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地場・旬・自給

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養鶏場を完全に終わる。

2018-08-07 04:08:15 | 自然養鶏

養鶏業は山北で自給生活を始める中で始めた。だから30年前のことである。そして小田原に引っ越たので、養鶏場も小田原に移動した。好きなことを30年もやらしてもらえたのだから、感謝の気持ちが溢れている。小田原では土地をお借りしてやっていたのだが、先日地主さんが見えて、土地を返して欲しいという事を突然言われた。びっくりしたので少し考えさせてもらいたいという事になっていた。そして先日、農の会の機械小屋があるので、農の会に貸してもらえないかとお願いしたのだが、どうしてもダメだという事であった。個人ならいいが、NPO法人では嫌だという事であった。なんとかお借りしたいので、もう一度時間をおいて話させてもらいたいという事にした。そして改めて話し合ったが、どうしても返してもらいたいという気持ちは変わらないという事であった。そういう事であれば受け入れざる得ない。契約期間の来年の8月末なのそれまでは良いという事になった。10年間やらしてもらえれば、投下した費用は回収できる計画だったのだが、15年は養鶏が出来たわけだから、充分なことである。

返すまでにお借りした状態にするという約束をした。地主さんはそのままで構わないと言ってくれた。それでも借りた時よりはきれいにしてお返しするとお約束をした。地主さんへというより、土地に対して使わせていただき感謝を示したいと思う。世間からも養鶏場の後を片付けもしないで居なくなったと言われたくない。美しい場所にして終わりにしたいと思う。地主さんから返して欲しいと言っていただいたことは、今は幸運だったと思う。機械小屋があるので困ると思ったが、よく考えてみれば、土地をお借りして機械小屋というの状態では問題が起きた時に困る。同じ舟原に住んでいる自分がいなくなり、農の会という組織が借り手という事になると、責任問題など生じた時に厄介なことになりかねない。返して欲しいと言われたときは困ったと悩んだが、地主さんの気持ちに従うという事が一番良い選択になった。養鶏業を完全に終わるにあたり、幸運な展開と言えるだろう。

まず鶏小屋は前から欲しいと言われていた方に差し上げることにした。大きなハウスが欲しいのだが、どこかで使わなくなったものはないかという事で相談されていた。鶏小屋はまだ十分使える状態である。見て頂いたら、ちょうどよいと喜んでいただけた。持って行ってもらえることになった。使えることになれば私としては気持ちが良い。何か良い巡り合わせになっている。周囲にめぐらせた、単管パイプであるがこれは抜き去れば、鉄くずとして引き取ってもらえるから、問題がない。機械小屋などの部材はあちこちに分散させて、小さな機械小屋を作ろうと思っている。諏訪の原圃場でも、小さな小屋を作るのは構わないと地主さんが言ってくれている。屋根があれば、水を溜めることもできるし、そこに道具があれば、みんなの活動にも便利になる。部材がないかと考えていたところだから、これも丁度良い利用になりそうだ。

後の田んぼの会の機械一式は私の家のハウスなどに移動したいと思う。家の方のハウスもビニールが破れてしまい直そうと考えて、部材を用意したところだったのでこの際使いやすく直して、いろいろ置けるようにしたいと思う。今回の機械小屋の整理に伴い、住んでいる家の今後の管理についてもめどが見えてくるかもしれない。返して欲しいと言われたときにはこれは困ったと思ったが、実にありがたい申し出だったようだ。流れに逆らわないという事も大切なことのようだ。立つ鶏跡を濁さずである。生まれた藤垈村では寺院が朽ち果てている。屋根の落ちたお堂を見ながら暮らすという事はさすがにつらいことだ。日本が崩壊する過程にあるように見える。地方消滅というが、消滅ならまだましである。地方廃墟化である。軍艦島ではないが、人間の痕跡が無残に残されるという事は、自然というものに申し訳の立たないことになる。世界遺産化した山村の廃墟などあってはならないと思う。自分の後始末だけはきれいにしたいと思う。

 

 

 

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鳥インフルエンザと獣医学部

2018-04-16 04:18:57 | 自然養鶏

国家戦略特区での獣医学部新設を目指し、学校法人・加計学園と、競合していた京都産業大の教授をこの春に退職した大槻公一氏が朝日新聞の単独インタビューに応じた。鳥インフルエンザ研究の第一人者として2006年に京産大に招かれ、約11年間、獣医学部新設を目指して準備にあたってきた。そして加計学園が認可され、京産大は除外された。大槻教授は京産大の鳥インフルエンザ研究所の所長をされていた。大槻教授の見解は鳥インフルエンザ騒動の時にずいぶん読ませていただいた。北海道大学の喜田教授とお二人が冷静な見解を出されていたので、ずいぶん気持ちが助かった。学問のありがたさをつくづく感じた。その京産大の獣医学部新設の要望では、内閣府には合う事すらできなかったそうだ。獣医学部は学問的な意味で選択されたのではないことをうかがわせる。鳥インフルエンザ時でもお二人がどれだけ学問的に正しい見解を出しても、世間はある種のパニックに陥り、聞く耳を持たなかった。神奈川県では警察まで動き出し、現場をめちゃくちゃにした。何しろ、自治会で笹村の養鶏場は大丈夫なのかという、意見が出たそうだ。

この背景にあったのが、製薬会社の思惑である。WHOを巻き込んで世界的なスキャンダルにもなった。これは獣医学と、一般の医学との考え方の違いという事もあったのだと思う。人間の場合は万が一という徹底した予防が配慮される。鳥インフルエンザではまことしやかに人ひと感染が、始まるような報道がおこなわれた。日本の報道は科学部の力量が低いのではないかと思う。社会は不安を増幅させて、いつの間にか人間の方のインフルエンザの問題になった。製薬会社が利益の為に誘導的活動を行った。その結果、今は禁止になった薬まで備蓄された。現代人は万が一の不安の中で生きている。諦めがない訳だ。決まり切った死ぬことさえ受け入れることができない。鳥インフルエンザの問題が学問的な未開分野であった。基礎データーも不足して、それがデマにつながった。デマだったことは10年が経過して明確になっている。自然界においては鳥インフルエンザは何万年も繰り返されて来たことで、特別なことではない。にもかかわらずなぜ野鳥が今もいるかである。これを研究してゆくのが獣医学であろう。口蹄疫の問題、ヤコブ病の問題、動物由来の感染症が社会の不安を煽っている。きちっとした学問的なアプローチが必要なことははっきりしている。

獣医学部で本格的に、家畜の感染症を研究しなければならない。現実の社会では大規模畜産というものが、当たり前のように広がった。その安全性に関しては、研究がないといっても良い。一か所に鶏が何10万羽もいることで何が起こるかである。豚が1万頭一か所にいたら何が起こるかである。そうした研究が不足している。今の畜産の姿は農家畜産の発想のまま、規模が無限大に拡大されたようなものである。そこでは病気を薬で予防的に使うことが当たり前とされている。大規模になればなるほど、薬は予防的に使われる。人間であれば、100万人に一人が影響を受けるようなワクチンであっても問題になる。ところが、家畜であれば1000頭に1頭問題が起きていても許容範囲となる。消毒薬、予防薬、少々影響があるとしても、一年以内で肉になるとすれば、問題ないのが家畜の世界である。牛が問題になるのは少し長く飼育されるからに過ぎない。人間とは違う薬の使われ方が畜産ではされている。予防的に抗生物質の投与がされているのが現状だ。それが耐性菌の問題につながっている。

大槻教授は鳥インフルエンザの研究の第一人者である。もし、政府が主張している通り、家畜由来の病気の研究を重視して新設の畜産学科を設立するのであれば、当然京産大の大槻教授を軽んずることはできないはずだ。少なくとも実績のない加計学園が優先されなければならない理由はない。大槻教授も何故京産大が軽視されたのか、加計学園が優先されたのか、この点疑問を持たれているようだ。やはり安倍氏の友人である加計氏の存在が気になる所である。確かに、愛媛に地方再生の為に獣医学部を作るという事は一つの考え方である。私の発想であるなら愛媛大学に獣医学部を作る。大槻教授や喜田教授を招へいし、獣医学の研究センターにする。日本の現状としては地方であろうが都市の大学であろうが、大学は経営の危機を迎えている。どうしても必要なものであるなら、愛媛大学を強化する方が良い。一部の政治の力で、アベ案件、アベ友人案件として、議論抜きに進められたとすると、不自然という事になる。共通の土俵で開かれた議論がなかったところに問題がある。大槻教授の研究の方向が製薬会社の方角と違うという事であったとしたら、さらに問題は根深いことになる。

 

 

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鶏肉の半分に耐性菌

2018-04-03 04:23:08 | 自然養鶏

薬の効かない菌、耐性菌を鶏肉の半数から検出したと厚労省研究班が公表した。鶏肉の半数から抗生物質(抗菌薬)が効かない薬剤耐性菌が検出された。食肉検査所などで約550検体を調べ、全体の49%から耐性菌が見つかった。家畜の成長を促す目的で飼料に混ぜて抗生物質(抗菌薬)が与えられることがあり、鶏の腸内にいる菌の一部が薬剤耐性を持つなどして増えた可能性がある。

いまさらながらの恐怖であるが、予想された通りである。大規模畜産は止めた方が良いことだ。家畜が100万の数で一か所に存在するという危険を認識すべきだ。万が一のとんでもないことが、普通に起こりうる状態で家畜は飼育されている。大規模畜産においては家畜の抗生物質使用は当たり前のことだ。ここで耐性菌が生まれる。さらに新しい病原菌の誕生している可能性が大きい。鳥インフルエンザのウイルスの変異もこうした環境下で生まれたと想像すべきだ。大規模畜産というものが、人類を滅ぼす危険をはらんでいる。そんなことを言ったって、薬を使わなければ養鶏など出来ない。養鶏が出来なければ食べるものがない。こういう言い訳を無くすために私は自然養鶏を行った。薬剤など一切使わないでも養鶏はやれるのだ。大規模養鶏というもは危険なのだ。。何万もの生きものを狭い空間に閉じ込めて、病気が出ないようにするためには、薬漬けにするほかない。畜産においては、薬で病気を予防するという思想自体が間違いである。薬など一切を使わず養鶏は可能なのだ。それが自然養鶏である。

ところが、自然養鶏と口先では宣伝しながらも、抗生物質の混ざったチックフードが使われていたりするのが常である。私の目からするとおかしな自然養鶏がむしろ一般的である。インチキ自然養鶏も大規模工場養鶏と違う意味で危険なやり方だ。ある意味中途半端すぎて大規模養鶏以上に危険な場合も多々ある。長い養鶏業生活の中で、散々そういうインチキを見てきた。薬は一切使っていませんなど言いながらも、散々抗生物質で育てられた中雛を仕入れて養鶏をやっている人の方が多いい。何が安全だといいたい。大規模養鶏は怪しい。さらに小規模平飼い養鶏も怪しい。そこで行き着くのが家庭養鶏である。安全な養鶏には3つの要素がある。安全な餌。放し飼い。自家孵化。これが出来ている養鶏場が私が知る限りない。あるというのであれば教えてもらいたい。その点家庭養鶏は心配がない。最高の卵や鶏肉は家庭養鶏でのみ作られる。

資本主義の中では、儲ければ勝ちだ。儲かるやり方が優れたやり方になる。法律を犯していなければ、ぼろ儲けする養鶏が良い養鶏だ。きれいごとの口先に騙されてはならない。消費者というものは家庭養鶏が出来ないのであれば、残念ながら危険承知で卵や鶏肉を食べるほかない。あるいは食べないほうがいい。とことんまともな養鶏場を探すことだ。自分の眼で見なければだめだ。見せないところは嘘をついているに違いない。私も日本全国養鶏場を廻ったが、立派な能書きの養鶏場に限って、つべこべ理屈を並べて立ち入らせなかったものだ。自分で鶏を飼うことに立ち戻ることだ。大したことではない。戦後は東京でもチャボで家庭養鶏が推奨された。ところが今は鳴き声がうるさいだ。鳴き声が我慢できない社会の方がおかしいのだ。鶏の鳴き声を楽しむ文化は世界各地に残っている。おかしな社会だから、耐性菌など産まれてくるのだ。

鶏は家庭の生ごみをすべて食べてくれるごみ処理機でもある。それでいて売られているどの卵や鶏肉より上質なものが清算可能なのだ。我が家では食品残渣をごみとして出したことはない。すべて鶏の餌になっている。鶏の声もあたりに響かないように、防音鶏小屋と作った。夜はそこを閉じてしまう。音もそこそこ抑えられている。やろうと思えばだれにでもできる。家庭養鶏をやるのか、畜産生産品は食べないか。結局のところ生き方である。

 

 

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鳥インフルエンザの真実

2017-12-28 04:18:15 | 自然養鶏

東山動植物園は20日、飼育する鳥が鳥インフルエンザに感染した場合、別の施設に隔離できれば、原則は殺処分とせずに治療する対応マニュアルを決めた。

長い時間がかかった。ついに私の主張の正しさを認める動物園が現れた。正しいことは何を言われても主張し続けなければならない。やっと鳥インフルエンザに対する科学的な正しい対応策を公的機関でもやっととるようになった。時間がかかったが、良い方針転換である。誤りをあらたむるに恥ずることはない。どれほど貴重な鳥がこの悪法で殺されたことか。現在でも鳥インフルエンザに感染した家禽は、同じ養鶏場にいる鶏すべてが、健康であろうとも殺処分されることに法律でなっている。この愚かな対応に抗議することがこのブログの初期の目的であった。10年以上の年月がかかり、やっと正される方向が見えてきた。家禽類はまだ殺処分が強制化されている。こんな非科学的な対応がされていたという愚かしさが、必ず反省される時代ががくるはずである。現状の鳥インフルエンザに対する科学的な対応が行われていない。社会的な恐怖心を煽った政府や報道機関。

人間のインフルエンザと名前が同じがために、悪用されたのだ。現在の偏見を作り出しているのは宗教ではなく、経済である。経済が目を曇らせて、自然の姿を冷静に見ることを忘れたのだ。鶏は自然界で、何百万年もワクチンなぞなく生き抜いてきたのだ。その姿の中にこそ真実はある。間違った鳥インフルエンザ対応の為に、日本の鶏文化は今消滅の危機に陥っている。動物園では家禽を飼うという事を控えている。学校でも同じく鶏を飼うという事はない。鶏の品評会というものも行われなくなった。鶏を集めるという行為自体が禁止された状態である。すべては鳥インフルエンザに対する無知が原因である。こうして世界に誇るべき日本鶏の文化はほぼ失われつつある。すでに鶏の声が騒音であるという事で、街場では飼えなくなっていた。農村でもよほどの山奥以外では飼えない状況がある。鶏を飼っているという理由で、ときどき警察が見回りに来るような事態では神経的に圧迫されてしまう。鶏を飼うという事が、忌み嫌われる趣味になったのだ。天照大御神の神使は「鶏」とされている。神話の時代から日本人が親しんだ鶏が、似非科学によって消されようとしている。

鶏のことだけなら、大したことはないかもしれない。しかし、この背景にある不安を募らせる社会の根底に、日本の社会の了見の狭さを示されている。些細なことから、不安を増幅させる社会である。付和雷同に一辺倒化する社会。大本営発表をうのみにしてしまう危うい社会性。それは社会が病んでいるという事である。社会全体が神経症的な状態である。ゆったり感がない。余裕が失われている。鳥インフルエンザにおいて、人ひと感染が起こりうるというようなデマが流された。忽ちに世間は不安に満ちて、養鶏場を忌まわしい眼で見るようになった。今は世間はそのことを忘れている。新しい、苛立ちの対象を探して、鵜の目鷹の目である。この時点では大相撲が血祭りになっている。あることないこと騒ぎ立てている。新聞の社説で、貴乃花が批判されているのには驚く。新聞は公的な批判精神を忘れて、個人攻撃をするようなはけ口を求めている。

鳥インフルエンザ騒動の結果、人間の方のワクチンの備蓄が行われるようになった。今年もワクチン不足だというので、大騒ぎである。こうして騒げばまるでワクチンを打たない人間が健康に無神経であるかのような騒ぎだ。ワクチンの効果など一定のものだ。万能の薬などそもそもない。私にはワクチンなど全く不要だ。各々が判断すればよいことだ。似非科学がワクチンを義務的なものとする圧力を社会に蔓延させているのだ。どうもこれが日本だけではないようだ。死ぬことを明らめきれない社会。ここに根本原因がある。人間は必ず死ぬのだ。何らかの理由で、遅かれ早かれ死ぬのだ。すべてはそれまでのことだ。生きている今を十二分に味わう以外に生きるという事は何処にもない。このことを自覚すれば、どこかにはけ口を求めるのでなく、自分自身の納得というものを見つけることになる。

 

 

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家畜と動物虐待

2017-12-12 04:11:24 | 自然養鶏

家畜を飼うという事が動物虐待だと思っている。養鶏業で暮らしてきた人間である。きれいごとで誤魔化すわけには行かない。養鶏業は生きものを飼育して、それを食べてしまうのである。どのように都合よく考えても動物虐待である。どれほど良い環境で飼おうが、その根底に殺していただくという事がある以上、動物虐待の意味を逃れることは出来ない。人間が生きるという残虐の罪を引き受けるつもりだ。工場養鶏ではないなどという事は、すこしも言い訳にはならない。どれほどかわいがって飼おうとも、むしろかわいがって飼うがゆえに、それは残虐な殺戮が最後に待っている。いや私は殺さず死ぬまで飼ってという人も居るだろう。しかし、動物を飼うという事自体が動物虐待ではないと言い切れるだろうか。人間が生きるという事が、すでに他の生きものを食べなければならないという必要条件がある。菜食主義者だからなどということも少しも変わりがない。耕作地がどれほどの生きもの命を奪っていることだろうか。砂漠化がどれほどの動物の命を脅かしているのか。人間が生きるという事はひどいことである。ひどいことを悲しむより、少しでもましことをするという以外にない。

羽毛は動物虐待ではないかというコメントがあった。その通りだと思う。生きた水鳥から羽毛を剥ぎ取り、また生えてきた毛をまたとるというようなことをするのだ。それでも私はダウンは良い素材だと思って使っている。着心地、保温性共に素晴らしいと思う。最近の中空繊維など、羽毛以上だというが私の使ってみている物は劣る。革靴の方が、合成皮革の靴より良いと思う。人間が生きるという事は他の生きものを利用するという事に繋ながっている。家畜は人間の為に飼われている訳で、どれほど大切に飼おうと家畜である。動物園というものは耐えがたいものだと感じる。養鶏業をやってきたからそういう事を感じるのかもしれない。動物園は人間の残虐の証のようなものだ。見世物のように檻に入れられている動物を見ると哀れに見えてしまい、私にはすこしも楽しめない。猿芝居を一度残虐行為だと気づいたら、もう楽しんでみていることは出来ない。パンダのように自然では絶滅するものを飼うのは許されるかもしれないが、それを眺めて楽しむことは私にはできない。

鶏を家畜として飼うという事は、どのように都合よく考えたとしても動物虐待である。せめても、大切に食べてあげることだと考えてきた。人道主義者と言われるショバイツアー博士は人を助けるために、病原菌を殺すのは許されないのではないかと悩んだそうだ。小学校の教科書でこのことを読んで以来、今でも忘れられないでいる。どのように考えればいいのだろうか。未だ結論に至らない。確かに命に軽重はない。命を頂くという意味では、菜食主義でも命を頂くことになる。植物の命だから許される範囲というのは、自己保身的な考え方に過ぎない。もちろん健康のための菜食主義であれば、そういう意味ではないのだろうが。牛を飼い、牛乳は良いが、肉はいけない。果たしてそういう事だろうか。牛を飼うという事は構わないのだろうか。厳密に考えるとすべては絡み合っていて、思考を複雑化してだから、何でも構いやしないとなりがちである。羽毛は良いのかという事に戻る。

羽毛は生きたまま羽を何度もむしり取られているから、ひどい動物虐待であるという考え方だと思う。大事に飼い、一度だけ羽毛を取るなら良いと言い切れるだろうか。この考え方であれば、肉を食べるために家畜を殺すことは仕方がない。この殺した動物の羽をごみとして捨てた方が良いという事にもなるのか。殺す以上できる限りすべてを大切に利用させてもらう方が良いのではないか。人間が生きるという事は、残酷なことだ。肉も利用することを認めるのであれば、骨まで大切に利用する。羽根を利用するのは悪いことではない。生きたまま何度も羽を抜き利用するのは、さすがに許されないという事になるのだろう。羽毛がいけないのではないのだろう。牛革なども同じである。野生動物の皮は確かに良くない。肉利用に伴い皮を廃棄するのも良くない。使えるものを廃棄するのは良くない。飼っていた生き物を殺すという事は人間に影響をしてくる。自分の飼っていた鶏を殺すという事を自分に課すことが、鶏を飼うものの罰のようなものだ。辛いことだった。だからできる限り自分で行った。結論ではないが、ひどい人間であると自覚しながら、革靴も羽毛服も私は使う判断である。

 

 

 

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獣医学部の必要性

2017-08-08 04:40:42 | 自然養鶏

獣医学部の新設に基本的に賛成なのは、鳥インフルエンザで遭遇した、つらい経験がある。このブログを熱心に書き出したきっかけの一つも、鳥インフルエンザの流行にあった。この流行には疑問が生じたままだ。そして、鳥インフルエンザに対する対応がまるででたらめであったことは何度も書いてきた。鳥インフルエンザが見つかると、発症した県の家畜保健所はその対策の先頭に立つ。しかし、感染が広がり始まると、とても担当部署だけでは済まなくなり、その県の他の部署からも応援が出ることになる。それでも足りなくなると、近隣県の家畜保健所などから応援職員が派遣されることになる。しかし、それでも対応しきれない為に自衛隊の出動が要請され、その地域の感染拡大の阻止のために活動する。そして、一方でその県の警察も動くことになる。私の場合、家畜保健所から呼び出された。注意喚起のために養鶏関係者を集めて注意をするというのだ。そして警察が、養鶏場に物々しく何か事があったかのように現れた。

行政や警察の対応自体が、感染症に対する基本がまったく出来ていない。まず、鳥インフルエンザの流行が始まった地域で養鶏業者を集めるようなことは、最もやってはいけないことだ。私はすぐにもやめろと抗議したが、聞く耳を持たなかった。行政は努力を形で表したいだけなのだ。感染が広がれば養鶏場同士の接触が混乱を深めることになる。それに加えて鳥インフルエンザに関して無知な警察官が、養鶏場を次々に回り始めた。私は警官に基本事項を質問したが、何も答えられなかった。鶏の死亡など何か隠していないかを調べようとしたのだろう。こうして警察官が感染を広げた可能性もある。しかも、警察が出動しなければならない緊急事態という事を住民に告げることになり、養鶏場に対する差別が始まった。地域の住民から、養鶏業は危険だからやめてほしいという声すら出た。今でも、小学校で鶏の飼育は出来ない状況が続いている。こうして、日本の天然記念物でもある鶏の文化は途絶えようとしている。鳥インフルエンザの騒動においては、報道機関も病気について理解できないまま、でたらめ情報を垂れ流した。何でも大げさに取り上げるのを得意とするテレビ報道は、明日にでも人に感染するかのような騒ぎにエスカレートさせた。海外で起きた特殊な詳細不明の事例が、あたかも明日には日本のことになるかのような、無知な対応が続いた。この騒動を悪用し、巨額の利益を上げた製薬会社やWHOはその後収賄罪で逮捕者が出た。人間のインフルエンザ問題でのタミフルの備蓄という、製薬会社の陰謀に鳥インフルエンザが利用されたということだ。

この問題の根底にあったことは、科学的な情報の不足である。今でもまだ鳥インフルエンザの世界的流行の科学的な理解はできたとは言えない。獣医学が学問として遅れているという事がある。人間の医療との連携が取れていないという事もある。そして、感染症専門の獣医師が不足している。つまり、街のペット病院の数は増えても、行政の職員としての獣医師は十分とは言えない。例えば、ことが起きた時に、国の感染症対策の獣医専門職が県の家畜保健所と協力して行動するような体制がない。その為に、知識のない行政職員や、警察官、自衛官が動員され、感染を広げかねない結果になった。茨城県では、現場に行かなかった職員から抗体反応が出て、人ひと感染が疑われた。あれはその後なかったことになった。いずれにしても、ヒアリではないが、これからの世界は海外から、感染症が家畜由来で蔓延する可能性は日に日に拡大している。家畜の飼料は大半が輸入なのだ。感染予防のためには、日本においては水際作戦の強化以外にない。専門知識のある職員を、輸入業務の部署に数多く配置する必要がある。

狂犬病などでも、現在、ワクチン接種が義務付けられているが、これは対策が間違っている。犬に予防注射を打つのではなく、日本に狂犬病の疑いのある犬を入れないようにすることだ。つまり、もし日本国内に狂犬病の動物が持ち込まれたとすれば、怖いのは犬ではなく、外来種のあらいぐまだ。ここに感染が広がれば、もう防げないことになる。犬にワクチン接種している愚かさを認識しなければならない。これは野鳥にはワクチンが打てないのにもかかわらず、養鶏場の鶏にだけワクチンを義務化している愚かさと同じだ。そんなところに費用をかけるより、海外から絶対に国内に入れない、防疫体制を強化しなければならない。国の職員として、相当数の獣医師が必要である。またその獣医師の感染症に関する、海外の新しい状況に敏感に反応している人材である必要がある。鳥インフルエンザに関しても、学問的研究が全く不十分で、ただすべてを淘汰するという原始的な方法だけで対応している。鳥インフルエンザに関しての学問的水準を上げるという意味でも、専門の学部は必要になる。鳥インフルエンザの元凶は大規模養鶏にある。大規模畜産を継続すれば、さらなる新しい感染症が出現する可能性が高い。つまり、100万羽が一か所に飼われているという事は、そこで、ウイルスが変異する可能性が高いと思われる。それは人類の新たな危機にもつながる。獣医学の進歩の為にも新しい大学ができることは悪いことではない。

 

 

 

 

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無くなる仕事

2017-05-06 04:06:33 | 自然養鶏

世の中が変化して、無くなる仕事があると言われると、不安になる人もあるかもしれない。世間的に言えば無くなってゆくはずの、昔の養鶏を仕事としてやった。自然養鶏というものは、失われている仕事を復活したようなもので、他にやる人は居なかったので、競争がないという点で成立できたのだろう。日本からなくなった仕事であったからこそ、生計を立てるという意味では案外に楽な仕事だったようだ。私が自然養鶏というものを始めた時には、似たものに平飼い養鶏というものがあった。オートメーション工場のような大資本の養鶏業に対抗して、せいぜい何千羽単位で地面に平飼いを農家的な規模で行うものである。工場養鶏はケージ飼いと言って、何段にも重なった狭いところに詰め込まれているので、地面で暮らしているというだけで、イメージが良いという事になった。ところが、餌はどちらも似たものを与える。私は子供の頃から鶏を趣味で飼ってきたので、どんな飼い方で良い雛が取れるかはそれなりに知っていた。良い雛が取れる卵が良い卵に決まっている。ここに私の養鶏業の道が見えた。

鶏の飼い方が知りたくてさまざな鶏飼いを尋ね歩いてみた。見せてくれないところが多かった。いかに平飼い養鶏に嘘が多いいのかを痛感した。本当の良い養鶏がやれることを身をもって示そうとした。発酵利用の自然養鶏を始めた。こうなると、子供の頃からの趣味で培った技術がものを言って、日本で唯一の自然養鶏をやれるようになった。放し飼い。発酵飼料。自家鶏種の孵化。その結果無くなったはずの伝統農業であるからこそ食べて行けるという結果になった訳だ。つまり人間が生きてゆくという事は、世の中の動きをどのように見るかである。自然養鶏は大変だからできない。やれたとしても効率が悪くてできない。たぶん大抵の賢明な人はそこまで考えたところで止める。始めたとしてもなかなか続かない。私は誰よりも鶏が好きだったので、楽しい自然養鶏が可能になった。

無くなる仕事とはどういものか、ロボットや人工頭脳に置き換えられるだろう仕事のことだろう。危険で汚い仕事が無くなるのは悪くない。無くなるという事は少数派になるという事で、危険でも好きなら存在は可能という事になる。まあ、電話のオペレーターが好きという人は少ないだろうが。私は鶏が好きで、飼えればいいと思っただけだ。商売になろうがなるまいが、飼っていたいというのが本当の所だ。だから養鶏業は止めたが今も鶏は飼っている。生きるという事を出来る限り味わいたいという事だけだ。おざなりに鶏を飼うのではなく、とことん鶏というものを極めてみる仕事が面白いことだ。人間が生きる為に仕事がある訳だが、人間がその人らしく生きるという事が全ての大前提にある。自分らしくあるために仕事を作り出す。問題は自分らしいもの、自分の好きなものに生きる目標が見つかるかどうかにかかっているのではなかろうか。このことはそれぞれのことなので他人のことは分からない。

絵を描くことが好きだ。これだけは生きている限りやり続けたい。そのくらい面白い。有難いことに100歳でも体が動く間は可能な仕事だ。65歳まで自然養鶏をやれた。70歳までは自給農業をやるつもりだ。この2つのお陰で絵が描き続けられた。それはお金のことではない。生きるという事をそのことを通して知ったという事だ。鶏を飼い農業を突き詰めている内に、描くべきものが見えてきた気がする。有難いことだ。絵を描き、自分を探るという最も難しい仕事を、好きなことをやり尽くすことで、近づくことが出来たのかもしれない。そう気づいたときが養鶏を止めた65歳である。最後の絵を描く仕事に向かった時である。あと何年残されているのかは、運命に従うしかないが。30年ぐらいはほしい感じだ。そんなに元気で生きていられる人はめったになかろう。それなら20年だが、これなら焦らないでもいいかも。あと10年しかないとすれば、相当にせわしい感じになる。先の事は考えてもしょうがないが、ここまでこれたのだから、自分なりの10年をまずやり尽くしたい。

 

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赤色ヤケイ

2017-01-05 04:15:20 | 自然養鶏

photo by Lip Kee

酉年である。NHKテレビで幻の鳥赤色ヤケイをタイのジャングルで探す「ダーウィンが来た」という番組を放送していた。赤色ヤケイがどのように暮らしているのかには以前から興味があったので、楽しみにしてみた。何より驚いたことは耳朶、顔の横にある肉垂れが白かったことだ。しかもハート形の鮮やかな白だった。赤色ヤケイの耳朶は赤だと思い込んでいた。土佐小地鶏のイメージが強かったかもしれない。但し小地鶏の脚は黄脚である。耳朶の色は生息地域での違いなのだろうか。あるいは個体差なのだろうか。こういう研究はあるのだろうか。ネットでは赤から白までいろいろの写真が出てきた。私の昔の思い込みでは赤のはずだ。小国の耳朶は完全な赤という事になっている。東天紅は耳朶白という事だ。この違いを品種として固定することはなかなか難しい。実は、テレビに出たタイの赤色ヤケイは、飼われている人間の作り出した鶏と交雑している可能性が高い、と私は見たのだが。果たしてどういう事になっているのか。

赤色ヤケイの足の色は鉛色である。楊柳色と言える。東天紅は楊柳色であり、小国は黄脚である。小地鶏の足が楊柳色なら赤色ヤケイである。これが耳朶の色との組み合わせでなかなか揃わない。他はすべて良いのに、耳朶だけは白が差す小国ということになる。長年の割り切れない想いが、すっきりとした。つまり赤色ヤケイの耳朶は赤もあれば、白もあることになったという事だ。原種の赤色ヤケイの耳朶の色にこのような変化があるのでは、作られた鶏の固定の困難さも当然のことである。脚の色はどこから黄脚が出たのだろうか。これも不思議な変化だ。黄脚のヤケイというものが、いまではいるのだろうか。しかし赤色ヤケイは幻の鳥というほどの希少種ではない。テレビ的にはそうなるのだろうが。なかなか見ることが難しいという程度の事である。ブキサールというインドネシアの品種は、赤色ヤケイと交雑させるという事が行われているらしい。鳴き声を競技するため、つまりジャングルに響き渡る声を良しとするので、ヤケイとの交雑をする。これも一例だが、闘鶏の為の交雑などもある。結果ヤケイ自体が家禽の影響を受けた可能性がある。

赤色ヤケイがかなり高い木の上で寝ていた。相当に飛ぶ。日本キジ程度には飛ぶという事だ。夜寝る時には高いところに寝るということは分かるが、メスが卵を抱く場所は地上のはずだ。ダーウィンが来たでも、写っていたのはオスだけである。メスはどこかで抱卵している可能性が高い。見つからなかったのだろうか。テレビ映像ではオスが一羽だけだったが、本来単独でオスだけがいるというのは、少し不自然な気がした。地上で抱卵しなければならないので、メスは地味な保護色だ。抱卵していなければ、雄と一緒に高い木にとまって寝ているはずだ。メスは複数いる群れで生活をしているはずだ。この辺ももう少し取材してもらいたかった。

鶏やヤケイの遺伝子の調査というものは進んでいるようだ。家禽に関する調査では、家禽というものの交雑は複雑で、品種というものの整理が遺伝子的には明確にならないもののようだ。それがどうもヤケイの遺伝子解析でも似たようなことがあるようで、調査個体が少ないためなのか、家禽と4つのヤケイの関係も明確とまでは言えない。昔から、鶏の祖先は赤色ヤケイのみだと言われているが、交雑という意味では、どのヤケイとも可能なのだから、いろいろのことが起きていると考えた方が良いのかもしれない。私は子供の頃、高麗キジとバンタムとの交配を行った。死もごりではあったが有精卵は取れた。ヤケイはすでに家禽との交雑の影響を受けているのではないだろうか。ここに書いたことは、全く素人の感想にすぎないのだが、赤色ヤケイのNHKの映像について、専門家の人の助言はなかったのだろうか。赤色ヤケイとしてどの程度の信頼性がある映像なのだろうか。

 

 

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高病原性鳥インフルエンザの流行の兆し

2016-11-30 04:02:42 | 自然養鶏

鳥インフルエンザが再流行の兆しを見せている。しばらく沈静化していたのだが、大規模養鶏場の状態に変化がないのだから、必ず再燃する。中国の大規模養鶏の状態はかなり危険な状態である。ワクチンを中途半端に使い、その上に野鳥と鶏の接触にも注意が払われていない。そして鶏の流通は、生きたまま街の路上市場盛んに行われている。これでは最悪の状態が起来ても不思議はない。見たことはないが、インドネシアを見てきた人の話では、中国以上に問題がある状態のようだ。全ての国の巨大畜産は危険があるという事だ。消毒で病気を防ぐという発想には限界がある。それは巨大化すればするほど、危険が高まってゆくことになる。経済優先が問題を深刻化している。野鳥には鳥インフルエンザは常在する。特に集団で生活している水鳥には、普通に感染がある。感染があっても絶滅しない調和の中で野鳥は生きている。しかし、そうした野生の状態が一旦、大規模養鶏場に接触した時には、100万羽というような鶏の淘汰が必要になる。

大規模畜産は常にこうしたリスクの中に存在する。安く、誰でもが畜産品を手に入れることを可能にしたのが、大規模畜産であろう。自然養鶏であれば、私の計算では卵は1個230円で販売しなければ、事業としては生産を継続できないものであった。私の場合、自給の余剰を販売するという発想だったので、55円で販売していた。それは普通の人が食べることのできる価格がそのあたりだと思ったからだ。230円にしても飼いたいという人はいるのかもしれない。しかし富裕層だけの食べられる卵など生産したくなかった。スーパーに行くと大規模養鶏場の卵は20円くらいである。これは自然養鶏の10分の1の価格である。少々問題はあっても、安い畜産品のためには、目をつぶらざる得ないという事がこの社会の矛盾に満ちた現実である。それと同時に引き受けなければならないのが、鳥インフルエンザのリスクである。まさに原発と同じ構図である。

人間は目先の利益に踊らされて、進んではいけない文明の領域に入り込んだ。これがマルクスも考えなかった資本主義の最悪のシナリオだったのだ。大規模畜産を一日も早く辞める以外に、感染の拡大を防止することは出来ない。どれほど安全を高めたところで、原発のリスクは残る。大規模畜産も同じことなのだ。必ず大きな網からこぼれ落ちるリスクが表面化する。病気に薬で対抗しようとしても、人間は病気で死ぬ。どれほど新薬を発見したところで、病気を無くすことは出来ない。消毒まみれの中でしか暮らせなくなるひ弱な人類が、そう長く生き残れるとは思えない。私は不衛生な時代、自然の中に育ち、選抜され生き残った優秀個体である。こういう優秀個体は日本では少なくなり始めている。私が食べても大丈夫だからと言って、今の子供が食べたらどうなるかはわからない。汚いはきれい、きれいは汚い。

鳥インフルエンザの流行は警告である。自然が人間の越えてはならない限界を示しているのだ。日本がどれほど養鶏場の衛生管理を進めたところで、中国で漏れが起これば、日本にも被害が及ぶ。原発も同じだ。インドや中国の原発事故が人類の滅亡になる。人間の暮らしは欲望に従い、自堕落に贅沢化するばかりだ。節度というものがない。人間の欲望を駆り立てて、消費を拡大させようという姿が資本というものの目論見である。自給自足的に生きてみると、どんな暮らしが人間らしいものかがわかる。一杯のご飯をどれほどおいしいものかを知ることができる。これは自分でお米を作ってみたものでなければ、分からないことだ。苦労をするからこそ、有難さを知ることができる。一個の卵を手に入れるためにどういうことが必要かは、いくらでも売っているという状態では見失うばかりである。鉢植えのニガウリ一つでもいい。育てて食べるという体験は人間には欠かせないものだ。

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養鶏業を辞めて

2016-07-05 04:06:07 | 自然養鶏

養鶏を終わりにして、鶏に対する気持ちはかなり変わった。自分の興味は結局のところ自給にある。自給生活に鶏を飼うのはとてもいいという事。業としての養鶏とは、私の発想は初めから違っていたのかもしれない。山北で自給生活を目指して、開墾で暮らしていたころ、たまたま山の中まで、卵を買いに来てくれる人がいて、養鶏業が可能かもしれない、などと考えたのが始まりだった。日本鶏の人に、種卵や雛を販売するという事の方が柱だった。声良しなどの飼育困難な鶏をどうすれば飼えるかというので、様々飼育法や、餌の工夫をした。その関係で、あちこちの鶏を飼う人を訪ねながら、昔からの鶏の飼い方を知るようになった。たまたま、親戚に戦前から甲府で養鶏業をやっていた人がいて、子供の頃そこで見聞きし、話を聞いた。ある時、青年海外協力隊で行った人から、向こうでの鶏の必要性と、鶏の雛を購入することの難しさを聞いた。何とか自分で孵化できる鶏は居ないかと相談されたことが、自己作出鶏を考えるきっかけになった。日本鶏を利用した、自分で孵化できる品種の作出に挑戦してみようと考えた。

子供の頃から鶏種の作出と、鶏の飼い方には興味があった。優良系統の声良の種卵を取るという事がともかく難しく。試行錯誤をしてやっと有精卵が取れるようになり、近代養鶏とは全く違う鶏の飼い方があることを知った。化学薬品の代わりに、発酵を利用するという事になる。ところが化学薬品を使わないという事は、アニマル虐待に当たると家畜保健所から言われることになり、近代養鶏というものと伝統的な良い鶏の飼い方とはずいぶん違うものだと痛感した。この辺に、有機基準とは相容れないものがある。有機農業研究会での基準作りを見ていて、基準というものと、生き物を飼うという事はかけ離れたものだと感じるようになった。あえて発酵利用の自然養鶏というものを鶏の飼育方法としてまとめることも意味が有ると考えるようになった。自分の鶏種でやる養鶏法の記録を残した。自給的な鶏の飼い方が、1000羽くらいの規模までの養鶏業に利用できるという発想である。

自給生活の鶏に、社会的な意味はない。というのは普通だと思う。しかし、文明の危機を感じて自給を深めた。人類は能力競争を進め、格差を拡大し、武力主義に進むだろうと考えている。その時にもう一度自給生活を見直す必要が出てくる。しかし、自給は誰にでもできるというものでもない。鶏を飼う事すら、上手くできないはず。雛一つ自分で孵化できない。自給の技術は遠からず失われる技術。江戸時代日本で洗練された、里地里山の循環型の暮らしの掘り起こしは、人類の危機に必ず役立つことだと考えている。江戸時代鶏の餌はどうしていたかとなると、こんな当たり前のこと一つでもすでに消えてしまった。又そんなことに興味のある養鶏業の人がいるはずもない。同時に、日本鶏を趣味で飼う人も、激減してほぼ今ではその蓄積した知恵も消えた。日本人は鶏だけでなく、農業というものに興味を失おうとしている。大きな落とし穴が待っている気がする。

業として考えると、どこまで品質を落とすかという事になる。究極の鶏の飼い方という方向に進む性格。業としてではなく、自給生活にこそ鶏は有用な家畜だと考えている。ビル・ゲイツ財団がアフリカで一日2ドルで暮らせる運動というものに鶏で協力しているそうです。私の考えたようなことを、最先端の企業人も考えるのかと驚いた。但し、そこでも鶏種の問題は乗り越えていないようだ。ニューカスルのワクチンのこととか、鳥インフルエンザの問題とか。コマーシャル鶏と地鶏の違いとか、何か行き詰まりそうな要素があります。若い頃ならこういう運動に飛び込みたかった。鶏の居る暮らしが、自給生活の可能性を広げてくれるという発想は正しいと思う。また、アフリカで同じ志が進んでいるという事は救いを感じる。私の試みは失敗に終わったが、そういう事に協力できればよかった。少し遅かった。

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ビル・ゲイツ氏が鶏を飼う

2016-06-19 04:11:57 | 自然養鶏

ビル・ゲイツ氏は、発展途上国の貧困世帯を支援するためニワトリ10万羽を寄付すると発表した。ゲイツ氏は、サハラ砂漠以南に位置するアフリカ諸国の農村部で、養鶏の実施率を現在の5%から30%に引き上げることを目標にしているらしい。鶏を飼う事で貧困を克服できると考えている。世界には貧困が広がっている。日本にも貧困が広がり始めた。日本が先進国の中でも際立って貧困が深刻な状況になっている。どのデーターを調べても貧困は相当に深刻な状態という事になっている。にもかかわらず、社会がそのことを受け止めていない日本。日本の貧困問題はアフリカより複雑かつ困難。日本で自給生活の支えとして、鶏を飼ってきた。鶏は日本では無理だという思いが交錯する。日本で貧困生活をしている人の大半は鶏を飼える環境にいないだろう。それでも、日本でも地方の過疎地域ならば、鶏を飼うのは貧困生活が可能になり始めているかもしれない。自給生活の環境は整ってきた。

自給生活に鶏が必携というのは、当たり前のことだ。これほど自給生活に役立ってくれる生き物はないだろうと思う。ビル・ゲイツ氏が目をつけてくれたというのは、さすがの視点である。自分で増やせるという事を重視している。たぶん放し飼いをするのだろう。アフリカの村で鶏が走り回っている映像を見ることがある。放し飼いが出来るならば、餌などごく少量で済む。日本で鶏を飼うなら、移動式の小屋が良いだろう。獣害が一番怖いことだ。日本で放し飼いをすれば、忽ち食べられてしまう。その前に鶏を飼う暮らしを集落で認めてもらわなくてはならない。必ず、声がうるさい、悪臭がする。こういうことになる。だから私は防音小屋を作った。これを書いている今は早朝であるが、少しも鶏の声は聞こえない。7時に成ったら餌をやり、小屋を開けてやる。夜鶏が眠るところは、狭くて、真っ暗でかまわない。昼間外に出て遊べるようにしておけば、鶏に悪い環境ではない。

餌は家で出る生ごみを中心にすれば良い。発酵させることだ。段ボールコンポストでも可能だ。2箱作り交互にえさにすればいい。餌づくりと生ごみ処理を兼ねれば、最高の餌になる。人間が食べるものなら、何でも餌になる。自分の家で出る生ごみだけでは、たぶん足りないだろう。近所の生ごみまで貰えるならそれもいい。騒音の苦情も出にくくなる。あとは草である。草をどんどん与える。自給生活であれば、草だけはふんだんにあるだろう。山道の落ち葉など掃除を兼ねて集めて、小屋の床に入れてやる。そうすれば病気が出なくなる。そして、虫を食べさせる。コンポストを遊び場の地面に撒いて、むしろをかけておく。虫が湧けば最高の餌になる。米ぬかや、ふすま、魚のあらなど、貰えるところを探しておくとさらにいい。コイン精米所の掃除をしてあげれば、米ぬかをくれるかもしれない。

鶏が居れば、卵を産んでくれる。抵抗はあるだろうが、鶏肉も食べることができる。野菜やお米は一日1時間働けば自給できる。食べ物があれば、あとは何とかなるはずだ。つまり、日本でも中山間地であれば200円生活は不可能ではない。その条件の整い始めた地域は年々広がっている。そして、200円の自給生活ができるとわかっていても、それならやろうというような競争相手はまずいない。競争のストレスがないだけでもありがたい。都会で生活苦でブラック生活をするとしても、山の中よりもましだと考える人ばかりだろう。自給の覚悟さえすれば山の中こそ、素晴らしい。みんなが観光に出かけるような美しい場所だ。都会暮らしよりはるかに人間らしい生活をおくれるはずだ。何より、自分の生きるという事に真剣に向き合うことになる。鶏がいてくれれば、共に気持ち通じ合って暮らせる。そしてそれを食べるしかないかというような、気持ちで暮らすことになる。自分の命と向き合う生き方が、自給生活なのだろう。

 

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上野動物園・雷鳥育雛できず。

2015-09-17 04:27:54 | 自然養鶏

上野動物園での育雛の失敗は、心配していたことだった。野鳥の育雛は極めて難しいことだ。どの鳥でも餌には相当の工夫がいる。まして、高山の特殊な環境に生息する雷鳥を人工飼育するということは、並大抵のことに思えない。餌である。どんな餌をやればいいのか十分な研究のものとに、行われなければ、命を無駄にすることになる。だいぶ前になるが、富士山に雷鳥を移そうと放鳥を試みたが失敗に終わった。小学生のころで、山梨では結構話題になっていた。確か2回試みがあった記憶で、雛も確認されたはずだ。富士山の環境で雷鳥が生息できるとは思えなかった。ただ高山であればいいのでなく。水場があり、餌が豊富であることが重要である。富士山は5合目まで水場がない。だから五合目の水場には大量に鳥が集まる。鳥好きの観察の拠点がある。一度泊まって終日眺めたことがある。おりざ農園の窪川さんと一緒だった。彼とは高校生の時出会って、犬やら鶏やら魚やら、ありとあらゆる生き物への興味が共通で、何かと行動を共にした。もし彼が生きていてくれれば、一緒に雷鳥でも見に行けたのにと思う。そういうことになると彼は断ったことがなかった。

上野動物園で雷鳥を育てるだけの準備があるのだろうか不安に思っていた。雷鳥の生育環境がまるで動物園の人工飼育とは違うからである。6月に生まれて、8月末に死んだ。やはりかと思う。育雛の難しさの山が2ヶ月目から3ヶ月ごろに来る。育雛は雛から中雛に代わる羽が抜け替わる時期が一番難しい。栄養がたくさん必要になる。それだけの体力が備わっていなければ乗り切れない時期だ。餌である。普通の育雛用のえさを与えていたのでは、死んでしまう確率が高い。まず、雷鳥のひなが育つ自然環境を調べることである。3000メートルに近い高山地帯だから、微生物、病原菌の状況が相当に異なる。過酷な環境に見えて、こうした微妙な環境だから生き残ってきた、特殊な生き物だ。富士山に移しても結局定着できなかった。まず、生息する山岳地帯で、十二分に観察を続けることだ。そうすればどうすれば育雛できるかの材料があるはずだ。

観察ということが何より需要である。保護するなら、雷鳥になるくらいの気持ちで観察する必要がある。だからそれくらい雷鳥が好きでなければ、無理だと思う。青森、岩手、秋田の方に何度か、声良鶏を飼う人をお訪ねした。鶏の飼い方を学ぶためだ。本当の鶏好きの人から、それぞれの秘伝の鶏の飼い方を教えて頂いた。鶏を見る目が驚くほど深い。とさかの色や脚の違いを、10種類くらいに見分ける人がいた。そこから鶏の状態がわかるというのだ。私にはいくら見ても、濃い薄いぐらいしか見えなかった。目の表情で状態を見るという人など全く心眼で見るとしか言いようがなかった。しかし、そうしなければ飼えないということだけはしみじみ分かった。夜になれば、寝床に運んで枕もとで寝かせていた。朝一緒に起きて、3声鳴かせることを日課にしている。お訪ねしたときに、朝来いという意味が分からなかったのだが、朝の長鳴きの時間に合わせて来てほしいということだった。

中国でパンダの飼育を成功させている。それは相当に難しいことのはずだ。パンダになってしまった人が何人かいるのだと思う。中国の動物飼育技術の奥深さには伝統がある。野鳥の飼育もすごいものがある。中国で野鳥のえさの生餌を作っている人を訪ねたことがあるが、昆虫養殖の技術も安定した歴史を感じるものであった。需要があるから、技術が完成している。私が訪ねた頃から思うと、中国も急速な変化でどうなっているだろうか心配である。紅衛兵があれほど猛威を振るった時代でも、金魚や鳥の趣味は消えなかったのだが、現代社会の目まぐるしさが、悠久の中国の趣味の世界はどうなっているのだろうか。中国なら雷鳥の育雛の技術はある気がする。

 

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防音の鶏小屋

2015-06-28 04:58:21 | 自然養鶏

小屋の前に防音材が置いてある所。夜これをはめ込む。

以前から作ろう、作ろうとして踏み切れなかった。防音の鶏小屋を作った。これで上の小屋からすべて家のすぐ上の鶏小屋に鶏の移動が完了した。家の近間で合理的にやれる。家庭養鶏は庭鶏である。庭で鶏が遊んでいるくらいがいい。家族の数だけ鶏がいて、生んだだけ卵を食べるというぐらいがちょうどいい。子供のころもたくさん鶏を飼っていたが、おじいさんが卵を一人で1個を食べるなど、贅沢すぎるというので、良くて兄弟2人で分けて食べた。その話を友達にしたら、7人で分けたという人がいて、その人はほとんど卵の味のする醤油かけご飯だと言った。話はすぐわき道に行くが、防音小屋の作り方である。ネット検索で防音素材は簡単に見つけられる。どれがいいとかまでは分からないが、厚さは50ミリの40何とかと書かれていた。これを5枚買った。これの枠というものもあって、これは4本買った。あとはベニヤを5枚。併せて3万3千円ほどだった。もとからある鶏小屋のわきにあった倉庫を改造して作った。防音にはまあまあ成功した。

笹鶏の最後のめんどり。雄は、笹鶏と岡崎おうはんの交配。

小屋の大きさは1畳で高さが135センチの立方体である。床は土である。ここに現在雄鶏が2羽と雌鶏が2羽いる。前に遊び場があるので、昼間出してやることができるようになっている。その庭には、他にいる雌鶏も出してやれば、一緒に遊ぶことができる。慣れてきたら、雄だけその小屋に戻す方式にしたいと考えている。小屋の構造はこの立方体の後ろ側には前からあった、発泡スチロールの板を10センチくらい置いた。防音材が足りないのは分かっていたのだが、後ろ側は、あり合わせのものでいいだろうと考えた。後ろは人のいない山の方角なのだ。また空気の抜ける穴が欲しかった。まだつけてないのだが、夏場の様子では、そこに換気扇を入れる計画である。防音材はよく見るような、断熱材と似ている黄色のグラスウールのようなものだ。それに表面にシートが張り付けてある。このシートが鶏小屋にはありがたい。この倉庫だったところは、土台がしっかりしたコンクリート造りなので、下から動物が入り込むということはない。

両側の壁に断熱材を2段において、枠で止めた。枠の表面にはベニヤをあてがった。鶏がつついて穴を空けないためである。その天井部分にも断熱材を乗せてベニヤをあてがった。このベニヤはいらないかもしれないが、天井裏に当たるところに物をしまったのだ。問題は前面で、全面は金網でできている。下のほうの60センチほどは板張りである。下から網で後、害獣にやられやすい。その金網は開きのドアになっている。南向きで中に光が差し込むようになっている。奥まで十分明るい。その前面のドアの裏側にあたるところに1枚の防音材をあてがえる様になっている。朝取り外して餌をやり、夕方暗くなったら防音材で閉じてしまう。真っ暗であれば余り鳴かないだろうと考えていたが、光がわずかでも漏れこむのか朝を感じて、4時過ぎには鳴いている。鳴くが音が吸音されてたいして響かない。これは昼間前面を取り外してある時も防音効果があるようだ。吸音材効果なのか音が普通の小屋のように響き渡ることはない。

防音鶏小屋は都会では無理かもしれないが、農村地帯であれば、ほぼ問題ないレベルの効果をあげることができた。完全な遮断はできないが、それなりの遮音にはなっている。日本中で鶏を飼えなくなった最大の理由が、隣近所の騒音問題である。暮らし方が変わって、夜更かしになったし、明るくなるから起きるということもなくなった。鶏の声が響き渡る村の暮らしののどけさ。というようなことは江戸の遠くになりにけり。鶏の声が解決できれば、また鶏を飼う人が増えてくれるかもしれない。鶏好きとしては期待するところである。吸音材もいろいろあるようだから、まだまだ工夫できるだろう。そして、小屋の作りももっと完璧することはできるはずだ。まずは第1歩の成功である。

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防音鶏小屋を作る

2015-06-20 04:24:27 | 自然養鶏

鶏小屋の跡を均して、トオモロコシをまこうかと考えている場所。奥の棚が鶏の遊び場だった、キューイの棚。

養鶏場を縮小して、下のほうの小屋だけにした。いよいよ自給養鶏の始まりである。鶏は上の小屋のさらに奥にあった、小さな小屋と、家のそばの小屋に移動させた。残りが30羽くらいである。そこで一昨年の大雪で壊れかけた上の小屋を片づけた。小屋を片づけて、そこを畑にする事にした。上の果樹園の続きとして、ブルーベリーでも植えようかと考えている。まずは、鶏小屋の跡なのだから、肥料分が多いいのだから、肥料が好きなトオモロコシを蒔いてみようかと考えている。鶏小屋の下も、竹やぶから根が伸びてきていて、とても手に負える状態ではなかったので、穂田さんにお願いして、竹の根を機械で出してもらい、平ら地を広げた。新しく全部で100坪ほどの畑ができた。ソーラーパネルで減った地面の分の畑をもう一度広げたことになる。下に150坪の畑があり、上にやはり150坪ほどの畑ができた。丁度1反の畑ということになる。

新しく平らにした元竹やぶ。白く撒いてあるのが、ソバカス。これで、40坪くらいある。奥の竹やぶの前にある左に上ってゆくのが道で、上の平地に出る。

下の畑は、大豆と麦を裏表に中心に作っている。上は果樹を中心にということになる。中の畑がソーラーになった。上の畑は、ともかく竹林が押し寄せてこないように維持するということが、一番の目的である。維持しているうちに、だんだん収まりがよくなってくる。おさまり方が見つかってくるということもある。ヤギでも飼って、果樹の下に放してやるのがいいかもしれない。果樹の下にミツバチを置くのもいい。前ならすぐにやってしまったのだが。今は新しい農業に広げることにはためらう気持ちが強い。まず新しい土地にすぐにでもそばをまこうかと思って、早速まいてみた。他の草が出る前にそばで覆ってしまえば、そのあとのためにいいだろう。雨がやんでいる間に、ばらまいてやろうと明るくなってすぐにまいた。火曜日には新しく作った導入路にもソバを撒き散らしておこうと考えている。草が生えれば、地面も落ち着くし、ソバは若い間には、青物として食べることができる。

奥の木が太さが直径80センチもある大きな楢の木。その手前がアスナロ。この間に一番上の平地がある。

一番上の畑になるので、ともかく眺めがいい。日当たりもいいし、他所からの視線がない。犬はぐるっと回る散歩コースに入れられる。一番高いところの平地には、椅子を置いて、三線を鳴らす場所にしたい。気分がいいことだろう。しかし、ここに鶏小屋を作れば、間違いなく獣に襲われる。やはり、鶏は庭鶏というくらいで、庭に飼うものだろう。そこで家のわきの鶏小屋に全部を移そうと考えている。現在1坪弱の小屋が連棟で3つ部屋がある。そこに8羽づついる。そして上の小屋に、雄鶏が2羽とめんどりが3羽いる。これが上にいる最後の鶏だ。今度その鶏たちを家のわきに移すつもりだ。その小屋が防音の鶏小屋である。50ミリの防音材で取り囲んだ小屋にする。夜になったら防音材で閉じてしまう。裏側の方向に、換気扇をつける予定である。横80センチの奥行き2メートルほどの小さな小屋であるが。音は出ない小屋を作りたい。うまく作れたら、今度は、チャボでも飼いたいと思っている。

 

防音材は、ピアノ室を作るような材料をネットで取り寄せた。1畳の面積で5枚で、2万円だった。それを連結する材料が1万円した。防音材は23日に来ることになっている。うまく作れれば、鶏を飼いたいと考えている人の参考になると思っている。夜に、閉めてしまう。構造がうまく作れるのか。それと、奥の換気扇の付け方が問題かと思っている。まあ、奥のほうこうだから、少し音が漏れても大丈夫だと考えている。昼間は、めんどりたちと一緒に外の遊び場に出す。そして夜になったら、雄鶏だけを防音小屋に入れるようにしたい。3つの小屋にはめんどりがいる。それを3日に一回遊び場に出すことになる。そこに雄鶏も出す。そんな飼い方ができるのかどうか。うまくゆけば、全部の鶏が有精卵を生んでくれることになるはずだ。

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「まれ」に出た養鶏場と麦畑

2015-06-18 04:44:55 | 自然養鶏

NHKの連続ドラマは今は「まれ」というものをやっている。能登の塩作り民宿で育った主人公が、横浜のケーキ屋さんで成長してゆくというドラマである。そのケーキの素材の卵に、良い卵を作る養鶏場ということで、養鶏場と麦の会の麦畑が、ロケ地として使われた。いつ放送されるのかと思っていたら、昨日ついに出ていた。養鶏場の親父は泉谷茂さんだった。私と同じくらい汚いところと、養鶏場の親父に見えないところが、良かった。テレビがよい卵の養鶏場を探してここに行き着いたというのは、よくわかる。産卵鶏の放し飼いの養鶏場が他にないからである。今は檀上さんという方が、養鶏をやっている。私がやっていた時とは、ずいぶん違う養鶏になってきている。私は最初から今まで、養鶏については口を出したことがない。だから、私のときとは、空気の違う養鶏場になった。それはとても大切なことだと思っている。それでも、同じ場所で、同じ鶏舎でやっているのだから、大きく変わらない様子は写っていた。下の麦畑が出てきた。麦畑の上の駐車スペースで写していた。

テレビで見てもなかなか美しい場所だ。実際にはもっと、もっと良いところである。養鶏場でも、田圃でも、畑でも、美しくなければならない。いわゆる養鶏場で、いつまでも居たくなるようなところはない。だから多くの人の養鶏のイメージが「うるさい、臭い、汚い」という嫌われる施設である。しかし、本来鶏は美しいものである。江戸時代、美を求めて作られた鶏だ。日本の天然記念物なのだ。卵を食べるというような、世俗を超えて作られた鶏なのだ。日本の文化のひとつなのだ。私は卵を販売して、生計を立てようとした。しかし、美しい鶏で養鶏をやりたいと考えた。それが笹鶏である。自分の作った美しい鶏で養鶏がやりたかった。汚い鶏小屋ではなく、美しい鶏小屋で鶏を飼いたかった。それが生計を立てることと、両立しないということは分かっていたが、それが私がやりたい事である以上進む方向は決まっていた。

それでも、おかげ様で25年。何とか養鶏業で生活を立てられた。食べてくれた人たちの現代まれなる協力のおかげだだと思う。よく、今時こんな養鶏を許してくれたと思う。自分を磨き、自分を貫けば、何とか理解してくれる人はいるものだと思う。そう現代まれ、というのがこのNHKドラマの狙いなのだろう。師匠のパティシェは採算など全く考えないで、ただ、最高と自分が考えるケーキにまい進している。どうすればより良いケーキをそれだけの人だ。何でも売れればいい物だという、世間の風潮の中に、こうした採算を度外視したものの価値を伝えようとしている。私の作っていた卵と同じだ。良い卵とは、良い雛がかえる卵だ。この一念でやっていた。美しい鶏が何世代も繰り返される、その要の卵である。人間の味の好みなど、どうでもいい。人間は良い卵の味を、おいしいとはどういうことなのか学べばいいと考えていた。

良い卵を思うとき、親鶏の幸せな日々がどうしても必要になる。自由に暮らしていなければ良い卵など産めるわけもない。安心して暮らしていなければならない。狭い小屋ではだめだ。獣に襲われるようではなだめだ。それは、あの美しい麦畑にも言える。麦はなにも、景色を見ているわけではない。しかし、美しい麦畑をとことん求めた結果が、良い麦になるはずだ。私はそういう麦畑の麦が食べたいのだ。自給農業とは、そういう農業だと思う。美しい場所で作る作物が、良い作物なのだ。作る人が楽しんで作る作物が、良い作物なのだ。こういうことは経済とは、別物に思う。確かにこんなことを考えると、農業では生きてゆけない。しかし、私は何とか生きてきた。あと10年くらいはこうしていることができるかもしれない。人間が生きるということが、どういうことなのか。鶏と同じだ。やりたいことを貫いて、楽しく生きなければ、人間の本当のところには、行き着けない。

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