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野鳥の鳥インフルエンザ多発

2014-12-10 04:24:52 | 自然養鶏


浪の繪 中判全紙 いつもこのあたりで止まる。止まってこの先続く道が見つかる事もある。待っている状態。




野鳥の鳥インフルエンザが多発している。養鶏場は要注意である。冬になって多発してきたのは、北方からの渡り鳥の飛来が増えているからだ。何故、今年になって急に目立つのかと言えば、細かく調査をする体制になったからだ。多分10年前から同じ状況であったはずだ。鳥が死んでいたからと言って、それで済まされていた状況。ところが最近は死んだ野鳥を必ずインフルエンザ検査するし、水鳥の飛来地では、糞の調査もしている所がある。そうすれば必ず、野鳥の感染が出てくるのは特別の事ではない。野鳥が普通に鳥インフルエンザに感染していることが、自然界の常態である。鶏小屋の中だけ消毒していたとしても、無意味である。これは以前から主張しているが、認められないことだ。白鳥や鶴の飛来地で鳥インフルエンザ感染が無いと考える方がおかしい。調べきれないだけである。自然界のこうした状況に、どのように対応するかの方を考えるべきだなのだ。

十和田湖の白鳥が鳥インフルエンザに感染したので、その周辺に石灰を撒き、観光客に注意を喚起する。それが昨年で、今年は、九州のナベ鶴が感染したので、石灰を撒いて対応するという事だ。全く無意味なことである。自然界を消毒して対応しようなどという事は、天に唾を吐いているにすぎない。自然というものはこうした人間には、困る事が自然の調和として存在するのだ。対抗しようなどと考える事が愚かなことだ。受け入れて、上手くおおごとにならない範囲で対応すればいい事だ。同じ事なのだが、野鳥が感染したので、養鶏場を消毒を強化するという事になる。どうにもこうにもばかばかしい。こういうのは行政は対応しましたという証拠作りにすぎない。全く科学的に無意味なことである。無意味なだけなら、まだしも私の様な自然養鶏を行うものには、この無意味な行為が大変な迷惑行為になる。しかも、その事をいくら話しても、理解をしようともしない。養鶏場内を消毒すれば、リスクが減少すると主張する。全く科学的根拠は皆無だ。養鶏場の中にウイルスが存在して、それを消毒するというのならまだ分かるが、野鳥にウイルス保持の物が居て、何故養鶏場を消毒するのだ。

鳥インフルエンザのワクチンは使用が禁止されている。ワクチンで防御できないので、鶏舎の中に野鳥を入れないという事が、強く言われている。それは、ネズミもゴキブリも、鶏舎に入れてはならないという事である。そんなことはできるだろうか。ネズミを家に入れないという事すら、困難だ。家の猫が、外で野鳥を捕まえて食べる。それが鳥インフルに感染している。そうして人間に感染する。こ言う流れはありうる。養鶏場の問題どころではないリスクは、暮らして居ればどこにでもある。国会議事堂や農水省にはネズミは居ないのだろうか。ゴキブリも出ないのだろうか。そこまで消毒していれば、議員というものはだいぶ消毒にやられているという事になるのかもしれない。消毒の思想は、テレビのコマーシャル洗脳である。商品が売りたいがあまり、デマを流しているにすぎない。消毒は素晴らしいと考える人口の増加で、養鶏場の消毒をしないなど、信じられない。という事になってきた。

人間は必ず死ぬ。死ぬ事は悪い事ではなく。自然の摂理というものだ。これを受け入れて、死ぬときには死ぬという事をあきらめる事しかない。こんな風に書けば、極端だという事になるが、死との向かい合い方がおかしくなっている。死の不安は私もとても強かった。死ぬという事に気付いた、小学校低学年の頃は、怖くて熱を出して、何ヶ月うなされた。しかし、今でも死ぬんだとは、意識しての毎日だが、あきらめはついたと言える。認めざる得ない事で苦しみ続けた所でどうにもならない。完全なる無菌状態で生きているのではない。人間の体の中には、自分の細胞数と同等の数の微生物が存在するという。つまり、人間も自然の中の一員であり、微生物と共存することで生命を保っている。むやみな消毒は自分を存在させている微生物まで殺してしまう事になる。鳥インフルエンザの対応を考えて、自然界を消毒しなくては安心できないという事になって、野鳥にワクチンを打つなどという事になりかねない。
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実践は矛盾する

2014-07-21 04:16:37 | 自然養鶏


妙高岳 10号 これは笹ケ峰から少し登った位置から描いたものだったと思う。位置によってまるで違った山に見える。





養鶏を始めて何年かしたころ、縁があって自然卵ネットワークという平飼い養鶏の会に入った。茨木の名越さんという方が熱心に事務局をされていた。私はいつの間にか会を止めたようになってそのままである。紙媒体から、インターネット会員になったことで、関係が薄くなり、また、記事を書いたぶん会費が相殺になったりしている内に、会費を忘れてしまった。この自然卵ネットワークの記事に会員のアンケートがあった。これが実に面白かった。それぞれが色々の鶏種を飼っている。飼った鶏種の感想を様々な角度からアンケートしているのだ。これがまったくバラバラであり、逆の答えもある。当然だと思った。二つ原因がある。コマーシャル鶏は、親鶏に変化がある。もう一つは、飼育する人がそれぞれに違うから実践の結果なのだと思った。

同様のことが、稲作の米糠抑草で起きた。これで全く草がなくなるという感想と、少しも効果が無いという感想が、今でも繰り返し言われる。これも2つ原因がある。実施する人の観察力と、栽培条件の違い。土壌や環境やタイミングで、結果が相反して当たり前だ。研究室の実験でフラスコでやってみても除草剤のような明確な結果は出ない。しかし、この方法は江戸時代から出ては消える技術と言われている。自然農業技術は実践者の観察力に支えられている。どの方法も、工場での技術とは性質が異なる。しかし、自然農業の技術が一子相伝の様なものであっては、これから自給農業を目指す人には困るだろう。これを克服しようというのが、私のこの20年の実践である。誰でもできるように、微妙さを取り除き、一般化する。例えば田植えの深さというものがある。どの深さが最適かという名人芸もある。と同時に度の深さに植えても克服できる苗作りということもある。一人ひとりの体験を単純化する。重要性。

学校田が全国で行われている。とても大切なことだと思う。この実践の授業で大切なことは、種まきから、収穫して、食べるところまでは、子供たちに見えるようにして、しかも周辺の農家より、自然栽培で、沢山収穫することである。そんなことできるわけがないと思うのは、技術化されていないからで、子供たちの沢山の手があれば、むしろ普通の農家の稲作より良く成る。というところを子供たちに体験してもらわなければだめだ。その為に実体験を、どのようにすれば一般化出来るかの工夫である。最近100時間の稲作ということに集約してきた。稲作に費やす年間100時間での自給法の確立である。技術として現在挑戦しているのが、大豆と麦、である。大豆は水田地帯での栽培法はほぼ確立したのだが、山の畑でやるとかなり調子が違う。今年の大豆では、観察をしながら、土中緑化法が根を切る意味が分るように栽培している。

そう思って自分の絵のことを考えると、完成ということが無いのだ。いつも経過である。もうこれで良しという感じが無い。まだまだ不十分という感じがいつも残って、今はここまでという感触である。結論を出すことができないというようなことをかんがえている。その内、死ぬのだから、それまでに結論めいたところに行けるのかどうかさえ危うい。いつも、やり残しているような気分で暮らしている。これは性格からきているのだろうか。諦めが出来ない。明らかにならない。養鶏も結論というものはなかった。田んぼも分らないことがやればやるほど出てくる。来年の百姓というそうだが、実践というものには結論が無いのかもしれない。大きな流れをつかみ、それに乗ることができれば、そこそこの収穫に至る。生きるということはそこそこのことなのだろうか。もっと良い流れがあるのかどうか、それは終わってみてわかることである。たぶん私の絵も、終わってみれば分ることなのだろう。

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回転式コンポスター

2014-07-13 03:58:36 | 自然養鶏


北信の山 10号 山の名前は分らなかったが、又描いてみたい山だ。そもそも絵を描くのに山の名前など邪魔だ。私が絵を描いている意識に山の名前はない。







回転式ポスターで鶏の餌作りをしている。餌作りもいろいろ変わってきたが、鶏の数が減ってきたこともあって、電気を使わない方法でやりたいと考えている。これで100羽ぐらいまで可能だ。これを2個使えば、2百羽まで可能だし、その方がよりよい餌が出来る。





回転コンポスターで鶏の餌作りを始めて、10日が経過した。思いのほか上手く行くようだ。中の様子だが、熱は出やすいものだ。蓋が完全にできるから、虫も湧かない。我が家で出る生ごみはすべてをこの中に入れてしまうが、完全に消えてゆく。そして良い鶏の餌になる。卵も全く問題がない。実はこういう生ごみ処理機を作ろうという企画を5年前ぐらいになるか何人かで考えた。所がついに実現できなかった。実現できなかった理由はいろいろあったのだが、仕事を立ち上げるというのは、なかなか難しいものである。あのとき作っていれば回転式コンポスター会社として先行できたはずだ。今は、世界中で様々な方式が出てきた。発酵については、何十年の経験があるから、かなり深い知識があるつもりだ。コンポスターももっと良いもを作る自信がある。と考えている内に、様々のものが出てきた。購入したものはイスラエル製という。プラスティック製品には、イスラエルの物には良いものがある。それで購入してみた。

家庭用の鶏の餌製造機としては、この回転式コンポスターは適当な大きさのものだ。草を入れてみるのも面白そうだ。オカラを入れたらどうなるだろう。いろいろ試みてよい餌作りをしてみたい。問題は、耐用年数だが、10年持てば、私にはちょうど良い歳かもしれない。直射日光に当たる様な所に置くのは良くないだろう。取り出すのに手間取るかと思ったが、ちょうど良い高さに調整出来て、別段困ることはなかった。回転式でも横向きもある。作りはしっかりしていそうだが。取り出すときに、縦型の方が良いかと考えた。さしたる違いはないかもしれない。普通の使用目的は堆肥ということだ。その場合熟成期間が長くなるので、これを2個用意しなければならないだろう。最近まで、鶏の餌作りにはモルタルミキサーを使っていた。中古を確か8万円くらいで購入してそれを20年つかった。いよいよ側面の鉄に穴が空いてしまった。使い切ったという感じだが、モーターは十分生きている。

さらに1週間が経過したが、餌作りは結構うまくいっている。生ごみはほとんど見ない。これで50羽ぐらいまでの餌作りは問題なく熟成できる。温度も実に挙がりやすい。ただ、組み立てたときに、軟すぎると思った通り、回転の留め金が壊れてしまった。中に結構重いものが入るから、この程度の物では壊れると思ったら案の定壊れた。一応使えるので使っているが、残念である。むしろ留め金などでなく、下の方に挟む物でも置いて止めていればよかった。
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TPPと養豚業

2014-06-18 04:27:09 | 自然養鶏



戸隠の家 10号 畑に埋もれたような1軒屋がある。畑の中を踏み分けてゆかなければ家に到達できないように見える。不思議な家なのだが、実にあたりに溶け込んでいて人間の幸せの様なものを感じる。






TPPで最近話題になるのは、豚肉の関税ばかりである。肝心なことはお米のことであって、豚肉のことではない。豚肉の関税がなくなれば、TPPの問題が解決するかのように言われるのは、政府の戦略におもえてならない。アメリカ議会では、関税を残すような日本は排除しろという意見がいわれていた。早くTPP交渉を抜けることだ。ブタの関税問題に特化するのは、マスコミの怠慢か意図的報道である。豚肉はアメリカと共通の土俵に立てる産業である。これを関税で保護していること自体が日本の間違いである。関税表を見てみれば、農業全般の関税のことは分りやすい。卵は関税など無くて当然である。養豚も同じではないか。では乳製品や、牛肉に関税はいらないかと言えば、そうではない。そもそも、同じ土俵のものではない。ブタの場合保護しなければ競争できないような基本的な条件がない。輸入飼料の問題があるとしても、それは産業として仕方のないことだ。各国が飼料の生産の為の努力をしてゆけばいいことだ。

もともと日本の養豚は、食品残渣で行われてきた。日本全体で出る食品残渣をごみとして廃棄処分しないで、養豚で使うシステムを考えるべきだ。これはTPPの関税問題とは別の枠組みで、構築できるものだ。そうすればごみ処理費用が、養豚業のプラスに成り、国際競争力が生まれる。以前は全国各地の都市近郊に養豚業は存在した。しかし、現在は輸入飼料に頼った産業に成っている。輸入飼料だけを使うような産業は、そもそも関税を課していることが不自然なのだ。国内出回らない産業構造を維持しながら、輸入商兵器を設けるということは、まさに消費者が損をしていることになる。何故牛は違うと考えるかである。牛は本来牧草を食べるものだ。今でも放牧乳牛の導入ということが試みられている。耕作放棄地や、放棄山林での放牧など、日本の自然環境を循環させる手段として、可能性のある畜産分野である。確かにここでも輸入飼料の問題があるのだが、政府が飼料米の導入など、育成に力を入れなければならない分野だと考えている。

TPPの最大の問題は、稲作のことだ。この稲作が交渉の中でどうなっているのかは、一向に伝わってこない。政府からは飼料米は提案されているが、それだけで稲作のことが解決できるとは思えない。同時に農協改革というものが進んでいる。全中廃止ということがいわれたが、その後、なし崩し的にあいまいになったとも言われる。全中は、農業独占的大企業である。生産から販売まで、一つの流れで行える組織である。つまり漁業組合が、町の魚屋さんをやっている姿である。規模をまるで違うが、農の会の宅配事業と同じである。上手く機能すれば、農家にとって最も合理性がある姿なのだ。ところがこれが強大化して、圧力団体化して、政治的になり、肝心の農業の合理的な改革を怠ったのである。農業保護が経営感覚のない農家を生み、全中が金融機関になり、財産管理の不動産屋になってしまった。農業委員会の選挙の廃止など、さしたる意味がないが何故今の段階でやるのだろうか。

農業全体として、圧力団体として力のある所が、優遇されるという姿を払しょくしなければ、国民全体の理解は得られない。つまり、稲作は国民全体にとって残さなければならないものだ。その為には稲作の日本の国土全体の構想の中での、方針を示す必要がある。その為には不肉の様な合理性のない保護交渉をいつまでも見せていることは良くない。養豚業など農家ではなく畜産企業の問題だ。まさに政府の目指す企業農業であり、国際競争力の問題が問われるのは当然のことだ。どの程度の農地が残り、どのくらいの農家が残ることが、日本が健全な国家として存在するためには必要だということを確認すべきなのだ。政府の出した成長戦略によると、ロボット農業らしいが、成長戦略の表面しか読んでいないが、冗談としか思えずまだ詳細を読んでいない。
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日本の養豚業の課題

2014-05-02 04:05:41 | 自然養鶏


阿蘇根子岳 10号 早朝の霧に浮かんでいる姿。




TPP交渉で、盛んに豚肉の関税が問題になっていると報道がされた。日本の養豚が非効率であり、アメリカに比べて倍もの価格になっている事が原因である。確かに生産性に問題がある。養豚であれば、関税などなくしても、アメリカと価格競争が出来るくらいでなければ、おかしい。日本の国土がいくら狭いからと言って、近代的な養豚場の合理的な設置ぐらい問題はない。輸入飼料なのだろう。割高になる原因は、餌の価格の問題だけだろうか。もし、そういうことであるなら、飼料米や食品残渣を政策的に導入すれば、関税がなくなったとしても、いつか対抗できないはずがない。アメリカで広大な放牧場で放牧養豚をしているという訳ではない。人件費に関しても、アメリカで可能で日本で出来ないというはずがない。TPP交渉で、食肉の問題ばかりが強調されいて、日本の農業者の努力が問題にされているが、いつものことだが農産物と言っても、問題を5品目それぞれに分けて考える必要がある。

養豚に関して言えば、飼料の問題の解決からである。輸入飼料に依存した養豚では、関税がなくなれば、日本国内で価格で太刀打ちできないのは、当然のことである。飼料をどのようにするかを政府は、展望を示すべきだ。もし、それが出来ないなら、日本は養豚の方角を変えるしかない。止めるのか、品質にこだわる高級志向である。牛肉が高級志向で、世界での評価を受けている。生産の住み分けが行われれば、残るものは残るはずだ。それは、卵であれ、鶏肉であれ同じことだ。養豚は、放牧養豚か、残飯養豚である。残飯と言っても高品質な乳酸発酵飼料の研究がある。どの方向が日本の畜産にふさわしいか、充分研究して改善して行けば、世界に評価される豚肉は可能だ。中国では豚肉を一番の肉だった時代があった。野菜や果物が、種類によりやり方によっては生き残れるのと同じことだ。関税で保護されて改善の努力が足りなかったことは、残念ながら確かなことだ。

雪印種苗(株):乳酸菌を用いた発酵リキッド飼料調製技術. あるいは、小田急フードエコロジー高橋氏という研究者が相模原で食品残渣を使い、乳酸リキッドの、豚の飼料を研究している。確か雪印種苗の北海道の農場で、大規模な実験を行うと言われていたので、両者は連携しているのだろう。日本らしいきめの細かい方法を開発して行けば、アメリカに負けない養豚業は可能である。食品残渣を利用した養豚業や、放牧養豚でも、日本独自の技術が展開されている。こうした技術が、世界に開かれることで、より洗練されたものに成る。養豚に於いては、日本という条件の中で、充分世界と競争できる産業になりうる。それなら関税が撤廃されてもかなわないはずだ。養鶏が国際競争力を持っているという点で同じことである。日本でも国土の条件や自然の条件に於いて可能な農業分野もあるということになる。

肉牛や乳牛については、広大な放牧面積が必要ということになる。草地の面積も限定されている日本の条件では、国際競争力という意味では無理があるはずだ。となると、高級志向の肉牛ということになるのだろうか。いずれにしても、飼料米の展開しだいである。飼料米が本格的に実行され、水田と畜産がうまく連動されるようになれば、状況は大きく変わる可能性がある。TPP交渉が一切の細部を知らされることなく、政府がほぼアメリカとの調整を終わったようだ。後は国内調整ということになる。これも、農協や参入企業との調整がされるのだろう。それでは全く駄目だ。日本の問題とする5品目の今後の展開を、具体的に展望することだ。稲作のように、どう考えても無理なものもあれば、やりようによっては可能なものもある。畜産農家自身では、展開できない要素も多々ある。無意味な国際競争力論でなく、補助金ではなく、どうすればいいかを具体的に考えることだ。
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熊本で鳥インフルエンザ

2014-04-15 04:39:23 | 自然養鶏


戸隠山 10号 戸隠もずいぶん描いている。あの山の稜線が何だか面白い。






熊本で鳥インフルエンザが発生した。11万羽が殺処分になった。熊本では以前にも、韓国からと思われる、渡り鳥による感染があったので、今回も同様のことではないかと思われる。上空からの写真を見ると、完全な閉鎖系の養鶏場である。今まで起きたのは、こういうところばかりである。放し飼いをしている養鶏場も、九州には沢山あるはずである。しかし、そういうところでは起きない。必ず、閉鎖系の何万羽も飼っている養鶏場である。このことに対して、農水省や、専門の学者はどう考えているのだろう。いつもあいまいに終わるだけだ。はっきりと言って、閉鎖系の消毒熱心な養鶏場の鶏は、感染に弱いのだ。わずかでも菌が紛れ込めばひとたまりもない。病院で院内感染が起こるのと同じである。薬で鶏をコントロールするのには、限界があるということだ。完全な閉鎖系などあり得ないから、対抗できる免疫のない病気が起これば、ひとたまりもないことになる。

自然界には、鳥インフルエンザの病原菌が存在する。これは、かつてもそうだったし、今後もそうなのだ。自然界では、こういう病気が、何故蔓延して、野鳥が居なくなるようなことが起きないのか。このことを真剣に向かい合うべきだ。今までに感染したことのない病気が野鳥間でも発生することはあるだろう。まして、人間は自然界を改変するほど、自然環境の変化を起こしている。いつどこで、思いがけない病気が発生し、野鳥の世界にも脅威を与えないとも限らない。しかし、自然界は大抵の場合、打撃を受けながら、その病気を取り込んでゆき、馴染んで何とか受け入れる。そして新しい病気に耐性のある種が確立され、乗り越える。今鳥インフルエンザでも同様なことが起きている。こういうことは、何も今初めてのことではなく、鳥類が登場して以来繰り返されてきた、自然界の摂理のようなものだ。一部のものだけが繁栄するのでなく、バランスが最終的に取られるのが自然の姿のはずだ。

しかし、人間は自然界を持越えるほどの、畜産業という恐ろしく自然のバランスを崩す行為を行っている。特に、養鶏業というものは、100万羽などという集団を、狭い囲いの中で飼い続ける。当然、病原菌からの隔離を行うだろうし、科学薬剤による、消毒は徹底されるだろう。消毒が進んだ、世界では、生きものは悪い菌と遭遇する経験がなくなる。人工的な免疫を施され、自然界に出れば、すぐに病気で死んでしまうような状態に置かれることになる。この特殊世界は、徹底されれば、徹底されるほど、新たな病気の発生源にも成り得る。特に中国の様な、巨大化を恐れず、薬の使用もバラバラに行われていれば、そこでは、新しい病気の発生実験をしているかのような事態になる。一方に、不徹底の放し飼いもいくらでも存在する。この雑多な、コントロールのない状態が、中国に存在する。その結果何が起こるかと言えば、鳥インフルエンザの日本への野鳥による飛来は、続いて行くということになる。

中国では、あれほどの劣悪の畜産の状態の中、人間への鳥インフルエンザの感染実験が行われている事態。それでも、ほとんど人への感染というほどには、進まない。つまり、鶏から直接、人間が感染するのは、よほど特殊な場合だけである。特殊な体質の人もいるだろうし、特例のみである。やはり従来より言われているように、鶏から豚への感染である。ブタの中で、人感染のリスクが高まる。これについては、大いに監視が必要なことだ。大規模畜産を制限する以外にない。何故、大規模養鶏場だけで、鳥インフルエンザの感染が起こるのかを、真剣に考えるべきだ。このまま、中国が大規模畜産を繰り返してゆけば、いつか人類が手に負えないような病気の出現に繋がる。今回は中国から、韓国へと渡った野鳥からの感染だろうと思われる。すでに、一番の感染期を過ぎている。今後広がる可能性は少ない。いつものことだが、韓国からの野鳥の渡りの詳細調査を行ってもらいたい。
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自然卵と食品偽装

2014-01-05 04:02:39 | 自然養鶏


海と空と岸辺 ファブリアーノ5号変形 小さい絵だが興味を持っている。3枚組で描いていたのだが、一枚が見当たらなくなり、現在2枚で描いている。

食品偽装に関して世間が静かになってきたので、書いてみようと思う。問題が解決したというより、飽きたということだ。私は養鶏業を細々とやってきた。当然私の卵も食品である。そして、卵に偽装はないかと言えば、そう言えないこともないこともある。私は発酵利用の自然養鶏ということを表明している。自然卵養鶏ということを主張していた大先輩の中島正さんの自然「卵」養鶏に疑問があり、自然養鶏を主張した。卵をとり、従来あった自然養鶏の方がいいと主張した。そもそも自然農法という言葉がある。有機農業以上の素晴らしい農業だというのが、実践者の主張するところだろう。これもまた厳密にいえばおかしな言葉で、農耕自体が自然とは矛盾しているだろうという考えがある。農産物を山菜のように採取しているのかという話になる。ここは言葉の乗せ換えで、自然の摂理を生かした農業。自然に従った農業。というようなことになる。つまり、有機農業基準以上と言いながら、リンゴの木村さんに自然の基準がある訳でもない。

自然養鶏と言ったときに、放し飼いということは、最低条件だと思う。自然であるならば、ヤケイの卵を探してくることが、厳密な意味では本来かもしれない。平飼いを自然卵養鶏と主張した辺りから、卵の食品偽装は始まる。つまり、自然卵の世界は、まやかしばかりの平飼い養鶏世界になった。有機農研は畜産基準を作る時に、知らない間に平飼いを主張したので退会した。養鶏を始める前に、全国の自然卵と自称する養鶏場をめぐって歩いていた。見せてくれないところの方が多かった。見せてもらっえた所でも、おかしな養鶏がほとんどだった。不自然な、自然卵が蔓延していた訳だ。一番の問題は餌である。輸入の配合飼料を購入して、それを餌に使って自然卵はないだろう。輸入飼料はどういう生産法であれ、自然の基準を逸脱している。のこクズや米糠を混ぜて発酵したものを加えてみたところで、基本は同じことだ。中には自家配合という訳のわからない主張をしている場合も多々あった。自分のお願いした割合で混ぜてあるから、自家配合だという理由など、偽装の発想ではないか。

食品偽装では、旅館やレストランでエビの種類を様々にごまかしていたということがあった。食べ物食べていただくことが、利益優先の発想になったのだ。要領良く利益を上げるということが、高じて偽装に至る。種類のことより、養殖したものか、漁をしたものかを明確にする必要があるだろう。同じ車エビでもそこは違うと思う。同じ有機農業でも、栽培の条件で作物は違ってくる。農の会ではJAS基準より厳しい栽培であるが、田んぼごとにお米は違う。ハザ掛けで乾燥したものと、石油で乾燥したものとでは意味が違うのではないかと思っている。主たる食べ物を自給するということが、優先する考え方だと思っている。自給する以上最善は尽くしたい。卵に於いてはもう販売の責任が取れなくなりそうなので、止めることにした。65歳定年であれば、世間的に許されることではないだろうか。これ以上耄碌して、間違いを起こしたくないということである。食べ物を作り、販売するということは責任の重いことだ。

いつもと同じ結論であるが、食品というものは、本来自給するものである。それをたまたま分けてもらえるのだから、食べる人が自分の責任で調べて、食べるべきものだ。騙されたと言って体を壊すのは、自分の家族だ。賠償金をもらったとしても、身体は戻らない。と言って、自給したからと言って、放射能のようにどうにもならないことも沢山ある。環境ホルモン、化学合成物質。中国からきているだけではない。完全なものなどないということを受け入れる以外に自給すらできない。それは原始から変わることではない。自給する安全の許容範囲を自分なりに決めるしかない。全体が良くならなければ、自分が良くなることはできない。自分だけ安全ならいいということは、許されないように世界は出来ている。私の販売した卵が、販売されている卵では、日本1だったという自負はある。そういうことだから、いつまでも続けている訳にはいかない。
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飼料米の奨励金

2013-11-30 04:14:36 | 自然養鶏
日経新聞より
飼料用米を作ると10アール当たり年間で8万円受け取るが、収穫量に応じて支払う仕組みを取り入れ、最大10万5000円にする。減反に農家の協力をとりつけるために、10アール当たり最大年5400円の新たな補助金も設ける。
農道の草刈りや水路の泥上げなどに協力した場合、「農地維持支払い」として10アール当たり年最大3000円を配る。農村の景観維持を手助けした場合には「資源向上支払い」として10アール当たり年最大2400円を支給する。


今になって飼料米に奨励金が出る。少し遅いかもしれない。15年前に、これをやるべきだったのだ。そうすればまだ農家に力のある間に、良い方向に変わることが出来たのかもしれない。1反飼料米を作れば、10万円もらえるらしい。もし本当に実行されるとしたら、多くの老齢農家は経営を変えることになるのだろうか。作った餌はキロ40円までなら、養鶏でも使うことが出来る。1反で500キロ採れるとして、2万円にしかならないので、今までは広がらなかった、補助金をいれれば1反で12万円になる。これは1俵15、000円ということだ。これなら農協に出すとかわらない。場合によってはいいのかもしれない。4町歩やれば、500万円に成り、暮らして行ける。4町歩のたんぼを兼業でやっている人はいる。足柄平野でも、牛はかなりいるので、その分の飼料を地元で作るということが可能になる。飼料米であれば、食べるお米より作りやすいはずだ。

有機栽培はお米ならば難しくない。雑草対策が一番の課題であるが、克服する技術は出てきている。次の課題は有機苗であるが、育苗センターで、有機のものを販売するように技術開発すればいい。もし飼料が有機となれば、卵や肉に付加価値が付くから、価格も高めに付けられるだろう。それなら海外の安い畜産製品に対抗できる可能性がある。そうなれば、2町歩位やる養鶏農家というのも、ありえることになる。お米で250万円。養鶏で250万円。私が若かったら始めるところだ。問題はこの政策に乗る若い人が居るのかどうかである。先日この飼料米が減反分すべて耕作されれば、補助金の政府の負担は今の数倍になるという試算が出ていた。財政が厳しい中、本当に政府は実行できるかが問題である。田んぼを私が2町歩やるとすれば、機械に準備などに初期投資が必要になる。安く準備したとしても、機械小屋を始め相当の準備をしてとりかかる。それだけの信頼感が政府の農政にはない。踏み切っていいものかどうかの判断である。

TPPとの兼ね合いがある。この政策はTPP妥結が前提となっている。TPPに加盟するということは、将来関税が無くなるということを覚悟すべきだ。経過措置はあるとしても、日本の食料に関しては、徐々に保護政策を抜け出ることになる。国際競争力のある農業となれば、ベトナムの田んぼで、日本商社の作る安いお米に対抗できるわけがない。工業製品の海外生産と全く同じ経過を経るだろう。TPPに参加するということは、経済的には国境がなくなるということまで、覚悟して加わるべきことなのだ。今加盟する衝撃を和らげるために、様々な措置が取られるだろうが、果たして、新規参入者が自分の人生をかけるだけの、確実な材料と言えるかである。結局はその場その場の政策に翻弄されながら、やってゆく以外にないのだろう。私は、食品リサイクル法にとても期待した。理想を語った農水の方を恨む訳ではないが、廃棄される食品の問題は、10年経っても一向に改善されない。

減反廃止も、飼料米政策も、そういうことにならないだろうか。TPPを妥結すれば、お米の価格は今の半分つまり、60キロ8000円くらいになると言われている。この価格でも可能な農業があるとすれば、大企業農業である。少々の大きさではなく、日本全体が、10社ぐらいの企業農業になるということだ。自動車会社や、JRみたいな規模になる。これは最終的な予測される状態である。それ以外の、小さい農家が経済とは関係なく、伝統農家として、保存されるように残るだろう。伝統工芸の世界を考えたらわかる。しかし、この伝統農家が日本の軟着陸の可能性になるはずだ。これについては、今でも考えは変わらない。世界は新しい生き方を見つけない限り、競争の果てに疲弊する。この深刻度は増してきている。疲弊し、辿りつく岸辺は、江戸時代の循環する手入れの暮らしのはずだ。それまで、細々でも自給の技術を保存して行く価値はある。
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農家民宿「おわて」の話

2013-06-13 04:19:37 | 自然養鶏
わざわざ下関から、研修に来た青年がいる。私の所で養鶏の研修をすると言っても、特別のことはないので、正直困ってしまうのだが、見ていただくという以上のことはない。それも、だいぶ縮小してしまっているので、ますますやることもない。今回見えた方は、一年間大分県の「おわて」という農家レストラン・農家民宿大分県玖珠郡九重町で研修をされていたということだ。Mさんはとてもしっかりした、立派な青年だった。Mさんは身体がしっかりしている。動くときにフラフラしない。これは本当に働くことのできる動きだ。こういう人が次世代の日本を担うのだろうと思えて、とてもうれしかった。たまたま、小麦の刈り取りの日と重なり、小麦の刈り取りを中心になってやってもらった。小麦の会の人たちとも、とても良い交流が出来たのではないか。全国には色々な生き方を目指す人がいるということを、お互いに知ることは有意義だと思う。

Mさんの話で研修先の「おわて」についていろいろ聞かせてもらった。実に面白かった。研修に来てくれた上に、遠く九州の九重の農家のおじさんの話が聞けるなど、「朋あり遠方より来る、また楽しからずや」。農会でやっていることに加えて、それ以上のことを、一人でやっている人がいるのだ。ヤギも鶏も飼っている。その農家民宿では、そこで生産したものを食べてもらうのだそうだ。ヤギ乳と卵で作ったプリンはなかなかのものらしい。どうも暮らし術の達人という感じだ。「うわて」がなまって、「おわて」が屋号となったということだが、屋号を民宿の名前にしているように、古くからそうした暮らしを続けてきた山村のようだ。柳田國男氏は九重にも近い椎葉村で古い日本の暮らしに出会う衝撃から民俗学に志したということだ。この「おわて」で古い日本の暮らしを掘り起こし続けているらしい。たまたま半年前から家で研修をしている、檀上さんのみみず掘り用の熊手の柄が折れた。Mさんが言うには、グミの木を見つけておかないといけないというのだ。

柄になる位のグミの木をいつも見つけて置く。そうして必要な時にその生木を切って利用する。しなって手に反動の来ないとても良い柄になるのだそうだ。もちろんカシの柄の方がいい場合もあるのだろう。生木の在り処を覚えて置くというところが素晴らしい。子供の頃、柏餅と作る時に山にある柏の木を覚えていて、採りに行くことになっていた。今では山村でも、山から柏の木を庭に持ってきている家が増えた。山と暮らしの距離が遠くなったということだろう。夕飯の用意に裏の田んぼにお米を刈りに行く。こういう暮らしがカシミールにあるとテレビではやっていた。「おわて」では、この古い日本の暮らしを農家民宿という形で、多くの人に伝えているらしい。米作りは合鴨農法で、新しいやり方もやるらしい。この合鴨の肉がこの民宿の夕食になる。合鴨の雛も出荷している。合鴨は肉にするために、白い系統を選抜している。飼われている鶏は、写真では薩摩鶏のようでもある。おとなしいというから、地鶏と交雑しているのかもしれない。

農の会のことを考える上でも「おわて」の話はとても参考になった。農の会では普通の勤めをしている人が、「おわて」で経験できるようなことを、都会の隣くらいで実践しようという活動である。町場における暮らし探求だから、気お付けないと趣味的なものになる。逆に都会的な儲け仕事になる。あくまで、「地場・旬・自給」の原点を維持できるかであろう。農の会でも米作りをする。あくまで自給と思っている。自分が食べるための合理性を自覚できるかである。自給というものには価格が存在しない。世間は経済で回っている。この関係を間違うと、すぐ方向がおかしくなる。これが「おわて」のように山の中で家族でやっていれば、筋が分かりやすい。しかし、農の会のように様々な人が、様々な期待と価値観で関わる。そして農業で生計を立てようという人も混ざっている。そのことは困難であるが、より大切だと私は思っている。

昨日の自給作業:田んぼのコロガシ2時間 累計時間:23時間
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中国での鳥インフルエンザの展開

2013-04-28 04:18:26 | 自然養鶏
今回の鳥インフルエンザの展開は今までの大流行とはかなり様子が違っている。確かに人間への感染があり、死ぬ人もいるが、過去の新しいインフルエンザとはだいぶ様子が異なる進行状況である。感染の速度は弱い。年齢が幅広く感染する傾向がある。香港風邪と言われるぐらいで、中国の南地方はインフルエンザの発生地点になぜかなる。シベリアからの渡り鳥と、養豚が原因とされてきた。過去のインフルエンザとウイルスとは、相当に型の違うものと考えた方がいい。人にも感染しているが、その広がり状態から見て、人ひと感染はあるとしても、現状では極めて少ないということ。また、鶏の中での感染爆発が起きていない。どうも同じ養鶏場の鶏でも、一部だけが感染しているようだ。つまり、感染力はかなり低いところが特徴のようだ。新しいタイプのウイルスのため死ぬ人もいるということだ。鶏はこのウイルスで病状が出ることはないらしい。

感染の広がり速度を見ると、人ひと感染はよほどのことがない限りないことがわかる。生きた鶏からの感染が主たる原因と言っていい。その理由もわからないが、よほど濃厚なウイルスの量が感染に必要なのか。4月28日現在122人が感染し、うち23人死亡した。確認から2か月が近くが経過してこの程度なら、上手くいけば中国から出ずに抑え込めるのではないだろうか。台湾の人が感染したが、この人の行動を徹底的に調べる必要がある。生きた鶏との接触がないと言っているそうだから、とことん何から感染が起きたのか調べれば分かるかもしれない。もう一つには、感染する人のタイプがどうもあるようだ。これも感染が確認した、120人を良く調べれば、何かが分かる可能性を探ってみるべきだ。今後の抑え込みには重要な材料である。感染者数と死者の数からして、重症化しやすいのは、新しいタイプのインフルエンザであり、特徴のある病状を起こしているのではないだろうか。

同じように感染鶏との接触のある人の大多数の人が感染していない。これは以前にもあったのだが、ワクチンから派生したウイルスということはないのか。どういう人は感染しないのか。今後の対策としては、中国で鶏肉を扱う場合の今までのやり方を変える以外にない。まず、生きた鶏の鶏肉としての販売をやめることだ。これは日本では当たり前のことだから、鶏肉の流通を変えれば済むことである。冷蔵庫の普及や、冷凍輸送技術の確立ということになるのだろう。安全な食肉センターも必要になる。また、豚が介在して居ないのか、居ないとするなら、今後豚に入らないように、徹底的な対策が必要になる。今回のウイルスが、豚の中で人人感染を起こししやすいように変異する可能性がある。日本での注意点は、中国からの帰国者の厳重なチェックと、渡り鳥の調査である。中国からの渡り鳥が今の時期少ないということであるが、死んだ鳥に触れるなどしないことだろう。

新しいウイルスが登場したとき、誰もが同じに感染する訳ではない。この原因を探るべきだ。免疫力の意味が見えてくる可能性がある。ワクチンによる免疫と、かつて感染したことによる免疫は、完全に同じとは言えないと考えている。ワクチンによる免疫は応用力がないように見える。わずかにウイルスが変異し形が異なるだけで、また感染をしてしまうように見える。しかし、自然に感染し克服したために出来た免疫は、ウイルスの少々の変異なら、対応するように見える。そういうことは医学的にはないとされているのだろうが、そういう感触がしてならない。免疫に関係しているマイクロバイオームのことがどうも気になるのだ。体内の微生物が、ワクチンに対してどのように反応するのか。同時に、ウイルスの感染に対してどのように対応するのか、体内微生物の研究が進むと、免疫に対して新しい見方が出来る気がする。
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研修の人と話していて

2013-04-19 04:21:47 | 自然養鶏
先日から、研修の人が2人見えている。手伝ってくれるのでかなり助かっている。助かっているのだが、あまり楽をしていると、後が少し怖い。研修の人がどういう人であるかはあまりよく知らない。話してくれれば、そうですかということだが、こちらから聞くことはない。聞いても大体忘れることにしている。どこの誰であれ同じでありたいからである。人は様々であるし、誰だって言いたくないこともあるし、人間は説明の言葉わかることなどほとんどない。この時代に自然養鶏に興味を持つ人というのは、やはり特別な人である。研修の長い人もいれば、一日だけという方もいたが、畜産関係の専門の方や国の畜産研究の仕事をされていると言われていた人もいた。大学の先生らしい人もいた。タイの人も見えた。名前もわからないし、今どうされているかも大体の方はわからない。それの方がいいと考えている。年2,3名としても、50名以上にはなるのではないだろうか。業としての自然養鶏は規模を縮小してしまい、参考にならないので基本お断りしていたのだが。

断る気持ちになるのは、自然養鶏を業としてやってゆくのは、無理だと思えるからだ。日本という国の現状を考えた時、若い人が農業に進んでも食べてはいけない。食べてもいけない仕事を人に研修するというのは、どうかと思うからである。ただ、鶏が好きで飼いたい、鶏の飼育方法を知りたいというなら、伝えられることはある。母方の祖母と父の影響で子供のころから生きものが好きになった。そういうものを研究する学者になりたいと思ったこともあった。しかし、学問するというより、生きものと一緒に居るのが好きだと気がついた。好きなことを見つけるのが若い時の仕事だ。これが父の口癖だった。生きてゆく仕事になる訳ないのだが、好きなことをやっているのが一番と考えて、鶏を飼っている。自然養鶏業をひねり出した。何とか、ここまで来たのだから幸運だったし、間違っていなかった。好きなことしかやらないのだから、身体的にはつらい時もあるが、楽しい毎日なことは確かだ。

葬式で母方のいとこが全員集まった。9名である。それで気づいたのだが、自分の料簡の狭さのようなものをしみじみ感じた。みんながあまり優しい人なので、自分が優しくない人間であるということに気付かざる得なかった。これは父の系統の家が極端な家だったからではないかと思う。極端な家で育ったので、その偏向に気付きにくかった。自分が当たり前だとつい思いこんで、60歳を過ぎた。私が権力志向とか、出世主義を毛嫌いするのは、むしろ、そういうものに洗脳されていたからではないかと思った。従兄弟たちは端からそんなものにはかかわらない人ばかりだった。生きてゆくということを、大げさに重荷にと感じすぎているのかもしれない。普通にやることが難しい。やりすぎ位でないと、どうも面白くない性質のようだ。建前や、言い訳を一言付け加えて、何事もやるような面倒くさいところがある。いろいろ反省しなければならない。

研修の人は何かをやめて、養鶏を始めようという人だろう。これはリスクを伴うし、大変なことである。参考になるかどうかもわからないが、まだ鶏は飼っているので、少しでも参考になるところがあれば、いいかと思う。鶏に接してみなければわからないということがある。発酵ということは、体感的な、経験的なことだから、映像で見たところで、よくわからない。餌の発酵の状態を、自分で仕込んでみれば、昨日と今日の微妙な違いがどこにあるのか。少しは知ることが出来るだろう。研修と言ってもその程度のことだ。日本一の卵を作っているという気持ちはある。それをやると経営が出来なくなるというところが、煮え切らないところだ。私はそれでいいが、これからの人にそんなことを言っていたのでは、と思うが自分のやり方以外伝えることもない。
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鳥インフルエンザの経過

2013-04-11 04:25:05 | 自然養鶏
鶏を飼っているので、鳥インフルエンザについて、心配だろうなどと言われる。報道機関は冷静な対応が必要です。などと、煽りたてている。まず、今回鶏については全く特別なことが起きたわけではない。鳥インフルエンザの状況は、鶏にとっては通常のことで何の変化もない。H7N9型弱毒性鳥インフルエンザは野鳥では当たり前に存在する一定レベルのリスクのウイルスである。一方に高病原性鳥インフルエンザはわずかな人間への感染をおこしながら、相変わらずのレベルで世界に存在して10年である。人ひと感染の可能性が言われたりしたが、当初から私が指摘していたようにすべて特殊例と言っていい結果。記憶だが、10年で600人くらいの死者。現在日本ではダニが媒介するウイルスによる感染症で今年に入って7名が死んでいる。この病気の深刻度レベルと比べてみれば、鳥インフルエンザは日本では問題にするほどの状況ではない。

中国でH7N9型の鳥インフルエンザウイルスに感染した人は、10日新たに、上海市や江蘇省などで5人の感染が確認されたことで合わせて33人、死者は9人となった。それほど流行性が強い可能性はない。推測では1000人程度はすでに感染していただろう。発病した人が100人くらい存在して、そのうち徐々に確認された人が、33人になったということではないか。普通のインフルエンザよりましなのは、人ひと感染が無いことだ。これはこの間の広がりの鈍さから見て、確信していい。公的機関はうっかりしたことは言えないから用心深いだけだ。感染して発病しない人の数は潜在的に10倍から100倍はいるはずである。中国人の食用動物に接する形が日本と全く違うことがある。日本の鮮魚のような状態。日本でも釣りをする人が生魚を家で調理する。そして刺身を食べる。それと同じ状態で鶏と接している。

感染の速度がせいぜい日に2,3人である。現在広がっている地域だけで、日本の人口ぐらいあるのだから、たぶんこのまま収まるだろう。しかし、中国の養鶏は大変だろう。鶏にとっては影響が現れないようだ。中国での鶏の大量死などは、前兆としてなかった。ということは潜在化して広がっているはずだ。人間の感染が結構広い日本ぐらいの面積の範囲でばらついて見られる。一か所からその範囲に広がったということは考えにくい。たぶん、すでに地域全体に広がった後ではないか。日本への渡り鳥による感染拡大が心配されるが、幸いこの時期に中国から渡ってくる鳥はいないそうだ。今回のウイルスは3種のものが、影響し合って人間に感染しやすくなったとみられる。その一つは東南アジアの方のタイプで、中国に渡り鳥が持ってやってきて、中国の野鳥にあるウイルスとの混合が起きたと中国では発表している。養鶏場の鶏に感染して、そこで変異が起きたと考えた方が自然である。

すでに中国からウイルス株は日本に届いた。これからワクチンの準備をすることになるだろう。ただし、ワクチン製造は半年はかかるだろう。今回の鳥インフルエンザが日本で蔓延する可能性は、現状ではほとんどない。無駄なことになる可能性があることに対して対応が難しい。新型インフルエンザ対策特別措置法は平成24年4月に早めて成立させると政府の発表。外出の自粛要請、希望する住民に公費で予防接種などを行う。対策の詳細を定める新しい行動計画を16日に有識者会議へ提示し、早期に決定する。しかし、畏れるあまり、というか、製薬会社の圧力によってというか、無駄なことになる可能性もある。養鶏場に対する、消毒の徹底などの指導も強まる可能性がある。消毒を強めるということは、良い食品を生産するためには悪影響もある。野鳥の糞が混入する可能性があるから、草を食べさせてはならないなどという指導である。畏れるだけでなく、科学的な判断が重要。
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H7N9型鳥インフル

2013-04-07 04:07:57 | 自然養鶏
中国で鳥インフルエンザがまた発生し、死者6名感染者18名と今までにはない状況だ。今のところ、人と人の感染の確認はないようだ。今朝、テレビ番組で民主党の前原氏は人ひと感染が起きていると発言したが、そんな情報はない。鶏、ハト、ウズラからで、野鳥ではない。日本での感染を恐れるような必要はない。今回発生が起きている上海から江蘇省は3度行ったことがある地域である。自然養鶏の普及のことで出掛けたので、養鶏場もいくつか見せてもらった。鶏の流通状態も見ている。人間と生きた鶏との接触が日本とは全く違う。生きたまま鶏は販売されるものである。スーパーで生きた鶏が売られているのだ。自転車に大きな鳥かごを載せて、30羽ほどの詰め込んで、街のあちこちにある路上市場で販売する。H7N9型は弱毒性と言われる鶏病である。一時日本でも感染が広がったことがある。大量の鶏が死んだ高病原性と言われるものとは違う。中国では鳥インフルのワクチンが使われている。しかも生の鶏に触れる管理や調理は、日本の衛生観念とは違い、伝統的に日本より接触が濃厚である。生きた鶏をさばくのは調理場である。血液からの感染の可能性は高い。

国立感染症研究所は4日、中国当局から提供を受けた遺伝子情報の解析結果から、今回のウイルスは3種類の鳥インフルエンザウイルスの遺伝子が混じってできた新しいタイプのウイルスだと発表した。世界保健機関(WHO)が持っているH7型のワクチン候補株が効かない可能性もあり、同研究所は、中国からウイルス株を入手でき次第、新たなワクチン開発に入るとしている。このように新しい病気は次々に起きてくる。そして、人間が感染するようにウイルスが変異し、広がってゆく。原因は工業的畜産の方法にある。鶏の感染の連鎖が重要な要素である。大規模養鶏場では、何万回もの感染の連鎖が起こる可能性がある。100万羽も一か所で飼育する養鶏場がある。中国は大きいことに恐れを知らない。巨大化すれば利益が出るとなれば、日本ではありえないような巨大養鶏場が出来る。それが、工場のように閉じた空間として、管理される。感染の連鎖はウイルスの変異を生む可能性が増加する。

もちろん消毒もするし、日本では禁止されている、ワクチンも中国では使っている。ある意味それをかいくぐったウイルスは一気に感染を広げる可能性もある。もし、豚にウイルスが感染し、ここで感染の連鎖が加わると、人間への感染力を強めたウイルスの変異となる。A<B<Cと感染して行く中で、少しづつウイルスが変異をして、ついには人間に感染するものになる。本来鶏でも猪でも、小さな群れを作り暮らしているものだ。その規模であれば、ウイルスの変異の可能性はほぼない。両者がともに暮らしている環境もまずない。そうして自然界で何万年も生きてきたものだ。不都合があれば、死に絶えていたはずである。生き延びる巧みな形を自然は淘汰を繰り返しながら作りだしたのだ。ところが、人間が経済の都合で、大規模畜産というものを産み出した。これが新しい病気の発生を促している。以前から、鶏と豚が共存している中国南部地域が新しいインフルエンザを産み出しているといわれていた。今回は豚が関係していなければ、人ひと感染までは広がらないとみていい。しかし、同じ地域で豚の大量死があり、河川への投棄が行われていた。用心するに越したことはない。

根本的なリスク回避のためには、大規模養鶏の禁止である。このままであれば、大規模畜産が人間を滅ぼしかねない、新しい病気を産み出す可能性がある。新しい病気が生まれ、新しいワクチンで対応する。この繰り返しを続けて行く先には、ワクチンで対応できない病気の登場がある。そのリスクは中国の大規模畜産の拡大で一気に高まっていると考えた方がいい。安易な薬剤やワクチン使用は人間をより、危険な状態に追い込むことになる。このことは、このブログを書き始めたころから、繰り返し主張してきたが、ますます、大規模畜産だけになってきた。中小の畜産は経営が成り立たない。国際競争力のある畜産となれば、当然大規模畜産になる。韓国のFTP1年の経過はそのことを良くあらわしている。日本の食を守るためには、食糧の自給は国民の権利だ。
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養鶏の道具

2012-11-22 04:48:39 | 自然養鶏
養鶏は家の上の方で細々続けている。100羽はすでに切っているので、役所の決まりでは養鶏業ではすでにない。ここまで減らすことは、地域の方とも約束したことである。鶏も年寄りばかりになった。卵の産卵もかなり悪く、30個を切っている。まあ、仕方がないところだ。さらに減らしてゆくつもりだ。この秋、たぶん狸と思われるものに、3回侵入され、5羽ほどやられた。一時はがっくりきて、もうここまでかとも思ったが、何とか金網を補修したり、トタンを回したりして、なんとか防いだ。この規模で電気柵は管理上無理。また、小屋がある場所が電気柵が設置が難しい。周りには、イノシシが掘り起こした穴が、やたらあいている。イノシシは鶏は食べないので良いのだが。鶏小屋周辺のみみずを掘り返しているのだろう。床描く最近の獣害は半端ではない。蒔いた緑餌までぐちゃぐちゃにされた。

良いことと言えば鶏糞の状態が良い。1羽あたりの草の量も100グラム以上と充分に与えられる。一羽の暮らす面積も広がったし、遊び場も十分にある。歳をとったとはいえ、鶏はかなり元気である。病気らしいものは全くないし、下痢もしない。何故病気をしないのか。それは病気と折り合いがすでについているからである。つまり、ゴキブリがどんなに不衛生所に、つまり病原菌の巣のような所で暮らしていても、ウイルス病に感染したとかは聞かない。不衛生な場所が好きな生き物は案外に多い。その原因はそれに相応しい、免疫能力を持っているからである。昆虫と言うものには実に不思議な仕組みが存在する。昆虫だけでない。鶏も物が腐って行く過程のようなものを餌にしている生き物である。それに適応した免疫力を確立しなければ、100万年の生存競争には生き残れなかった。不衛生というような人間の感覚が違う。腐っていればおいしそうと感ずるのだ。人間から思えばはるかに優れた機能を備えている。

鶏を飼い方は、鶏の自然の状態を思い起こす事だ。大規模養鶏が何百万羽一か所に飼おうというような、あり得ないことを想定するために、自然とは隔絶した飼育法が必要になっている。そしてそれを安全で衛生的なものと考え違いをしている。その御蔭で一個15円の特売に卵が出て来る有難さと、おめでたさ。いつか自然からしっぺ返しを受ける。大規模畜産はすでに、人間にも感染する、新しい手に負えないウイルスを生み出し、人間を襲い始めている。こういう事を止めておいた方が良いのは、多くの人が気付き始めている。しかし、金儲けの方を重要と考える人が競争に勝つので、今のところは、ますます悪い方に進んでいる。この競争は終わりが無いもので、法律を変えてまで自然養鶏を締め出し、もっと自然の摂理から離れた方法へと進んでゆく。経営という要素が悪い選択をさせてゆく。

道具のことだった。シャベルはあちこちに置いてある。気付いた時に地面に手を加えられるためだ。餌の好気発酵は以前のようにモルタルミキサーで行っている。上には麻袋を何重にも掛けている。100羽程度の規模ならこの方式で十分である。嫌気発酵はバンド付きのドラム缶で相変わらずやっている。鉄板のものだが、20年使ってもまだ使える。温度計、湿度計、時計、曜日、等が出る一体型のものを、発酵機の前に備えた。1、780円のシチズン製である。ぬらすと壊れるので、4代目くらいに成るだろうか。それでも今日の湿度、気温は毎日見る。発酵の調子はどこか連動している「。麻袋」大きくしっかりした、「土のう袋」。発酵床を入れる「米袋」。3種類の袋は常備品である。もみ殻、米ぬか、蕎麦がら、もみ殻クン炭。稲藁。これも常備している。アルミのハウスカ―と車の付いた緑のかご。も使っている。
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玄米卵放射能不検出

2011-05-26 04:09:13 | 自然養鶏
笹村農鶏園の卵は放射能汚染されていなかった。やっと速報値の結果が出た。大丈夫だと思ってはいたが、結果が出るまでそれなりの不安があった。小田原の野菜は、ホウレンソウ、タマネギと不検出である。生梅も極めて低い値である。当初、小田原で放射能汚染が広がるなど、横須賀のデーターや、水道水の測定からまさかあるまいと考えていた。それが、お茶の測定で高い値が次々に出て、消費者の不安は広がった。早速行政に対して土壌を含めて広く測定を行うよう要請はしたが、行わない。結局は自分で測定する以外ない。そこでいろいろの測定機関に当たったが、満杯ということで、全く進まなくなってしまった。そこで再度県行政に対し要請した。もう不検出が繰り返されている茅ヶ崎の分をひとまず休止して、問題が起きた地域の野菜、特に土壌をするべきだろうと申し上げた。

小田原関係では、梅とホウレンソウタマネギが行われ、不検出か極めて低い値であった。それでも、これが曽我山方面ではないかという消費者の不安がある。箱根東斜面でも行わざる得なくなっていた。測定機関が見つかりできることになった。「有害化学物質削減ネットワーク」という組織である。仕組みとしては、ここで一時的に測定を行い、問題があれば京都の小出先生の再検査をお願いするという流れである。ここで、23日測定がおこなわれ、卵については不検出という結果であった。当然のことであるし、そうでなければ困るのだが、ひとまずは良かった。今与えている餌が昨年収穫されたものが中心であること。行政のデーターでは、水の汚染はない。問題があるとすれば、緑餌である。相当に迷ったところである。野菜で検出されていないのだから、緑餌の汚染レベルは低いと考えた。緑餌はこの間も与えていた。与えなくては、鶏の健康に良くない。

ジレンマはあったが、緑餌を与える選択をした。その選択は間違っていなかったということでホッとしている。良い卵を作るという事に努力している。緑餌をたくさん与えるということは、鶏の健康を守るためには、必須条件だと考えている。1日1羽に100グラム。せめて50グラム以上。それほどに草を食べる鶏を育てなければならない。緑餌が病気を克服して行く手段なのだ。ところが、これが汚染されている可能性がある。私はこのレベルなら、食べさせていいという選択をした。今までの経験から熟慮した結果であった。それでも、小田原のお茶から出た時には、少し不安はよぎった。しかし、卵は違う。まだそう確信があったので販売は続けた。そして、今回の不検出の結果である。これは、これから生涯にわたって放射能に付き合ってゆく上で、科学的知識と、冷静な判断が必要ということに成る。

どうやって汚染を避けて行くか。汚染を逃れる作物は何か。どうやって子供たちの健康を維持すれば良いのか。これから様々な情報が出て来るだろうが、正しく学ぶ必要がある。例えば国の土壌調査では、表土5センチを除いて、その下15センチを取り出し測定している。ところが、表土5センチに90%の放射能がとどまっていることが分かっている。つまり、国は値を低く見せかけようとごまかしを行っているとしか考えられない。国の出す値を鵜呑みにしてはならない。今回小田原の土壌のお茶では高い値が検出された畑の、表土を測定してみている。この数値は独り歩きしては危険なので公表はしない。今後、広い範囲の畑を線量計で測定をして、問題のある個所があれば、土壌調査をするという流れにしたい。どんな畑が汚染が低いのか。どうすれば低くなるのか。取り組んでゆかなければならない。
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