水土を再生するために一番必要なものは、水土の技術である。その技術は共に働くことによって伝わリ続けてきた人間的技術である。工業技術のように、気温が何度なら、田んぼの水位は何センチ。というような図式的には出来ないのが、水土の技術である。有機農業に適した土壌を作り出すには、水田なら最低でも5年はかかる。畑なら10年かかると見なければならない。それは腐食というものが土壌の重要要素になっているからである。腐食は作物の作り方によって、失われても行くものである。自然界では1センチの腐食土壌の形成に100年の年月がかかるといわれる。これを速めて作り出すのが、有機農業技術である。本来有機農業技術は江戸時代に一つの完成を見ていた。そして、消えてしまった。それを現代に再現しようと似たような耕作法を、昔と同じ場所で行っても虫が多発したり、病気の蔓延を繰り返すことになる。それは、里地里山の自然環境が失われたからである。隣が住宅のような、環境では有機農業は極めて困難なことになる。
豊かな自然環境の中に溶け込むように耕作地が存在することが、基本的な成立要件として重要である。農の会のお茶畑は、川沿いの竹やぶと、自然林に囲まれた15アールだ。この畑も借りて初期の段階ではダニが出ることが多かった。今でも炭疽病と言われる病気は出るが、いくらかの葉が枯れる程度で、広く蔓延するようなことはない。10年を越えたあたりから、木の勢いは以前よりとても良くなってきた。虫も、病気もあるのだろうが、大きな被害になるようなことはない。肥料についても鶏糞たい肥を年500キロ入れているだけだが、充分な生育をしている。自然環境に溶け込むような、茶畑になっているからだと思われる。それは田んぼでも同じで、田んぼだけが広がるような、単一作物の環境の中で、有機農業を行うことは極めて困難である。住宅地の中に点在するような田んぼでは、なおさら有機農業は成立しがたいだろう。
有機農業の技術は自然に寄り添いながら成立している。自然を深く見る技術である。土地が変われば、その土地に従う技術を見つけなければならない。気候の変化にも大きく影響される技術である。5年目の土地と10年目の土地では、同じ訳に行かないのである。雨が24時間で5ミリ降るとしても、それがどんな季節で、それまでの天候、この後の天候、そして作っている作物によって、どう対応すれば適切であるかは、変わってくる。これが自然農法のように人為を出来る限り控える農法となれば、その耕作地の何十年という蓄積が必要になる。そうした自然に従う技術とは、自然を見る目を養うということになる。それは一子相伝のような、名人から名人に伝わるような技術ともいえる。だから地域には地域の農の名人が存在し、今年の小麦はもう蒔く方がいいだろうかと尋ねたものだった。今年の山の色では、舟原の日陰の田んぼじゃまだ早いようだ。でも次郎爺さんがもう蒔いたからなあー。というように地域の農業は耕作されていた。
この有機農業の技術を伝えることが出来るのが、農家の研修制度である。新規就農者の里親制度が必要だと考えている。国や県の農業研修施設では、有機農業は指導していない。出来ないことになっているからだ。出来ないは、技術的に出来ないということもある。加えて、経営が出来ないということになっている。有機農業と工業的農業が共存しにくい、ということも原因している。国の大規模工業的農業の方針からすると、ある意味邪魔な存在である。それらの為に有機農業技術は特殊な、奇特な人の農業技術になっている。これが水土の再生にとっての大きな障害になっている。これから少しづつ具体的に水土技術を、自然の見方を書いて置きたいと考えている。それは絵を描くことととても似ている。肉眼で見るのだが、肉眼を越えたものを見ている。その得も言われぬ「あるもの」の見方こそすべての根源である。この言葉にしにくい技術を再現可能な技術として出来る限りたどってみたいと思う。
豊かな自然環境の中に溶け込むように耕作地が存在することが、基本的な成立要件として重要である。農の会のお茶畑は、川沿いの竹やぶと、自然林に囲まれた15アールだ。この畑も借りて初期の段階ではダニが出ることが多かった。今でも炭疽病と言われる病気は出るが、いくらかの葉が枯れる程度で、広く蔓延するようなことはない。10年を越えたあたりから、木の勢いは以前よりとても良くなってきた。虫も、病気もあるのだろうが、大きな被害になるようなことはない。肥料についても鶏糞たい肥を年500キロ入れているだけだが、充分な生育をしている。自然環境に溶け込むような、茶畑になっているからだと思われる。それは田んぼでも同じで、田んぼだけが広がるような、単一作物の環境の中で、有機農業を行うことは極めて困難である。住宅地の中に点在するような田んぼでは、なおさら有機農業は成立しがたいだろう。
有機農業の技術は自然に寄り添いながら成立している。自然を深く見る技術である。土地が変われば、その土地に従う技術を見つけなければならない。気候の変化にも大きく影響される技術である。5年目の土地と10年目の土地では、同じ訳に行かないのである。雨が24時間で5ミリ降るとしても、それがどんな季節で、それまでの天候、この後の天候、そして作っている作物によって、どう対応すれば適切であるかは、変わってくる。これが自然農法のように人為を出来る限り控える農法となれば、その耕作地の何十年という蓄積が必要になる。そうした自然に従う技術とは、自然を見る目を養うということになる。それは一子相伝のような、名人から名人に伝わるような技術ともいえる。だから地域には地域の農の名人が存在し、今年の小麦はもう蒔く方がいいだろうかと尋ねたものだった。今年の山の色では、舟原の日陰の田んぼじゃまだ早いようだ。でも次郎爺さんがもう蒔いたからなあー。というように地域の農業は耕作されていた。
この有機農業の技術を伝えることが出来るのが、農家の研修制度である。新規就農者の里親制度が必要だと考えている。国や県の農業研修施設では、有機農業は指導していない。出来ないことになっているからだ。出来ないは、技術的に出来ないということもある。加えて、経営が出来ないということになっている。有機農業と工業的農業が共存しにくい、ということも原因している。国の大規模工業的農業の方針からすると、ある意味邪魔な存在である。それらの為に有機農業技術は特殊な、奇特な人の農業技術になっている。これが水土の再生にとっての大きな障害になっている。これから少しづつ具体的に水土技術を、自然の見方を書いて置きたいと考えている。それは絵を描くことととても似ている。肉眼で見るのだが、肉眼を越えたものを見ている。その得も言われぬ「あるもの」の見方こそすべての根源である。この言葉にしにくい技術を再現可能な技術として出来る限りたどってみたいと思う。
家庭排水の田んぼへの流入です。
そういうところで、無農薬と行ってみたところで、空しいものがあります。