだ。
今後の日本経済の貿易を考えるとき、このグラヴィテイという考え方が非常に重要になる。今後ともアジヤ諸国が高い成長を続けていく限り、日本の輸出も輸入も増えていく。】
【アジヤ市場の成長を実感する(アジヤ経済を分析する)とき、どのデータを使うのか、気をつける必要がある。
たとえば中国を例にとれば、その経済規模であるGDPは、過去10年で約3倍になった。しかし、中間所得層と富裕層の数でみると、過去10年で8倍にも膨れ上がっている。
こうした動きは、中国だけでなく、アジヤ全域で起きている。過去10年でアジヤ各国の中間所得層以上の人の数は、およそ8億人増えている。そしてこれから10年でさらに10億に増えると予想される。】
(アジヤに販売を拡大するために必ずしも工場を海外移転する必要はない)
【広島県福山市にカイハラという日本を代表するデニムの生地を生産しているメーカーがある。聞くところでは、ユニクロで売っているジーンズはカイハラの生地を使っているようだ。
カイハラのようなメーカーは、自らがアジヤにでていかなくても、アジヤの市場を広げていくことができる。それはユニクロがあるからだ。】
日本の製造業について、
【グローバル化で日本のものづくりはどう変化していくのだろうか。もう20年近く前のことだが、この問いへの重要なヒントを見た気がしたことがある。
当時、背広など毛織物の製造や流通の現場を回っていた。愛知県一宮市は日本有数の毛織物の産地であった。地元でも有名な機屋(はたや;織物業者)の工場を案内してもらった。多品種少量を実現した見事な工場であった。迅速な段取り替えをして、実に効率的な生産をしているのだ。】
20年も前に、毛織物業界はトヨタ生産方式を導入していたのですね。
【しかし、それから数か月後、イタリヤのビネラという村でゼニアという毛織物の工場を見て、一宮で見た光景がまったく違って見えることになった。ビエラは小さな村であるが、世界的な毛織物の産地であり、ゼニアは高価な世界的な毛織物のブランドである。ゼニアの工場では、ゆったりとした環境の中でじっくりとものづくりをしていた。
なぜ、ゼニアはこんなにゆったりとした生産が可能なのか。答えは簡単だった。ゼニアの客は、欧州と北米とアジヤなどで、それぞれ3分の1ずつであるという。要するにグローバルな市場を相手に徹底した商品の絞り込みとそれなりの量の生産をしている。
日本の一宮ではこれができない。それは国内市場を相手にしているからだ。】
ユニクロのビジネスモデルも、徹底した品種の絞り込みで、ロットをまとめる(数量を増やす)。少品種多量で、かつアジヤの際立った低コストで生産していることがユニクロの強さである。
(ユニクロについては)【約1年前、東レのトップと雑誌で対談した。「新繊維が東レの中でもっとも利益率が高い。他の企業にはないような特徴のある糸について、ユニクロのような企業と戦略的互恵関係を結ぶことで大きな成功を遂げた」と言う。】
また、日本の流通業にネット販売がどう影響するかを論じた後、こう述べる。
【世界全体でコンピューター・サーバーが利用している電力量は、日本の電力使用量よりも多いそうだ。サーバーの電力使用量が多いのもさることながら、それだけ多くのサーバーが世界中で稼働しているということは驚きだ。
現在、サーバーに利用するハードデイスクは冷却するために大量の電気を利用する。また、サーバー内の情報のやりとりは電線を利用した電気信号で行われている。このハードデイスクに最新の半導体を利用することで、そして電気信号の代りに光ファイバーを利用した光通信を使うことで、サーバーの処理能力を大幅にアップして、かつ電力使用量を大幅に下げることができるという。
(今)たいへんな勢いでクラウド利用が拡大している。クラウドが急速に拡大しているのは、こうした多面的な技術革新の結果でもある。】