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地場・旬・自給

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植物共生微生物と農業

2017-08-22 04:23:40 | 自給

<<小田原有機の里づくり協議会>>主催講演 「土壌や作物と共に生きる微生物の世界から考える(有機)農業」池田成志氏(農研機構北海道農業研究センター)

8月19日梅の里会館で行った素晴らしい講演だった。農業分野の天才にお会いしたのはこれで二人目だと思った。土壌の宇宙が明確にイメージ化されている人がいる。その綜合される土壌世界を想像させてもらえた。植物と微生物の共生の姿は目に見える訳ではない。見えないけれどある世界だ。人間が微生物と共生している生き物だという事は何度か書いた。この人間という宇宙もどこまで、その内部世界を描けるかが重要なのだと思う。腸内フローラが云々という話は、もう普通の話題になった。しかし、そのミクロの世界を自分の命とともに具体的に、意味あるものとして見えるかどうかが重要なことになる。その具体的な姿が見えなければ、不安を煽る企業の宣伝に載せられて、〇〇菌サプリを飲まされるだけだ。植物の世界でも全く同じことになる。今私は稲が病気になるのではないかと不安に駆られている。オロオロしている。そういう時に農薬に手を出しかねないのだ。生きものの世界を知っていれば、そんなに単純なことではないことが分かる。

有機農業の稲がよその田んぼより緑が濃い。これは肥料をやろうがやるまいが同じことが起きている。それすら認めない有機農業の関係者もいる。私は田んぼの絵を描いて居るから、田んぼの色に関しては、絶対の自信がある。その緑の濃さを単純に窒素が多いいからだと、説明しては稲と田んぼの世界は見えてこない。私はその世界を見たいから、田んぼをやっているようなものだ。ここにある宇宙は実に神秘であり、科学的な世界だ。世界観と言ってもいい。土壌分析をすると、慣行農法の田んぼより窒素は必ず少ない。私は100回以上田んぼの土壌分析をしているが、ふつう必要とされる窒素量を超えたことは一度もない。しかし、稲の緑は濃いのだ。つまり植物の窒素吸収能力が高いと考えることが正しい。なぜ有機農業の田んぼでは窒素吸収が高まるのか。それが共生微生物の力だ。田んぼの中で微生物と稲が共生しながら、窒素の生産をしている。その原料が腐植である。腐植にある炭素を餌にして、窒素を植物に供給している。この姿を頭に描けるかである。

微生物の宇宙は人間であろうと、植物であろうと、大きな違いはない。生きとし生けるものすべてが、微生物と共存している。だから、病気だからと言って悪いものだけを排除するという訳にはいかない。ニワトリが好きで、発酵飼料を何十年も作ってきた。その経験から微生物の不思議な宇宙を日々感じてきた。それは自分の体内の世界にも通じているという事が感じられるようになった。そして、この講演を聞いて実は田んぼの中で起きていることも、微生物の宇宙なのだと想像が広がった。何故、除草剤を使うといけないのか。何故、殺菌剤、殺虫剤を使うといけないのか。抗生物質を使ったようなものだ。共生の均衡が崩れる。良いものも、悪いものも、どちらでもないものも、実は綜合され成立している。今悪いと思えるものが、実は未来においては良いものとかかわるのかもしれない。分からないければ淘汰するではなく、分からないのだから共存の道を模索する。

微生物共生農法と言えばいいのだろうか。未来農業の方向が示されたように思えた。人間の医療が耐性菌の出現で変わろうとしている。同じことが畜産の世界では、深刻な形で起こっている。鳥インフルエンザである。病院の内部で起こるようなるより、畜産の世界ではもっと深刻なことが、もっと極端なことが行われる。世代交代も早い。狭い範囲で莫大な数の生きものが飼育される。まるで、新しい病原菌の登場の為の実験場のような状態である。大規模養鶏場は危うい存在である。国際競争力のある農業への道は、略奪的農業への道である。堆肥を作り畑に入れるような、東洋3000年の循環農業と逆行する農業である。農業というものは国の基本である。そこが病んでしまえば、国も病んでゆく。微生物共生の農業とは日本の昔の稲作を、科学的に説明したものだった。

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8月の自給作業

2017-08-01 04:17:15 | 自給

朝の田んぼ全景

8月の自給は暑さを味わう。暑さに向かい合う事も、悪くはない。朝は4時前に起きる。今はまだ暗い。日に日に夜明けが遅くなっていることを感ずる。植物はこの日照時間の減少を、敏感に感じ取っていることだろう。人間は暑いから活動を控えなければならない。植物は今一番活動が力強い。雑草は驚くほどの速さで生育している。私もぐうたら派である。それでも、汗をかきかきそれなりにはやるしかない。無理なほどはやらないが、それなりの範囲でやる。それなりにやり切れば、暑さも良いものだという気になる。だから暑い盛りにも少しは草取りをする。熱中症になりそうなほど汗をかく。しかし、毎日外仕事で汗をかいていると、案外に炎天下にも耐えられるような身体になる。年齢のこともあるから、気お付けなくてはならないが、今のところは、夏バテというようなことは体験したことがない。夏は食欲が減退するというようなこともない。70歳までこんな暮らしでやれれば、有難いことだ。

里地里山の10番田んぼ 1本植も4本植えも差がない。

今年はみんなとやる畑に力を入れている。この夏は小豆と長ネギ、大豆とお茶の作業と毎週作業がある。みんなの畑はやる気が出る。暑いからやらないというような気分ではない。人間不思議なものだ。みんなが来ると思うと、お尻が軽くなる。小豆も長ネギもなかなか好調である。この調子で行けば豊作になるかもしれない。タマネギ、ジャガイモと引き続きのみんなの畑である。田んぼも悪くない。9俵には乗ったのではないだろうか。走り穂が出てきているが、穂の大きさも悪くはない。止葉もなかなか立派なものが出ている。止葉がこの後の決め手になる。ここからの心配は下葉枯れである。どうしても稲株の下葉の4葉期当たりの葉が今頃に枯れてゆく。この枯れ上がりが少ないといい。これが多くなってくると、根の様子が怪しいのだと思う。間断灌水で、根の活力を維持する。この時期の根は田んぼの上層8センチぐらいを隙間なく広がっている。細い、白い糸のような根だ。この根がどのくらい維持されるかで稲のこれからの穂の大きさ、粒張りを決めてゆく。

大納言小豆畑

稲のもう一つの心配が穂イモチである。8月中旬の穂揃い期以降が要注意である。天候の影響が強く影響する。雨が降り続き日照不足になると、イモチが広がる事がある。早めに発見することが肝心。対策としては、風通しを良くするために、畔草は完全に取り除いておく。もし感染した葉があれば取り除く。感染した株があれば取り除く。あとは天気の回復を祈る。気休めとして、エヒメAIを散布したことはある。効果が少ないかもしれないが、やらないよりは良いかもしれない。例年出る場所があれば、その付近の株にはエヒメAIを予防的に撒いて置くのも良いかもしれない。実験してみることにする。まだ全くその兆候はないので、怪しげなものが出たらすぐ作ることにする。間断灌水はなかなか難しいが、何とか続けてみている。基本は夜の間水を流し、昼間は止めると考えているのだが、そうはいかない。

長ネギ畑

今年は6月末からトマトが取れ始めて、ここまで食べ続けている。トマトは美味しからどれだけあっても食べてしまう。夏バテ知らずはトマトのお陰かもしれない。キュウリは少しづつ食べている。ナスは全く駄目だ。サツマイモと、トオモロコシはタヌキに食べられたようだ。食べられると急にやる気がなくなる。サツマイモは丸ごと植えこんでいた。そこから株があちこちに広がり始めていたのだが、意気消沈した。よく考えたら、今からでも植え直せば何とかなる。今日やることにしよう。今月は9日に水質検査をする。県の環境センターにお願いしたら、専門の人がいなければ無理だというので以前断られたことがある。今回、有機の里づくり協議会として行うという事で、検査を依頼した。農の会には検査の専門家が2名もいる。協力してくれることになった。こういうところが、農の会の素晴らしいところだ。田んぼの入水、排水を持ち込み、自分たちで測定する。水温、窒素、リン、COD、ph、電気伝導度、BODを測定するつもりだ。田んぼによって何が違ってくるかとても興味がある。

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小豆の播種と長ネギの植え込み

2017-07-22 04:32:52 | 自給

7月17日9時から舟原田んぼ下の畑に、長ネギを植えた。ここは田んぼ跡地で、中山間地の補助対象になっている。長ネギ苗は1本ネギと分げつする長ネギを、岩本さんが準備してくれた。毎年のことで有難いことだ。この畑はジャガイモの後作になる。土の感触はだいぶ良くなってきた。畝の長さは20メートル。苗数は150本ほど。これだけあれば自給には十分である。7,8名の参加だ。私は奥から3本目の畝が割り当て、自分がジャガイモを作ったあたりだ。ジャガイモ畑にソバカスを撒いて、トラックターで耕した。その後、耕運機で畝たてをした。すぐに長ネギを植え付けた。私は植えた翌日にソバカスを上から撒いて置いた。ソバカスを撒き終わったら雨が降った。天の差配がここにもある。その昔、大川さんという自然農法をされていた方が、ネギを植える時には、米糠を一握り与える。と言われていたので、そのことがなんとなく頭に残ってソバカスを撒いている

長ネギは活着してきた。自分の畝にはソバカスを撒いて置いた。落ち着いたところで少し土を寄せるつもりだ。畝幅は60という事で、間を耕運機で草取りができるという事になっている。草取りは上手く行くだろうか。やはりネギ類は草があっては出来ない。こうして、みんなでやる畑はやりがいがある。白ネギクラブという事になった。一人でやるよりかなりの省力化が図れる。耕すのは私、畝たては根守さん、苗の準備を岩本さん、植え付けはみんなそれぞれがやった。上手な人から、いろいろ教わることができる。私はソバカスを撒いては少しづつ土寄せをする計画である。ネギは正直自信がないので、良くみんなのやり方を見て学びたい。

 

同じく7月19日にお隣の畑に、大納言小豆を播種した。ここはタマネギの後作になる。ここもタマネギ収穫の後に、ソバカスを撒いて、トラックターで耕しておいた。そこにごんべいで播種した。60㎝の畝幅である。小麦用のゴンベイなので、上手く行くか心配だったが、穴をガムテープで3つのうち2つを塞いだ。これで30センチ間隔ぐらいになる計画だったが、発芽してみたら20cmおきぐらいになっている。しかし発芽していないところもあるから、ちょうどかもしれない。ゆっくり丁寧に蒔いた。蒔く深さはちょうどよかったように思えが。畑は乾いていたのだが、蒔いて翌日に雨が降った。このところ雨が少なく心配だったのだが、有難い天の差配を感じる。種が50粒ほど余ったので、畑の隅に捕植用に巻いて置いた。しかし、意外に捕植の必要はなさそうだ。小豆を収穫して、収穫祭でお汁粉を出したいものだ。

7月21日には小豆が発芽した。慈雨とはまさにこのことだろう。4日目で揃って発芽したのは珍しい。小豆が小麦の播種器で播種できるという事は確認できた。糸を張ってあるのだが、ハトが来ていたので、少し食べられたか心配していた。ハトはたいして食べていなかったようだ。

一方大豆の発芽が上手く行っていない。結局のところ大豆は沢山蒔くしかないのだろうか。種を多めにとっておく必要がある。ダイズは7月8日に蒔いたのだが、その後発芽率が悪い。原因はよく分からない。16日になって、苗箱に追い蒔きをした。原因が分からないので、畑にまいてもだめかもしれないというので、苗箱に蒔いてみた。苗を足りないところに植えこむ予定である。22日に8日に巻いて置いた苗箱分を畑に植えこんでみる。後からの苗は、来週あたりに植えこむことになりそうだ。理由が分からないので、対応もできないのだが、上手く発芽できなかったことだけは確かだ。

 

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自家採取の事

2017-07-17 04:04:19 | 自給

ソラマメの種。干しておいて皮をむいた。冷蔵庫に保存する。皮のままの種があまりに美しいので、剥きがたく少し残した。この形、この色つや。種子の美である。種子は子孫継続の為にそれぞれに絶妙ば形を作り出す。今年のソラマメは豊作で食べきれないほど食べた。そして種の分をそのまま残して置いた。実を包み込むサヤの作りはすごいものである。結構厚手で、中は繊維状の布団のような緩衝材で包み込まれている。外皮もかなり厚いので、虫もなかなかこの中までは入れないのかもしれない。これだけの種を剝いて虫にやられていたのは一つだけだった。どうしても良さそうな実から食べてしまうので、少し劣る実ではある。これだけあれば良い実だけ選んでタネにしても、充分である。これを戻して、煮て食べるという事も出来るだろう。ソラマメはまだ青い内に美味しく食べる。案外よくできた理由は叢生栽培にあったと思う。ソラマメは草の中に埋もれていて、虫にも発見しにくかったのではないか。今トウモロコシを同じような育て方をしている。

背丈の高くなるものは、草の中で育てていると、風よけになる。倒れるのを防いでくれる。トウモロコシはヒユ菜と一緒に育っている。これでどうなるかである。自家採取で叢生栽培と言えば、今年のサツマイモがそうだ。サツマイモは何とか保存できた新聞紙にくるみ、発泡スチロールに入れて、部屋の中に置いておいた。それをそのまま植えた。購入したサツマイモも植えてみたが、どちらも芽が出ている。芽を摘んであちこちに植えてもいいのだろうが、それほどサツマイモがいる訳ではないで、そのままにしてある。サツマイモは結局味噌づくりの時に、焼き芋にするくらいしか食べない。焼き芋にするとあんなにおいしいのに、めったに料理に使う事はない。薩摩の周りに麦わらを敷いてあとはそのままである。サツマは草に負けることはない。結構はびこる。似たようなものが、かぼちゃだ。かぼちゃも草の上を乗り越えて、草に勝つ。叢生栽培で出来るものもある。

自給なのだから、自分でとれるタネは出来るだけ残して置き、翌年の種にする。豆類、穀類、はタネが残しやすいので、大抵は残している。カボチャやトオモロコシもまず行ける。しかし、無理はしないことにしている。買えば済むものは、粘らずにあっさりと買う。山北にいた昔は自給原理主義しゃであった。種を買ってはいけないという原則を守った。原理主義は何の原理でも大変だ。今は出来るだけの範囲のことで、あまりこだわらないことにしている。ただソラマメは種が高い。必要なだけ種を買えば、3,4千円にもなる。これではちょっとためらう。今年は、何もしないのに分げつもした。一株3本立ちになった株もあった。それに5個ぐらいの実がついていたから、一株で15個は実った。ひとさや2つ平均で30個。それが30本ぐらい播種したから、900個の実がなったことになる。種に残したものだけで300個はある。食べたいだけ食べたがこんなものだ。豆は取りたてが何といってもいい。

自家採取を長くやっているのがお米である。時々更新をしている。今年は農協から買った種籾である。お米の自家採取は簡単だ。一部を残すだけで、それなりの種になる。去年背丈が高くなり過ぎて、種を変えたくなった。今年はお米の種取りに拘ろうと考えている。田んぼの中から、種取りに良いと思われる株を選んで、種様に別に採取するつもりだ。まず、1本から20本以上に分げつした株にしたい。今年の観察では、分げつしない株というものがあるという事が分かったからだ。これはその株の遺伝的性質の可能性が高い。だからこういう株をタネにしたくないという事だ。又、背丈の1メートル以上に高く伸びた株も避けたい。サトジマンのタネは8キロあればいい。一株で80グラム実るとすれば、100株である。マンゲツモチは0,8キロあればいいから、10株である。これだけを別に採取したい。そうだ、種取りで思い出したのが、美味しかったオクラだ。3日前慌てて蒔いて見たが間に合うだろうか。

 

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大豆に雨が降ってくれた。

2017-07-14 04:25:08 | 自給

最初に発芽した大豆。

大豆の種を8日に蒔いた。梅雨時というのに雨が降らない。去年も降らなかった。もう梅雨時の概念を変えなければ。大豆畑はからからに乾いていた。そして5日目の昨日やっと雨が降ってくれた。有難いことだ。大豆は待っていたかのように顔を出し始めた。明るくなるのが待ち兼ねる。昨夜、見た時は大豆が浮き上がってしまったようなところが沢山あった。あれで大丈夫なのかと思ったのだが、今朝どうなっているのかが楽しみである。苗箱の方は完全に発芽が揃った。今日覆いを取ろうと思う。ハトは来ていない。ハトは気づいていないのだ。家の畑は昨年は3分の2をハトに食べられた。双葉のころ食べていた。豆は3粒蒔く。「一粒は空に、一粒は地に、一粒は自分に。」それとも、「一粒は鳥に、一粒は虫に、一粒は自分に。」だったかな。3粒蒔いて、間引いて良い苗だけ使えということが実践方法。しかし、鳥にも天にもやらないし、間引いたこともない。2粒蒔いて、出てくれば両方育てる。

この場所は3日目に出てきたのだが、土が湿っていた場所。

ハトは一粒で我慢など絶対にしない。食べつくすまで食べる。その翌年からは種まきの頃になると早く蒔けというように見ている。電柱の上にそれとなく止まっている。じぃーと種まきの様子を見ている。待ちきれない様に待っている。人が帰ればすぐに降りて来て食べ始める。もうそうなると貪欲で追っ払っても追っ払ってもダメだ。そうやって全滅させられたことがある。西大井の畑では直播ではなく、苗にして植えるようにしていた。大豆の種を100粒づつ配り、苗にして持ち寄って植えるというやり方だ。これも話としては美しい方法なのだが、苗が出来ない人がいる。その人の分も作って置くしかなかった。毎年新しい初めての人が参加するとなると、良い苗ばかりとはいかない状況になる。大豆の会に苗がないから参加しないでいいとは言えない。私は良い苗で栽培した意欲がある。美しい話というのは、なかなか実践が難しいものだ。

 

A.Bの畑上も下も田んぼだ。

そこでみんなで苗を作るようになった。セルトレーにみんなで種を蒔いて育てた。これは上手く行った。ダイズの水やりは案外に難しい。水をやり過ぎてダメにしがちだ。セルトレーでやり始めてから、根を切って差し芽のような方法を行った。収量が上がるというのだ。何度か挑戦したがこれはダメだった。株が肥料を吸収しようという時に、化学肥料のようなタイミングよく肥料が利かないと効果がないようだった。大豆は結構難しい。成功すれば400キロ失敗すれば100キロというような作物だ。大豆は畑を選ぶ。土壌水分にもうるさい。発芽の頃と花の頃だけ水をくれというのだ。肥料はあるのもダメ。ないのもダメ。どうもよくつかめない。化学肥料だと必要なタイミングでやれるのだろうが、自然農法だとどうしても豆は無肥料になる。ところが無肥料ではそれほどは取れない。欲張れば葉ばかり山になるし、困りものだ。

朝露の田んぼ 朝日に輝いているのだが、写真には写っていない。

今年の大豆は田んぼの上と下でやることにした。田んぼには何度でも行くし、田んぼで絵を描いている。大豆も十分に観察できる。大豆のことが少しは分かるかもしれない。田んぼの畔にも蒔いてみた。今朝も明るくなったら田んぼと畑をぐるりと回るつもりだ。見る喜びというものがある。種が芽生える姿ほどわくわくするものはない。見て何がうれしいのかと言われると困るのだが、発芽して変わってゆく姿を予測して確認する。そして最善の道を日々選択する。自然は分かることなど極めてすくない。予想は外されることばかりだ。それでもやり尽くすことは出来る。人為を尽くすことは出来る。それがやりがいというものではないだろうか。幸い、良い仲間がいる。一人ではできないこともみんなでやり尽くすことができる。そして天命を待つ。天は雨を降らせてくれた。雨を眺めながらあの大豆の種を蒔いてくれた、4歳の子供のことを思った。天は雨を降らさないはずがない。

 

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大豆の播種

2017-07-09 04:03:57 | 自給

Cの一番下の川沿いの畑 道路から望遠で写している。

7月8日に大豆の播種を行った。品種は小糸在来というものだ。調べたら千葉県の方の品種らしい。15年は自家採取しているが、ともかく味が良い品種だ。欠ノ上の田んぼのそばのほぼ3畝ずつ3つに分かれている畑だ。畑は1ヵ月ほど前に一度耕した。耕した後ソバカスを畑ごと6袋ずつ撒いておいた。その後また草が再生していたのだが、それをトラックターで直前に耕した。夏の畑はともかく草との競争になるから、草を取りきるためには、直前にきれいにしておいた方が良い。上からA*B*Cとすることになった。50㎝の畝幅になった。播種を調整して30センチ置きに2粒ずつ落ちるようにした。どこまで調整が出来たかはわからないが、昨年大豆播種器の穴を一つ置きにテープを張り調整したが、それではまだ狭すぎるようだった。そこで今年は播種器の穴を2つテープを張り、3つのうち1つが落ちるという調整にした。一部掘り出してみたが上手く行っているようだった。

Bの畑田んぼの上だ。糸を張り、風車を配置してある。

ABの畑は草が少なかったせいもあり、土がサラサラで種は撒きやすかった。Cの畑は草が生い茂った状態で、一度耕運したにもかかわらまたくずなどが再生して来ていたので、なかなかきれいな土にはならなかった。ABCいずれの田んぼ導入路が狭くて、クローラータイプの小さなトラックターしか入れない。その為あまり深くは耕せない。その上トラックターが不調でかなり苦労した。機械のことは間違う事ばかりで、管理も良くないから、作業が終わるまで不安で仕方がない。機械が止まってしまい、今回も星野さんの救援でやっと作業が続けられた。そんな状態だから、畑の土は種まきには良い状態にはなっていなかったと思う。ただ事前に撒いて置いたソバカスは良い状態に発酵していた。これを再度耕したことで、土はなかなか良くなったような気がした。特にCの畑の土はかなり良い状態だ。こんなに良い状態の畑で大豆を作ったことはなかったのではないだろうか。

Aの畑一番上である。その上も田んぼ ピンクの建物が欠ノ上公民館

朝9時から作業開始である。子供を連れた家族も、4家族ほど集まった。全体で20人ほどだ。そして、4,5歳くらいの2人の子供にも種まきをしてもらう事が出来た。裸足で頑張った。私たちの自給作業は、体験農業ではない。自給の為に味噌、豆腐、醤油と作るための大豆作りである。採れなくてもいいと言うような気持は全くない。農家さん以上に真剣に大豆づくりを行う。その真剣な、農業など全くやったことのない人が、気楽に参加できる場を提供するという事が目的である。どうしても学校田などの活動でも、厄介なところ、手のかかるところを、農家さんが支えてゆくという事がある。私たちはどれほど大変でも自分たちだけの力で、始めから終わりまでをやり切るという事にしている。子供の一生懸命に蒔いた大豆が、必ず立派な実りを迎えるようにやらなければならない。そういう本気の気持ちが、わずかであれ未来につながる可能性があると思っている。

苗箱が並べてある。種が大豆浮き上がっていた。少し蒔き方が浅かったか。

一部を、苗箱に蒔いた。去年も発芽しない部分に追い蒔きをしたが、これが結局収穫できなかった。今年は同時に苗箱13箱に蒔いて置いて、足りないところには植える予定である。又、田んぼの畔80メートルくらいにも種子を蒔いた。250株ほどになるのか。これは畔で作る場合と、畑で蒔いた場合とで状態がどう変わるかを比較したいからだ。今年は乾いている。発芽するまで心配なことだ。余りに乾いて居たらみんなで水やりをしなければならない。昨年も雨の少ない7月だったが、願いがかない種まきの後雨が降った。今年はどうだろうか。9時に始めた作業は12時30分までかかり、鳩追いの糸張りまで終わることができた。相当に暑かった。今年一番の暑さだったそうだ。午後からは、畔の種まきと、苗箱のネット掛けを行った。例年は家の方の畑に午後種を蒔いていたのだが、今年は大豆の会の方で、蒔かないでもいいという事だったので、家の畑はさてどうすることにしようか。

 

 

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7月の自給作業

2017-07-01 04:02:26 | 自給

7月1日の田んぼ

今取れているもの、カリフラワー、キャベツ、ナス、キュウリ、ピーマン、パプリカ、トマト、ズッキーニ、トオモロコシ、大根、ニンジン、梅、枇杷、ブルーべリー、桃これは今はお隣の桃になったのだが、1個食べさせてもらった。夏野菜が早くも盛りに入った。インゲンとさやえんどうは作ったのだが、失敗してしまった。キャベツがモンシロチョウの芋虫に盛んに食べられたが、結球部分は何の被害もなく結構よい球になった。玉ごとロールキャベツにして食べている。朝起きるコーヒーを入れながら作り始めて、その日の朝、昼、次の日の朝ぐらいは食べ続ける。先日はジャガイモ、タマネギ、トマトの、カレーを作り、3日間食べた。別段同じものがあるうちは食べ続けても、何の問題もない。カリフラワーも葉はすっかりレース状態mになっているが、白い食べる花芽は結構見事にできている。虫にやられているひどい期間を乗り切れば、何とか食べれるものができるようだ。そういえばナスやもパプリカもカメムシがひどかったが、それを乗り切り今は何とか実り始めた。

7月の主要作業は大豆の播種である。7月8日が種まきという連絡が入った。今年は大豆の畑の場所が変わる。欠ノ上田んぼのそばの3か所3畝ずつぐらいの畑で大豆を作る。元田んぼである。やってみなければどうなるかはわからないが、期待はしている。6月20日にソバカスを撒く。7月2日あたりに耕す。耕すのは2回目になる。雨が続いて今耕すより雨が上がってからの方が良いと延ばしていた。草のないところで種を蒔いた方が良いので、種まき近くに変更した。大豆はハトに食べられる危険があるので、余分な種はすべて苗箱に撒いてそれを捕植に使いたいと考えている。ハトの来る畑とこない畑がある。すぐ傍なのに不思議に違いがある。ハトは来出すとネットを張っても潜り込んでまで食べる。種が余れば、田んぼの畔にも撒いてみたいと考えている。今年はいろいろの所で作り、どこが一番よくできるか。ダイズの生理を十分観察したい。

自然農法や有機農業には憧れと信仰が入り混じる。無肥料が偉い、とか、叢生栽培が一段上だとか、妙な思いが入り込む。そういうのはそれぞれが信条でやればいい。自然農法は美味しいというのもよく言われるが、主観的なことを価値基準にしてはダメだ。正しくは自然農法にも、慣行農法にも美味しい野菜はある。収量で比較する当たり前の世界に置くべきだ。農業名人だけがやれるような農業が、自然農法として主張されるのだ。その為に全く一般化しない。例えば米ぬか除草などいかにも出来そうな命名がされ、主張される。成功事例の発表も多いい。確かにできるのだ。ところが、これを鵜吞みにしてやってみた農家の人が、有機農業に懲りてしまう。誰が行おうとも可能な農法でなければ、農法とは言えない。除草など出来るわけがない、米ぬか抑草と言うべきなのだ。私は自給農業をそういう意味で誰にでもできるものとして、すべてを公開し、いつでも実践を見てもらっている。まだまだ、道半ばであるが、1日1時間の自給農業を是非ともやってみてもらいたい。

今成長をしているのが、大根、トオモロコシ、かぼちゃ、今年の夏は相当に暑くなりそうな予感がする。春から晴天続きで、稲は万全の成長である。この後どんな展開が待っているのか。好事魔多しともいう。巨大台風でも来なければいいが。田んぼは干しをどこで入れるか、入れないか。今気持ちは干しをしてみようかと傾いてきている。稲の生長が良すぎるからである。出穂が8月20日だとすれば、干し田は7月10日ごろになる。毎年のことだが干しはしないで済ませたい。その方が良いイネになる。自然農法で栽培していると、分げつが20本を超えるという事は少ない。出た分げつがすべて穂になると思ってもいい。有効分げつという事。その為に倒れないのであれば、水を張り続けた方が良い。改めて、干し田についてはまた考えたい。

 

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大豆の会のはじまりまで--1

2017-06-25 04:06:03 | 自給

味噌づくりを始めた頃のことを連載で書いてほしいという事で、書き始めたのだが、やはり私が山北の山の中で開墾生活を始めた頃からを書き起こさないと、味噌づくりを始めた経緯がよく分からないようだ。それは農の会を何故作ったのかという事でもあるのだが。私個人のことで申し訳ないのだが、山北に来た頃のことから書き始めてみる。30代は東京の世田谷学園というところで、美術の講師をしていた。私の出身校でもあった。絵描きになろうと東京で様々に活動をしていた。行き詰まり環境を変えようと東京を離れる決意をする。しかし、世田谷学園を辞めてしまう決断も出来なかった。そこで、世田谷学園に東名高速で通える場所に移住しようと探した。その候補地が山北だった。しばらく山北の山の中をあちこち歩きながら絵を描いて居た。

半年くらい通っている内に、夕刻山北の高速バス停で山の上を見上げると、明かりがついている。次の週に山の上まで歩いて登った。山の上にまで車の通る細い道が続いていて、小笠原プレシジョンという名前の大きな建物があった。会社があるということなら、水もあるし、電気もある、道もある。この辺りなら暮らせそうだなと目を付けた。その翌日学校に行くと、学校の同窓会名簿が出来てきたという。5㎝もある分厚い名簿をひらいてみた。その開いたページに、小笠原プレシジョン・住所は山北とある。奇跡が起こった。あの山北の山の中の建物は同窓生の会社だ。その同窓生はその時の櫻井教務と同学年だった。すぐ聞きに行ってみた。友人だというのでその場で電話をしてくれた。

次の週に山北に絵を描きにゆき、小笠原プレシジョンを訊ねた。山北によく絵を描きに来ていると話すと、何と社長の小笠原さんは世田谷学園の同じ美術部の先輩だった。美術の稲田先生に教えて頂いて自分も絵描きになりたいと思ったこともあった、というのだ。アトリエを作りたいなら協力するよ、と言っていただけた。それから土地探しをした。工場の奥に少し平らな場所を見つけた。なんとなく良さそうな土地に見えた。ここなら気分良く絵が描けそうだというので、地主さんを探して土地を購入を申し入れた。地主さんはランの栽培をされている人だった。当時、私はパフィオペディュラムを熱心に栽培していて、世界蘭会議などにも出品していた。話がとても合った。ラン栽培にはあの山の上はいいはずだと言うので、土地を売ってくれることになる。偶然が続いて、とんとん拍子で話が進んだ。

37歳くらいの時だと思う。山北の山の上に通いながら開墾を始める。東名高速の山北バス停から、20リットルのポリタンクに水を入れて、リュックサックで山を登った。まず物置を買って山の上まで運んでもらった。わずかな平ら地を作り、物置を組み立てた。山北に行けばその一坪ほどの物置に寝泊まりをした。そして杉林を一本づつ切り開いた。そして平地を徐々に広げていった。人力のみの挑戦と決めていたので、シャベルとのこぎりだけである。汗を流す開墾暮らしが東京暮らしの息抜きだった。斜面にブルーシートを張って、下に大きなポリバケツを置いて、水を溜める装置を作った。そんな風に楽しんでいる内に、ふと、この場所で人力だけで、人間は生きることができるのか試したくなった。自給自足というものは人力で実現できるかの実験をしたくなった。そこからやり直さなければ、絵など描けないと思ったのだ。

今回は前段の前段で、まったく味噌づくりに入れず。次回につづく。

 

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ジャガイモの保存方法

2017-06-22 04:42:43 | 自給

ジャガイモを保存して一年間食べている。春ジャガイモを10キロの種イモを植えて作る。これが我が家の一年分になる。5,60キロかと思う。今年はどうなるだろうか。6月18日に半分を収穫して35キロ、20日に全部の収量をして70キロを超えた。私としては最高の出来であるが、10倍にはなるのが普通らしい。今年はタマネギもジャガイモも、大麦も過去にない豊作である。天候の影響もあるにはあるが、一人で作るのではなくなったためだと思う。みんなで共同で作るようになって意見を出し合っていろいろやるのが良いのだと思う。楽しいから畑に行く回数も増える。みんなの自給の良いところではないだろうか。70キロもジャガイモがあってこれを食べるとなると、イギリス人という事になるらしい。イギリス人は年間100キロを超えるジャガイモを食べるという話だ。まさかと思うが。私はそんなには食べないので、喜んでくれる人に送ろうと思う。そして保存をする。毎年秋じゃがを作らないで、1年持たせている。

ひと箱あるダンボールがジャガイモ保存の箱。

ジャガイモは10個ほどづつ新聞紙にくるみ、段ボール箱に入れる。段ボールは光の漏れないもの。段ボール箱の中に詰め込み過ぎないようにして、50個づつほど10箱に入れれば500個の保存ができる。光を当てないという意味は収穫してから一貫してのことで、露天で太陽に充てて干すというようなことはしない方が良い。ジャガイモの収穫は葉が完全に枯れるのを待つ。出来るだけ畑の乾いた状態で収穫してゆく。梅雨時で少し難しいのだが、収穫を遅らせても大丈夫なので、地中で乾燥してから収穫する。日に当てないという意味では夕方暗くなりかけてやる様にしたい。その場で新聞紙にくるみながら、段ボールに詰めて、ガムテープ止めしてしまうくらいがいい。収穫ではできるだけ静かに丁寧に扱う。イモに衝撃を与えると長期保存が出来なくなる。また、腐りそうな柔らかなジャガイモ、虫の食ったり、欠けたジャガイモは保存ではなく、早く食べる方に回す。一つが腐ると周辺のイモまで腐る。じゃがいもは玉ねぎとは逆で小さいほうから食べて、大きいのを残す。芽が出たり、柔らかくなっても食べやすいからである。

 ジャガイモは全部で70キロだった。10キロの種イモだから、7倍である。10倍にはなるというからもう一工夫なのかもしれない。でも良い大きさの、きれいなイモばかりだった。齧られたいもが20個ぐらいあったから、鼠がいるのかもしれない。病気は全く出ていない。ジャガイモを始めて作る田んぼだったという事が良かったのではなかろうか。今回は連作すると取れなくなるということを考えた。作るものを回してゆくということは、病気対策にはやっても良いことのようだ。土寄せは必要だと思う。今回は、土寄せする前にそばかすをまいて、それから土寄せをした。そしてよく茂ってから、根元にそばかすをまいてみた。効果まではわからないが、以前より採れたのだから悪くはないのだろう。草取りは最初のころ一回だけして、あとは何もしなかった。よく茂った株は影響を受けないようだ。それでもイモが10個もしっかりついているものもあるのだから、全部がああなるように努力したい。

来年からは大豆との裏表の組み合わせを、大豆:麦、大豆:ジャガイモ、大豆:タマネギという3つの組み合わせを3年ごとに回していったらいいかと考えている。欠ノ上田んぼの周辺に3か所おおよそ3畝の畑で大豆を作ることになった。その裏で少しづつやったらどうかと考えている。個人で作れる人は、舟原田んぼの下の畑の方でやってもらえばいいかと考えている。

 

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タマネギの保存方法

2017-06-20 04:12:58 | 自給

大・中・小で平均が246グラム。小さいやつが保存用。(ソニックとネオアース)

今年はタマネギが365個は確保できた。これで一年分である。タマネギとジャガイモは長期保存ができる。私は一年間保存して食べている。タマネギ栽培はあまり上手ではないが、保存の方法は上手く行っている。それは小さなタマネギの方が保存がきくという事だ。保存と栽培は繋がっていて、出来の悪い硬い小さなタマネギほど保存がきくのだ。だから、私は保存用のタマネギ栽培を目指してきたと冗談で話している。何しろ25年間毎年作ってきて、保存用と言うしかないほど小さい玉ねぎしかできなかった。保存用なら聞いてくれと言いたいほどのヘタだ。今年も実は種から作ったタマネギは全て保存向きである。うまく出来ずに小さいままである。苗を作るのが難しい。来年こそ苗を頑張りたいと思っている。保存方法の事だった。

 
 

家の北側の石垣の下。屋根はある。風通しは良い方である。タマネギはこのように積んである。

良くできたの人にもだいぶ差し上げたので、かなり減った。それでも365個はある。保存に向くのは晩生の品種で、ネオアースの方が良い。他にも良いのはあるのだろうが、いろいろ作ったことがないのでわからない。いずれにしても大きいものから食べて、小さいものを保存用に残してゆく。収穫したらビニールハウスに1,2週間は置いておく。畑に広げておいてもいいのだが、雨の多いい季節なので、ハウスに取り込んでおいた方が確実に乾燥する。ここで良く乾燥させることが保存をよくするコツのようだ。保存するためには、まず根を切る。茎は上から15センチほど残して切り落とす。根を切るのは根があると水分を吸ってしまい、芽を出しやすいからである。頭を15cm残すのも芽が出ない為である。根と頭を切ったらば、風通しの良い、日陰に置く。農家の北側の軒下に、紐で縛って吊るしてある。私の家では苗箱に入れて、棚に並べておく。一日1個ぐらい用意しておくと、2人分で一年でちょうど食べ終わる。最後には小さいものばかりになるが、充分タマネギとして1年間美味しく食べることができる。

栽培は今年はタマネギの会で作ったものが一番よくできた。最初はどうなるかというほど生育が悪く見えたが、後半ぐんぐん太った。それは信じられないほど最後の最後で大きくなったという感じだった。葉が完全に枯れるまで成長しているようだ。引き抜いてみると、葉は刈れていても根は生き生きしている。ネギ坊主さえ出なければそのまま置いておく方が良いようだ。畑の場所を極端に選ぶことを実感した。場所によって出来がまるで違う。玉ねぎは田んぼのような土壌の方が好きなようだ。浸透性の良い畑向きの土壌ではあまりよくはならない。土があまり乾くのが良くないのかもしれない。草を出さないという事は、決定的なことのようで、それはドジョウの根の状態に影響があるという事もあるが、どうも日当たりが悪いと余計に良くないようだ。またタマネギ同士がくっつきあうほどの密植でも問題はないようだ。苗作りが重要ですんなり大きくできた苗でやるのが重要なようだ。本に良くある良い苗の基準、鉛筆ぐらいの太さというより大きいくらいの方が良い結果が出た。

 

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大麦の刈り取り

2017-06-18 04:02:49 | 自給

大麦畑 家の隣にある。2畝位だと思う。奥の下の方がよくできていて、手前は草が多くて出来が今一つだった。手前の方が草取りがある程度できたのだろう。

家の脇の畑で大麦を2畝ほど作っている。将来はビール作りたいと思いながら、果たせずに今年も麦茶と麦みその原料になりそうだ。毎年40キロは取れる。これでみんなで麦茶を作る。今年はどう見ても豊作である。特別なことはしていないのだが、良くできている。冬の間に分げつが進んだ。麦作りは立ち上がりが大切なようだ。他の畑の麦に比べて出来がとても良い。何故か家の畑だけはよくできた。特別に肥料を入れたことはない。畑は大豆、麦を繰り返してきた。ソバカスを時々撒く。何かを作った後には撒いては耕しておく。確か、今年は追肥をした。これが良かったのかもしれない。分げつが良くなるようにきたしてソバカスを撒いた。くらいで、漠然と土が良くなってきたようだという事ぐらいしかわからない。私としてはもったいないほどの上出来である。草取りも特に行っていない。カラスムギも、ネズミ麦も出てはいるが、生育をそこなうほどの出方ではなかった。昨年は麦わらをたい肥にして戻した。これが良かったのかもしれない。麦刈りの前に除去すれば済む程度である。

この大麦の麦茶は評判が良い。何しろ、アサヒビールの麦茶を作る専門家の方が、この麦茶を飲んでこれは美味しいと評価してくれたそうだ。いろいろの麦で麦茶を作っている人が美味しいと言ってくれたというから、なかなかのものではないかと思っている。夏の間この麦茶で農作業を乗り切っている。今年は、53キロの収穫だった。豊作ではないかと思う。反収にすると300キロぐらいで、面積が正確でないのでよく分からないのだが。悪くはなかったとおもう。麦刈りは梅雨の晴れ間の6月17日に行った。麦の水分は13,8%だった。今年は晴天が続いて、良く乾いてくれた。ここまで乾いてくれれば特に干しはいらない。田んぼのみんなが協力に来てくれた。有難さに感謝に満たされた。麦作りこんなにも嬉しい活動はない。何か皆さんの思いが、自分の為ではなくみんなの為となればと協力してくれている。こういうことができる友人がいるという事だけで、生きてきた甲斐があるというものだ。

最近の梅雨は雨が少ないから助かる。ここで麦刈りをすれば、次の大豆の播種が7月7日前後だから、ちょうど間に合う事になる。麦を刈ったらすぐにソバカスを撒く。撒いて耕しておく。刈り取った麦わらにもソバカスを混ぜて、堆肥にする。堆肥にしてから畑に戻す。もしこれが昔のように田んぼで作っていたとすれば、今日明日にでも水を入れて、すぐにアラオコシ代掻きという事になる。昔のお百姓さんの能力はけた外れだ。1週間の間に準備をして、24日に田植え。ぎりぎり間に合うというところだろうか。しかし、この手順をこなす能力は私にはない。頭の中が混乱してしまい、裏作の麦という事は一度やっては見たが、どうしてもこなせない。そこで、大豆と麦の組み合わせで、やることにした。これなら畑も空けないで済む。畑はいつも何かを作っていた方が良くなるものだ。田んぼの裏は緑肥を作ることにしている。

畔で大豆を作るのもなかなか難しかった。大豆が一番よくできる方法だと思う。田んぼの畔は風通しが良いせいかあまり虫にもやられない。問題は畔の草刈りが大変になるのだ。一気に草刈りをしたいのに、ついつい大豆を切ってしまうのだ。大雑把な性格だからだろう。今年大豆の種が余ればどこかで実験をしてみたい。一番奥の日陰の畔はどうだろうか。53キロの麦は醤油と味噌と麦茶にしようと考えている。麦茶には30キロ。醤油に10キロ。味噌に10キロ。タネに3キロ。こんな感じだろうか。醤油の希望者が多ければ、麦茶20キロ。醤油20キロという事になる。大豆の会で相談して決めよう。

 

 

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農業の多面的機能

2017-06-17 04:43:08 | 自給

農業は産業という枠では捉えにくいものではなかろうか。たぶん自動車産業であっても、産業だけではない側面もある。しかし、農業ほど幅広い意味を含み込んではいないだろう。それを農水省では多面的機能と呼んでいる。資本主義的な産業の一つとしての側面だけで、競争の原理を持ち込むことは難しいと考えている。切り捨てられてしまうものが多すぎるという事だろう。切り捨ててしまっても競争社会では構わないのだろうが、人間の豊かな暮らしという意味では、問題が出てくる。農業の環境維持機能や教育的機能地方社会の維持機能など、一緒に切り捨てられることになる。それは社会全体としてみれば大きな損失になる。農業を止めることで、老人医療費が上がるとか、社会福祉施設の新たな受け皿が必要になるとか、その果てに地域そのものが消滅してゆく。日本の社会構造のすべてに及んでゆくのではないだろうか。特に、自然環境や暮らし方の異なる国との貿易において、同じ産業の枠で競争を考えることは無理なことに考える必要がある。

かつて農業は人生そのものであり、日本教の信仰のようなものであった。日本人の生活規範は農業から産まれた。農業が精神生活を支えたと言える時代すらあった。多分そのことが、日本人と天皇の関係を生んだのだと個人的には考えている。そんな特異な観点でなくごく普通に、農業は健康法ともいえる。ジム通いの代わりだという人、歩き回って徘徊と間違えられるよりはましというので、農業を続けている人も知っている。もちろん、ジム通いなら好きだが、畑などこりごりという世代の人が多数派だろう。所が農業は楽しいという若い人も登場している。農的生活に入り身体を直したという人にも会う。特に心の病が農業によって癒されたという話は珍しくない。劣悪な人間関係やブラック企業で働いているよりは、生きて行けるなら農業の方がどれほど良いかという人が居る。こういう農業はお金にはならないが、生き方としての価値があるという事は大切な側面だ。

先日田んぼで、農の会の仲間で田んぼをやっている人の奥さんから、お米は買った方が安いのに、何故田んぼをやるのかと真顔で聞かれた。正直な人である。そういう時、田んぼが好きだからとかしか言いようがない。やはり、農業は産業ではない。価格というものがどこから生まれるかである。自分が作ったものを自分が食べるという安心は価格にはならない。絵を気持ちよく描けるようになったのは自給農業を始めてからだ。それまでは絵を商品として描いて居た。なかなか売れない商品を描いていたのだから、絵は苦痛を伴うものでもあった。しかし、自給農業を始めてわかったのは、絵が産業ではなく、芸術だという当たり前のことだ。なぜ絵を描くのかと言われれば、自分の生き方だとしか答えようがない。自分という人間をやり尽くしたいという事だろう。自給自足で生きてみたいという意味は、生きるという芸術的日々を歩むようなもので、産業の視点とは別のことになる。

こうした多様な農業にあった意味が失われてきた。芸術としての絵画が終わろうとしているのと同じだ。売れない絵を描いて居たり、割に合わない米作りをしたり、そいう生き方はいつの時代も許され難いのだろう。競争を強める世界全体の方向はどうにもならない事であろう。しかし、絵は勝手に描いて居ても、文句まではいわれない。農業で困るのは、無理やりやめろという圧力があることだ。何とか1キロ300円なら続けられたが、200円にしかならなくなって、やむなく辞めざる得ないという産業としての農家の現実がある。ご先祖の残してくれたものを守ろうとしてきたのに、無念という人も居るだろう。新規参入の素晴らしい農業法人の話が、希望として語られる。補助金もそこに集中するのだろう。やめてほしい小さな農家はさらに経営から外れてゆく。こうして美しい日本の、水田景観が失われてゆく。美しい田んぼとは区画整理された巨大な田んぼではない。美しい水田の景観は今が見納めなのではないだろうか。

 

 

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6月の自給作業

2017-06-01 04:29:57 | 自給

舟原田んぼの苗床、素晴らしい出来である。3,4日が田植え。

6月は畑も田んぼも草管理である。ここで頑張れば、手ごわい雑草も何とか管理できる。今年は溜池の草刈りをやってみようと考えている。草刈り一回の作業はガソリン満タンまでとしている。同じ作業は続けない。1時間30分くらいになる。ガソリンを草刈り機に残すのは良くないので、1時間やろうと思えば、ガソリンを3分の2だけ入れる。2回続けて3時間やれない訳ではないが、他にもやることはあるので、そのくらいにしておく方が良い。また翌日やればいいのだ。刈り払い機の刃は一番安いものをまとめ買いしてある。300円くらいだったか。確かに高い刃は長持ちする。長持ちすると言ってもせいぜい倍である。それくらいなら、価格は5分の1くらいなのだから、安いもので十分である。安い刃の良いのは石でも何でも遠慮なくやれることだ。草は根元から切らなければ再生が早い。根元から切れば石を削ることになる。刃は飛ぶのだろうが、気にせず進めている。刈り払い機は自分で修繕できなければ実用的でない。勉強したので今はなんとかなる。

田植えも終わった。実にすがすがしい気分なので、楽々自給法を考えてみた。ひとり一日1時間100坪の自給である。私には毎日1時間歩くなどという人の気が知れない。今共同で作るものは、お米、麦、大豆、ジャガイモ、タマネギ、とひと。実は自給農業は自分という人間も育てている。一人の方が万事都合がつく。そこをあえてみんなでやることが、自分も周りの人も育てる。人は自分とは違うという事を知る。その他の野菜は庭で作るのが合理性がある。野菜は日々の作業になるから、目と鼻の先にあれば時間短縮ができる。庭がなければ畑を借りるしかないが、近いほど良い。そして肝心なことは自給技術の向上である。見る眼力を養えるかである。有機農業は自分流を見つけなければできない。それはその場所の土壌環境の影響が強いからだ。本に書いてある一般論は参考程度にはなるが、従って上手く行くことは少ない。

タマネギが25年も繰り返し作って上手くできない。私の作物の考え方に合わないもののようだ。それでも今年はタマネギの会で作ったものがそれなりのサイズに育った。苦手な作物こそ共同研究を行い、技術を獲得しなければならない。得意な作物は共有化を図る。自分の畑を自分の頭でとことん知ることだ。畑の作物には多様な組み合わせがある。特に自給の野菜畑は30~50坪を徹底管理する。必要な畑の広さも技術と地域によって変わるだろう。4人家族ならそれが100坪から150坪と考える。そして、田んぼ、麦、大豆、ジャガイモ、タマネギは共同で作った方が合理性がある。田んぼで一人30坪。そのほかで30坪。野菜が30坪。それで100坪の自給になる。良くできる不思議、出来ない不思議。

技術を獲得すれば、そして暖かい地域であれば誰にでも食糧自給は可能だ。その実証の材料となる自給農業をしてきた。技術が高まれば、作業時間が減る。技術のない内は2時間かかる。私の場合はそうだった。体力はそうある方だとは思わなかったが何とかなった。問題は合理的に考えられるかどうかにある。例えば10種類の野菜を食べるとして、どのように組み合わせて同畑を回してゆくか。いつ何の種を蒔き、何の後に作るか。こういうことが頭の中に整理されている必要がある。そして、最も合理的な流れで作る。土壌をよくすることや、作物の性格を熟知しなければならない。ソラマメは連作できない。と本に書いてあっても信じないことだ。自分の畑で自分がやってみた結果を積み重ねることだ。ソラマメの種類によるかもしれないし、ソラマメの後に何かを作ればまたソラマメが作れるのかもしれない。

保存の技術は重要である。様々保存法を身に着ける必要がある。豊かな食事になる。ジャガイモも、タマネギも工夫をすれば一年中食べることができる。漬物は様々に重要である。鶏は飼いたい。鶏は食品残渣を餌にして肥料を作ってくれる。鶏小屋をたい肥小屋と考えればいい。小さなビニールハウスはほしい。機械は上手く共有することだ。寒い時期と苗作りに力を発揮してくれる。などなど考えている内に、案外楽々ではない自給になのかもしれない。

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タマネギの会

2017-05-22 04:27:13 | 自給

 

タマネギの会の畑。やや成長してきた。ここで1人200株で10名。私のタマネギが全員の中で一番貧弱である。奥の方が大体いい出来である。私の所は手前の一番左だ。場所の問題だと思いたいが、それだけではないような気もする。奥の方がメンバーが良いのかもしれない。

タマネギは日増しに大きくなってきた。畑に行くたび少しホッとする。タマネギ栽培としては史上最高のできだ。と言っても12人の内では私が一番良くない。一番良い人で普通の玉ねぎ畑のレベルにまで来た。それでも家の方の畑よりも、タマネギの畑のものの方が出来が良い。特に、奥の余った場所に植えさせてもらったものはそこそこ普通にできている。玉ねぎは土の様子が生育に影響が強いようだ。タマネギは有機農業ではなかなか難しい作物だ。土の様子は草の生え方にも影響している。雑草というものは均一には出ない。生えるべき場所に生えてくる。スギナばかり出てくるところもあれば、ハコベが密生するところもある。それは土の状態の表れによる。玉ねぎは土をかなり選ぶようだ。タマネギに良い土の場所で作れば、良くできるらしい。それはスギナの生えるような場所はダメという事なのだろう。酸性土壌を嫌うという事だけではないと思う。土壌の水分も影響している気がしてきた。田んぼの土は悪くないようだ。日照は影響が少ないようにみえる。苦手作物のネギ類。もう一息である。

タマネギもよく使う常備野菜だ。玉ねぎを一度だけ一年間保存して食べることができたことがある。365個あれば一年使える感じだった。いつもは年内にはなくなってしまう。半年というところか。今年こそと考えて沢山タマネギを作った。500個ぐらいは植えたのだろう。それがずいぶん減ってしまい。現状で365個ぐらい生き残っているという程度である。その中で普通のサイズまで成長できそうなものが、200個あればいいのだが。植えてから冬の間に枯れてしまうものがかなりあった。小さいまま成長せず霜枯れるというような感じだった。冬を越せないで傷んでしまうものが半分あった。それでもやっと冬を乗り越えて持ち直して今成長している。とう立ちしたという話も聞いたが、いつも6月半ばまでそのままである。立葉が枯れてから収穫している。今までもとう立ちしたことはない。品種はネオアースだ。

草取りは今年は比較的頑張ったほうだと思う。タマネギの会でやっているので、草取りは各自自分で取り組むことになる。それでも人目もあるし、ついつい草取りをした。5回ぐらいは取ったと思う。草の方はいつでも生えてくる。何度でも生えてくる。黒マルチをしている人もあるのだが、完全に草が防げているとも思えない。黒マルチが草取りをやりにくくしているようにも見える。黒マルチが土を痛めるという事はないのだろうか。上手く行っている人は、草を完全に取っり続けている人のようだ。立ち上がりの草取りが徹底している。タマネギの畝間クローバーがコンパニオンに良いというのでやっている人がいるが、今のところ生育は今一つに見える。クローバーに草負けしているように見える。まだこの先3週間ぐらいでぐんとよくなるのかもしれないが。

タマネギの苗作りがやはり課題だ。今年も上手く行かなかった。成長が遅かった。今度はセルトレーで作ってみようと話している。成長の遅さを見ると、種まきの時期や苗土の調整も悪かったのだろう。苗箱蒔きにしたのは私の場合はダメだった。水やりが悪かったのかどうか。玉ねぎ苗は本当に難しい。来年こそと心に誓っている。直播にしたものもここにきて成長はしているが、大きいものになるというほどではなさそうだ。上手く行っている人の畑を見ると、相当に肥料を与えているように見える。有機農業の場合の肥料をどうするかも課題だ。唯一私のタマネギの良さを見つけるとすれば、持ちの良さである。一年間常温で保存できたことがある。腐るものも少なかった。味も良いと思っているが、これには客観性はない。

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ジャガイモクラブ

2017-05-21 04:26:22 | 自給

11か月経過した、ジャガイモクラブの最後のジャガイモ。しわくちゃのみすぼらしいジャガイモだが、私には宝のジャガイモである。秋じゃがを作らず一年ジャガイモが自給できた。初めてのことである。食べてみると意外に普通に食べれる。

舟原田んぼのお隣に、農の会でお借りした農地が7畝ほどある。タマネギの会が半分、ジャガイモクラブが半分を使っている。ジャガイモクラブはジャガイモの共同畑である。見た目がジャガイモの人が、参加条件という事ではない。どなたが付けたのか、言い得て妙な見事な名前だ。イケメンも美女も参加は可能。ジャガイモの種イモ10キロをそれぞれが準備して植える。その場で種イモを切りながら、灰をつけて植える人も居る。私は2週間ほど前に種イモ切って、干してから植えることにしている。やり方も畑作りもそれぞれの方法で違うところが面白い。堆肥を入れて植える人も居る。畑は2週間ほど前にソバカスを撒いて、トラックターで耕して置いた。そこを耕運機で畝たてをしてくれてあった。それぞれがやれることを協力して進めている。一人よりみんなでやる方が楽という事が実感できるのがジャガイモクラブ。私は試しに昨年収穫した種イモも植えてみた。比較してどうなるかである。品種は男爵にしている。

ジャガイモクラブは今年で2年目になる。昨年もそれなりにとれて、なんと今もそのジャガイモを食べている。自給自慢ばなしになるが、11か月目のジャガイモが実に美味しい。美味しいと言う以上にいとおしく、有難くいただく。二畝が持ち場なのだが、10畝並んでいる。お隣のやり方が、とても参考になる。草をとる人採らない人。芽かきをする人しない人。作業は助け合いながらやるのもいいのだが、上手な人のやり方が参考になる。土寄せを今年はしてみた。昨年、よく取れて喜んでいたら、岩本さんが土寄せをしてくれたのだそうだ。今年は自分で土寄せをしない訳にはいかなくなった。草取りは出来る限りしないことにしているのだが、人目があるので、いくらか草取りもしている。今年もそろそろ収穫の時期を迎えている。なかなかの出来のようにみえる。10倍の100キロ取りたいのだが。

私の栽培法は肥料は少ない方だと思う。植えこんだ時は何も使わない。燻炭だけは撒いてやる。理由は考えないのだが、いつもそうしているので、なんとなく燻炭は必要な気がしている。燻炭を撒くと微生物の増加があるような気がする。芽が出てから、土寄せをする前にソバカスを撒いた。ソバカスは土に混ざると効果が高まる感じがする。効果を高めるためには、植える前にもソバカスを撒いておく必要がある。ソバカスで増える微生物を活性化させる。こうやって育てたジャガイモの何が違うかと言えば、保存の期間が長くなる。写真のジャガイモは常温で11か月目のものだ。まず収穫したら、ハウスに広げて乾燥させる。乾燥させた後段ボール箱に分けて詰め込んでおく。毎月5キロほどを食べてゆくのだろう。腐るイモもない訳ではない。芽も出ない訳ではない。しかし、その結果として、収穫して11か月目でも味も悪くなく食べれる。昨日もおでんにして食べた。

自給生活を考えた時に、みんなでやった方が合理的な作物と、一人でやる方が合理的な作物がある。ジャガイモやタマネギのような保存のきく作物は、みんなで作る方が時間の節約になる。果菜類のように、身近にあって食べるときに取ってきてというような作物は、住まいのそばに畑がなければ時間の無駄になる。朝、一回りして水やりなどするというのがちょうどよい。ジャガイモのように、畑を一遍に機械で耕す。10人分でも、一人の分でも機械の使用は同じようなものだ。それは畝たてもそうだろう。やるとなれば、広い方がやりやすい。では機械を使わないで、10キロのジャガイモの畑を準備するとなると、相当の時間と労働になる。タマネギも同じだと思っている。たぶんサツマイモや里芋も同じだと思うが、対して食べないのでみんなで作るまでもない。ジャガイモは少なくとも60キロは必要だ。玉ねぎは365個は必要。そうなると、みんなで作る方が合理的だ。

 

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