先週、いつものようにヤフー・ニュースを見ていると、いきなりゲイリー・ムーアの訃報が目に飛び込んできた。何でも睡眠中に心臓発作で亡くなったということらしいが、まだ58歳という若さである。私は彼の熱いギターが大好きだったのでめちゃくちゃショックだった。
そこでこのブログでも彼を追悼しようと思い、以前取り上げた超愛聴盤「アフター・ザ・ウォー」以外でどのレコードがエエかなぁと考えていた時にふと頭に浮かんだのがこのフェリー・エイドによる「レット・イット・ビー」だった。確かに彼の傑作と言えば真っ先に名前が挙がるのは多分「ワイルド・フロンティア」あたりだろうし、シン・リジィ時代の「ブラック・ローズ」という選択肢もあるだろう。しかしハードロックという狭いジャンルを超越して彼のギターの素晴らしさを万人に伝えるには、この「レット・イット・ビー」における入魂のソロをおいて他にないと思う。
これは1987年3月に188名もの犠牲者を出したフェリー沈没事故の遺族への義援金集めを目的としたチャリティー・シングルで、イギリスの有名な大衆紙 The Sun がスポンサーとなって、総勢80組のミュージシャンが参加したプロジェクトである。当時はバンド・エイドに始まり、USAフォー・アフリカ、ノーザン・ライツにサン・シティと、オールスター・チャリティーが一種のブームみたいになっていたのだが、コレは事故のわずか1週間後にレコーディングされたというから凄い。プロデュースは金太郎飴のような軽薄ダンス・ミュージックをタレ流して当時のUK音楽界を牛耳っていたストック・エイトキン&ウォーターマンだが、さすがに天下のビートルズ・ナンバーだけあって、いつもの SAW 臭さはない。
私が持っているのはカナダ盤の12インチ・シングルで、裏面に載っている参加ミュージシャンをチェックしてみると、知ってる名前はわずか13組しかない(>_<) そんな中でも圧倒的な存在感で私に強烈なインパクトを与えたのがケイト・ブッシュとゲイリー・ムーアの2人だった。ケイトの歌声がスルスルと滑り込んでくる瞬間なんてもう鳥肌モノで、彼女の登場によって場の空気感が一変したように感じられるのだ。さすがはスーパースター中のスーパースター、まぁ他の一発屋さん達とは格が違うということだろう。格が違うと言えば、出だしのポールの歌声はビートルズのマスターテープからヴォーカル部分だけを流用したものだ。
で、肝心のゲイリー・ムーアだが、まず1回目は1分47秒に登場、しっかりと “泣き” を入れた後、マーク・ノップラーへとバトンタッチ、2人で交互にソロを取るという形になっている。2回目の登場は2分13秒からで、マークの落ち着いた渋~いソロの後だけに余計に彼のエモーショナルなプレイが引き立つという按配だ。このあたり、聴けば聴くほど実に見事な対比の妙なのだが、それにしても “ワシにはコレしかないんや!” と言わんばかりに全身全霊を込め、聴く者の魂を激しく揺さぶるようなチョーキングが爆裂するこのギター・ソロはまさに圧巻の一言だ。3回目の登場は4分20秒あたりからで、聖歌隊も顔負けのゴスペル大会と化したコーラスを向こうに回し、エッジの効いたギター・サウンドで “俺はここにいるぞっ!” とばかりにしっかりと自己主張している。私見だが、彼の参加が無かったら、このレコードはパンチに欠けるというか、もっと味気ないものになっていただろう。ゲイリー・ムーア一世一代の名演だ。
泣きのチョーキング一発に命をかけた熱血ギタリスト、ゲイリー・ムーア。彼のプレイを聴いていると、音楽がただの音符の羅列ではなく、プレイヤーが楽器を通して心の声を表現しているのだということを痛感させられる。我々はまた一人偉大なるミュージシャンを失ってしまった。素晴らしい音楽をありがとう! R.I.P. Gary Moore.
ferry aid - let it be
そこでこのブログでも彼を追悼しようと思い、以前取り上げた超愛聴盤「アフター・ザ・ウォー」以外でどのレコードがエエかなぁと考えていた時にふと頭に浮かんだのがこのフェリー・エイドによる「レット・イット・ビー」だった。確かに彼の傑作と言えば真っ先に名前が挙がるのは多分「ワイルド・フロンティア」あたりだろうし、シン・リジィ時代の「ブラック・ローズ」という選択肢もあるだろう。しかしハードロックという狭いジャンルを超越して彼のギターの素晴らしさを万人に伝えるには、この「レット・イット・ビー」における入魂のソロをおいて他にないと思う。
これは1987年3月に188名もの犠牲者を出したフェリー沈没事故の遺族への義援金集めを目的としたチャリティー・シングルで、イギリスの有名な大衆紙 The Sun がスポンサーとなって、総勢80組のミュージシャンが参加したプロジェクトである。当時はバンド・エイドに始まり、USAフォー・アフリカ、ノーザン・ライツにサン・シティと、オールスター・チャリティーが一種のブームみたいになっていたのだが、コレは事故のわずか1週間後にレコーディングされたというから凄い。プロデュースは金太郎飴のような軽薄ダンス・ミュージックをタレ流して当時のUK音楽界を牛耳っていたストック・エイトキン&ウォーターマンだが、さすがに天下のビートルズ・ナンバーだけあって、いつもの SAW 臭さはない。
私が持っているのはカナダ盤の12インチ・シングルで、裏面に載っている参加ミュージシャンをチェックしてみると、知ってる名前はわずか13組しかない(>_<) そんな中でも圧倒的な存在感で私に強烈なインパクトを与えたのがケイト・ブッシュとゲイリー・ムーアの2人だった。ケイトの歌声がスルスルと滑り込んでくる瞬間なんてもう鳥肌モノで、彼女の登場によって場の空気感が一変したように感じられるのだ。さすがはスーパースター中のスーパースター、まぁ他の一発屋さん達とは格が違うということだろう。格が違うと言えば、出だしのポールの歌声はビートルズのマスターテープからヴォーカル部分だけを流用したものだ。
で、肝心のゲイリー・ムーアだが、まず1回目は1分47秒に登場、しっかりと “泣き” を入れた後、マーク・ノップラーへとバトンタッチ、2人で交互にソロを取るという形になっている。2回目の登場は2分13秒からで、マークの落ち着いた渋~いソロの後だけに余計に彼のエモーショナルなプレイが引き立つという按配だ。このあたり、聴けば聴くほど実に見事な対比の妙なのだが、それにしても “ワシにはコレしかないんや!” と言わんばかりに全身全霊を込め、聴く者の魂を激しく揺さぶるようなチョーキングが爆裂するこのギター・ソロはまさに圧巻の一言だ。3回目の登場は4分20秒あたりからで、聖歌隊も顔負けのゴスペル大会と化したコーラスを向こうに回し、エッジの効いたギター・サウンドで “俺はここにいるぞっ!” とばかりにしっかりと自己主張している。私見だが、彼の参加が無かったら、このレコードはパンチに欠けるというか、もっと味気ないものになっていただろう。ゲイリー・ムーア一世一代の名演だ。
泣きのチョーキング一発に命をかけた熱血ギタリスト、ゲイリー・ムーア。彼のプレイを聴いていると、音楽がただの音符の羅列ではなく、プレイヤーが楽器を通して心の声を表現しているのだということを痛感させられる。我々はまた一人偉大なるミュージシャンを失ってしまった。素晴らしい音楽をありがとう! R.I.P. Gary Moore.
ferry aid - let it be