蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

やめるな外科医

2023年05月26日 | 本の感想

やめるな外科医(中山祐次郎 幻冬舎文庫)

雨野隆治は30歳になり、依然牛ノ町病院に勤務している。難しい手術もこなせるようになったが、多忙であることは変わりなく、恋人のはるかともなかなか会うことができなかった。富士山に一緒に登頂したりして親しくなった末期癌患者(治療自体は他の病院で行われている)の葵とボウリングに行った帰りをはるかに見られてしまい・・・という話。

 

本シリーズでは、医者の失敗例が何度もストーリーとして登場するが、本作では雨野が手術中に糸で結んだ血管の糸が外れてしまい、体内で大量出血して再手術した、という話が描かれる。

「糸ってそんなに簡単に外れたりするんだ・・・」とちょっと怖くなったが、もっと怖いのは、(物語の少し先で)雨野を励まそうとしたベテランの看護師が、再手術なんてよくあること・・・みたいなことを言うことだ・・・

こういう場合、医師は正直に「失敗しました」と言ってくれるものなんだろうか?もちろん、物語の中では雨野の上司が医療事故として対応するのだが、現実の世界では、相手は素人なんだから、うやむやにして誤魔化したくなるのが人情のような気もする。

末期癌患者が死に至るまでのプロセスも(シリーズの他の刊含め)何種類か描かれていて、しかもとてもリアルかつ詳細なので、これも怖くなるのだが、医者にしてみると、それが日常であることも、うまく表現されていたように思えた。

患者にしてみれば、全身麻酔するような手術なんて人生の一大事だが、執刀する方は毎日(どころか1日何回も)やっていることなんだ、と思うと、手術を受けるときに多少、気が楽になるかも???

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走れ外科医

2023年05月26日 | 本の感想

走れ外科医(中山祐次郎 幻冬舎文庫)

雨野隆治は、研修医時代から東京下町の牛ノ町病院で消化器の外科医として勤務を続け、5年目になり、ひと通りの診察が手術をこなせるようになった。21歳の末期癌患者(向日葵)が救急に運ばれてくる。葵は雨野に好意を抱き、死ぬまでに富士山に登頂したいと言い出す。

雨野は、恋人のはるかを連れて鹿児島に帰郷する。雨野の指導役の佐藤は、アメリカへの赴任が決まった恋人から、結婚してアメリカで暮らそうと頼み込まれるが・・・という話。

雨野がかつて指導した研修医の凛子が、牛ノ町病院に外科医と勤務することになる。凛子は自治体の首長の娘で恵まれた家庭に育ち、人当たりがよく、コミュニケーション能力が抜群。仕事にも熱心でかつ優秀という、現実にはいそうにないタイプで、多分、著者にとっても理想の後輩を想像して描いたのでないかと思う。読んでいる方ですら「こんな部下や後輩がいてほしい」と思うくらいだった。佐藤の恋人と絡みそうな伏線があったけど、そういうのはやめてもらいたい。

末期癌患者を連れて富士山に登頂するというのは、実際には難しいそうで、まさか実話があったわけではないと思うが、描写はリアルでありながら、物語としてもよくできていて感心してしまった。本シリーズも3冊目ということで著者の小説テク?も洗練されてきたのかも。とても読みやすくて、途中でやめるのが難しい。

厄介な患者の例として、議員、社長、学校の先生が挙げられているが、もっとややこしいのが医者が患者になった場合、というのが笑えた。玄人の客ほど面倒くさいものはない、というのはどの業界でも共通だなあ。

 

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ひそかに胸にやどる悔いあり

2023年05月22日 | 本の感想

ひそかに胸にやどる悔いあり(上原隆 双葉文庫)

特に有名ということもない普通の一般人のエピソードを同行取材とインタビュウなどにより描く。ハンディを持つ人、社会からはみ出たり落ちこぼれた人、特殊な経歴を持つ人などが登場する。概して、あまり羨ましいような境涯にある人は出てこない。

 

最も印象深かったのは「新聞配達60年」。中学校時代から60年間、毎日欠かさず朝日新聞を配り続けてきた人の話。新聞配達専業ではなく、電器関係の会社に勤務し、やがて独立して家電販売店を営みながら、配達を続けてきたというのが驚異的。

 

「アイメイト」は盲導犬の話。盲導犬がこんなに役立つものであることを知らなかった。盲導犬は視力が弱い人の行動範囲を大きく広げてくれる、という当たり前のことが初めて(多少)理解できたように思えた。

 

「あなた何様?」はウエリントンで映像製作プロデューサー?に雇われた女性の体験談。このプロデューサーが日系女性なのだが、そのモンスター的厚かましさがすごい。

 

「恋し川さんの川柳」は、長年、小石川のアパートに住む独身男性が川柳にのめり込む姿を描く。まさに川柳に人生を捧げたようなハードボイルドな生活ぶりがいい。

 

「彼と彼女と私」 かつて近所に夫婦でジャズ喫茶(夜はバー)を営む若い夫婦がいて、書店主は毎夜のようにその店で夫婦とおしゃべりを楽しんだ。そのマスターは実は・・・という話。ごく短いミステリみたいで面白かった。

 

「風光書房」は、神保町の古書店が閉店してする日の話。個人経営の店にとってブックオフの出現はやっぱり脅威だったんだなあ。

 

普通の書店で売っているような単行本や文庫は全て読んだつもりだけど、どれも粒揃いで何度も読み返したく内容だ。残念なのは寡作であることぐらい。

 

 

 

 

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逃げるな新人外科医

2023年05月20日 | 本の感想

逃げるな新人外科医

逃げるな新人外科医(中山祐次郎 幻冬舎文庫)

「泣くな研修医」の続き。研修期間を終えた雨野隆治は、引き続き東京の下町の病院で外科医として勤務する。新しい研修医の世話係や2人の大腸がん患者(ヤクザっぽい雰囲気の男(ステージ4)と善良そうな小太りの男(ステージ2))の主治医を任されて悪戦苦闘する。故郷では父ががんに冒されたと聞くが帰郷もままならない。一方で合コンで知り合った恋人もできて・・・という話。

 

前作に引き続いて、主人公の雨野は、色々な医療行為で失敗を繰り返す。全てが実話ではないのだろうが、「やっぱり経験の少ない若い医者だとヤバいんじゃないか?」と思わせるには十分な内容。

でも、こちらも前作同様、素朴で真摯さを感じられる筆致のせいか、雨野に素直に共感できるので、逆に「ヘタクソでも彼のような医者に診てもらいたい(ただし、横には佐藤先生か岩井先生がついていてくれるという前提で)」とも思わせてくれるのであった。

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素数とバレーボール

2023年05月20日 | 本の感想

素数とバレーボール(平岡陽明 講談社)

高校時代、進学校の弱小バレー部に属した6人の物語。

部員不足から頼み込まれて加入したガンプ(里中灯)はIQ180の天才でかなりの変わり者。ガンプはアメリカでビジネスに成功し大富豪になり、高校時代の最後の試合の後の約束を果たすという名目で他の5人にストックオプション(1500万ドル相当)を渡すというメールを送る。他の5人(気象予報会社に勤める気弱な慎介、グルメ雑誌の編集者の新田、エリートサラリーマンだが部下と不倫している陽一郎、ツアーコンダクターだが一攫千金を狙うタクロー、元プロ雀士で行方不明のみつる)は最初スパムメールと決め込んで無視していたが・・・という話。

 

タイトルを見て、ハイブラウな小難しい話を想像したが、実際には中年にさしかかった男たちのリアルな本音と生態を色々な角度から描く、そういった年代を通りすぎてしまった私のようなものからすると、多少懐しさのある内容だった。

そして次のような陽一郎の述懐が、「本当にそうだよなあ」と心に沁みた。

※※※

「ここ数年、陽一郎はおのれの最期を見つめる時間が多くなっていた。会社員としての最期であり、人間としての最期だ。父の死んだ齢まであと23年。そんなのあっという間だ。23年前の自分は片田舎の18歳の高校生で、体育館でトスをあげ、勉強に悩み、女の子のことばかり考えていた。内面はあの頃からちっとも成長していないような気がする。

子どもの頃は41歳の大人といったら、知らぬことなど何一つない完璧な存在に思えた。でも自分がこの歳になってみると、ぜんぜんそんなことはないのだと思い知らされる。みんなもそんなふうに感じているのだろうか」

※※※

どれだけトシをとっても、自分の内面では昔と同じで変わっていないと誰もが思っているし、実際多くの人は(理想像のオトナのようには)成熟していない。だから子供が想像するようなオトナ、のように完璧でもないし、悟っているわけでもない、ということなのだと思う。

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